第二章 『優冴VS転校生 推理勝負!』②
理沙は、四年生の颯太と大差ない身長で、肩辺りまで伸びている髪を二つ結びにしていた。可愛らしいその容姿だけから判断すれば、とても六年生だとは思えない。そんな幼げな少女だった。
「彼女が理沙、黒田理沙だ。九州の福岡から越してきた。……理沙、こっちは四年の橘颯太とその姉で六年の朱音。それと、朱音の同級生で俺の親友でもある綾乃瀬優冴だ」
充が双方を紹介する。
「よろしくー」
理沙は三人に向かってにこやかに会釈した。
三人も理沙に挨拶を返す。どこででも見かける初対面の恒例行事だ。
だが、和やかな雰囲気なのはここまでだった。
理沙がやおら優冴の前に立ち、こう言ったのである。
「君が優冴君ね? 噂には聞いとったばってん、本当に恰好よかね」
ピクリ。朱音のこめかみが動いた。
「ははは、そんなことないよ。それにしても、黒田さんって福岡出身というだけあって博多弁なんだね。僕、博多弁を話す人に初めて会ったよ」
「そう? 気に入ったんやったら教えるよ、博多弁。あ、それと、黒田やなくて理沙でよかよ。ウチも優冴君って呼ぶけん」
「分かった。じゃあ、理沙ちゃん、だね。転校してきたばかりで困ったことがあったらいつでも言ってよ。力になれるかも知れないから」
「本当? 嬉しかー。優冴君って、恰好よかだけやなくて優しか人でもあるとやね」
楽しげに会話を弾ませる二人の横で、朱音はギリリと奥歯を強く噛み締めた。
「拙い。何だか、嫌な予感がする」姉の醸し出すどす黒い空気を弟が感じ取った。
颯太は、慌てて二人の会話に割って入った。
「ね、ねぇ、ここにきたってことは、理沙姉は入部希望者なんだろ? でも、残念ながらミステリークラブは、テストに合格しないと入部できないんだよね」
「テストって?」
理沙が颯太に視線を移す。
颯太は、朱音の手から“ミステリークラブ入部試験”を取り上げると、彼女に向かって見せた。
「これだよ」
「ん? どれどれ」
颯太に歩み寄り、理沙が紙へと顔を近づける。
「因みに、全問正解しないと入部は認められない」
そう付け足す颯太に、理沙はさらりと答えた。
「それやったら問題なかよ。ウチ、そのテスト、満点やったもん」
「う、嘘?」
「嘘やなかよ。ウチ、冗談は言うばってん、嘘は言わんもん。そうよね、充君」
理沙が充に同意を促す。
充は大きく頷いた。
「あぁ、本当だ。さっき三人に話しただろ? 優冴以上の推理力を持った奴がいる、って。俺、理沙にミステリークラブに入りたいって相談されたから、昼休みにテストをさせてみたんだ。そしたら、結果は全問正解。しかも、解答に要した時間は、たったの十三分だ」
「じ、十三分! ……ってことは、優冴兄よりも、上?」
「だから、何度もそう言ってるだろう」
今さら驚く颯太を前に、充は呆れた様子で腕を組んだ。
「ねぇ、颯太君、やったっけ? ウチね、前の学校でもミステリークラブに入っとったと。その時は、ミステリークラブじゃなくて、ミスクラって略しよったけど」
「なるほど。理沙姉はミステリークラブの経験者ってわけか。ミスクラって名前もいいね」
颯太が感心したような声を上げる。
それをつまらなそうに見ていた朱音に気づき、理沙が尋ねた。
「ねぇ、朱音ちゃん。このクラブの部長さんって、誰なん?」
「えっと、それがまだ決まってないの。何しろ、今年できたばかりのクラブだし……」
「そう。やったら、ウチが部長になってもよかよ」
「それは駄目よ」
「どうして?」
「どうして、って……」
朱音は口籠もった。特に拒む理由などなかったのだが、ただ何となく彼女は、「部長は、優冴君」そう思っていたのである。
だが、理沙がそんなことなど知る由もない。
彼女は言った。
「まぁ確かに、今日きた転校生がいきなり部長をやるってのは信用できんよね。でも大丈夫よ、ウチ、去年もミスクラの部長やったし」
「去年って、去年はまだ五年生でしょう?」
「うん。普通、部長は六年生がなるとやけど、ミスクラは実力主義やけん、ウチが選ばれたと」
「へぇ、凄いのね。でも、だからって理沙ちゃんが部長ってわけには……」
なおも食い下がろうとする朱音。
理沙は聞いた。
「そしたら、朱音ちゃんは、誰が部長ならいいと思うと?」
朱音は正直に答えた。
「やっぱり、……優冴君、かな」
すると、次の瞬間、理沙は急に無邪気に笑い出した。
「な、何? 何が可笑しいのよ」
朱音が少しむっとする。
「いや、ごめんごめん。優冴君が恰好よくて優しかだけやなくて、人望もある人だってことが分かって嬉しかったったい」
「え? どうして? どうして、理沙ちゃんが嬉しがるのよ?」
「もしかして、彼女も優冴君のことを……」そんな考えが頭をよぎり、朱音は心の中でファイティングポーズを取った。
しかし、これは杞憂だったようだ。
理沙は答えた。
「それは、嬉しいに決まっとるやん。ライバルは立派な人のほうが倒しがいのあるもん。ウチはね、優冴君と勝負がしたいと」
「勝負?」
朱音が首を傾げる。
そんな彼女から視線をそらすと、理沙は、今度はそれを優冴に向けて告げた。
「そう。推理勝負たい」
「推理勝負だなんて、そんなの優冴君が負けるはずがないじゃない」
朱音がちらりと本音を呟く。
理沙がそれを聞き逃すはずはなかった。
「……あんた、今、何て言った?」
どすを利かせ、鈴を張ったような瞳で朱音を睨みつける。
こうなってしまっては、もうあとには引けない。朱音は強気で繰り返した。
「優冴君が負けるはずがない、って言ったの」
「ふぅん。じゃあ、賭ける?」
理沙は不敵な笑みを浮かべた。
「賭けるって、何を?」
「決まってるやん、部長の座たい。ウチと優冴君が推理勝負して、勝ったほうがミスクラの部長。それでどうね?」
今も余裕の笑みを崩さぬ理沙を見すえ、朱音はきっぱりと告げた。
「分かったわよ、勝負してあげる。あとで泣いたって知らないんだから!」
こうして、理沙から優冴への挑戦は、朱音の独断により受け入れられることとなった。
「おい、いいのか? 朱音のやつ、まんまと理沙の挑発に乗せられたぞ」
充が小声で優冴に注意を促す。
「ま、仕方ないよ」
勝手に推理勝負に駆り出されることになってしまった優冴は、両の手の平を上にして宙に上げ、諦めの表情を見せるのだった。
その時、――キーン、コーン、カーン、コーン――教室に鐘の音が鳴り響いた。六時間目、クラブ活動開始のチャイムである。
因みに、このチャイム音には曲名がある。『ウェストミンスターの鐘(ウェストミンスター・チャイム)』だ。ヘンデル作曲の『メサイア』のアリア(詠唱)を、ルイ・ヴィエルヌがアレンジしたオルガン組曲三番『ウェストミンスターの鐘』がそれである。
のっけから色いろあったが、何はともあれクラブ活動は始まった。理沙を含めたミステリークラブのメンバー五人は、推理勝負の話はとりあえず置いて、担当の先生の到着を待つことにした。
ご訪問いただき、ありがとうございました。
次回更新は、8月12日(日)を予定しています。