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こじらせ騎士と王子と灰色の魔導士  作者: 有沢真尋
第十一章 友達とか家族とか(前編)

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会いたくない

「本日は爽やかな朝なので……。もう少し、爽やかにして頂けないでしょうか」


 アンジェラの無理なお願いに、もとから口数の少なかった三人の男は黙り込んだまま。


「極め付けの魔導士三人が一晩同室で宿を全壊させなかっただけ良しとしない?」


 晴れ渡った空の下、早朝の涼しい風に吹かれながら四人は宿の前にて顔を突き合わせていた。

 さすがに大人げないと、クロノスが口火を切ってはみたものの、良く寝て身支度完璧といったアンジェラには首を傾げられる。


「一般人でも魔導士でもいいんですけど、普通、宿に泊まっただけの旅人は宿を破壊しません」

「喧嘩くらいするよ」


 破れかぶれにニコリと微笑む。アンジェラはぴくりと一瞬眉を寄せてから、笑顔で答えた。


「そんな無駄なことをしている時間がおありでしたなら、寝て体力を回復した方が賢明では。クロノス様は疲れておいででしたし。イカロス様はお身体が丈夫ではありませんし」


 言いながら、風に吹かれて明後日を見ているルーク・シルヴァへ視線を転じる。


「リュートさん。ここは一番のお兄さんがしっかりするところでは」


 くっ、とクロノスは無言で奥歯を噛みしめた。


(一番のお兄さんね~~、たしかに俺は前世合わせても五十歳には到達しない「若造」だし? イカロスは今生と前世までを会わせると少なくとも二百五十年分はあるはずだけど。ルーク・シルヴァなんか魔王だからな。三百年は確実にあるもんな……)


 三百歳と二百五十歳と五十歳未満だったら、確実に自分が一番のガキになるはずだが、触れて楽しい話題でもないので、触れないことにする。

 一方、水を向けられたルーク・シルヴァはごくなんでもないように言い放った。


「イカロスに食事もさせたし、酔いつぶれたクロノスを抱いて寝た。十分勤めは果たした」

「語弊!! 語弊あるぞそれ!! 抱いて寝たってなんだよ!? なんかこう、変な話になるだろそれ!」

「事実だ。押さえつけて気絶でもさせないとお前はいつまでも寝ないで絡み酒を」

「おい、今重要証言出たぞ。気絶させたってなんだよ。力加減間違っていたら死んでいただろそれ」

「鬱陶しかったんだ」


 クロノスは言い返そうと大きく吸い込んで、ため息として吐き出した。

 そのまま湿っぽく告げた。


「泣くぞ……」


 眼鏡の奥で目を細めたルーク・シルヴァをよそに、ぼさっと立っていたイカロスが呟く。


「鬱陶しいな、確かに」


 イカロスの赤い瞳がクロノスをとらえる。

 応じるように、クロノスが視線を流した。

 互いに。

 今すぐ背を向け、無関係な他人として別れても不思議はないし、殺し合いを始めても不思議ではない。

 無関心めいた緊張をはらんで、見つめ合う。

 軽く小首を傾げたルーク・シルヴァがクロノスの腕を掴んだ。

 掴まれた腕を払おうとして、振り切れずにクロノスは不機嫌そうに睨みつける。

 それを真向から受けて、ルーク・シルヴァはしずかに言った。


「出来ることと出来ないことはある。俺にもある。それはもうそういうものだと思うようにしている。お前の場合、落ち込み過ぎなんだよ。もうちょっと自分と向き合え。血を流しているのを見なかったことにするな。ちゃんと叫び声を聞け。自分の。無視している場合か」


 咄嗟に言い返せずに硬直しているクロノスの腕を解放し、無造作に抱き寄せる。

 ルーク・シルヴァの肩に顎をぶつけながら、クロノスは唐突に思い出す。

 そうだこの温もりは知っている、と。

 昨日抱いて寝たは嘘ではないらしい。


「俺が落ち込んでいる? 何に?」


 朝の往来だ。幸いにして周囲は忙しそうに通り過ぎる者ばかりだが、視線を感じる。

 なんでもなく抱き寄せて来た腕から逃れて、クロノスはするつもりもない問いかけをしてしまった口元を押さえた。

 ルーク・シルヴァは軽く吐息して言った。


「そばに、信用できる相手がいないこと。拠り所がない。普通ならそういう子どもはもっと不安定になるだろうが、お前には『ステファノ』がいたんだ。誰も助けてくれない信用できないと思いこんだ子どもの頃、自分の中にいる大人を頼りに生き延びたんだろ。大人の判断力で。大人の、孤独に耐える力で。自分は無力な子どもじゃないと言い聞かせて。『クロノス』には『ステファノ』がいたけど、『ステファノ』は全部失っていた。今悲鳴上げているのはそっちだ。同じであって同じじゃない、お前の中のもう一人。ルミナスと死ねなかったもうひとり」


 イカロスが、アンジェラに声をかけ、それとなく場を離れる。

 首をつっこむつもりはないのか、おとなしく二人は背を向けて距離をとった。

 ルーク・シルヴァは顔にのせていた黒縁眼鏡を外して手で弄びながら、鋭すぎる眼光をクロノスに向けた。


「ルミナスが今でも冥府の王の元にいるなら、俺がお前を殺してやったよ。二度と生まれ変われないくらい跡形もなく滅ぼしてやる。そこまでしないと救われないって顔してやがるし、そもそも俺は他の方法をあまり知らない。今すぐ楽にしてやるさ。だが、ルミナスは生きている。俺は今生きているルミナスを殺してお前の彷徨える魂への供物にすることもできない。俺は」


 俯く。

 恐ろしくうつくしい造作の瞼を伏せて、呻くように言った。


「……あの日のお前の死に、責任がある」


 呆然と見ていたクロノスは唾を飲み込むと、掠れた声で言った。


「無い。戦えば死ぬかもしれないのは、俺もルミナスも織り込み済みだった。ルミナスが死んだ責任は、ルミナスに聖剣を握らせて戦場に追いやった人間のものだ。その期待に応えようとしたルミナスの責任でもある。守りきれない、弱かった俺にももちろん」


 言えない言葉を、クロノスは飲み込む。


(ルミナスには死んでほしくなかったのに、ルーク・シルヴァが今生きていることに感謝する気持ちがあるんだ。これを認めるのは裏切りだろうか?)


 目裏に在りし日のルミナスが甦る。いつだって光の中で笑っている。

 会いたい。

 今すぐ会いたい。

 この悪夢を終わらせて欲しい。いつまでお前のいない世界に生きていればいいんだ俺は。

 多くなんて望んでいなかった。毎日ほんの少しだけ話せれば良かった。目が合ったときに笑ってくれれば、それだけで良かった。


「責任なんか感じるなよ。それで優しかったのか」

「ここ最近、ルミナス絡みでずいぶん揺さぶられて、ぐだぐだになっているの見たら、さすがに。結局のところ、お前の中にいるステファノの手当てをしないと、お前もどんどん引きずられる」


 心の奥底からどうしようもなくこみあげてくる。

 怨嗟と悲愁。怒りと嘆き。痛みを覚えるほどに。


「情けない」


 失笑をもらしたクロノスに対し、ルーク・シルヴァは白皙の顔を歪めた。

 まるで同じ痛みを感じているかのように。

 すぐに、黒縁眼鏡を顔にのせる。何もなかったと誤魔化そうとしたようだ。


「お前の枷となる呪いを解く。その為に先を急ごう」

「ああそうか。なんだっけ。呪いに詳しい魔導士……?」

「オルゴという都市を目指している」


 前日からのらりくらりと明言を避けてきたことを、ここにきてルーク・シルヴァは唐突に公開に踏み切った。

 ぼやっとした顔で聞いていたクロノスは、ひくっと頬を引きつらせる。


「行かない!!」

「おい、子どもか。駄目だそういうのは」

「会いたくない!!」


 まさしく子どもみたいに強情を張るクロノスに対し、ルーク・シルヴァはそっけなく言った。

 

「諦めろ。行くぞ。相手が有能な魔導士だっていうのは、お前が一番よくわかっているんだろ?」


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