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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 冬 〜  作者: 都月 敬
0日目
2/15

朝_自治会室


 怒る紅兎をなんとか振り切って、ようやくいつもの掲示板の前へと辿り着く。

 その日の講義に予告はないと言っても、さすがに傾向くらいはあるもので。

 今日の講義も、碧流の予想通りのものが並んでいた。そこそこ興味がありつつ、苦手でもない、終了後の疲労度が少ない構成だ。

 入学して、そろそろ半年。碧流も、我ながら慣れたものだ、と自賛する、が。

 その隣。見覚えのない、どころか、ずいぶんと物騒な物が貼ってあり。


『碧流 至急、自治会室まで来られたし 学院生自治会』


 いわゆる、呼び出し。

 まさか、デートのお誘い、なんてロマンチックなものではないだろう。講義の時間割が張り出されるような掲示板だ。当然、学院生が私的に使用していいものではない。その上、学院生自治会とくれば。

 碧流の脳裏には、どうしても、あの秋の日の回想が蘇る。

 一応の後始末は済み、各方面からのお褒めの言葉も頂いて、碧流的には、すべてが終わったつもりだったのだが。まさか、発端となった、あのバカが、また?

 考えていても、仕方ない。

 遠ざけたいのはやまやまながら、そうすれば余計にろくなことにならないのはわかりきっている。

 しぶしぶと。

 これ以上なく、足取り重く。

 それでも、言われた通りに、真っ直ぐに。

 碧流の足は、自治会室へと向かって行った。



 中が窺えない扉に相対するのも、これで二度目。

 少しは慣れた調子で扉を叩く。


「どうぞ」


 迎え入れてくれた声は、前回とは違うものだった。


「失礼します」


 講義室のものよりは少し重く感じる扉を押し開ける。


「早いのね。感心、感心」


 冗談めかして迎えてくれたのは、自治会役員のゆるふわ美人、杏怜 (キョウレイ) だった。呼び出し元は彼女だったか、と思いかけるが、即座にそれも早合点だったと気づく。


「すまんな、あんな呼び出し方をして」


 窓から雪の学院を眺めていた黄希 (コウキ) が、軽い謝罪とともに振り返った。

 この学院には、四神と呼ばれる、神にも等しい四人がいる。その一人が皇太子である黄希であり、学院生にして中央議会デビューを果たしている杏怜だった。

 本来、学院生の家柄は、学院内では秘匿されるべき、とされている。それは学外の争いを学内へ持ち込まぬためであり、学内でのつながりを学外へと持ち越さないためでもある。もちろん王族や各国の公族の姓である国姓のように、姓でわかってしまう部分はあるのだが、同じ公族でも直系と傍流では扱いが全く異なることも多いように、それだけではあまり当てにならないのも現実。だからこそ、それ以上、余計な詮索をするな、と学院側では定めているわけだ。

 しかしそれも、すでに立太子も済ませた皇太子のこととなれば話は別。隠そうにも、泰皇国中の者が知っているのだから、どうしようもない。

 それも黄希はただの皇太子ではない。学力優秀なのはもちろんのこと、杏怜のように議会には参加していないものの、皇太子として内政、外交どちらへも参画し、内々ではすでに充分な実績と評価を残しているとか。

 文武両道、眉目秀麗、威風堂々、天衣無縫。どこを割っても皇太子らしい皇太子と言える人物だった。

 そんな黄希が今回の呼び出し元らしい。慇懃に不躾を詫びる。


「なにしろ、無駄な行事が多くて、なかなか学院にも顔を出せん。今日を逃しては、また次がいつになるか、当てにもならなくてな。悪いが、ここを借りた」


 冬の朝日を背に浴びて、輝く金髪、煌めく八重歯。

 美しき皇太子に呼び出されたとあれば、碧流のごとき小市民はネズミのように縮こまるのが分相応、というのが世の相場なのだろうが、そこが異なもの。


「いえいえ。黄希が忙しいのは、十分承知ですから」


 碧流も、ぱたぱたと手なんぞ振りながら、苦笑いで返す。

 なんの因果か、流族のチビが、その皇太子に目をつけられたのはもう半年も前のこと。気づけば、見込まれ、気に入られ。ついには友だち宣言までされてしまい。

 その後も、こうちょくちょくと絡んでいては、さすがの小市民もそろそろ慣れてきてしまうというものだった。たまに、恐れ多さを思い出すこともあるけれど。


「呼び出しておいて、気を遣わせては、重ねて申し訳が立たない。講義の時刻もあるから、単刀直入にいこう」


 手振りで碧流に着座を勧め、黄希は自らも手近な椅子に腰をかけた。

 碧流も、杏怜が引いてくれた椅子に、恐縮しながら座る。


「碧流。彭交へ行ったことはあるか?」

「ホウコウ、ですか」


 馴染みのない地名に、思わずそのまま繰り返す碧流。

 彭交。央香国第二の規模を誇る都市。四方国を繋ぐ大街道が交わる土地として、商業が大きく発展した街、という知識は、記憶の中にあった。


「ありません。央香国へ来てから、泰陽を出たことはないので」


 碧流が学院に入学したのは今年の夏。いくつかのイベントを除けば、ただただ学問に明け暮れた半年だった。少しでも多くの知識を身につけるのが流族の使命なのだから、当然といえば当然なのだが。

 しかし、黄希はその反応に対して、やや不満げに。


「ふむ。講師の説明や書物を読むことで知識を蓄えるのも大いに結構なことだが、そろそろ次の段階に入るべきではないのか?」

「う。。。」


 図星だった。

 まだまだ覚えるべきことはたくさんある、とは言いつつも、毎日繰り返される座学にマンネリ感を覚えていたのも確か。積み重ねただけの知識は混ざり合って、分類し難くもなっていた。そうなると、学習意欲にも衰えが見えて。

 返す言葉もない碧流。しかし、俯く碧流に、黄希は逆に慌てたように。


「いや、お前にケチをつけるつもりではなかったのだ。知識は得るだけで終わってはならん。体験し、実感する必要もあるのではないか、と思ってだな――――」

「単刀直入、と言った割に、まわりくどいですよ、黄希」


 杏怜がやんわりとたしなめる。

 その実、慌てた黄希をおもしろがっているのだろう。四神の四人は幼馴染という関係らしく、この辺りは気安い。

 渋い顔を見せた黄希も、こほん、と一つ咳払いを挟んで。


「どうだ、碧流。彭交へ行ってみないか?」


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