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こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士  作者: 有沢真尋
第七章 国難は些事です(中編)

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こじれは続くよどこまでも

 朝起きたら隣に男の人がいました。


「え……と」


 横たわったまま、現状確認。

 おそらく、何もなかった。

 男が、昨晩アゼルからふざけて渡した眼鏡をかけたままであることから推測が出来た。

 長い足を組み、腕を組んで、座ったままの姿勢で目を瞑っている。寝ているように見える。


「アレクス」

 

 恐る恐る名を呼んでみる。


(は、初めて呼んじゃった)


 昨日は一度も呼ばなかった。呼べなかった。

 友達でもなく、知り合いというにも微妙な間柄だけに。

 ずっと二人でいたから、名前を呼ぶ必要もなかったので。


「ん。悪い。寝ていたようだ」


 姿勢を変えないまま、アレクスは目を開く。横たわったままのアゼルに視線を流してくる。

 口元がほころび、おっとりとした笑みが浮かんだ。


「アゼル、二日酔いは大丈夫か」

「ふつかよい……えっと。あの、あああ、頭痛くなったり、吐き気がしたりするんだっけ!?」 


 アゼルは飛び跳ねるように起き上がった。

 アレクスが、黒縁眼鏡の奥で驚いたように目を見開いて、アゼル、と呟いた。


「やっぱり勘違いじゃないよね!? なんでこの人わたしの名前呼んでんの!? 昨日わたしたち何かありましたっけ!?」


 声、に。

 出てた。


 叫んだ瞬間に気付いて、動きを止める。

 寝台の上に半身を起こした姿勢で固まったまま、顔が紅潮していくのを感じた。

 目を見開いたまま止まっていたアレクスは、きょとんとその目をしばたいてから、くすりと感じの良い笑い声をもらした。


「元気そうだな。酒には強いらしい」

「はい。問題は、ないみたいです」


 知らず、かしこまった返答になったアゼルに対し、アレクスは笑みを深めた。


「私の名を、君が呼んだような気がして。つい私も呼んでしまった。寝ぼけていただけかな、私が」


 言い終えると、立ち上がって、両腕を天井に突き出すように伸びをする。さらっさらの黒髪が肩をすべり落ちた。


「寝ましたか?」


 言葉遣いが、わからない。前日、この男とどんな風に会話していたのか思い出せない。距離感が掴めない。

 アゼルのぎくしゃくとした話しぶりに構わず、アレクスは穏やかなまなざしを向けてきた。


「寝たよ」

「座ったまま?」

「問題ない」

「疲れてない?」

「べつに。よく寝た」


 たどたどしい問答の途中で、ふっとアレクスの顔から笑みが消えた。

 視線を絡めたまま、瞳に不安を浮かべたアゼルを見つめて、アレクスは目を細める。


「顔を洗った方がいい。目が覚めるぞ」

「そ、そうね。うん」


 顔に何かついているのかと、慌てて頬に手を当てる。

 ぴりっと突っ張ったような感覚があった。


(なにこれ、わたし……泣いた?)


 全然覚えがない。

 身体の不調は何もないが、記憶もない。


「わたし、昨日、何か、言ってた……?」


 どこから記憶が途絶えているかわからない。

 お店で飲んで、部屋で飲み直した。ぼんやりと覚えているのだが、何を話していたのは曖昧。

 アレクスは、ごく真面目そうな顔のまま「うーん?」と小首を傾げて考える仕草をした。

 やがてアゼルに視線を戻すと、やけにきっぱり言った。


「特には」


 意外に馴染んでいる黒縁眼鏡を見ながら、絶対嘘を言っている、とアゼルは確信した。


 * * *


 お互いに身支度を整え、流れで宿の食堂で一緒に朝食をとった。

 眼鏡はすでに返してもらっている。


「今日の予定は?」


 食後のお茶を飲みながら、アレクスが背筋を伸ばして聞いてくる。


(昨日何があったか全ッ然聞き出せなかった……。この男、のらりくらりしすぎじゃない?)


 魔族がー、なんて口走ってはいないと思うのだが、それに類する秘密でも漏らしていないかと気が気ではない。自分でも、かつてないほど気が緩んでいた自覚があるのだ。


(ここでこの男と別れるの、ちょっと怖い。せめて何者かだけでもおさえておきたい)


 昨日はアレクスに「口止めを」などと警戒されていたが、今となってはアゼルも同じ気持ちだ。迂闊に目を離せない相手となってしまった。


「今日の予定は、知り合いと会う予定でした。そちらはどうなんですか」

「言葉遣い。どうした? 昨日とはずいぶん違う」


 指摘されて、アゼルは沈み込んだ。


「気にしないでください。自分でもわからなくて」

「そうか。では、触れない。それで私の予定だが、一度帰ろうと考えている」

「おうちに? 誰か待ってるの?」


 つい、思いついた通りに尋ねてしまった。

 アレクスは、何も言わずにアゼルの顔を見返した。少し考えてから、口を開いた。


「『おうち』に、来るか?」

「いいの!?」

「興味があれば」


 朴訥そのものの、のんびりとした調子で言われて、アゼルは絶句した。


(興味……? どこの誰かはおさえておきたいと思っていたけど……!? それって、興味があるってことなの!? 認めにくい……!)


「興味はなくもないですけど。恩人だし。そのうち恩を返すつもりもありますので。わたしの会う相手も、待ち合わせに間に合わなければまた今度で話はついていますし。その意味では行動の自由度は高く」

「何か言い訳をしているみたいだが、その言い訳は断る理由ではなく、一緒に来る理由と理解して大丈夫か」


 アゼルは髪の毛が逆立つほどに目を見開いて、のうのうとしゃべる男を見てしまった。

 気を落ち着かせようと、コップを掴んで、ぬるくなったお茶を飲み干す。


(何言ってんの? この男、何言ってんの? わたしが一緒にくるのを全然疑ってないよね……! だけど……、どこの誰かはきちんと把握しておかないと……)


 言い訳に言い訳を重ねて。

 アゼルは勢いよく、たん、とコップを卓に置く。


「行くけど。べ、べつにあなたに興味がとか、変な言い方はしないでよね。借りたもの返す先を知っておきたいだけ。返さなくていいとか言わないでよ!? わたしのやることに指図しないで欲しいわけ」


 早口で言い募るアゼルを見つめていたアレクスは、くすくすと品よく笑った。


「言わないよ。君が理由を必要とするなら、私があえて打ち消すことはない。話はまとまったようだし、行こう」


 言い終わりしな、即座に立ち上がる。

 その動作の鮮やかさに目を奪われてから、アゼルも慌てて立ち上がった。


「本当に、勘違いしないでよ!? 別に理由はないんだからね!!」


 ゆっくりと歩き出した背中に声を張り上げると、肩越しに振り返ったアレクスがにこりと笑った。


「なんでもいいよ。アゼルが来る気になってくれて良かった。同意を得られないままだったら、拉致になるところだったからね」


 ものすごく爽やかに、まったく穏やかではないことを言って、笑っている

 アゼルはあわあわと唇を震わせた。


(なんだか、わたし、間違えたかもしれない!)



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