朝_大街道
ぐわらぐわら、と。
荒れた路面が車輪を揺らし、車体はそれを直に硬い座面へ伝え。
長時間座れば、尻どころか、腰や肩にまで不調を感じながら。
わずかに口でも開こうものなら、たちまち舌を噛みそうで。
一行はただただ無言で、吹き荒ぶ真冬の風雪に耐え忍ぶ。
そんな旅路を想像していたの、だが。
「なんで、こんなに、快適なのですか?」
騒音は、周囲を囲む堅牢な壁の向こうで、ほぼ聞こえることもなく。
振動は、柔らかなクッション越しに、わずかに感じられる程度だし。
当然、隙間風などはなく、むしろ尻の下から感じる仄かな暖かさが。
弾む会話に、ほころぶ笑顔。手作りのお菓子まで振舞われたりして。
「泰陽に来る時に乗った、あの馬車はなんだったのですか!?」
そう詰め寄ってみても、もちろん蒲星 (ホセイ) に答えられるはずもなく。
そもそも、彼らにとって、馬車とはこういうものなのだろうし。
「えっと、喜んで頂いているのなら、何よりなのですけれど。。。」
向かいの杏怜は、常にない碧流の反応に、戸惑うような、楽しむような。
「この辺りは、道もいいからね」
杏怜の隣の橙琳 (トウリン) が、訳知り顔で、碧流の疑問を一つ、解決する。
泰陽から彭交へと続く道。言わば、央香国の大動脈だ。それは整備も念入りだろう。もちろん、この差は道だけによるものではないだろうけれども。
そんな碧流を見て、隣の蒲星はむしろ興味深そうに。
「乗合馬車というのは、そんなにひどいものなのか?」
「……ええ、そりゃもう」
記憶から蘇るあれは、これと比べれば、まさに天国と地獄。
荷馬車に申し訳程度の幌を付け、軸も車輪も歪んだままに、牛と見紛う馬車馬に牽かせ、載せられるだけの人を無理やり載せて、街道とは名ばかりの、整備する者とてない道を、勝手気ままな御者任せに、ぐわらぐわらと進むものなど、とてもじゃないが同じ土俵には載せられない。
「そうか。それほどなら、私も一度乗ってみるべきなのかもしれないな」
奇特なことを言い出す蒲星。碧流の思いが伝わっていないのかと疑うが。
蒲星は泰皇国で古くから信じられている嵩泰 (スウタイ) 教の大僧正の息子である。立場上、庶民の苦しみというものを知っておくべき、と思ったのだろう。
「うんうん。蒲星はもう少し処世の辛さを知ってみるべきだね」
それに、大げさに頷く橙琳。
かく言う彼女も、丞相家の娘、れっきとしたお嬢様なのだが。
「そうよね。あまりいつまでもお坊っちゃま然としていては、被告人からいらない反感を買ってしまうこともあるだろうし」
杏怜にまでそう言われてしまい、憮然と腕を組む蒲星。
蒲星は、若くして裁判員に幾度も選出されていた。その法知識や、裁判所での態度などは多くの賞賛と羨望を集めているのだが。
「やっぱり、苦労を知らない子はね、言うことがバカ正直だよね」
「間違ってはいないのだけれど、ああも率直だと」
四神同士となると、遠慮も何も無くなるようで。
「わかった、わかった。以後、気をつけるさ」
二体一では勝ち目もない。
適当に誤魔化して、蒲星が碧流に向き直った。
「しかし、今回は急な話だっただろう。無理を言ってすまなかったな」
自分で言った無理でもないのに、軽く頭を下げる。
こういう態度の軽さが好感を呼ぶのだろう。
「いえ。僕も泰陽以外の街にも興味がありましたから。ちょうど良かったです」
碧流もすぐに笑顔で返す。
この答えが、黄希に突かれた痛いところなのは内緒だ。
杏怜の笑みが意味ありげにも映るが、気のせいだとしておこう。
碧流たちが泰陽を発ったのは、今日の朝のことだった。
彭交から寄越された二台の馬車に分乗し、大街道を南東へと下っていく。
馬車は四人乗りで、先を走る一台には、黄希と泰陽からの副使、それに二人を歓待する役目の彭交からの使者が乗っている。続く一台にはお供たち、蒲星、杏怜、橙琳と碧流が乗っていた。
彭交までは、ほぼ一日の道のり。
黄希にすれば、さぞ退屈な時間が流れていることだろう。
「それにしても、黄希がいきなり碧流を誘ったのには驚いたな。何かあったのか?」
蒲星が事もなげに問いかける。
こういうことを、本人がいるところで訊いてしまうところ、だと思うが。
さすがに口には出せないでいると、向かいで苦笑している二人と目が合った。あちらも同感だったのだろう。
しかし、そう言われてみると、碧流も誘われた理由は知らない。碧流のために、というのが後付けなのだとすると。
「何か、というほどのことでもないのだけれど」
笑いながら、答えたのは杏怜だった。
「ある日、黄希が言ったの。碧流が、オレを呼び捨てにしたんだ、って。嬉しそうに」
……え?
「だから、じゃあ次の視察には誘ってあげたら、って言ったの」
早い。しかも、軽い。
「おしまい。」
まるで紙芝居でも読み終えたかのように、にっこりと微笑む杏怜。
「――――ん? それだけのことでか?」
理解できない風の蒲星と。
「さすが! 黄希はそういうとこが青春だよね!」
思い切り爆笑する橙琳。
「ええ。それだけのことよ」
答える杏怜もにこにこと。
……なんとなく、背筋が冷えてきた。
「――――あの、黄希を呼び捨てにするのって」
恐る恐る確認する碧流に、橙琳はニヤニヤと。
「学院生では、私たち三人くらいだったかな。あと、碧流。それだけ」
大喜びで、わざわざ付け加えてくれた。
つまり、この、四人、だけ。あの沢山いる学院生の中で、たったの。
「それは、畏れ多い、ことですよね。皇太子ですし、黄希、さんは」
顔も強張り、片言になる碧流。
しかし、橙琳はニヤニヤ笑いを貼り付けたまま、平然と。
「いいんじゃない、同じ学院生なんだし。学院の中では皆平等」
蒲星もようやく事情を理解したようで。
「黄希に友だちが増えたなら喜ばしいことだ。これからも仲良くしてやってくれ」
頼もしい兄のように、碧流の背中をばんばんと。
「でもね、碧流。私は、呼び捨てにされたことがないように思うのだけれど」
人差し指を顎に当てて、にっこりおねだりする杏怜。
視線を外そうにも、ここは小さな馬車の中。逃げ道などはあるはずもなく。
「それは、まぁ、おいおいと」
なんて、逃げ冗句を打ってみたりする碧流だったが。
黄希と碧流の友情をネタに、女性二人はどこまでも盛り上がっていく。
そんな車内をよそに、馬車は静かに大街道を下っていった。




