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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 冬 〜  作者: 都月 敬
1日目
7/15

夕_倉庫街


 ふと、伝わる振動の質が変わった。

 そこから車輪が一定のリズムを刻み始める。石畳か。


「彭交に着いたようだな」


 蒲星が誰へともなく呟く。皆、俯きがちだった顔を上げた。

 気がつけば、射し込む陽射しも赤みを帯びて、時間の経過を知らせていた。


「いつもより、早いくらいね」


 杏怜が窓の外を覗き。


「寒いから、馬もがんばったんじゃない?」


 橙琳が適当なことを言う。


「じゃあ、にんじん、奮発しないと」

「馬がにんじん好きって、都市伝説らしいよ?」

「……馬なのに、都市なんですか?」


 つられて、久々に会話が続いた。

 黄希にあんな形で立ち去られてから、悠長に食事を続けられるほど、肝は座っておらず。そそくさと店を出て、馬車に戻って、再び大街道を走り出して。

 それからも、車内の雰囲気はどうしてもどんよりとしがちだった。

 何より、元凶である碧流が、責任を感じて落ち込んでおり。

 フォローに行った蒲星が何も言わないのが、それに拍車を掛けて。

 杏怜や橙琳がぽつぽつと話題を振ってはみるが、当然それも長くは続かず。

 結局、交わされた会話は数えるほど。蒲星に至っては、早々に目を閉じていた。

 ただそれも、状況が変われば、変わるもので。


「はい、碧流。初彭交の気分は?」

「えっと、生まれ変わったような気分です?」

「ああ。橙琳のせいで、碧流まで適当なことを。。。」


 なんて、杏怜に嘆かれたりもするけれど。

 いつまでも暗くなっていても仕方ない。黄希には後でしっかりと謝ろう。

 碧流も、そう心に決めて。


「今後の予定って、どうなってるんですか?」


 まずは予定を確認する。

 謝るにしても、あまり人が多いところで蒸し返すのもなんだし。

 碧流の問いに、橙琳が杏怜を見、杏怜が蒲星を見た。


「夜は大老院の一人の屋敷で会食のはずだ。が、少し早いな。先に客室で一休みするくらいの時間はあるかもしれない」


 蒲星が淀みなく答える。

 こういうのは橙琳の役割なのかと思っていたので少し意外だったが、一休みする時間があるならチャンスだ。黄希が会ってくれれば、だけど。

 その橙琳が重ねて尋ねる。


「会食って、立食?」

「いや、他に招待客がいるわけでもない。通常の着座だろう」

「げ。」


 顔をしかめる橙琳。


「何か、問題でも?」


 どちらも経験のない碧流にしても、その反応を見れば警戒する。

 答えてくれたのは、同じく顔を暗くした杏怜で。


「彭交での会食だと、多くの場合で、主客を混合させるのよ」


 シュキャクをコンゴー?


「私たちを一席置きに座らせて、間に彭交の方が座るの。友好を深める、というのが名目なのだけれど――――」

「私たちを女給にするつもりなのよ。わざと空の杯を見せつけるようにしたりさ。それで仕方なく注いでやったら、返杯とか言って、酒壺を奪い取られるんだけど、その時にまたべっとりと手を触られるの。くそ〜、おしぼりたっぷり所望する!」


 思い出しただけで手を汚されたかのように、指をわきわきさせる橙琳。

 同意するように頷いているのを見ると、杏怜にも覚えがあるのだろう。

 そんな二人を見て、珍しく蒲星がニヤニヤと。


「今日の主人の家では代替わりがあったと聞く。ひょっとしたら、二人の間にその若主人が入って、品定めされるかもしれんぞ。嫁か、妾か」

「そ〜れ〜も、イ〜ヤ〜!」


 両耳を塞いで、いやいやと頭を振る橙琳。


「品定めといえば、大老院の方々のご子息様方が大挙していらしたこともあったから、その時に比べれば。はは。」


 早くも笑みが凍りついている杏怜と。


「自分たちだけ、途中で勝手に席替したりしてね。キャッキャ言いながら。私たちは競売の獲物じゃないっての!」


 まだ見ぬ敵に噛みつき続ける橙琳。

 理由はともかく、車内はすっかりと賑やかさを取り戻していた。

 快適とはいえ窮屈な、長い馬車旅も間もなく終了だ。それにつれて、皆の意識も夜の会食、そして明日の彭交散策へと遷移していく、が。

 窓の外を見つめた蒲星の言葉が、それに水を差した。


「――――ちょっと待て。この道、合っているか?」


 蒲星にならって、すぐに全員が窓に貼りついた。貼りついたところで碧流には、薄暗さの増した倉庫街であること以外、何もわからないのだが。


「ずいぶんと、暗いところを走っているようだけれど」


 杏怜が自信なさげに呟く。言われてみれば、なぜこんなにも暗いのか。

 この馬車が走っていたのは大街道。大街道は彭交の街を貫いて東征国まで続くが、その通り沿いは彭交の街でも一等地に当たる。今、向かっているのは、彭交の街を統べるという大老院の一角、この街でも指折りの大商人の屋敷だ。当然、それは一等地に構えられるべきで、だとすると、こんな薄暗い路を通る理由は――――


「ちょっと、停めてくれ」


 蒲星が御者台への小窓を開いた。わずかに寒気が入り込む。

 覗く御者の様子は変わらず。馬も順調に歩を進めている。


「停めてくれ、と言っている。道はこのままでいいのか?」


 今度はやや強めに、御者へ向かって命じる。

 それでようやく。御者は少しだけ首を曲げると。


「大人しく、乗っていてください」


 底冷えのするような声で、そう言った。


「――――黄希は、どうした」


 蒲星の声が軋る。

 御者の影の向こう、この馬車の前に、走るものは見えない。


「そのためにも、大人しくしていろ」


 諭すように、脅すように。

 そう言い残して、御者が小窓を閉めた。


「――――何があったの?」


 通行方向に背を向ける形の杏怜と橙琳には、御者の声は聞こえても、姿は見えない。まして、その向こうは。

 蒲星が低めた声で端的に説明する。


「我々はどこかへ連れ去られているようだ。黄希の馬車は見えなかった」


 杏怜が息を飲み、橙琳も言葉を失った。


「飛び降りることも可能だが、それで黄希の身に危険が及ぶ可能性もある。ここは、大人しくしていた方が良さそうだ」


 自らの言葉に従うように、蒲星は腕を組み、座席に身を沈めた。

 杏怜と橙琳も、一度だけ視線を交わしたが、言葉はなく。

 碧流はただ、窓の外を見ていた。



 車輪が再び石畳を離れて、しばらく。

 ようやく馬車が止まった。

 辺りは、大きな倉庫が立ち並ぶ。その無個性な風景を、碧流は見つめている。


「声を出すな」


 扉を開けるより先に、外から御者の声がした。


「余計な音を立てるな。言われた通りに歩き、それ以外のことをするな」


 指図だけを並べられ、罰は示されない。わかっているだろう、ということか。

 ガチャリ、と、小さな音だけを立てて、馬車の扉が開いた。


「一人ずつ、降りろ」


 言われるままに、蒲星、杏怜、橙琳と降りて、碧流も続く。

 当然のように、黄希は姿も馬車も見えない。

 辺りは静かな倉庫街。人影も、街灯もなかった。

 一際大きな倉庫がある。御者はその二つ手前の倉庫を指して。


「あの扉から入れ。手をあげたりはするな。自然に歩け」


 馬車鞭で指された扉からは、唯一灯りが漏れていた。

 変わらず蒲星を先頭に、大人しく一列で歩く。

 最後尾の碧流の後ろに、距離をあけて御者も付いてきた。

 その倉庫は大きくも、小さくもなく。ただ意外にも、四台の寝台が並んでいた。枕も布団も丁寧に整えられている。小さな卓に椅子があり、上には燭台と水差し。グラスもいくつか置かれていた。

 碧流に続いて中に入った御者が、後ろ手で扉を閉める。

 蒲星を中心に並んだ四人が、扉の前に立つ御者と対峙した。


「――――目的は?」


 蒲星が真っ直ぐに切り込む。

 相手の狙いがわからなくてはどうすることもできないし、それだけに不安だ。

 しかし、御者の返答はにべもなく。


「説明は任されてはいない」


 それだけを告げる。

 他に指示はなく、四人は黙って立ち尽くす。


「座ってもいい?」


 問いを発したのは、橙琳。

 御者が小さく頷くのを見て、手近な寝台に腰を掛ける。


「座りっぱなし、てのも疲れるものだね。みんなも座れば?」


 何気なく、ごく自然に。しかし。


「それ以上、こちらが問うまで声を出すな」


 その雰囲気もすぐに断ち切られる。

 橙琳は御者を睨みつけると、思い切り舌を出した。確かに、声は出していない。

 そんな橙琳に、呆れたのか、安堵したのか。小さく一つ息をつくと、杏怜もその隣に腰をかける。二人は顔を見合わせて、いつものように微笑った。

 蒲星は二人の前方に。真っ直ぐに敵を見据えて、直立している。何があってもすぐ対応できるよう。碧流も、三人が視界に入るような角度で、その後ろに控えた。橙琳の視線が『お前はこっちだろ』と誘っている気もするが、無視。

 場の態勢は整ったようだ。

 支配権を持つ御者は動かず、一言も発しない。

 対するこちらも声はなく。

 耳の奥が痺れるような沈黙。動くのは、揺らめく灯影のみ。

 じりじりと流れていく時間を、燃え尽きゆく灯芯で知るばかりだった。


 そんな拷問のような時間にも、やがて終わりはくる。

 変化は外からもたらされた。

 かすかに届く馬蹄と車輪の音。一つ、ぱしり、と鞭が鳴って。

 御者が扉の脇に身体をずらしたのに合わせて、小さく軋んで扉が開いた。

 入ってきたのは、一人の、杖を突いた小柄な老人だった。

 蒲星の背中が小さな反応する。

 見知っている。だが、大きな驚きではないようだ。


「……迷惑を、掛けましたな」


 足労を詫びるかのように。そんな挨拶とともに、老人は御者の用意した椅子に浅く腰をかけた。杖は両足の前に突いたまま。その上に両手を乗せて、顎を乗せる。


「お久しぶり、ですかな。もう跡目は息子に譲っておりますので、あなた方にお会いすることもないかと、そう思うておりましたが」


 やはり、他の三人は初見ではないようだ。

 唇はあまり動かさず。瞳は深い皺に挟まれて。その思うところは汲み取れない。

 しおれたような老人は、やはり冬枯れたような咳払いを一つして。


「まずは、そちらさんの不安を取り除きましょうか。お友だちは、無事です」


 そう言われても、蒲星の背中は変わらない。

 正直なところ、それは心配していなかった。簡単に傷つけていい玉体ではない。


「普段には届かないかもしれませんが、できる限り、存分に、もてなさせていただきますよ。何不自由なく。そこは、ご安心を」


 猫なで声でそう言うが、こちらにはそれが叶えられないことがわかっている。

 黄希にとっては、軟禁状態こそが最大の不自由だろう。


「それに、そちらさんが何をしようと、しなかろうと、こちらは彼を傷つけたりはしません」


 少し、意外な方向へ話が転がった。

 黄希を人質に取って、こちらに何かをさせようというのではないのか。

 そんな反応を見てか、老人の口が、わかりやすく、笑みの形を作った。


「そちらさんはね、ただ、この話をお父様方へ伝えてくれれば、それでいいんですよ。いわゆる、連絡係、ですな」


 初めて、蒲星の背中が大きく反応した。

 老人の話は続く。


「今、こちらにはね、どうしても納得できない問題がある」


 いかにも沈鬱に。まるで被害者然として。

 新税制度。

 昼の苦味が、碧流の胸中に蘇る。


「でもね、ただ納得できないと言っても、とても聞いてはもらえません。だからね、少し、弱みを握らせてもらうことにした」


 納得されないだろう、とはわかっていた。

 黄希も説得できるとは思っていなかったようだ。

 しかし、まさか、会議の前から、皇太子の身柄を押さえようとは。


「そちらさんにはね、こちらの訴えを、彼のお父様へと、伝えて欲しいのですよ。できれば、お友だちの身柄が解放されるよう、必死にね」


 老人の言葉は、ひどくわかりやすく。

 それでいて、まるで他人事のように。


「確か、そちらさんは、それぞれのお父様方が、上の方へも話が利く方々だったはずでしょう。そこに重々お願いして、なんとかお友だちを救ってあげましょうよ」


 こちらを励ますがごとく。

 至極丁寧に、なすべきことを説明した。

 何か質問は、と問われ、ようやく蒲星が口を開く。


「我々がどうしようと黄希は傷つけない、と言ったが、我々がその依頼を飲まなければ、どうする?」


 それは、脅しだったのか。

 だとしても、蒲星の狙いは折り重なる皺に阻まれて。


「どうもしませんよ。約束ですからね」


 老人は、そう笑うと。


「こちらの望みはあくまでも、納得のできない問題が取り除かれること。だから、彼の身に何かが起こるとすれば、その問題が取り除かれないことが決まった時」


 やはり、一つ一つ、噛み砕くように。


「そちらさんが、彼なんてどうでもいい、と思われるんなら、放っておけばいいんです。あなたの正義に従って、警備に訴え出るでも良い。そうしたら、なるようになるでしょうから」


 にんまり、と。


「……黄希は、どこにいる?」

「さて、質問は、終わりですかな」


 続く質問は取り合わず、杖を使って、老人が立ち上がる。


「待ってください。納得できない問題と、その理由について教えてください。皆を説得するためにも」


 その質問は真意だったか、それとも単なる時間稼ぎだったか。

 いずれにせよ、杏怜の声も、老人のひび割れた肌に染み入ることはなく。


「あなた方が知る必要はありませんよ。皆さん、よぉくご存知ですから」


 絶句する杏怜をよそに、老人は嗄れた声で、水を、と命じる。

 御者が水差しから一杯の水を差し出した。


「明日の朝、先ほどの馬車を泰陽へと送り返します。乗るか乗らないかは、そちらさんの自由。こちらとしては、早急にお戻りになることを、お勧めしますけどね」


 話し疲れたのか、老人は旨そうに一息で飲み干すと。


「なにしろ、時間には限りがある。こちらも、贅沢なお客さんを、いつまでもはお構いできませんので」


 そう言い残して、御者の開けた扉から出て行った。

 御者も後に続き、閉められた扉の向こうからは、大きな硬い音が響いた。おそらく、閂でも掛けられたのだろう。


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