失恋にもなれなかった初恋の続き。
初恋。
誰しもが一度だけ経験する青春の憧憬。
早ければ、幼稚園か、小学校か。
多くの場合は中学や高校。つまり、思春期にかかる病気だ。
大抵は叶わずに終わり、たとえ叶ったとしても、いつしか失ってしまうもの。
記憶は薄れ、想いは枯れて、新たな恋がまた始まって。
ただ、俺は大人になった今でも初恋を終わらせることが出来ていない。
彼女の笑顔に魅入られた、高校二年のあの日から。
俺はずっと、ずっと、後ろばかりを見ている人生だ。
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……暇だ。
せっかくの日曜、週一日の休みと言えど特段することもない。
昔はよく漫画やゲームに没頭したものだが、大人になりいつのまにか楽しいと思えなくなっていた。
趣味と言えるものもなく、友人とは所詮上辺の付き合い。頻繁に会いたいとは思えない。
はぁ……。
ーーもう一度だけ人生やり直したい。
高校に戻れたら……なんて妄想をしても虚しいだけか。
熱いと思って俺は窓を開けに向かう。
あれは。
窓の外では学生達が学校に向かっている。これだけなら普通の光景だ。日曜日でも部活がある生徒も多いことだろう。
しかし、妙に格好や髪型が派手だ。
まるで祭りのようなーー
ーーそうか文化祭だ。
この近くを登校ルートに使う高校は一つで、俺の通っていた高校だったりする。
もうかなり前だが、一応母校だし行ってみるか。
俺は一人の寂しさを誤魔化すように即座に支度し、文化祭へ行くことにした。
学生たちは皆楽しそうに笑っている。
笑い声が聞こえてると自分が笑われてるのかと一瞬思うのでやめてもらいたい。
受付を簡単に済んで中に入った。
パンフレットを片手にぶらりぶらりとする。
外部の人も少なくはないが、高校の生徒の方が多い。
クラスTシャツを着ていてるかですぐに見分けがつく。白、黒、青、紫、オレンジ、ピンクと様々な色に変なキャラや文字が書かれたTシャツは正に文化祭の象徴ともいえる。
自分たちはどんなTシャツを着たっけか。そういえば文化祭よりその後の打ち上げが楽しかったな。
まず俺は軽くタピオカで喉を潤し、フランクルとで腹を満たす。次にビデオ、軽音、ダンス、劇といった王道で人気なところを見て回った。
合間に射的やお化け屋敷なども楽しんだ。
久しぶりに高校時代の友達合わないかと期待したがやはり虚しく終わってしまう。
文化祭が終わり片付けが始まる頃には気持ちも憂鬱になっていた。
明日からまた会社か……。会社はしんどい。仕事もそうだが人間関係の部分が一番きつい。
みんな仲良くすればいいのに。それが出来れば苦労しない話ではあるが、いつもそう思ってしまう。
まったくもって人生とはままならないものだ。
昔は高校になれば、大学になれば、いつか、自分もキラキラした人生を送れると思っていたな。
夕日は沈み、街には夜が訪れようとしていた。
俺はなんとなしに家に帰りたくなくなり、駅を散歩した。
行きつけの本屋や服屋に寄って、その後は普段行かない雑貨屋や100円ショップにも足を運んだ。
結局、今日も何事もなく終わった。
空は黒く染まり街灯が薄黄色い光をぼんやりと灯している。
天を見上げれば星は見えず、月だけが輝いていた。
月が綺麗ですね。なんつって。
駅から出たあたりで、一人の女性とすれ違った。
視界の端に捉えた女性の面持ちに見覚えがあった気がした。
女性はすでに俺とは逆方向に歩いている。わざわざ確認する必要もない。
けれど。
もしも、もしも、さっきの女性が俺が思っている人だったとしたら。
ーー会いたい。会いたい。会いたい。
俺は方向を転換して、女性へと駆けた。
一歩間違えれば不審者扱いだが俺の頭はそんなことどうでもよくなっていた。
「あ!あの、すいません」
緊張で声は上ずって、詰まって、恥ずかしくて。
鼓動は勝手に早くなって身体中がガチガチでドキドキだ。
「えっと……はい」
女性は振り返る、長い髪をバサリと振りながら。
正面から見て、俺は確信した。
「あの、もしかして鈴木 ?俺、高橋 悠なんだけど」
「あ、悠。久しぶり」
良かった。やっぱ鈴木だった。
鈴木と俺は同じ高校で二年の頃はクラスが一緒だった。席が近かったら話すくらいの仲だった。
そして、俺から見れば初恋の相手に当たる。好きだと気付いてからも特に行動はできなかった。
結局クラスが変わってからはすっかり疎遠になって、告白もできずじまいで卒業した。
これはチャンスだ。
「鈴木は何かの帰り?」
このままだと距離感的にも「じゃあバイバイ」ですぐ別れて終わりそうなので、なんとか話題を出す。
「そうそう。ひさびさに友達と文化祭行ってた」
「あー、俺も行ってたよ青月高校の文化祭」
「え、そうなんや。ダンス見た?」
「見た見た!あれヤバかったよな」
「動きキレッキレやったし」
「あー確かに。凄い速かったな動き」
その後も途切れそうになる話題を次々提示して長く話した。今の仕事のことや大学に行ってた時の話なんかを互いにした。
高校の頃はこんなに話したことなかったというほどには話した。
ただそろそろ時間も経ってきた。
「なぁ、良かったらご飯でも行かない?せっかく会ったし」
もっと話したい。そう思って誘ってみた。
「あーホンマごめん。そろそろ帰らへんと」
半ばわかってはいたがやっぱりうまくは行かない。仕方ないか……。
「じゃあ、バイバイ」
鈴木は軽く手を振って夜の街を帰った行く。俺はその背中を呆然と眺めていた。
結局、告白出来てないな。
まぁ脈はどうみてもないけど。
高校の頃からなかったし、当たり前だけど。だけど期待してた馬鹿な自分がいた。
一人で舞い上がってつけあがって、鈴木からすればいい迷惑だよな。
その上告白なんてしたら、もっと迷惑だ。
鈴木の背中は遠のいて、ついぞ見えなくなった。暗い闇と俺だけが世界に取り残された。
俺は帰る気が益々なくなり、ポケーっと突っ立っていた。
あぁ。人生やり直したい。
高校に……戻りたい。
戻ってもっともっと楽しんで遊んで、そんで鈴木と……。
鈴木……。鈴木、鈴木。
叶わない恋だ。遅すぎる恋だ。
とっくに終わらせなければいけなかった初恋だ。
今更になって俺はなんて女々しいんだと思う。
叶って欲しい。実って欲しい。
神に頼んでも仕方ない。
世界はいつだって退屈だ。
それは俺が俺がずっと傍観者だったからだ。
俺は何もしてない。ただ過去を悔やむ事だけだ。
今、やらないと。これからも、やらない。
今、終わらせないと。なにも、変わらない。
ーー俺は走った。全力で走った。ひたすらに走った。
ーー鈴木の元へと走ったんだ。がむしゃらにあの日、文化祭の準備で惚れたあの笑顔へ向かって。
大人しくて、特に興味もなかったのに、あの時俺の心が動かされた。
鈴木のことを考えてる時だけが退屈じゃなかった。あれから、色んな女性と会った。話した。仲良くなった子もいた。
でも、俺は誰にも恋出来なかった。
いつまでも未練があったから。もしかしたらと馬鹿みたいな希望を捨てきれなかったから。
今だってそうだ。断れるに決まってるのにワンチャンを思ってしまう。
だから、終わらせよう。
初恋を。たとえ、失恋しようとも。
「鈴木ー!!」
俺は叫んだ。馬鹿みたいな叫んだ。積もり積もった全てを込めてはきだした。
周りの目はもはや見えてない。
「え?」
鈴木は振り返る。長い髪をバサリと振りながら。
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