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こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士  作者: 有沢真尋
第十章 食事は大切に

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困る?

 三部屋取れます、と宿の受付にて言われた。


「では、私とイカロス様。あとは殿下とリュートさんで一部屋ずつでしょうか」


 アンジェラが落ち着き払った声で言う。


「どうしてそうなるの」


 意を唱えたのは、待合いのソファにイカロスを置き、受付まで戻ったクロノス。なお、興味がないらしいルーク・シルヴァは、イカロスの横で長い足を組んでソファの背もたれに身体を預けて、目を閉ざしている。


「イカロス様には身の回りの世話をする人間が必要です。殿下もですか? リュートさんにお願いした方がいいんですか?」


 疑問の挟みようがなくごく当然の事実といった調子である。

 アンジェラの真面目くさった顔を見下ろしながら、クロノスは一瞬言葉に詰まった。

 考えをまとめながら、急いで口を開く。


「イカロスとて、自分のことくらい、自分で出来ないとだめだ。今までそういう環境じゃなかったのかもしれないけど、年齢的にも甘やかすべきじゃない。部屋は確保できるのだから、あなたが一人で一部屋使えばいい。あとは」

「イカロス様は本当にご自分のことを何もしません。誰かが一緒にいないと」


 喉元まできた言葉を、クロノスは寸でのところで追い払った。


(ないない。イカロスの中身ってディートリヒっていう魔族の恨みをかってる魔導士で、やろうと思えばできるはず)


「わかった。二部屋で。アンジェラが一部屋。こっちは三人一部屋でいい。……イカロスは俺が」


 なんでだよという気はしなくもないのだが、それ以外にアンジェラを納得させる言葉が思い付かなかった。

 複雑な葛藤を知ってか知らずか、まぁ、とアンジェラが口元を両手でおさえる。ふんわりと笑って言った。


「それは楽しそうですね。今晩は男子会ですか?」


 クロノスは笑みを浮かべたまま、口の端をひくっとひくつかせた。


(男子会ってなんだよ?)


 * * *


 意識はあるが、動く気はないし、食べ物を食べる気もないという。

 部屋の寝台に寝そべったイカロスは「何か食べてくれば?」と興味の無い様子で言って、目を閉ざしてしまった。

 クロノスは、すぐ横に腰を下ろし、嫌々と言うのを隠しもしない様子で声をかける。


「いつから食べてないのか知れないけど、お前、骨と皮と筋だけだろ。死ぬぞ」

 

 寝具に潜り込むことなく投げ出された、薄く貧相な身体。手首など、ぞっとするほど細い。肌艶も良くないし、これほどずっと寝ているのに目の下にはクマが出来ている。明らかに、栄養不足だ。死体と言われても信じられる。しかも、死に立てではなく数日たって腐敗も進んでいる状態。生きながら枯れ、かつ腐るとは。


「何か食べ物を調達してくる……」

 

 思い付きを呟くものの、その面倒くささに溜息が出た。

 アンジェラは一人で食事ができるだろうか、とか。

 外で食べ物を買って来るなら、自分が出ても良いとは思ったものの、その間イカロスとルーク・シルヴァを二人で置いておいていいものだろうか、など。

 案外、二人とも気にしないで各々の寝台で寝転がってクロノスの帰りを待っていそうな気がしなくもない。

 しなくもないが、そうでなかった場合を考えると、外出には慎重にならざるを得ない。


(戻ってきたら宿が全壊で魔王VS魔導士大戦争とか勘弁して欲しいんだけど……)


 目を離すわけにはいかない、という謎の使命感。

 クロノス自身、かつて魔王と生死を賭けた戦いをした魔導士であり、なおかつイカロスとは仲の悪い兄弟であって、まったく少しも緩衝材になりようがない特性の持ち主なのだが、本人は気付いていない。

 

 そのとき、ドアががちゃりと開いた。

 どこかにふらっと出ていたルーク・シルヴァが、部屋に戻って来たところだった。

 手にはバスケットを持っている。


「アンジェラが宿の厨房に注文を入れていた分だ。イカロスの食事が難しいとかで、苦手食材を抜いた食べ物らしい。部屋で広げて食べてくれって。追加も後で届く」

「さすが、偏屈王子付き女官は手回しがいいな。それで、アンジェラは」

「外で一人で食うと言っていた。『男子会楽しんでくださいね』って言っていたが、なんのこと

だ?」


 きょとんとした顔で聞かれ、クロノスは必要もないのに反射的に微笑んで見せた。


「なんのことだろうね?」


 一方、聞いたわりに興味がなかったらしいルーク・シルヴァは、さっさとバスケットを、向かい合う椅子が二脚の小卓に置いた


「寝台は簡易を入れたけど、この部屋、椅子は足りないんだな。イカロス、いつまで寝ている?」


 声をかけられる前から、会話に気付いていたらしいイカロスがうっすら目を開ける。弱々しく、赤い光がその顔に差す。


「僕のことは気にしないで」

「この食事はお前用らしいぞ。つべこべ言ってるなら、口につっこむまでだ」


 ごそごそとバスケットの中を探り始めたルーク・シルヴァは、本当にやりかねない口調で言い捨てる。


(魔王、ちょっとそういうとこあるよな。変な優しさと面倒見の良さっていうか。だけどさすがに仇敵の世話って……どうなの?)


 お前ら、つい最近殺し合っていたじゃん。どういう精神力とスルー力があれば顔を合わせてそこまで平然としていられるんだ?

 愚にもつかないことを考えた。


「イカロス。まずは起きろ。オレは立っていてもいいから、お前は椅子に座って何か口に入れろ。そして噛め。飲み込め。栄養を取らないと死ぬ」

「僕が死んで、兄さんは何か困る?」


 瞼がゆっくりと持ち上がり、赤い目は今度はクロノスに向けられていた。


「困る?」


 王位を継ぐのはアレクスだから、アレクスに死なれたら困る。立場的な意味で。

 一方で、イカロスは自分と同じくアレクスほどに仕事はなく、日常で接点もない。


(困らないんじゃないか)

 

 結論はすぐに出てしまったが、クロノスは気付かなかったことにした。

 そういう話ならば、ここに来るまでにずっと背負ってなんかいない。

 おそらく、自分は、きっと困るのだ。

 弟が若くして死のうものなら、困る。


「いいから食え」

 

芸の無い言葉が、唇をついて勝手に出て行った。



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