表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 冬 〜  作者: 都月 敬
1日目
5/15

朝_大街道


 ぐわらぐわら、と。

 荒れた路面が車輪を揺らし、車体はそれを直に硬い座面へ伝え。

 長時間座れば、尻どころか、腰や肩にまで不調を感じながら。

 わずかに口でも開こうものなら、たちまち舌を噛みそうで。

 一行はただただ無言で、吹き荒ぶ真冬の風雪に耐え忍ぶ。

 そんな旅路を想像していたの、だが。


「なんで、こんなに、快適なのですか?」


 騒音は、周囲を囲む堅牢な壁の向こうで、ほぼ聞こえることもなく。

 振動は、柔らかなクッション越しに、わずかに感じられる程度だし。

 当然、隙間風などはなく、むしろ尻の下から感じる仄かな暖かさが。

 弾む会話に、ほころぶ笑顔。手作りのお菓子まで振舞われたりして。


「泰陽に来る時に乗った、あの馬車はなんだったのですか!?」


 そう詰め寄ってみても、もちろん蒲星 (ホセイ) に答えられるはずもなく。

 そもそも、彼らにとって、馬車とはこういうものなのだろうし。


「えっと、喜んで頂いているのなら、何よりなのですけれど。。。」


 向かいの杏怜は、常にない碧流の反応に、戸惑うような、楽しむような。


「この辺りは、道もいいからね」


 杏怜の隣の橙琳 (トウリン) が、訳知り顔で、碧流の疑問を一つ、解決する。

 泰陽から彭交へと続く道。言わば、央香国の大動脈だ。それは整備も念入りだろう。もちろん、この差は道だけによるものではないだろうけれども。

 そんな碧流を見て、隣の蒲星はむしろ興味深そうに。


「乗合馬車というのは、そんなにひどいものなのか?」

「……ええ、そりゃもう」


 記憶から蘇るあれは、これと比べれば、まさに天国と地獄。

 荷馬車に申し訳程度の幌を付け、軸も車輪も歪んだままに、牛と見紛う馬車馬に牽かせ、載せられるだけの人を無理やり載せて、街道とは名ばかりの、整備する者とてない道を、勝手気ままな御者任せに、ぐわらぐわらと進むものなど、とてもじゃないが同じ土俵には載せられない。


「そうか。それほどなら、私も一度乗ってみるべきなのかもしれないな」


 奇特なことを言い出す蒲星。碧流の思いが伝わっていないのかと疑うが。

 蒲星は泰皇国で古くから信じられている嵩泰 (スウタイ) 教の大僧正の息子である。立場上、庶民の苦しみというものを知っておくべき、と思ったのだろう。


「うんうん。蒲星はもう少し処世の辛さを知ってみるべきだね」


 それに、大げさに頷く橙琳。

 かく言う彼女も、丞相家の娘、れっきとしたお嬢様なのだが。


「そうよね。あまりいつまでもお坊っちゃま然としていては、被告人からいらない反感を買ってしまうこともあるだろうし」


 杏怜にまでそう言われてしまい、憮然と腕を組む蒲星。

 蒲星は、若くして裁判員に幾度も選出されていた。その法知識や、裁判所での態度などは多くの賞賛と羨望を集めているのだが。


「やっぱり、苦労を知らない子はね、言うことがバカ正直だよね」

「間違ってはいないのだけれど、ああも率直だと」


 四神同士となると、遠慮も何も無くなるようで。


「わかった、わかった。以後、気をつけるさ」


 二体一では勝ち目もない。

 適当に誤魔化して、蒲星が碧流に向き直った。


「しかし、今回は急な話だっただろう。無理を言ってすまなかったな」


 自分で言った無理でもないのに、軽く頭を下げる。

 こういう態度の軽さが好感を呼ぶのだろう。


「いえ。僕も泰陽以外の街にも興味がありましたから。ちょうど良かったです」


 碧流もすぐに笑顔で返す。

 この答えが、黄希に突かれた痛いところなのは内緒だ。

 杏怜の笑みが意味ありげにも映るが、気のせいだとしておこう。


 碧流たちが泰陽を発ったのは、今日の朝のことだった。

 彭交から寄越された二台の馬車に分乗し、大街道を南東へと下っていく。

 馬車は四人乗りで、先を走る一台には、黄希と泰陽からの副使、それに二人を歓待する役目の彭交からの使者が乗っている。続く一台にはお供たち、蒲星、杏怜、橙琳と碧流が乗っていた。

 彭交までは、ほぼ一日の道のり。

 黄希にすれば、さぞ退屈な時間が流れていることだろう。


「それにしても、黄希がいきなり碧流を誘ったのには驚いたな。何かあったのか?」


 蒲星が事もなげに問いかける。

 こういうことを、本人がいるところで訊いてしまうところ、だと思うが。

 さすがに口には出せないでいると、向かいで苦笑している二人と目が合った。あちらも同感だったのだろう。

 しかし、そう言われてみると、碧流も誘われた理由は知らない。碧流のために、というのが後付けなのだとすると。


「何か、というほどのことでもないのだけれど」


 笑いながら、答えたのは杏怜だった。


「ある日、黄希が言ったの。碧流が、オレを呼び捨てにしたんだ、って。嬉しそうに」


 ……え?


「だから、じゃあ次の視察には誘ってあげたら、って言ったの」


 早い。しかも、軽い。


「おしまい。」


 まるで紙芝居でも読み終えたかのように、にっこりと微笑む杏怜。


「――――ん? それだけのことでか?」


 理解できない風の蒲星と。


「さすが! 黄希はそういうとこが青春だよね!」


 思い切り爆笑する橙琳。


「ええ。それだけのことよ」


 答える杏怜もにこにこと。


 ……なんとなく、背筋が冷えてきた。


「――――あの、黄希を呼び捨てにするのって」


 恐る恐る確認する碧流に、橙琳はニヤニヤと。


「学院生では、私たち三人くらいだったかな。あと、碧流。それだけ」


 大喜びで、わざわざ付け加えてくれた。

 つまり、この、四人、だけ。あの沢山いる学院生の中で、たったの。


「それは、畏れ多い、ことですよね。皇太子ですし、黄希、さんは」


 顔も強張り、片言になる碧流。

 しかし、橙琳はニヤニヤ笑いを貼り付けたまま、平然と。


「いいんじゃない、同じ学院生なんだし。学院の中では皆平等」


 蒲星もようやく事情を理解したようで。


「黄希に友だちが増えたなら喜ばしいことだ。これからも仲良くしてやってくれ」


 頼もしい兄のように、碧流の背中をばんばんと。


「でもね、碧流。私は、呼び捨てにされたことがないように思うのだけれど」


 人差し指を顎に当てて、にっこりおねだりする杏怜。

 視線を外そうにも、ここは小さな馬車の中。逃げ道などはあるはずもなく。


「それは、まぁ、おいおいと」


 なんて、逃げ冗句を打ってみたりする碧流だったが。

 黄希と碧流の友情をネタに、女性二人はどこまでも盛り上がっていく。


 そんな車内をよそに、馬車は静かに大街道を下っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ