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こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士  作者: 有沢真尋
第五章  もつれあう前世の因縁

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僕を知っているこの人を、僕は知らない

「フィリス、嬉しいよ。僕との約束を守って君は」


 イカロスが両手を広げ、親し気な笑みを浮かべてクライスへと語りかけた。

 ざくざくと歩き出したクライスは、無言のままイカロスに近づき、顔も合わせずにその横を通り過ぎた。

 広げた両手を綺麗に無視されたイカロスは目をしばたいてから、振り返った。


「えーと……、フィリス? どこへ?」


 すでに遠くへ進んでいたクライスは、足を止めて肩越しに振り返る。


「音のした方を確かめてくる。絶対何かあった」

「僕を置いて? こう、運命的な再会をしたってわかってる……!?」


 赤い目を見開いて非難がましく言うイカロス。

 ぼさっと見つめたクライスは、一応身体ごと振り返り、軽く腕を組んで小首を傾げた。癖のある赤毛が風になびく。


「ごめん。何も感じないんだ……。運命って何?」


 クライスより幼い少年の姿をしたイカロス。

 死んだはずの片割れの名前を知り、二人の間にあった約束を匂わす発言もあった。

 それでも、クライスはどうにも素直に「驚けなかった」。


(たぶんこの人は僕が驚くと思っていた。でも、実際何も感じなかった。偶然も必然も。それこそびっくりするくらい、心が動かなかった。「僕を知っているこの人を、僕は知らない」)


 少し待った。

 イカロスの赤い眼差しには戸惑いばかりがあり、言葉はなかった。

 待つのは終わり。


「何かあったなら調べないといけないんです。危険かもしれませんので、殿下はこの場に留まられるのが良いかと思います。誰か……、カインが近くにいます?」


 仕えるべき主筋の人間に対し、最低限の礼儀を尽くしつつ、近衛騎士としての職務を伝える。

 元来クライスは上に媚びたり取り入ったりする気が微塵もない。悪感情を抱かれても、譲れないところは譲る気が一切ない。


「行く必要はない。お前はここにいろ。僕と一緒に来るんだ……!」

「殿下。それはきけません。僕は国に仕える身ですが殿下の私兵ではありません。その命令に意味があるようには思えない。ここに二人でいて、何が解決します? 確認して、明らかな危険があるようでしたらすぐ戻ってお守りします。何もなければそれでいい。何かあった場合が問題なんです。行きます」

 

 時間の浪費を気にして、クライスは背を向ける。

 寸前、イカロスの瞳が紅蓮に染まったのが見えた。


(怒った)


 だからといって、引き返す気はない。

 距離をとりたい一心。

 彼の言動、存在。

 あまりにも心が動かないというのに。

 いきなり「お前の片割れだよ」と言ってきたとして、どう受け止めれば良いというのか。


 肉親としての片割れはとうの昔に死んでいる。 

 今現在自分が「片割れ」のように心を寄せている相手といえば、圧倒的美貌の銀髪の魔導士のみ。

 その姿を思い描くだけで、甘苦い痛みが胸を疼かせる。


(好きだと伝えあっているはずなのに、いつもつきまとうこの痛みは、いつまで続くのだろう)


 他の誰も、心のその場所に踏み込ませることなどできない。


 自分に言い聞かせるその一瞬、暗闇の中からこちらを見つめる瞳を感じる。イカロスではなく、黒髪の魔導士。わかっていながら気付かないふりをする。

 一人だけの場所なのだ。

 そこはもう埋まってしまっているのだ、と。

 だからあなたに心を乱される場合ではないのだと。

 要求されているわけでもないのに、言い訳が口をつきそうになる。

 締め出したわけじゃない。

 心のそこにそんな場所があると、気付いたときにはもう銀髪の魔導士しかいなかったのだ。


 たしかに。

 ともに戦ったあのとき、眩暈がするほどの相性の良さのようなもの、脳を直接覗き込まれているかのような思考の共有、呼吸がぴたりと添うのを感じたが。

 それでも、クロノスの為の場所はもう空きがない。 

 気持ちを振り切るように前を向き、クライスは突き進む。


(この上、イカロス王子までなんて。完全にキャパオーバーだ。無理)


 早足で墓石の間を抜けて、墓地裏手に立つ大樹のもとへと向かった。

 そのとき、ここで聞くとは思っていなかった声が耳に届いた。


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