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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 冬 〜  作者: 都月 敬
2日目
13/15

朝_屋敷


 さすがに、寝た気がしない。

 昨夜、無事に黄希を奪還し、ついでに鄒欣とその護衛二人も回収できたまでは良かったが、今度は帰りの馬車が足りないと発覚し。敷地内に打ち捨てられていた鄒欽の馬車を発見した時には、炎は邸宅中にも燃え広がっており、命からがら黎勾の邸宅を逃げ出す頃には、空は白々と明るみかけていて。

 とにかく、鄒慶の屋敷に招かれて、部屋を与えられはしたものの、そこでようやく自らの空腹に気づく。考えてみれば、昨日の昼から何も食べていない。ただ、火災の件で、警備やら何やらと駆けずり回っている鄒慶には、それ以上何も言えず。

 空きっ腹を抱えつつ、無理やり寝台へ潜り込んだのは、すでに朝とも呼べる時間だったが、それでもこんな大きなお屋敷に招かれていると思えば、そうそう寝汚く眠り続けることもできず。そこそこの時間で目が覚めてしまうのも、小市民の性。

 丁度、そこへノックが響き、食事の準備が整ったと言う。

 朝食だか昼食だかは判然としないが、腹は減っていたので、喜んで従った。


「おはよ。ひどい顔だね」


 食堂に入るなり、さわやかに罵倒してくれたのは、橙琳だった。

 彼女も、睡眠条件に差はないはずなのに。なんだろう、このいつも通りさは。


「ひょっとして、顔も洗っていないのかしら? それくらいは待つけれど」


 にこやかに微笑う杏怜に至っては、今の碧流には、眩しすぎて直視できない。


「顔くらいは洗いましたよ。それで、これです」


 現状の精一杯だと主張し、案内されるままに着席する。


「気にするな。こういうのは、女には敵わん。なんだか知らんが」


 同じく、ひどい顔をした蒲星が仲間についてくれた。と同時に、あくびを一つ。


「気構え、だろう。蒲星とて、裁判に立つのなら、一変するのだろうに」


 そう言って笑う、こちらもいつも通りな黄希の顔を見ると。

 ああ、良かった、と。

 碧流も、心から笑うことができた。


 通された食堂は、客用の小さなもので。

 用意された食事も、五人分だけだった。

 鄒慶は、会議が昼からに延期されたこともあって、相変わらず忙しく各所を奔走しているらしい。少しでも眠れたのなら良いのだが。


「鄒欣は、部屋に籠りきりだということだ」


 ゆるめの粥をすすりながら、黄希が話す。

 昨夜、いや、もう今朝か、屋敷に到着した後で、黄希は鄒欣と話す機会を作ったらしい。事情を問い詰めるつもりはなく、今後について話をしたかったようだが、少し目を離した隙に鄒欣が自害しようとして、結局、話はできなかった。

 自裁の刃が届くはなかったが、なにしろ心身ともに疲労がひどい、とのことだ。


「今後も変わらず、彭交のために尽くしてもらいたい、と伝えたかったのだが」


 帰りの馬車の中で、鄒欣のしたことはなかったことにする案については黄希にも伝えており、その同意も得られていた。鄒欣へも、代わりに鄒欣の馬車に乗り込んだ蒲星から伝えてもらったのだが。


「馬車の中でも、一言も喋らなかったな、鄒欣さんは」


 黎勾との関係は未だ不明で、あの場でなにが起こったのかも定かではないが、すべての縁まで切って進めた計画が頓挫させられたのは間違いない。

 その上、いきなり取り押さえられ、縛られ、猿轡までかまされて、焼き殺されるかと思えば、この寒空を飛ばされて、おまけに冷水にまで沈められて。

 一晩で、とか、あの老齢で、とかを考え合わせるまでもなく、充分に苛酷だ。

 

「結局、どういう筋にすることにしたの?」


 杏怜は、お茶の香りのする蒸し物をつつきつつ。

 答える橙琳は、牛出汁のスープをすすりながら、あっけらかんと。


「全部、黎勾にひっかぶせることにした。黄希と鄒欣が黎勾に誘われて、邸宅へ行ったら拘束されて、家ごと焼き殺されるところでした、ちゃんちゃん。」


 ちらりと耳にした話では、黎勾は未だに見つかってはいないらしい。

 邸宅を含め、店やら倉庫やら、周りの関係者の諸々まで、鋭意調査中だ。

 複雑な顔ではふはふしていた杏怜は、水と一緒にようやく飲み込んでから。


「それだと、黎勾が出てきたら、まためんどうなことになりそうだけれど」

「大丈夫、大丈夫。叩いて埃の出ない身体じゃなし、余計に一つ二つ背負わされたところで、どうってことないでしょ」


 証拠や証言のもみ消しくらい、できてしまう人が言うから、本当に怖い。

 動機やなにかは、黎勾が捕まって、聴取が始まってからでいいだろう。先にあれこれ決めすぎると、結局、齟齬が多くなる。


「それで、どうするんだ、その会議の方は?」


 公務に口を出さないはずの蒲星が、口ごもりながらもそう尋ねる。

 つい、碧流の手が止まった。

 一応、鄒慶にも大口を叩いた手前、当初の予定通りに進められると困る、というのもあるが。


「全員の希望は、聞くつもりだ」


 黄希は、あの時のように、箸を止めることもなく。


「あくまでも結論はその上でのことだが、オレとしては、そこでの意見をこそ重視する必要があると考えている。場合によっては、中央議会での再検討を要請する」


 重大な話ではない体で、とんでもないことを発表する黄希。


「……議会に、ケンカ売る、ってこと?」


 恐る恐る、橙琳が聞き返す。

 だが、黄希は気負うことも、毅然とした態度を崩すこともなく。


「ケンカなど売らないぞ。再審請求はれっきとした制度だ。皇太子にはその権利もある」


 当たり前のように言って、肉団子を口に入れた。

 それを、杏怜は呆れたように眺めて。


「つまり、正当な手続きで、ケンカを売る、ということよね」


 一般的に、議会の決定に対する再審請求など、認められはしない。

 もちろん、皇太子権限で申請されれば、無碍にもできないだろうが、そもそもそんなこと自体がそうそう起こり得ない。ましてや、今回は泰皇の肝煎りでもある。

 それを皇太子が敢行しようというのだ。まだ学院生の黄希が、である。今回の会議へ黄希を派遣した議会も、泰皇も、そんな事態は想像してもいないだろう。

 請求が通るかどうかは、五分と五分と言ったところか。そして、もし通ったとしても、制度が見直されるかどうかについては、まだ予想もできない。

 ただ、その姿は、昨日の最上段から叩きつけるようなものではなく。


「どういう気持ちの変化か、訊いてもいいですか?」


 また余計なことだろうか、と思いつつ、それでも碧流は訊かずにはいられない。

 不満があるならそちらが変えろ、一方的で何が悪いと言い放った、あの黄希と。

 全員の希望を聞く、再検討も要求すると言う、この黄希と。

 いつの間に、どうして、こんなにも変わったのか。

 恐る恐る窺う碧流を、黄希は横目でちらりと見やると。

 手元のお茶を一口、含んでから。

 ごく、短く。


「なんとなく、だ」


 そう答えた。


「……なんとなく、ですか」


 飲み込めないまま、碧流がそのままに繰り返す。


 ――――ぷっ。


 たまらず、橙琳が吹き出した。


「……何が、おかしいんでしょうか?」

「さぁて、ね〜」


 くすくす、と笑い続ける橙琳と。

 見れば、黄希も笑みを隠しているような。


「ますます、今回の内情を広めるわけにはいかなくなるわね」


 わざとらしく眉を顰めて、杏怜も苦笑して。


「まぁ、これで鄒慶さんへの面目も立つというものだな」


 朗らかに、蒲星も笑った。

 一人憮然としたままの碧流は、姿勢を正して、黄希に向き直る。


「黄希」


 どうあれ、言うべきことは言わなければならない。


「僕は、黄希に謝らなくてはならない、とずっと思っていて――――」

「なんのことだ? オレに心当たりはないぞ。それよりも、いい加減眠い。さて、会議まで仮眠を取らせてもらおうか」


 早口でまくし立てて、黄希がそそくさと席を立つ。


「あ、黄希!」


 あまりの素早さに、碧流は追いかけることもできず。


「皆は好きなだけ食べろ。次は、夜の会食でな」


 そのまま、黄希は食堂を立ち去ってしまった。

 碧流にできたのは、その後ろ姿を見送ることだけ。

 ぽんぽん、と。碧流の肩が叩かれて。


「謝罪なんて、いらないってさ」


 振り向くと、橙琳が遠い目をしていた。


「そう、友だちだからね」

「……飽きませんね、そのいじり」


 なんだか、力が抜けてしまって。

 碧流は冷めかけたお粥を一口すすった。


「でも、あれのおかげだったんじゃない?」


 今度は、向かいの杏怜が。

 いつもの、どこまでも優しい笑みを浮かべて。


「あの、余計なこと、のおかげで、黄希も決心できたのかもしれない」

「――――杏怜」


 それはひょっとしたら、碧流を慰めるための言葉だったのかもしれないけれど。


「あっ!」


 いきなり声をあげたのは、今まさにいいことを言ったばかりの杏怜で。


「私も、碧流に呼び捨てされた!」


 あ、そういえば。

 でも、なぜ、そんなにも嬉しそうに。。。


「お! じゃあ、杏怜が碧流のお友だち二号だね!」


 橙琳が祝賀の拍手を送る。が、二号て。もっといますけど、お友だち。

 だが、杏怜はすでに、二号さん、二号さんと喜び始めており。


「ん。それを言うなら、私の方が先に呼び捨てられているぞ」


 そこへ乱入してきたのは、まさかの蒲星。

 すぐに橙琳が食いついて。


「え、いつ?」

「昨夜だ。あの、黄希のいた部屋から飛び降りる前に」


 碧流を含めて、全員がその時のことを思い出し。


「ああ、呼んでた。って、緊急事態じゃん、超至急の件じゃん!」

「どうあれ、呼び捨ては呼び捨てだ」


 誇らしげに胸を張る蒲星。もはや、なんのゲームだ、これ。


「じゃあ、蒲星が二号さんね。私は、三号さん」


 それに、さんを付けると、なんだか別の意味に聞こえるんですが。

 そこで、二人を祝福していた橙琳の手が、ふと、止まる。


「……あれ? じゃあ、後、私だけ?」


 ぽつり、と。


「あ、碧流。これは、早めに呼んであげた方が良さそうよ」


 杏怜が、声を潜めて、勧めてきて。


「そうだな。橙琳は、こう見えて、仲間はずれをひどく嫌う質だから」


 蒲星まで、それに乗る。


「ちょっと。全部聞こえてるんだけど」


 不満げな橙琳をよそに、蒲星はなおも。


「幼い頃など、黄希と私が遊んでいたところに、男の格好をしてきたんだぞ。仲間になりたい、と」

「あ! あ〜、それ言うか? 今、それ言うか?」


 橙琳が口を塞ぎにかかるが、蒲星の長い腕に額を押さえられては届かない。

 珍しくいじられる側の橙琳を、杏怜は微笑ましく眺めて。


「あの頃の橙琳なら、男の子でも似合いそうだけれどね」

「おう、見た目ではわからなかったな」


 その口ぶりからすると、昔は、今以上に活発だったのだろう。

 今でも橙色の髪は短いが、とても男性には見えない。


「いつ、気づいたんですか?」


 おもしろがって、碧流も口を挟んでみる。

 蒲星は、空いている方の手で、こめかみをぽりぽり掻きながら。


「いつもなにも、橙家の琳お嬢様が来るって聞いていたからなぁ」

「え!? 知ってたの、先に?」


 その言葉に、両腕を振り回していた橙琳の身体が再び跳ね上がった。


「ああ、黄希も知っていたぞ。気づかない振りをするのも大変だった」


 蒲星は、更なるニヤニヤ顔に。

 対する橙琳は、逆にくたくたとその場にへたり込んで。


「……え、マジで。あの、ちょっと、本気で、大恥なんだけど。。。」


 ショックのあまり、姿勢も言葉も乱れてしまう琳お嬢様。

 これは、さすがに、掛ける言葉ないかも。


「あら、大変。ほら、碧流。お嬢様に機嫌を直していただくためにも、ほら」


 どこぞの世話焼きおばさんのような手振りで、杏怜がしきりと促してくるが。

 碧流は、最後まで橙琳を呼び捨てにすることはなかった。

 橙琳の方から要求してくることはなかったし、改めて、意識して、では、照れ臭いのもあったけれど。

 初めてできた共通のネタだから、もうちょっと、取っておきたい気がして。


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