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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 冬 〜  作者: 都月 敬
1日目 〜 夜 〜
11/15

夜_別邸3


「ということは、鄒慶さんは、味方、ということでいいのか?」


 急激に変化した情勢に困惑しながら、蒲星が確認を取ってくる。


「はい。それで、いいんですよね?」


 碧流はしっかりと頷いてから、念のため、隣にも確認。

 隣に座る鄒慶も、神妙な顔で頷いた。


「味方、というのも、おこがましいですが」


 彼が背負っているものもまた、大きく、重い。

 それを計った上で、彼はこちらに付いてくれたのだ。


「でも、碧流がそんな暗躍してたなんて、ねぇ」


 橙琳が呆れ、振られた杏怜もまた頷く。

 杏怜の目はまだ赤かったが、それでもきちんと座っていた。


「暗躍、なんてことはしてないですよ。ちょっと気になったことがあっただけで」


 そう言われては、聞こえが悪い。

 任せられたことだって、きちんとこなしたのに。


 三人と別れた後、碧流は作戦通りに警備隊へと向かった。

 そこでの反応は想像以上に弱いものであり、ほとんど信じてももらえていなかったのかもしれないけれど、一応、泰陽への報告だけは請け負ってもらえた。

 ただし、碧流の護送は、当然のように、お断りされた。まぁ、仕方ないだろう。

 その後は、木賃宿でも見つけて一泊し、翌朝を迎えて、乗合馬車に乗り込んで泰陽まで帰る、という予定だったのではあるが。どうせ、時間もあることだし。

 碧流は、一人、大街道を下った。

 碧流が気になっていたのは、急ぐように代替わりを済ませた元当主がこんな大犯罪を企んだとして、現当主はそれを知っているのだろうか、ということ。

 普通に考えるなら、答えは否。

 そこで、警備隊をおだてたり脅したりして、鄒家現当主、鄒慶の屋敷の場所を聞き出して。

 彭交を代表する大店の主人は、通常ならこんな夜更けに身元もわからぬ男と会ったりはしないのだろうが、そこは向こうも不穏なものを感じ取っていたらしく。

 通された応接室で、碧流はすべてを話した。

 それで、鄒慶も納得する。

 鄒欣は鄒家だけでなく、大老院からも籍を抜いていた。

 罪を一人で背負うべく、すべての縁を切り、たった一人で計画していたのだ。

 鄒欣の覚悟を改めて知らされて、鄒慶は涙を流す。

 しかし、碧流はそこで終わらせることはできない。

 皇太子の誘拐、監禁は大罪だ。九族まで罪が及ぶという時代ではないが、縁は切った、で済まされる問題でもない。発覚すれば、鄒家の存続は難しく、大老院に認められていた特権もことごとく廃止されるだろう。そして、それ以上に。


「父は、これまで大老院を引っ張ってきた存在です。身代を継いだとはいえ、私などでは遠く及びません。まだまだ、彭交に鄒欣は必要なのです」


 そう語った鄒慶に連れられて、碧流もこの別邸へと足を運んだ。

 だが、その時すでに、鄒欣は去った後だった。

 黄希は、そもそもここへは来ていない。

 頼りになる味方こそ増えたものの、探索は振り出しに戻っていた。


「ちょっと待って。誰か、事情を知っている人は、他にいないの?」


 すっかり解決ムードになっていた橙琳が、慌てて聞き返す。

 黒幕の息子が寝返ったと聞けば、無理もないのかもしれないが。


「すみません。屋敷に残っていた者たちは、知り合いの小僧を懲らしめる、としか聞かされていなかったようで。……あ、失礼しました」


 蒲星の鋭い視線を受けて、鄒慶がおどおどと頭を下げる。

 確かに、あの老人に比べると、遥かに頼りない。


「他に、幽閉に使えそうな別邸とかはないのでしょうか?」


 こんな時でも、目上の者に対する敬意を忘れない蒲星。

 しかし、鄒慶はこれにも頭を下げて。


「鄒家は商いの手は広いですが、屋敷を広げるのには関心が薄く、ここも単なる隠居用の別宅でして」


 単なる、というには随分と立派だが。

 ともかく、鄒慶にも他の心当たりはないらしい。

 その鄒慶が、恐る恐る視線を上げると。


「あの、その場合、新税制度の撤廃の陳情はどうなるのでしょうか?」

「無理。」


 再度、一刀の下に斬り捨てられて、ため息とともにうなだれた。

 そのあまりな様子に、橙琳も一つ息をついて。


「あのね、さっきの言葉って、黄希ならこう言うだろうな、って想像しながら話した言葉なのよ」


 それは、鄒慶の血涙を絞るような長演説を、完膚なきまで叩き伏せたあの言葉。

 まさに、国を、民の全体を思いやる、皇太子をそのまま表現したようだった。


「助けた黄希に叱られる、なんて、私は絶対に嫌だからね」


 そう言って、橙琳はぷい、とそっぽを向く。


「ね、言った通りでしょ」


 碧流からすれば、それも予想通りの反応で。


「だから、黄希を助けるしかないんです。そうすれば、きっと黄希は鄒慶さんの願いも聞いてくれます」


 それは、碧流の希望的観測でしかないけれど。

 少なくとも、犯罪者の脅しなんかよりは、黄希にはずっと効果があるはずだ。


「そうですね。それならば、我々も相談に乗れるでしょう。犯罪者ではなく、救出者の願いならば」


 蒲星が頷く。

 でも、それは碧流の狙いとは、少し違っていて。


「救出者、ですか。お父さんが招待したものを息子さんが送り出すだけですから、そんな大仰に構えなくてもいいんじゃないかなぁ、って、僕は思うんですけど」


 事もなげに言うその笑顔に、三人が、じっとりとした視線を返してくる。


「……また、なかったことにする気か?」

「……碧流、好きだよね。そういうの」

「……私、すっごく怖い目にあったんですけど」


 それを言われてしまうと、返す言葉もないのだが。

 言うことを聞かずに不法侵入したのだから、言ってしまえば、自業自得で。

 でも、そんな反論はおくびにも出さず。

 碧流は、ただにこにこと笑っている。

 やがて。

 先に折れたのは、杏怜だった。


「……はぁ。仕方ない。いろいろと、いい経験になったと、諦めましょう」

「へっ!? あ、えっと。杏怜がそう言うなら、私はいいけど」


 思考中に不意を突かれ、隣の顔色を窺いながらではあるが、橙琳も同意する。

 残る蒲星は、渋い顔を隠そうともせず。


「私が頷くのは、黄希が傷一つなく帰ってきた場合のみ、だ。もちろん、黄希も納得すれば、だぞ」


 そう念を押して、自分を納得させるように腕を組んだ。


「ありがとうございます!」


 みんな、頭ではわかっているのだ。

 これが発覚すれば、主に経済面での影響は央香国内に留まらない。簡単に身柄を拘束された黄希の信用も失墜するし、当然、今後の活動にも悪影響を及ぼす。

 なかったことにするのが、一番いい。


「そうと決まれば、後は黄希を見つけ出すだけですけど――――」


 先送りにしていた問題を再度取りあげようとした、ちょうどその時。

 控えめなノックが、扉を鳴らした。



 呼び出されるままに、鄒慶が部屋を出て行くと。


「おう、彭交を背負う若旦那! 探したのだぞ!」


 状況を知るために、わずかに開いた扉の隙間から、そんな胴間声が届いた。

 開けてなくても良かったかもしれない。


「あ、ああ。程統 (テイコウ) さん。こんな夜更けにどうなされたんですか?」


 こちらは開けていても届くかどうかの細い声。

 都合が悪いのがバレバレだが、時間帯を考えれば不自然でもないか。

 だが、程統と呼ばれた男は、そんな忖度もせぬようで。


「そうだな。時間も時間だから、率直に言おう。皇太子に会わせてくれ」

「……は?」


 彭交の会議に皇太子が出席するのは周知のことだし、そのもてなしが鄒家に割り振られたことも、彭交の商人であれば、すぐに知れることなのかもしれないが。


「どうせ下へも置かぬ歓待ぶりを見せたのだろう。酒も随分と過ごされたはずだが、なぁに、まだ眠りに落ちる頃合いでもない。人に会うくらいはできようて」


 いやいや、とっくに酒場の火も落とされる頃合いだから。

 自分の基準だけで、ものを考えないで欲しい。

 だが、鄒慶にはツッコむ余裕もないようで。


「なぜ、ここに?」


 額に汗が伝うのが見えるような対応。

 こちらは、得たり、という笑みまで浮かんできそうな声で。


「店へ寄れば来ていないと言われ、屋敷へ向かえば出かけたと言う。それでもなんとか機会でも得られないものかとうろついておれば、折りよく、先代の馬車とすれ違ってな」


 思わぬところからもたらされた手がかりに、思わず鄒慶が喰いつく。


「先代と? いつです? どちらへ行かれましたか?」


 しかし程統は、その鄒慶のわかりやすい反応を楽しむかのように。


「つい先ほどのことだが。やはり家人にも黙っての外出だったか。こんな時分に、もてなすべき皇太子まで放って、とは。いやいやいや、先代もまだまだお若い」

「……若い?」


 あれ? 方向性がおかしくなってきたか。

 それには気付かず、存分に引っ張って満足したのか、程統が答えを明かした。


「言い渋るのを無理に聞き出してみれば、こんな夜更けに黎勾 (レイコウ) の屋敷へと赴くと言われたよ。しきりに馬車の中を隠そうとするところを見ると、意外に同伴していたのかもしれないなぁ。いや、まさか、あのご老体が射止めるとは」


 蓋を開けてみれば、知らない名前が出てきた。

 視線を回すが、全員が首を振る。一体、誰なのだろうか。

 馬車の中を隠す素振りも気になる。ひょっとしたら、その中に。

 無言の反応をどう解釈したのか、程統はなおもガハガハ笑いながら。


「終いには、息子に聞け、と言い捨てて、振り払われてしまってな。そうなってはさすがに馬車には追いつけないが、そうこうするうちにここに辿り着いた、というわけだ。先代がいないのになんだとも思ったが、まさかご子息様の方がおられるとはな、ワシも運が良い」


 ここが鄒家の別宅だということは、知られていたのか。だからこそ、ここを罠に使ったとも考えられるか。いや、そんなことより。


「さ、こちらのことは話したぞ。そろそろ皇太子に会わせてもらおう。聞いて欲しいことなら、山ほどあるのだ。私にさえ任せてもらえれば、この彭交も――――」


 もはや鄒慶の拒絶も聞こえない、とばかりに。

 そこへ。


「騒々しいぞ!」


 扉が大きく開き、階上に姿を現したのは蒲星だった。

 突如として自分よりも大きな声を浴びせられて驚いたのだろう、絶句する程統。


「皇太子がお泊まりの屋敷に押し入って、時も図らず、大声で喚き散らす。これが彭交のもてなしか」


 そのまま階段を降りて、二人が言い争うロビーへ。

 あなたの声の方が大きいですよ、と思いつつ、碧流も扉から顔を覗かせる。


「い、いや、それは、その」


 変わらぬ大声で、しどろもどろに言い訳を試みている男が程統のようだ。

 思ったよりは年かさで、初老の手前くらいか。しかし、がっちりとした肉がバランスよく身体を包んでおり、白いものが混じる髪以外に、老いは感じられない。


「大変申し訳ございません」


 鄒慶が丁重に頭を下げ、蒲星もそれで機嫌を直した風を見せる。

 やがて、程統の目の前まで進むと。


「程統、と言ったか。皇太子は明日へ備えてすでにお休みである。まさか、それを妨げてまでの緊急の陳情でもあるまい」


 至近で真上から見下ろされて、ペコペコと頭を下げ続ける程統。

 こんな時間にまで擦り寄ろうとするだけあって、権力には弱いようだ。


「今日のところは帰るが良い。ただ、皇太子にはこのことは伝えておく。また、陳情、進言の類があるのなら、お目が届くようには取り計らおう」

「ありがとうございます! ……え、目?」


 大きく腰から身体を折り曲げながら。意図外れの言葉に、思わず聞き返す。


「うむ。何しろ皇太子は忙しいのでな。そういう訴えは、まずは書面で出してもらっている。先ほどの勢いならば、きっと山のような書面となるのだろうな。だが遠慮はするな。皇太子もそういう気概は好まれるお方だからな」


 励ますように、期待しているぞ、と。その背中に追い打ちを掛けて。

 蒲星はくるりと踵を返す。

 鄒慶も、小さく手を打って。


「では、お屋敷まで送らせましょう。明日の会議までは時間がない。すべて書き連ね切れるとよろしいのですが」


 程統には、もはや言葉もなく。

 家令に促されるまま、内門を抜けて出て行った。



「あんなこと言って、後で黄希に文句を言われないといいのだけれど」

「大丈夫だよ、もし本当に書いてきたって、蒲星が読めばいいんだもんね」


 蒲星の小芝居は、女性二人には妙に好評だったようで。


「うるさいな。さっさと引き取らせなきゃならんかったのだから、仕方なかろう」


 蒲星も、憮然としながら、それでも満更ではないようだった。

 もちろん、蒲星がこんな傲岸な態度を見せることはないのだが、それにしても、皇太子のお供にまで、あれほどへりくだることもないだろうに。


「申し訳ありませんでした。まさかご足労までお掛けすることになってしまって」


 鄒慶は、やっぱり入ってくるなり、頭を下げた。

 ただ、今はそう恐縮してもらっている時間もない。


「黎勾とは、誰ですか?」


 思わず、詰め寄る碧流。

 鄒慶は気圧されるようにのけぞりながら。


「数年前から、彭交の外れに店を構えている商人です。こう言ってはなんですが、規模としては中の下といったところで、あまり目立つところもないのですが」


 そこで、少し言い淀むと。


「影のある、というのでしょうか、そういう風な美人で。下世話な話ではありますが、大老院での雑談でも、誰が囲うかで一悶着起きるような」


 なるほど。

 商売面はさておき、大商人に聞く妾にしたいランキングでは、最注目の女性か。

 それならば、先ほどの程統の口ぶりにも納得がいくが。


「ちなみに。失礼ですが、鄒欣さんと、その、そういう関係は……」

「何もありませんよ。息子が言うのもなんですが、父は全くの堅物なんですから」


 慌てて、両手を振って否定されるが。

 だいたい、みんな、そう言うの。

 そんな言葉が頭をよぎる。

 だが、今重要なのはそこではない。


「攫った皇太子を連れて行く先にしては、なんだか腑に落ちないのだけれど」


 杏怜が人差し指を顎に当てる。

 縁がないから、共犯相手に選んだのか。

 利を食わせて、一時的に手を組んだのか。

 何か弱みを握って、無理やり従わせたのか。

 なんとなく、どれもしっくりとはこない、が。


「動機は後。手がかりはそれしかないんだから、今は動こう」


 橙琳が強く、膝を打った。

 今、何より惜しいのは時間だった。朝になれば、警備隊から泰陽へ、報告の早馬が出てしまう。そうすればもう、発覚は免れない。


「お待ちください」


 扉を背にした鄒慶が、皆の逸る気持ちを抑えた。


「父のことですから、きっと皆さんを子ども扱いしたことと思います」


 唐突に、でもやっぱり申し訳なさそうに。鄒慶が三人を見回した。


「父の口癖です。調子に持った若僧ほど、扱いやすいものはない」


 三者三様に、俯く。

 この屋敷で、何があったのか。

 碧流は詳しくは知らないが、きっと痛い目に遭ったのだろう。

 四神のプライドも、ボロボロになるほどの。


「ですが、思い通りになって慢心している老人にも、油断と隙があるはずです」


 それは、自分にも、言い聞かせるように。


「ですから、今ならば、父を出し抜くこともできるんだ、と、思います」


 なのに、急速に語尾が縮んでいって。


「馬車をお出しします」


 それだけ言って、鄒慶が踵を返した。

 なんだか、締まらない宣誓だったけれど、これが鄒慶の叛逆の印。


「負けっぱなしで帰れるか。若僧の底力、見せてあげよ」


 足りない勢いを補って、橙琳が立ち上がる。

 両手を握って気合いを入れて、杏怜もそれに倣う。

 そんな二人を決意の顔で見下ろして、蒲星が扉に向かった。


「碧流。行くぞ」


 その言葉を受けて。


「はい」


 碧流も、すぐに続いて、部屋を出た。


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