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こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士  作者: 有沢真尋
第十一章 友達とか家族とか(前編)

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喪われる時間

「そんなに昨日飲んだんですか。殿下」


 アンジェラにこそっと言われたイカロスは、大儀そうに頷いた。


「飲んでいた。大事な話をしようというタイミングで、死ぬほど酔ってることに気付いたからやめた。そのままルーク・シルヴァが寝かしつけを担当した」


 くあ、と小さな欠伸をする。

 その様子を横目に見ながら、アンジェラは小首を傾げた。


「リュートさんの本名ですか。私もそうお呼びした方がいいのでしょうか」

「どっちでもいいんじゃないか。こだわりがなさそうだし」


 温度のない会話。緊張感はなく、どことなく気安さがある。

 アンジェラが自分の仕える相手であるイカロスに対し、緩い忠誠心や親しみのようなものを覚えているのは嘘ではない。

 身体が弱くて引きこもりがちだが、急に外に行くということもある。その生活を見て来たので、実は今回のような取るものも取らずの出立には慣れているのだ。

 イカロスも、自分が人の手を必要としていることをよく理解している。だからこそ、常に周りに人がいるようにしている。


 第二王子クロノスは。

 あまり人を寄せ付けない。

 親兄弟さえ。それは母親との息詰まるような関係に端を発していたように周囲からは見られていた。

 わがままではなく、人当たりがよく、子どもの頃から「手がかからないけど影が薄い」と言われていた。


「あんなに人とぶつかっているお姿、初めてみたかもしれません」


 アンジェラはそう言いながら、背後を窺おうと肩越しに振り返る。

 まさにそのとき、ルーク・シルヴァがクロノスに掴みかかったところだった。

 暴れるクロノスを押さえ込んで、視線を投げて来る。


「イカロス。飛べ。向かう先はわかるな?」

「オルゴの魔導士工房なんて実質一つしかない。必ず行く」


 確認するなり、ルーク・シルヴァは地を蹴って飛び上がった。

 人が少ないとはいえ、いきなりの飛翔魔法に周りが何事かと空を見上げていた。

 そのざわつきを感じながら、イカロスはのんびりとアンジェラに声をかけた。


「目立ちたくないし、少しのんびりと後を追おう」


 * * *


 不意打ちからの人攫い。

 暴れて逃げることは考えたが、クロノスは早々に諦めた。おいそれと、かなう相手ではない。


(お節介すぎるだろ、魔王)


 何を考えているかも、わかりすぎてしまっている。

 封印を、呪いを解くのは人間の魔導士だと言った。だけどきっとそれは。

 魔導士である必要すらない。


 転生によって無垢な魂を追い出し、赤子の身体を奪ったかもしれないという罪悪感をクロノスはずっと抱えてきた。

 その上、生まれ落ちた先が前世との相性が最悪だった場所。

 ふとした瞬間に心がバラバラになりそうなクロノスを支えてきたのは、ステファノという判断力のある大人。

 そのステファノを支えていたのは、いつかルミナスに巡り合えるかもしれないという希望。

 そして見つけた。

 男でも女でも犬でも猫でもなんでも良いと思っていたけど、さすがに寿命の短い動物だと死に別れが辛いから、人間でいてくれて良かったと安堵した。健康そうだったし。

 何も覚えていないのが悔しくて、うまく優しくできなかったけど、たまに話せれば十分だった。

 前世のルミナスのように「報いる方法が何もないから」と心が伴っているのかいないのか不明な肉体を差し出されるのは少し怖くて、近すぎない距離に甘んじていた。


 精神のバランスが崩れたのはどこからだろう。

 ルミナスが、クライスが「恋」を出来ると知ったあたりだろうか。

 前世のわけがわからない、誰のものにもならないルミナスとは違い、明確に一人に思いを寄せる姿。


(俺はそこを望めたんじゃないのか……?)


 振り払っても払っても押し寄せる後悔と、いや今生であいつが幸せになれるならこれで良かったんだという無理やりの納得と。苦さと甘さに苛まれて苦しんでいる間も時間は確実に(うしな)われていく――



「俺最近ずっとルーク・シルヴァといる」


 小脇に抱えられた体勢でもぞもぞと動きながら、クロノスはぼそりと言った。


「そういえばそうだな」


 びゅうびゅうと風を切る音に、低い美声がのる。

 翼もないくせに空を飛ぶ、人ならざる美貌の魔王。その横顔を見ながら、クロノスはもう一度よく聞こえるように言った。


「人間の寿命は短いぞ。すぐに引き裂かれる」

「そうだな。俺が二人とも見送ることになるんだろ」


 言わんとしたことを正確に汲んでいるだろうに、返事はあまりに可愛げが無くてクロノスは気炎を上げた。


「おいそこ、なんでいまセットにした!? 前世じゃあるまいし、死ぬタイミングくらいずれるだろ」


 不慮の事故に二人同時に巻き込まれたりしない限り。

 言われたルーク・シルヴァは落ち着き払って答えた。


「誤差だ。数年だろうと、十年二十年だろうと、俺にとっては誤差だ」


 見送る。

 そしていずれ一人になる。


「ルミナスのことだけ考えていろよ!! なんで俺を巻き込むんだ」

「約束した。もう記憶を継いだ転生はさせないと。お前の死に際に、俺は必ず立ち会う」


 言っていたかもしれない。言っていた気はするが。

 クロノスはどうにか腕を動かす余白を作って、前髪をぐしゃぐしゃとかきまぜる。


「やめてくれ。誤差みたいな、一瞬しか生きられないんだよ人間は。お前、俺に時間使っている場合なのかよ。あいつと離れ離れになっている間に何かあったらどうするんだ」


 レティシアが王都を襲撃なんてことになったら、まともに戦える人材がいない中、まず間違いなく「聖剣の勇者」は表に立つ。だけどクライスはルミナスほどに強くない。あの時みたいに仲間が揃っているわけでもない。


(俺がいてもどうにもならないかもしれないけど……。ルーク・シルヴァがいれば、レティシアからあいつを守り切れるんじゃないのか? レティシアと体を共有する必要がなくなった今なら、反撃だって)


 遠くに稜線が見えて薄い青空と緑が溶け合って、それを湿っぽく濡れた視界が歪めていく。クロノスは慌てて目を閉じる。泣くな。

 ルミナスのことばかり考えてきた。

 それが今になって、まずは自分をどうにかしろと言われてしまった。


(指摘されるまでよくわからないで放っておいた俺が悪かったけど……。今なのか。もしかしてルミナスが一番こいつを必要としているかもしれないときに。俺があいつからこの男を引き剥がしてしまっているのは、どう考えてもおかしい)


 早くルミナスの元へ、帰さないと。

 困っているかもしれない。探してはいるだろう。何も言わないで来てしまった。


「これは落ち込む。今になってようやく気づいたけど、俺はびっくりするくらい自分がないようだ。何を置いてもルミナスを優先して考えるのがしみついている」


 恐ろしくなめらかに思考を支配する感情の流れに我が事ながらドン引きし、クロノスは呻いた。どうあっても、自分のことではなくルミナスへと考えのすべてが流れ込んでいく。


「そうだな。後追いするくらい入れ込んでいたらそうなるだろうな」

「その話はもういい。やめろ」

「やめない。お前はもっと自覚しろ。そして今からでも遅くない。きちんと自分を取り戻せ。それが出来ないうちは、ルミナスの元に帰せない」


 言い返そうとして、クロノスは言葉に詰まる。


(ルミナスの元に帰るのは俺じゃない。お前だ)


 その一言が、喉につっかえて出てこなかった。


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