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泰皇国立皇統学院記 〜 一年目 冬 〜  作者: 都月 敬
0日目
1/15

朝_大通


「……さむ。」


 肩が冷えて、布団を巻き込んで丸くなる。

 それで、目が覚めた。

 ここのところ、気温は急速に下がっていたが、今朝は一段と寒い。

 覚めたけど、やっぱりもう少し丸くなっていよう。

 この時期は、寝台から下りるのにも勇気が必要だ。


 それでも。

 碧流 (ヘキル) は、包まっている布団と、部屋の中を思い出して、感じる。

 泰陽 (タイヨウ) の冬は優しい。

 流 (ル) 族の村では、火を絶やしては眠れず、布団はもっとゴワゴワと重い。

 もちろん、隙間風は建物のせいだし、布団の質も貧しさによるところが大きいが、それを除いても、昨年まで味わっていた冬は、もっとずっと厳しかった。

 雪は降る日も量も多く、肌を切り裂くような海風が強く吹きつけては、それを舞い上げる。地吹雪混じりの灰色の空は、日射しまでもが冷たく感じられたものだ。

 それでも、外でしなければならない作業が多かったから、なおさらだった。

 火を焚き続けるための薪を用意しなければならず、積もった雪は払わなければならない。家が潰されるほどではないが、凍りつくと面倒なものはいくらでもある。雪の降った朝は、どこの家でも、早くから外に出て、何かと働いたものだった。

 村のみんなは、今朝も早くから、そんな作業に追われているのだろうか。

 こうして、碧流が、暖かい部屋で、柔らかな布団に包まれている間にも。

 そう思うと、なんだか申し訳なくなる。

 なるんだけれど。

 でも、もう少しだけ。


 村のみんなに感謝しながら、碧流は惰眠を貪った。



 どんなに眠くても、外に出ればしゃきっとする。

 それが冬の良さだ、と思おう。

 基本、寒がりの碧流が、無理やり自分に言い聞かせた。

 そうでもしなくては、こんな日に外に出ようという気が湧いてこない。

 街の向こうに聳える嵩山 (スウザン) も、もう半ばまでが白かった。央香 (オウコウ) 国で、最も早く冬を感じられる場所だ。

 央香国は雪が少ない。西柏 (サイハク) 国はもっと少なく、南須 (ナンシュ) 国となると滅多に降らないらしい。逆に、北厳 (ホクゲン) 国と東征 (トウセイ) 国の冬は厳しい。同じ嵩泰 (スウタイ) 半島でもここまで気候が変わるのは、気流のせいとか、海流のせいとか。講義で学んだはず、なのだが。

 今年は冬が遅い、などと言われながらも、昨晩にはついに街まで降りてきたようで、泰陽の赤い街並みも今朝は白い冠を被っていた。路上にはすでに跡形もないが、屋根や塀の上にわだかまる残り雪は、冬でもなお優しい日射しに溶かされて、きらきらと煌めいている。

 子どもたち同士で、雪玉をぶつけ合った頃を思い出す。

 もうそんなこと、することもないと思えば――――


「ていっ。」


 ぐしゃ。


「当ったりぃっ!」


 ――――甘かった。

 うなじを伝う雪解け水が、数瞬前の自分を責める。油断するな、と。


「冬は、肉まんが食べたいよね」


 何事もなかったかのように嘯きつつ、隣に並んできたのは紅兎 (コウト) だった。

 彼女の故郷である南須国は孔 (ク) 族の村に、雪合戦なんて文化があったとは思えないが、それ以上に、脈絡もないその挨拶が気になった。


「奢りませんよ」


 早くも屋台通りへ向けられていた、その足が止まる。


「うっそ。」

「マジで。」


 褐色の肌が蒼白になった。どんだけショックなのか。いや、それよりも、財布の中身はそう変わらない碧流に、奢ってもらえると思った根拠がまず知りたい。

 それでも足を止めようとしない、その背中に垂れたフードを引っ張った。


「うげっ。」

「ほら、寄り道しない。朝ごはん食べてきたんでしょ」

「冬の肉まんは別腹〜」


 どれだけ細分化された腹か。


「昼休みまで我慢してください」


 結局、飯で釣って、学院までの道を連れて歩くことになった。右手で未練たらたらの紅兎のフードを引きつつ、左手で先ほどの雪玉の残骸を払い落とす。通学途中に紅兎と出会うのは初めてだが、できる限り少なくていい、と思った。


「それにしても、朝から会うなんて珍しいですね」

「うん。雪だったからね。出てみた」


 いかにも反射で生きている紅兎らしい答え。


「好きなんですか、雪」

「ううん、大嫌い。寒いし」


 雪は寒いものではなく、冷たいものだ。

 内心だけでツッコミつつ、その雪を右手のフードに落とし込んであげる碧流。


「南須国では、雪は降らないんですよね?」

「降らないね〜。降らなくていいよね、こんなもの」


 こんなものは、意外と入る。


「碧流んちは?」

「うちの村は、まぁまぁ降りましたよ。もっとさらさらで、あっという間に吹き散らされますけど。雪玉作るのも一苦労でした」


 まとまらない雪を、手の温度で溶かしながら握る。寒いのによくやったものだ。

 そうだ。雪だるまも入れてあげよう。


「聞いてるだけで、寒くなる。そもそも海ってのも想像できん」


 心底嫌そうな顔をしながら、それでも紅兎の視線はきょろきょろと落ち着かない。そう言えば、孔族は山の中で暮らす部族だと聞いた。


「今度、機会があったら、遊びにきてください」


 社交辞令的に誘う碧流。

 旅商人でもない限り、他国を巡る人などそうそういない。

 そろそろ満足して、フードを離す。片手で雪だるまは無理だったけど。


「ん? なんか重い。」


 紅兎が後ろを気にするが、フードの中は見えなくて。


「あ、水たまりが凍ってますね」


 そう言って指す、碧流の指に誘われて。


「いぇい! 一番乗り〜っ!」


 全力の助走からの、大ジャンプ。

 大きな薄張りの氷に、盛大に亀裂の花を咲かせた。

 その反動で、フードがくるりと。


「――――っ!!」


 そこからの悲鳴は、言葉にならず。

 首元から入った雪と水で下着まで濡らした紅兎から、碧流はしばらく文句を言われ続けるのだった。


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