Once upon a time ……(3)
――同族殺しをして、良いと思っているのか?
思っている。殺した。たくさん殺した。
人間だって人間同士で殺し合うでしょう。戦争も暗殺も強盗殺人も当たり前のように横行している。
同族同士で殺し合っているじゃない。
たまたま、魔族と人間が戦争していたからといって、魔族は人間は一枚岩なのだと誰がそんなこと決めたの。
魔族のわたしの好きな相手が人間だから人間に味方する。
後ろ指を指したいなら指せばいいじゃない。
世界を敵に回したって構わないのよ。わたしが好きな相手は人間だったんだもの。
* * *
「アゼル、少し話をしていいか」
びゅうっと凍てついた風に銀髪をなびかせて、背の高い男がこちらを見ていた。周りに人がいない。皆、見えていないかのようにこの一団をすうっと避けて歩いている。いや、見えてはいるはずだ。
「話は、よくない、ですね」
黒髪の青年にしがみつきながら、アゼルはなんとか声を絞り出した。
(だめです無理です嫌ですごめんなさい)
魔王派のヤバい魔族どころか魔王本人だなんて。
怖いんだってば。
魔王戦だって本当はすごくすごく怖かった。でもあの時は「わたしを信じて任せてよっ」て無闇やたらに自信満々な聖剣の勇者がいたわけでして。
「そうか。以前からなんとなくあなたは見た目通りの年齢だとは思ってませんでしたけど。もしかしてあの戦争の頃すでに誤差の範囲内で今くらいの外見年齢で生きてらしたんですか。じゃあ、死ぬ前のルミナスに会うことも可能だったわけだ。そうだとすれば、いくら前世のこととはいえ気になりますよね。ルミナス、つまりクライスには以前、れっきとした恋人がいたなんて」
黒髪のステファノの言い分に、ロイドは「んんー」と笑みを浮かべていた。頬が引きつっている。
魔王はといえば、こめかみに青筋がたっている。見間違いかな?
「気になら……ない」
視線をさまよわせながら、ぽつりと答える。
(絶対嘘だ)
ていうか魔王落ち込んでない? 大丈夫?
もしかしてステファノ、あいつが魔王だって気付いた上での精神攻撃なのかな?
銀髪の魔王はふいっとそっぽを向いた。
横顔だけで顔色の悪さがわかる。なんなの。
魔王、気が弱すぎない?
そのとき、ふっと空気の流れが変わった。
騒乱の気配。どこかでもめ事が起きている。
「なんだろう」
さっきの痴漢はステファノが完膚なきまでに叩き潰したよね? と考えながらアゼルが言うと、
「ひったくりか何かかな」
同じく耳を澄ませていたステファノが呟いた。
ゆらりと動いたのは魔王。
「捕まえるか。俺も何か良いことでもしよう」
悄然とした表情の中、目だけ昏く光らせて言った。
(……なんで?)
耳で聞いただけで方向はわかっているのだろう、踵を返して急ぐでもない足取りで歩いていく。
ステファノも当然のように魔王の後を追った。
「なに、揃いも揃ってこの町で警備の仕事でもしているの?」
追いすがって尋ねると「そうだねえ。国全体を見守るくらいの立場かな」と、とらえどころのないくらい壮大な返答があった。
「誰が?」
「俺が。一応この国の王子なんだよね、生まれが」
足が止まった。
進むほうに気を取られているのか、ステファノは気付かないまますたすたと行ってしまう。
小さくなる背を見失わないように目で追いつつ、アゼルは(王子、王子、王子……)と頭の中で繰り返し、しまいに声をあげてしまった。
「えええっ」
非難がましい響きを聞きつけたのは、肌の露出も美貌もアゼルとは似通っていて、しかし格段に落ち着き払った美女であるロイドだった。
アゼルの肩に手を置き、耳元に唇を寄せて囁きを叩き込む。
「アゼル。話はあとでゆっくり。とりあえず、注意事項だ。ステファノことクロノス王子は、オレたちが魔族だとは知らない。ルーク・シルヴァが元魔王ということも知らない。ルミナスことクライスっていう騎士も、その辺は知らない。あと、クライスがルミナスの転生者だと知っている人は王宮にいそうだけど、公にはされていない。クロノス王子に関しては魔導士であることも伏せられている。以上、言動には気を付けろ」
トン、と肩を押して身体を離したロイドを、アゼルは恨めしい目で見てしまった。
「ステファノはおそらくこの国の王妃ギネヴィアとは犬猿の仲だったと……。今、親子なの?」
「なるほど。王子はちょっと複雑な性格しているけど、その辺の事情もあるのかな」
ロイドが脳内のメモに何かを書き加えた気配がする。
無償で情報を提供してしまったことを、アゼルは少しだけ後悔した。
(あの時、自分の生き方も死に方も、誰にも相談せずに一人で決めて死んでいったステファノ。助けられなかった。ルミナスも。この期に及んで二人の足を引っ張りたくなんかないのに。この情報はロイドに渡して大丈夫だった?)
「どうして魔王が、ルミナスと付き合っているの? もしかして見張っているの? 殺しただけじゃ飽き足らず、またあいつから何か奪う気なの?」
アゼルの問いかけに、ロイドはきょとんとして目をしばたいた。
それから、困ったような笑みを浮かべた。
「好きなだけだと思うよ。知らないけどさ」
頭の中にしみわたる、納得のできない理由。
「好きなら、なんで殺したのよ!」
ルミナスが死ななければ、ステファノも死ななかったのに。
胸倉に掴みかからんばかりに肉迫したアゼルに対し、ロイドは穏やかに言った。
「聞くけど、なんでお前らはルーク・シルヴァを殺そうとしたんだ。魔王を殺せば人間大勝利で戦争は終結、って信じていたからじゃないのか? その筋道は誰が描いたと思う? あの時までに魔族をまとめあげて、最終的に自分が死ねば幕引きになるように取り計らっていたのは誰だと思っているんだ。人間がさ、それをわからないのは仕方ないよ。でもお前は魔族だろ。わかれよ」
魔族だろ。
(いやな奴だなー……)
それがアゼルの急所だとわかって言っている。
どう頑張っても人間にはなれないんだよ、と。
「さて。あいつらやり過ぎないように見て来るかな。そんなに治安の悪い町じゃないと思うから、警備兵呼べば済む話だと思うんだけどね」
ロイドが歩き出し、肩越しに振り返ってアゼルを待っている。
(さらにさらにいやな奴だなー……)
ステファノが。
前を向いて、振り返らずに歩いて行ってしまったのが、余計に印象付けられる。
もう、過去なんか見ていないって。
(今は誰を見ているっていうのよ。相変わらずルミナスには恋人がいるっていうし。もう諦めたの……? それで、ステファノにはステファノで、別の誰かがいるの?)
わたしはずっとあなたのことが好きだったのに。
せっかく会えたのに、過去にしないで。置いて行かないでよ。
「アゼル。この後の予定はどうなってるの? 時間があるなら一緒に来るか? オレも少し話したいんだ」
優しいお姉さん風のロイドが、唇をきゅっとあげて微笑みながら言ってくる。
一緒に来るか、だなんて。
じろりとロイドの全身を見る。
優美な形の眉も、大きな瞳も、高い鼻梁も上品な唇も。すらりとしていながらまろやかな体つきも。嫌になるくらいの美女だ。
親戚だけあってどことなく似ているのに、並べば小娘な分、アゼルの方が見劣りするような気がしてならない。
不貞腐れるのをどうしてもおさえきれず、不機嫌な声でアゼルは言った。
「わたしはあなたには用はないんですけどねーっ」
「うん。でもオレと一緒に来るとクロノス王子もいるからね。たぶんあいつ、まだちょっとクライスのこと吹っ切れてないよ。この先たぶん落ち込むこともあると思うから、狙うならそこだぞ」
不意に悪戯っぽく片目を瞑ると、その話はおしまい、というようにアゼルの手を取って歩き出す。
狙うって何!? なんて弁明は、この美女には鼻で笑われるだけに違いない。
(あの時私達は確かに敵同士だったのに。そっちからそんな風になんでもない扱いにしないでよ)
もはや抵抗する気もなく、手を引かれて歩きながら、アゼルは空を見上げた。
薄い水色。晴れ渡って、少し肌寒そうな色。
(この空の下、どこかに生まれ変わったルミナスが。何がどうして、魔王を好きになっているのよ?)
その確認のために、仕方ないからついていく。
アゼルは自分に言い聞かせて、「一人で歩ける」と呟き、ロイドのあたたかな手を振り払った。




