第一章 『ミステリークラブ発足』⑥
「『“ウンテンドー3DS”盗難事件』をきっかけに、俺は優冴兄への見方を改めた。今では尊敬していると言ってもいいくらいだ。でも、これまでずっと嫌ってきた過去があるからさ、今さら仲間には誘いづらくて……」
「だから、その役を朱音にさせたってわけか?」
「うん」
「酷い奴だな」
苦笑いで充が颯太を見る。
だが、それに気後れする様子なく彼は答えた。
「酷い奴だなんて心外だよ。これは、朱音姉のためでもあるんだ」
「朱音のため?」
「そう。朱音姉って、いつもは明るくて元気なんだけど、優冴兄の前ではからきし意気地がなくなるんだ。さっきの会話を聞いていても分かったと思うけど、嫌われるのを変に怖がっているみたいなんだよね。だから、襤褸が出ない代わりによいところも出ない。だけど、朱音姉って本当はすごく優しいし、弟の俺が言うのもなんだけど、顔だって悪くないんだ。だから、そんな自分をもっとアピールすればいい、そう思うんだよ」
「なるほど。つまり、朱音に、優冴との接点をより多く持たせようと考え、ミステリークラブを作ることを思いついたってわけか」
「そういうこと。だって、低学年のころの二人はよく一緒に遊んでいたのに、最近は学校で話すくらいしかしてないんだぞ。まぁ、クラブ活動の内容をミステリーにしたのは、俺の個人的な興味だけどさ」
「理由は分かった。だが、それって、単なるお節介になりはしないか? 万が一、優冴が断りでもしたらどうする?」
「それは絶対にないから大丈夫」
自信を持って颯太はそう断言した。
「どうしてだ?」
「これまでに優冴兄が朱音姉の頼みを断ったことはないんだ。ただの一度も。だから、きっと今回も……」
そんな颯太の言葉の途中で、階段を一足飛びに駆け上がってくる足音が聞こえた。
勢いそのままに、足音の主が部屋のドアを開ける。朱音だ。
「お帰り。どうだった?」
彼女の表情から返事は分かっていながらも、颯太は一応尋ねた。
「うん。優冴君もミステリークラブに入ってくれるって」
「それはよかった。朱音姉が誘いに行ってくれたお陰だ」
「ありがとう。でも……」
朱音は、急にその顔を曇らせた。
何だろう、嫌な予感がする。背中に冷たい汗を感じながら颯太は聞いた。
「どうしたの?」
「あ、うん。えーとね、ミステリークラブを作るって話をした時、優冴君に聞かれたの。“すごくいいアイデアだね、朱音ちゃんが考えたの?”って」
「それで?」
「“うん、そうだよ”って答えた」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それって嘘じゃないか! 俺のアイデアなのに!」
「分かってるわよ。だから、優冴君の前だけは、ミステリークラブを作ろうと考えたのは私ってことにして欲しいの。充君も、お願いね」
朱音は拝むように両手を合わせた。
「あ、あぁ」
「でも……、う、うん」
不承不承頷きながらも、その眼差しは完全なる蔑みとなっている二人の前で、朱音は、
「あ、私、お菓子食べよっと」
と、何事もなかったかのように機嫌よく菓子を手に取り、口に運んだ。
もぐもぐと口を動かす朱音を横目に、そっと颯太が充に耳打ちする。
「なぁ、充兄。さっき俺のことを酷い奴だって言っただろ? もう一度聞かせてくれ。俺と朱音姉、本当に酷いのはどっちだ?」
「朱音だな」
充は即答した。
「よかった。少なくとも、充兄はまともな人だ」
颯太が淡く笑う。
「俺にも姉貴がいるからな、お前の気持ちはよく分かるんだ」
「苦労しているんだな、充兄も」
「まぁ、な。……それはそうと、本当に許可は取れるんだろうな?」
「ん? 許可って?」
「新しいクラブを作る許可だよ。ここまで朱音を上機嫌にさせておいて、やっぱりミステリークラブは作れませんでした、では洒落にもならないぞ」
不安の色を滲ませる充。
そんな彼に、颯太は胸を張って答えた。
「それについては俺に任せておいてよ。とっておきの“秘策”があるんだ」
四日後。四月八日、月曜日。
始業式のこの日、西桜小の校長室を颯太が訪ねた。その右手には、彼が“秘策”だと言っていた“誓約書”が握られていた。
『ミステリークラブが認められた場合、私、橘颯太は、今後一切の悪戯をやめ、まじめに学校生活を送ることを誓います』
そんな“誓約書”の内容に、校長先生は、「学校一の問題児が心を入れ換えてくれた」と、涙を流して喜んだ。
斯くして、ミステリークラブは、正式にその発足を認められたのだった。
ご訪問いただき、ありがとうございました。
今話で第一章終了です。
次回、第二章初回更新は、8月6日(月)を予定しています。