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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 冬 〜  作者: 都月 敬
0日目
3/15

昼_食堂


 寒い日には、とろみのたっぷりとついた熱々スープおこげが嬉しい。

 甘みを含んだ白菜をスープに絡めて口に入れると、生姜の香りがさらなる食欲を運んでくる。お供に肉まんを付けてしまったのは、何かの呪いだと思おう。


「――――彭交、かぁ」


 あれから。なんとなく気もそぞろとなって、講義はほとんど手につかなかった。

 昼前の講義内容が央香国内の地理だったのも良くない。ついつい、講義とは関係ないのに、彭交の項目を読み込んでしまったりして。


「彭交が、どうかした?」


 それは、いつものように背後から。


「あ、紫絡 (シラク) さん」

「はい、毎度おなじみ、紫絡さんだよ」


 恒例の、挨拶とも呼べないなにかを交わし、確認も取らずに向かいに座る。

 ちょくちょく、というよりは少なく、たまに、というよりは多いくらい。

 紫絡とはそんな頻度で昼食を一緒にしていた。講義で一緒になった記憶はないのに、昼休みの食堂ではいつもこうして後ろから音もなく現れる。謎の女性だ。


「で、どうしたの? なんだかアンニュイぶってたけど」

「ぶってません。……あ、いや、ぶってたかも」


 複雑な表情を浮かべる碧流を見ながら、紫絡があんかけ焼そばを手繰った。

 あんなに食べにくいものを、大きな音も立てず、あんも飛ばさず。

 学院の人たちは総じて食べ方が綺麗でうらやましい。


「やっぱり、冬は片栗粉だよね」


 笑顔で同意を求められ、碧流も頷いてレンゲを取った。

 しかしとろみスープはなかなか冷めてはくれない。


「――――黄希に、彭交行きに誘われました」


 ふーふー冷ます合間に、碧流はアンニュイの大元を告白する。

 それを聞いた紫絡も、一旦箸を止めて、一時の間、考えて。


「……え、放校? 碧流くん、学院クビになっちゃうの!?」

「なりません! 彭交です、商業都市の!!」

「あ、あぁ、あの彭交か。。。」


 一旦落ち着いて、水を一口。そして。


「え? 皇太子からのお誘いで彭交旅行!? それ、贅沢? うらやましいヤツ!?」


 今度は別の方向で騒ぎ出す。


「ちょ、声が大きいですって」


 なだめる碧流。特に『皇太子』は大声で言って欲しくない。 


「贅沢ではないと思いますよ。黄希が彭交での会議に参加する、っていうのが目的ですし、僕は四神のみなさんと一緒に、お供として付いていくだけですから」


 黄希がそうして央香国内のあちこちに行っているというのは、学内では有名な話だ。それに三人が同行するから、四神という括りが一般化された気もする。


「なんだ、公務か」


 紫絡もつまらなそうに呟いたが、すぐにまたにんまりと。


「でも、皇太子様用の馬車だったり、宿だったりするわけよね。向こうで歓迎パーティとかあったりして。美味しいもの食べ放題? やったね!」

「やってません。堅苦しいのは苦手なんですから」


 美味しいもの食べ放題は、ここの食堂だけで充分だ。


「バカねぇ。美味しいものは、土地それぞれで美味しいんだから。それに、堅苦しいのに慣れるのも、流族の使命、なんじゃないの?」


 痛いところを突かれて、碧流がぐっと口ごもる。

 流族の碧流が特例で入学が認められたことは、近しい人間なら周知のことだ。流族の使命についても話してあるから、こうしてちょいちょいいじられる。


「その通りです。だから、いい機会、なんですけどね」


 不貞腐れる碧流を、紫絡は楽しげに見やって。


「じゃ、なんでアンニュイ?」


 碧流は、レンゲに冷まし過ぎたスープを口に運んでから。


「ちょっと、彭交に関して調べてみまして。特に、今回の会議の目的とかを」


 今回に限らず、彭交で開催される会議は、すべて大老 (タイロウ) 院が運営する。

 彭交は四方国からの陸路、水路が交わる土地であり、国中の交易品が集まると言っても過言ではない商業都市だ。だから、当然のように、そこに根を張る大商人たちが、領主と同様の権限を持っている。その大商人たちが集まって彭交の舵取りをするのが大老院。彼らはすべてを自分たちでの合議制で取り決め、国の意志を顧みようとはしない。その姿勢は、長く央香国の経済部門の課題となっていた。


「今回の会議の目的、って、ひょっとして、あれ? あの、新税制度、ってヤツ?」


 ピンときた様子の紫絡に、碧流も神妙に頷く。


「恐らく。それを彭交の大老院に納得させるのが、黄希の目的のはずです」


 彭交における長き大老院の自治体制を打ち崩すため、この度、央香国中央議会で採決されたのが、紫絡の言う新税制度というものだった。

 新税制度は、主に国を越えた交易で発生する関税についての新しい取り決めである。これまでは、品物やその量に応じて定められた税を、取引した商人が間接的に国へ納めれば、それで良かった。しかし今後は、関税を納めるための専用の機関を作り、一本化させる、という方針へと変わる。


「あれって、結局、央国と四方国との交易を、今後は国が独占する、って話よね。そんなの、誰か納得するの?」


 確かに、そう聞く限り、真っ当な国が行う正しい政策とは思えない。


「一応、窓口を一本化することで、不当な原価で購入することがなくなり、また税収を予測しやすくできるために、税率を低く抑えることができる、と言いますが」


 調べてみた通りに、国の主張をそのまま述べてはみるものの。


「なに、その、教科書通りの説明」


 と、鼻で嘲笑われる。そりゃ、そうだ。

 紫絡の不満は、もちろん収まらず。


「央に価格調整なんてされたら、四方国の商人から生産者からみんな、すぐにおまんま食い上げよ。税率だって、低く抑えることができる、なんて言って、抑えるわけないじゃない。むしろ上げ上げよ、アゲアゲ」


 話しているうちにも怒りが昂ぶってきたのか、紫絡がざっく、と玉子に箸を突き刺した。彼女も北厳国の出身だから、思うところがあるのかもしれない。

 碧流も、残ったおこげをスープにほぐしながら。


「とてもすんなりと受け入れられる制度じゃないですよね。議会でも反対意見が多かったところを、泰皇の鶴の一声で強制採決、みたいな感じだったらしいですし」


 そこも、今回の制度の話題の一つ。

 紫絡も乾いた笑いを浮かべ。


「民主主義万歳、ね。それで、実際の根回しは、息子に押しつけるわけですか」


 そう。それこそが碧流のアンニュイの原因。


「彭交の会議への黄希の参加も、急遽決まったみたいですね。本来は誰が出る予定だったのか、までは知りませんけど」


 黄希は今までも様々な会議に参加しているが、正直なところ、皇太子でも大丈夫な会議ばかりだった。論議する場でも、決議する場でもなく、単に承認さえすれば良い会議。王族たる権威さえあれば良く、言ってしまえば、お飾りで充分だった。

 だが、今回の会議は違う。論議した議会員の多くすら納得しなかったものを、実際に不利益を被る商人たちに納得させなければならないのだ。

 黄希には人気がある。ただそれは一般民衆に、であって、素足で刃を渡って生きてきたような大商人たちに通用するものではない。いくら素質があると言われていても、まだ学院生なのだ。

 その黄希に、この難局を託す。その意図はなんなのか。


「ふ〜ん。まぁ、楽な話には聞こえないけども。でもさ、アンニュイになるのは黄希の方で、碧流くんの役割じゃないんじゃないの?」


 ……ぐ。またも痛いところを突かれる。

 確かに、お供の碧流が心配したところで、何ができるわけでもない。


「それは、そうなんですけどね」


 俯いてしまった碧流をよそに、紫絡はふかふかの肉まんにぱくり。


「他人の分まで心配背負うと、若ハゲするよ。ただでさえ、小さいんだから」


 心配性は性分だが、碧流だってハゲるのは嫌だ。でも。


「……ハゲるのと、背が低いのは、関係なくないですか?」

「あるよ。小さいと頭頂部見られやすいんだから。碧流くんハゲたら、私すぐに見つけるよ」


 もはや、ぐぅの音も出ない。

 女性にしては長身の紫絡からすれば、碧流に対しては、主に頭頂部に話しかけているようなものなのかもしれない。


「余計な気、使ってないで。彭交自体は見応えのある街なんだから、いっぱいお勉強してきなさい」


 今さらのように、お姉さんぶる紫絡。


「行ったことあるんですか?」

「ちょっとだけね。商業都市と言いながら、個人消費向けの市場はぱっとしないし、大きな倉庫や運河以外に、観光スポットもないんだけどね」


 碧流は、さっき調べたことと、今の言葉を照らし合わせて。


「それ、本当に、見応えあります?」


 訝しむ碧流に、紫絡は意味ありげに人差し指を突きつけると。


「それはあなたの視点次第」


 そう言って、最後の一口を放り込む。


「ちなみに。オンナ口説くなら、夕焼けの倉庫裏が良いらしいよ。運河がロマンティックなんだって」


 茶化すように、笑いながら。

 ぱたぱたと手を振って、紫絡は行ってしまった。


「……あ。あれ、僕の肉まん、、、」


 碧流の元に、空のセイロを残したままで。


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