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こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士  作者: 有沢真尋
第十章 食事は大切に

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暇ではない

「話あるんだけど」


 食事をしながら、落ち着いて話をしましょう。

 そう言い合って、ジュリアと食堂に向かう途中、追いかけて来たアゼルに取っ捕まった。


「ロイドどうにかして」

「どうかしたの? 具合、また良くないの?」


 ほとんど自動的に返してから(はつじょうき……)という単語が頭の中をよぎったが、クライスは気合でやり過ごした。


「落ち込んでいるから」

「ロイドさんみたいな大人が落ち込んでいるとして、僕は何かの役に立つの……?」


 大人の男と言おうとして、今は大人の女だと思い直して、どっちでもいいけど、と胸の裡で呟く。

 人型をとれる魔族。

 少なくともアゼルとロイドと、もう一人。身近にいた。いる。

 慣用表現で言うところの「鉛を飲み込んだような」つかえを喉に感じる。

 自分自身では証明する手立ても、記憶も実感も持ち合わせていないが、人々の話を総合すると前世では「聖剣の勇者(ルミナス)」だったらしい身として。


 ごくごく普通に気になるのは、これ、魔族から全力で恨まれる立場だよね? ということだ。


 アレクスといい、ジュリアといい、遠慮なくクライスの目の前で話してくれたが。

 人間社会に魔族が入り込んでいる現実。しかもかなり身近にいるという事実。

 顔を合わせないようにすれば合わせないで済むという問題でもない関係性と。

 関係性。


 会話は中断されたままだが、これまでのジュリアの話から推測するに、ルーク・シルヴァは「魔族」かつ「王」である。

 それが何を表しているかによっては、ルミナス=クライスとの関係性が冗談ではすまされない何かものすごく深刻なものと考えられる。


(知りたいような知りたくないような知らないわけにはいかないような、もう布団被って寝たい。そんな僕に、ロイドさんをどうにかできるわけがない。だいたい、ロイドさんが好きなのはクロノス王子で、クロノス王子は……)


 前世で魔物を大量虐殺している最強の魔導士で、自分と同じくその正体が露見すると魔族とは「一悶着」あってしかるべき存在のはず。

 状況や相手によっては戦争再開になりかねない。


(ロイドさんその辺は了解しているの? 大丈夫? あれステファノだよ?)


 その思いから改めて、目を三角にして待ち構えているアゼルを見る。

 アゼルも。

 救国の英雄にそういう名前の少女がいた。回復係で、年齢不相応の実力者だったという。


(そもそも魔族なんだよね……? それでなんで人間側(こっち)で戦っていたわけ!?)


「クライス? どうにかした方がいいみたいですけど、お忙しいのであれば私がいきましょうか?」


 返答に詰まっているクライスを眺めていたジュリアが、なんでもない口調で言った。


「ジュリアが? ロイドさんをどうにかできるの? 知り合い?」

「いいえ。全然知らない方ですけど、『どうにかした方がいい』みたいなので。それ以上でも以下でもないです」


 きっぱり。

 潔し。


「お任せしたいくらい頼りになるけど、一応確認させて。その『どうにかした方がいい』って、なんかこう、力技とか物理とかそういう」

「そういう意味じゃないんですか。というか、そういう意味にしてしまった方が楽ですよ」

「ちょっと待って、何言っているかよくわからなかったんだけど、今の」

「難しく考えすぎですよ。『どうにかする』って要するに……」


 そこでジュリアが、アゼルに視線を流す。

 睨まれたわけでもないのに、目が合っただけでアゼルが息を呑んだ気配があった。

 ジュリアは、アゼルを見たまま続けた。


「落ち込んでいるのをどうにかするっていうのは、部屋から出てこないとか、ごはんを食べないとかそういう意味ですよね。そんなの、物理で解決できる問題です」

「いや~~~~~~~~? そうかな~~~~~~~~!? ジュリア、それは強引だと思うよ?」

「強引だと思うから強引なんですよ。合理的だと思えば合理的です。ひきこもりは最初の対応が肝心なんです。なめられる前に目に物を見せた方がいいです」 


 頷きかけて、クライスは目を大きく見開いたままゆるく首を振る。


「ジュリア? こう……、落ち込むっていうのは、繊細で複雑な事情が絡んでやむにやまれぬ」

「クライス、自分でそれ、何言っているのかわかっています? そんな繊細仕草で他人を振りまわすようなひとを相手にしているほど、あなた暇なんですか?」


 確実に痛いところも弱いところもしっかり突いてくるジュリア。


(ジュリアの恋人って、きっと大物なんだろうな。いるのかどうかわからないけど。この責めに耐えられるひと、絶対ものすごく器大きい)


 思わず、見知らぬジュリアの恋人にまで思いを馳せてしまった。年下がいいのかな、年上がいいのかなという次元ではない。厳選された超人だろうな、という。本人が迫力の美貌の持ち主であるところからして、そんなことは言わずもがななのだが。美人は美人だが、「触れたら切れそう」などと言って、なまじの人間は手を出すのを躊躇する、そういう類のうつくしさなのだ。


(ルーク・シルヴァも美形レベルで言えば度が過ぎているんだけど、こう、抜けていて良かった。人間的で会話が成立するし……)


 魔族だけど。

 ジュリアは人間らしいが。人間なんだと思う。アレクスの扱いは「ジュリアは人間」という見解だったはず。


「なんなのこの人……」


 呆れと怯えの入り混じった声で、アゼルが呟いた。

 クライスとしても、手に手を取り合って頷きたいのはやまやまだったが、なんなのと言われてもこれから共に働く仕事仲間だし、自分はジュリアの理解者の側に立ちたいのだ。願望だが。

 ここでジュリアの側に踏みとどまらなければという思いは、海よりも深い。


「ジュリアの言うことはもっともだ。だけど、ロイドさんには僕も恩がある。まずは手荒なことはしたくない。落ち込んでいるなら話を聞いて……」


 言いながら声が小さくなってしまったのは、ジュリアの目が相変わらず「暇なの?」と聞いてきたときのままだったからだ。

 暇ではない。断じて暇ではない。


「アゼル、ロイドさんどこ? まだクロノス王子の部屋?」

「そうよ」


 尋ねて、答えられただけなのに心の表面をさっくり抉られた。やっぱりあの二人は昨晩一緒だったんだよな、という。

 傷つく筋合いでもないので、小さな痛みには気付かなかったふりをして、クライスは続けた。


「わかった。じゃあ今から行く。暇じゃないけど。ジュリアと食事をするつもりだったし、どうせロイドさんも食べてないでしょ? ちょうどいいからみんなでご飯にしよう。食事のついでに、ロイドさんの話を聞いてみるだけ。別に暇じゃないから」


 明らかに余計な言い訳をしていた。

 やや不満がありそうな顔をしていたアゼルだが、つべこべ言う気もなくしたのか、「わかったわ、それで」と了承した。

 そして、ジュリアを見た。クライスも見た。顔色を窺っている素振りなど気取られないように、泰然として余裕があるように装って。

 特に異存もなさそうなジュリアは「なるほど、わかりました」と軽く頷いて言った。


「つまり女子会を開催ということですね」



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