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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 冬 〜  作者: 都月 敬
0日目
4/15

夕_講義室


 その講義は何を語っていたものだったか。


「……というところで。キリがいいので、今日はここまでにしましょうか」


 講師のそんなまとめを受けて、学院生から小さな歓声が沸いた。それもすぐに静かな喧騒へと姿を変えて、早くも講義室を後にする背中とともに消えていく。

 本日最後の講義はこうして、定刻よりも早く幕を閉じた。内容は、東征国と央香国の文化面の比較を地理的観点から読み分ける、とかなんとか、だったような。


「ふう。――――で、まだそうして座っているあなたは、何か質問でも?」


 教材をまとめた講師の視線が、未だに座席に着いたままの碧流へと向けられた。

 東征国の出身らしく、青華にも似た青い髪をきっちりとまとめた女性講師。

 その顔は、他でも見覚えがある。

 意を決した碧流は、立ち上がり、講師の元へ。


「先生。少し質問があるんですけど」


 本当にあるとは思いもしなかったのか、講師の顔がきょとんと固まった。

 しかし、すぐに笑顔へと取り戻して。


「どうぞ。今回の講義の内容かしら?」 

「いえ、内政、というか、現在の経済政策について、です」


 この講師は他に経済史の講義も持っていたはず。それも、過去だけに留まらず、現在、未来への関連や示唆を求めることを重視していたように思う。それならば。


「先生は、新税制度について、どうお考えですか?」


 二度目のきょとん。

 それにしても、これは予想外だったか。今日の講義とは、まるで関係がない。


「そうね。今、話題の政策だけど。まず、あなたはどう考えているの?」


 質問を返してきたのは、その意図を絞るためだろう。

 碧流も、なるべく自分の疑問点を抽出しようと試みるが。


「四方国との交易を央香国の機関が一本化する、というのが最大の変更点だと思いますが、そうなると央香国側の都合での価格調整が可能になってしまいます。税率も同様です。四方国の商人にはデメリットしかないように感じるのですが」


 結局、口から出てきたのは、昼に紫絡がぼやいていたままの言葉。

 講師も初めて聞く意見ではないのだろう。苦笑こそ浮かべたものの、困った様子はなく。


「そうね。央香国が価格調整を行える、というのは確かでしょう。でも、それは悪いことかしら?」


 試すような問い。


「買う側が一方的に値を低く指定できてしまいます。悪いこと、だと思いますが」


 そうと知りながら、碧流の回答は末尾が弱くなってしまう。

 それを指摘するように、講師はなおも笑みをたたえて。


「そうなれば、そうでしょうね。でも、そうなったとして、悪いのは制度? 人?」

「……あ〜、、、」


 講師の意図にようやく追いついて、碧流が返す言葉を失う。


「悪い人が悪い方向に使えば、悪いことができる制度を、悪と断ずるのは簡単よ。でも、それは裏を返せば、良い人が使えば、世の中を良くすることができる制度でもある。というより、そちらこそが表なんだけど」

「では、新税制度自体は正しい、と?」


 自分でも短絡に答えを求めていることに気づきながら、問う。

 やはり、講師はそれにも首を振って。


「歴史的観点からするなら、正否は終わってみないとわからないのよね。誰かが制度を悪用して、不当に価格を下げて、央香国ばかりが儲ければ、四方国の不満が高まり、いつか爆発する。そうなれば、歴史はその政策を悪と評価するでしょう」

「やってみなければ、わからない、ですか」


 それでは、今の碧流のアンニュイは解消されない。


「あくまで、歴史的に観るなら、ね。でも、これじゃ無責任よね」


 それに気づいたかのように、講師はまるで他人事のように笑うと。


「でもね、結局は人なのよ。先ほどのような否定論が出ること自体、央香国の政府が四方国の人間に信じられてない証拠。信じられてない人間に統制されることに、納得できる人はいないわ」


 それは、その通りだろう。だから、新税制度は受け入れられない。


「では、誰かの統制を否定して、誰も何もできないナニカに任せることは、さて、統治者として是でしょうか、非でしょうか?」


 再度の設問。今度は二択。だが、是非を答えるだけでは意味もなく。


「誰も、何もできない、ナニカ、ですか」


 本意が掴めていない碧流には、ただ繰り返すことしかできない。

 講師は優しく頷くと。


「そうよ。今の物価なんてまさにそれ。売る人も買う人も無数にいて、その中で、なんとなくこの辺り、って決まってるもの。まさに、誰にも決められない」


 具体例を挙げられて、少しは考える方向性を得て。


「それが、自然に決まったことなら、それでもいい気がしますけど」

「それで苦しむ人がいても? 不当に利益を上げる人がいても?」

「いや、そう言われてしまうと……」


 途端に言い淀む。そもそも『気がする』程度の意見だ。

 講師はこここそが重要と言わんばかりに。


「今回、政府がやりたがっているのは、そういうことよ。基本的には自然に決まる価格でいいのだけど、それが多くの民にとって不幸なら、少し調整しましょう。不当に利益を得る者がいるのなら、そうならないようにしましょう。それだけなの」


 綺麗に、政府側の主張をまとめた。

 そのまとめがあまりに綺麗過ぎて、逆に碧流は不安になる。


「それで不幸になる人は、いない?」

「いるでしょうね。今まで、不当な利益を得ていた人とか」


 不安を打ち消すような笑顔。

 言い包められているような気がしつつも、碧流は頷くしかない。

 その時、講義室の扉ががらりと開いて。


「寧花先生、よろしいですか?」


 別の講師が顔を見せた。こちらは碧流には覚えがない。


「あ、ちょっと待ってください」


 寧花と呼ばれた講師は、碧流に向き直って。


「ということなんだけど、参考になったかしら?」

「とても。ありがとうございました」


 きっちりと、未だ慣れない講師への礼を返す。その分、気持ちは充分に込めて。

 昼には悪法でしかなかった新制度が、今では根拠から理解できるものになっていた。善か悪かは、まだわからないけれど。


「そう。良かった。今度は、経済の方の講義にも顔を出してくださいね。こういう質問をしてくれると盛り上がるから。では、またよろしくね、碧流さん」


 くるり、と。女性講師は踵を返した。

 呼びに来た講師と談笑を交わすその横顔を、碧流は呆と眺める。

 覚えてもらってないと思っていた人に、突然、名前を呼ばれるのって。


「……碧流さんって、歳上の女性が好みなんですか?」


 突如として掛けられる声。


「歳上、っていうより、背が高い人なのかな。それとも、青い髪が――――」

「いつからいたんですか、雪祈?」


 ぶつぶつと続けられる分析を打ち切るように、背後の雪祈に問いかける。


「はい。講義の最初からいましたよ」


 雪祈は講義中と同じように、座席に着いたままだった。

 同じ講義を受けていたのは知っていたが。


「終わってから、随分と経ってますよ。まだ、帰らないんですか?」


 誤魔化そうとする何かがトゲになって、少し嫌な言い方になった。

 しかし、雪祈は気づかないのか、気にしないのか。


「そうしたいのはやまやまなんですけど」


 そう言って。にこにこ笑顔のまま、隣の席を指差す。

 そこには、ぐ〜すか眠る白翔の姿が。


「講義中は静かなのに、終わった途端にいびきをかき始めるって、どんな能力なんでしょうね」


 見下ろす表情といい、言葉といい、相変わらず主筋に対する態度とは思えない。

 これが、相手が起きている間は、豹変するから驚きだ。


「それにしても、講義が終わった後に、講義に関係ない、それも政治関係の質問をするなんて、碧流さん、どれだけ真面目なんですか」


 感心したような、呆れたような。

 悪いことでもないのに、言い訳がましく、碧流はかいつまんで黄希との彭交行きの説明をする。

 そんな碧流を眺めながら。

 雪祈は今度は、感心したような、それでいて、少し複雑そうな表情を浮かべた。


「偉いですよね。みなさん」

「偉い?」


 問いを返したのは、照れ隠しではなく、その真意が知りたくて。

 雪祈は、碧流の方を向いたまま。


「四神のみなさんはもちろんですけど。もう、先のことを考えてる」

「先のこと、ですか」


 碧流はむしろ、今のことだけで手いっぱいだと思っているのだが。


「私なんか、いつまでも、こうして学院にいられたらなぁ、とか考えてるのに」


 雪祈の瞳は、もう碧流を見てはいなかった。


「雪祈は、どれくらい学院にいる予定なんですか?」


 一般に、学院生の在学期間は二、三年。入学も卒業も好きな時期に決めることができ、特に式典などはないから、書類上の手続きだけだ。四年以上在学しているらしい紫絡は、自らヌシと名乗っている。

 なのに、雪祈は小さく首を傾げて。


「どうなんでしょうね。後一年はいるんでしょうけど」


 つられて首を傾げる碧流に、雪祈はもう一度隣を指差して。


「こちら次第なので」


 と、苦笑して見せた。

 一般の学生ではない碧流は、在学二年と定められている。その間に充分な知識や礼節を身につけ、試験に合格することが最低条件。その後も、流族のために、その知識や技術を活かしていくことが求められている。

 そこに迷いはない。が、選択肢もない。


「なんなんだろうなぁ、私――――」


 机の上に腕を重ねて、その上に頰を乗せて。

 ぼんやりと、消えゆく冬の太陽を眺めながら。


「――――せつ」

「ぶわぁぁぁあぁお」


 碧流の声を掻き消したのは、まるで大型草食獣のような大あくびだった。

 その間だけわずかに持ち上がったその身体は、また机の上に突っ伏していたが、雪祈はすでに姿勢を正していた。

 まだ覚醒していない白翔をそっと確認してから、碧流へにっこりと笑顔を送る。

 碧流も声も出さずに頷いて、小さく手を振った。

 白翔に用はないし、余計な勘繰りを受けるのも面倒だ。

 そのまま、荷物を片手に、講義室を後にする。


 あの時、雪祈になんと言葉を掛けるつもりだったのか。

 それはもう、自分でもわからないけれど。


 ちょっとだけ、間男みたいな去り際だったな、とか思いながら。


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