相談3 新たな悩みの種
テオから聞いていた話よりもはるかに激しいアピールにセレスティアはもはや呆れを通り越してドン引きしていた。こんなにも貴族令嬢としての振る舞いが常識を逸脱した者が存在していてもよいのかと頭を抱えてしまった。
そんなセレスティアの様子を見て2人はこの若さにして王妃から直接「最高の淑女」として花が贈られているセレスティア・モースが自分よりも格上の貴族令息を目の前にして「頭を抱える」という行為をしているということがどれだけこの国の令嬢としてありえないことかということを痛感していた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません。…それで、もう一つのアリーヤ様のお話もお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「そうだね。実は昨日のことなんだけど、タミガット嬢がペイトリアン嬢接触してね。というのも、タミガット嬢がペイトリアン嬢を訪れて『レイ殿下を陥れるような言動はやめなさい』と言ったんだ。クラスの教室の真ん中でそのやりとりが行われていたから私やクリフだけではなく他にも大勢の生徒がいたとはいえ、公爵家の令嬢として、私の婚約者としてよく言ったとそのときは思ったのだ」
しかし、その後のタミガット嬢の行動に大きな問題があるという。
なんとアリーヤの言葉に対してカレンが鼻で笑い、レイ殿下との関係をうまく築けていない女にそんなこと言われたくない、言ったのだ。それに腹を立てたアリーヤはカレンに平手打ちをかましたという。
「別に私は平手打ちをかましたこと自体は何とも思っていないんだよ。公爵令嬢が伯爵令嬢にそれくらいのことをしたくらいでは問題にはならないからね。ただ、私との関係がうまくいっていない、という言葉のあとに殴るのは本当によくなかった。…これがどういう意味であるかモース嬢にはわかるかい?」
「…大変失礼にあたると思うのですが、恐らく周知であったとはいえ一応噂で留まっていた『レイ殿下とアリーヤ・タミガット令嬢は不仲』という話が直接的でなくてもアリーヤ様が殴ったということで肯定されてしまった、ということでしょうか」
「そう。私やタミガット嬢が一度も今まで肯定してこなかったその”事実”を肯定されてしまったことに大きな問題がある。昨日の今日ですでに私や父上あてに婚約者としてのタミガット嬢の資質を問う文書や婚約者との仲を築くことができない私に対する抗議文など様々なものが届いているのだよ」
しばらく3人の間に沈黙が流れる。セレスティアはレイになんと言うべきか、今後どのように行動していけばよいか思案していた。一方のレイも考え込むセレスティアを見て、あまりの話しやすさに驚いていた。セレスティアの相談室としての評判は周りの人間からよく聞いていたため不安には思っていなかったものの、まさかここまで彼女に気を許してしまうとは思いもしなかったのだ。
「殿下、一応私個人の考えを聞いていただいてもよろしでしょうか?」
「ああ、ぜひ聞かせておくれ」
「まず殿下とペイトリアン嬢の件ですが、殿下はこの件に関して一切のかかわりを絶った方がよいかと思われます。というのも、テオの話と殿下の話を聞く限りペイトリアン嬢とはまともな会話をすることに期待をすることはやめた方がいいでしょう。他人の意見を聞く耳も持ってはいなさそうですし。実際に私自身も彼女のマナーの無さを体感しています。学園長から話を聞く限り、ペイトリアン嬢とのことは私の父と学園長に一任されているようなのでお任せしてしまいましょう。殿下は、難しいかもしれませんができるだけ彼女に遭遇しないようにしましょう。付きまとい具合から考えると、彼女はどこからか殿下のご予定について知るルートを持っているかもしれません。予定を前後する等できる範囲で当初から組まれていた予定通りには行動するべきではないと考えます。時と場合によってはテオを囮に利用していただいてもかまいません。」
ここまで伝えたところでレイはクリフォードに目配せをし、クリフォードはどこかへ伝達魔法を送っているようであった。テオには申し訳ないが、レイとペイトリアン嬢が噂されるよりテオとペイトリアン嬢が噂された方が対処は容易いとセレスティアは考えたのだ。
「なるほど。難しい部分もあるかとは思うけど、父上にモース嬢から進言があったと今後の予定について相談してみるよ」
「ありがとうございます。次に、アリーヤ様の件ですが…殿下、恐縮ではございますが最近アリーヤ様とお2人でゆっくりとお話をされる機会がございましたでしょうか?殿下とペイトリアン嬢の噂が流れ始めてから少し時間が経っておりますがその間に何かアリーヤ様のお考えを聞く機会や殿下のお考えをお伝えする機会を設けられましたでしょうか?女性というのは大変面倒ではございますがはっきりと言葉にして伝えてもらわないと信用しない特性を持っております。またそれと同じくらい、意中の方には自分の考えを理解してほしいと考えるものです。今からでも遅くはないと思います。一度ゆっくりとお話をされる機会をもたれたらよいのではないでしょうか?」
何かもっと政治的なことや貴族社会上のことを言われると思っていたレイは素で驚いた顔をしてしまった。まさか男女の関係としてのことを指摘されるとは思っていなかったのだ。
「まいったな…図星だ。ペイトリアン嬢の対処のことで頭がいっぱいでタミガット嬢とはゆっくり話すどころか挨拶以外まともな会話をしていなかったよ。クリフ、この後タミガット嬢に連絡をとって近々ゆっくりお茶をしたいと伝えてくれないだろうか」
「は。承知いたしました」
なんとかレイに不快に思われずに終わった、安堵しているとレイがにっこりとセレスティアに笑いかけた。
「正直言ってここがこんなにも居心地がいいものだなんて思ってもいなかったよ。一方的かもしれないけど、お近づきの印にセレスティアって呼んでもいいかな?」
セレスティアは内心で殿下の「甘い言葉の罠」がここまで恐ろしいものだとは!とびくびくしていたが、断ることもできないのでもちろんでございますと言ってしまった。
レイたちが温室を去ったあと、セレスティアは誰もいない温室で思いっきり頭を抱えた。
「どういうことなの?!別に私は仲良くなるつもりとかないんだけど?!ただただ平穏に平和に卒業したいだけなのに?!」
セレスティアに穏やかな日々はまだまだ訪れそうにない。