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こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士  作者: 有沢真尋
第十章 食事は大切に

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男子会するよー!

「クロノスがうざい」「兄さんうざい」


 面と向かってドがつくほどストレートに言われたクロノスは、颯爽と寝台に突っ伏し、今日という日を終わりにしようと思った。

 しかし、まがりなりにも男子会の最中である。酒で潰れたわけでもないのに、飲み食いしながら寝るのはさすがに行儀が悪すぎると思い直した。

 椅子の背に背中を押しつけつつ、足を組み換え、小卓上のグラスを手にする。


「そういうの、本人の目の前で言わないように」

「見えないところで言われたいと?」

「言わないのがベスト。はい、復唱してみて、魔王。弟。『人に向かって、うざいなんて、もう言いません』」


 目の冴える美貌に黒縁眼鏡をひっかけたルーク・シルヴァは、微笑を浮かべつつピックでピクルスを刺して口に放り込んでいた。特に復唱する気配はない。


(知ってた。その辺妙に冷たいんだよな、魔王)


 本人は冷たくしているつもりはないだろう。興味がないことには、実にはっきりした態度なだけだ。


「パンを一枚食べたんだ。食べたんだぞ。これ以上何を食べろと……」


 イカロスはイカロスで、椅子の上で膝を抱えて、何やら意味を成さない主張をしている。


「薄いやつな。あんなの空気と同じだろ。食べたうちに入らない」

「は~~~~? パンは空気じゃないだろ。兄さんは頭おかしいのかな」

「うるさい」


 却下の言を「黙らせろ」と受け取ったらしいルーク・シルヴァが、イカロスの口の中にチーズの塊を放り込む。流れのまま顎と頭に手を置いて抑え込んだ。吐き出させない為の対策のようだが、咀嚼もままならないだろう。悪くすれば喉を詰まらせる。


(雑過ぎるだろ)


 喉元まで出かかったが、結局言わなかった。口出しすればまた言われるに決まっている。実に爽やかに「お前、うざいな」と。たとえイカロスを助ける為でも、感謝もされずに面倒くさがられる光景が今から見える。

 なんだお前ら。不用意に心に傷を負わせるのはやめてくれ。

 爽やかに言ったからって、許されるわけじゃない。


 手回しの良いアンジェラが、足りない椅子と、食事を広げる為の簡易テーブルまで手配していたので、特に何か用意することはなかった。そのまま、部屋で男子会と相成ったのである。正直、アンジェラがついてきてくれて助かった。


 本人は、「私はいいですよー。せっかくなので一人で美味しいもの食べてきます」と言って外へと出かけている。明らかに「混ざりたくないのでー」と顔にはっきりと書いてあった。確かに、こんな仕事かプライベートかよくわからない飲み会など遠慮したいところだろう。

 一方で、部屋まで食事を運んできた宿の娘は、名残惜しそうになかなか部屋を出て行かなかった。お帰り頂いたが。

 そうして、食べ始め、飲み続け、それなりに会話の努力はしている。


(会話が難し過ぎるんだけどね。かたや前世の記憶持ち二人、かたや不老長寿でどっちとも殺し合ったことがある魔王。思い出話は回避だ……。思い出しついでに殺しておく? なんてなりかねない)


 強すぎる魔力が転生時に記憶を引き継ぐ条件だと言っていた以上、ここで人間側二人とも死んでも生まれ変わるだけかもしれないが。


 意識というのは、どこからくるものなのか。


 記憶が途絶えず人格が保たれる転生者は、生まれ落ちた時点で「赤ちゃんらしい赤ちゃん」ではない。もちろん、眠りが多く必要だし、話そうにも声帯の発育を待つ必要がある。視界も最初は滅茶苦茶だったので、記憶を記憶と認識できるまではそれなりに時間がかかった。

 そういった心の動きがすでに両親に対する裏切りであるとともに、「本来の肉体の持ち主を追い出したのでは」という罪悪感めいたものに直結する。

 無駄に死んで転生を繰り返しても、若い身体を手に入れる自分はともかく周りにはいいことが一つもない。だとすれば、不用意に転生するべきではない。命は大事に。


「この旅の目的はなんだ」


 耳に届いた声に、クロノスは顔を上げた。

 なんとかチーズを噛んで飲み込んだらしいイカロスが、涙目でルーク・シルヴァを見る。涙が出るほどつらかったのか。確かに、食べ辛かっただろう。


「目下、人型の魔族を追いかけてきたわけだが。相手もすぐには行動を起こさないだろうし、こちらも備えられることは備えておいた方がいいだろうな」


 ごく自然な仕草で置いていたグラスを掴んで唇を湿らせてから、ルーク・シルヴァが実に友好的に見える穏やかな表情で答えた。


「何に備えると?」


 クロノスも口を挟む。待ち構えていたように視線を流された。


「お前の記憶とか魔力。たぶん、結構歪んでいる。自分では気づいていないだろうが」

「俺? そういえば前にもそんなこと言っていたよな。何かに妨害されているって」


 確かに、突き詰めて考えなければいけないと思っているのに、その件に関しては、ふっと集中力が途切れるのだ。気付くと別のことを考えている。

 考えるのをやめたことすら意識の外に行ってしまって、数日経ってから違和感とともに思い出すこともあるくらいだ。


「さぼり癖かと思ってた。今生では『働いたら負け』って感覚があるし、修行はこれ以上しても魔族との戦いはもうないと思っていたし……」

「考えないように、仕向けられているんじゃないかと思う」


 ルーク・シルヴァは別段おかしなことを言っている素振りはない。

 困惑しているのはクロノスだ。


(確かに前世ほど働き者じゃないけど……なんらかの呪い? マジで? その呪いがとけるとオレはどうなるの? またルミナスに命捧げるような激情家になるの? やばいでしょ)


 ステファノとは少し違ういまの性格、嫌いではないのだが。


「もしそれが本当なら、オレは『封印』されていることになるよな。封印がなければもっと強いと? レティと戦うことになったら、今のままじゃだめだから、封印を解く、のか?」


 言いながら、レモン味のクリームで煮込んだ鶏肉をフォークに刺して、イカロスの口に突っ込んだ。


「酸っぱい!!」

「食え。アンジェラが、お前が口にできるもの選んだんだろ? 食えるんだよな?」

 

 イカロスは、渋々と咀嚼する。恨みがましい視線が横顔に注がれるのを感じつつ、クロノスは完全無視を決め込んだ。 


「そもそも、その封印は誰が」

「そのへん、俺も人間の魔法には詳しくない。詳しい人間を尋ねるつもりだ。何らかの答えは得られるだろう」

「そういうものか」


 何か変だと指摘はできても、魔王でさえ封印は解けないという。

 ならば大人しく道先案内は任せるか、と決め込んで、グラスの葡萄酒を飲み干す。

 それから、イカロスの口に放り込めそうなものが卓に残っているか視線でさらった。

 スペルト小麦と香草のパスタ、野菜とチキンのパイ包み、木イチゴのトルテ……。


「甘いのいっとく?」


 小さく切り分けられた木イチゴのトルテを一かけら摘まみ上げ、イカロスの口元に運ぶ。


「甘いけど酸っぱい」

「そうだな。お前酸っぱいの好きなの?」

「どうでもいいだろ」


 面倒くさそうに言い返しながら、イカロスは手を伸ばしてそれを受け取った。クロノスの目の前で、さくっと一口齧る


(どうでもいいよ)


 今までずっとそう思ってきた。だから何も知らない。

 ルーク・シルヴァとはそれなりに会話がもつが、イカロスとはどうにもうまくいかないし、ディートリヒなる人物と話そうにも身構えてしまうだけだ。

 他人でしかない兄弟。


「イカロスは、何度か転生しているんだよな。何を考えて生きてきたんだ? 誰かを探している? それがクライスだったのか?」


 ふと、それまで胸につっかえてなかなか言えなかった問いが、するっと出てきてしまった。

 出てしまったものは仕方ない。

 サクサクとトルテを噛んで飲み下していたイカロスは、まったく嬉しくもなさそうに赤い目を渋く細めて、答えた。


「話すのか、それ。今? 聞く気あるってことでいいの? 兄さん」




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