第一章 『ミステリークラブ発足』⑤
優冴とのクラブ活動に打算を働かせ始める朱音。そんな彼女とは対照的に、純粋な目をして充が口を挟んだ。
「新しくクラブを作る、か。面白そうだな、俺も入れてくれよ」
「もちろんだよ。誘うつもりだったからこそ、充兄を呼んだんだ」
予定どおり充を仲間にすることに成功した颯太は、嬉しそうに微笑んだ。
どうやら、ミステリークラブは設立の運びとなりそうだ。
「この波に乗り遅れたら、優冴君との“夢のクラブ活動”が……」そんな危機感を覚えた朱音は、慌てながらも努めて冷静に言った。
「ま、まぁ、颯太がどうしてもって言うんだったら、私も入ってあげていいわよ。ミステリークラブ」
ところが、
「いや、朱音姉は別にいいよ」
にべもなく颯太はそう拒絶する。
「何でよ!」
朱音は声を荒げた。
「だって朱音姉、そんな風にすぐ怒るじゃん。それに、俺のこと叩くし、蹴っ飛ばすし……」
「それは颯太が悪いからでしょう?」
「とにかく、ミステリークラブは俺たち三人、男だけでやって行くから。朱音姉は引っこんでてよ」
「そんなぁ……」
除け者にされ、朱音は肩を落として俯いた。
その姿を見て、颯太はにやりと薄笑いを浮かべた。彼がこの表情をする時は必ず何かを企んでいるのだが、下を向く朱音はそれに気づかない。
薄笑いを真顔に戻すと、颯太は少し悩んだ素ぶりで口を開いた。
「うーん、本当は朱音姉を誘うつもりなんてなかったんだけど、仕方ないな。チャンスをあげるよ」
「チャンス?」
顔を上げて朱音は首を傾げた。
「うん。優冴兄を誘って欲しいんだよ。一緒にミステリークラブをやろう、って。もし優冴兄がクラブに入ってくれたら、その時は、朱音姉も仲間にしてあげるよ」
「そんなの無理に決まってるじゃない」
朱音は困った顔をした。
「どうして?」
「断られるかも知れないでしょう。もし優冴君に、ミステリーが好きな女の子は嫌いだ、なんて言われて、愛想尽かしされたら……」
「心配性だな、朱音姉は。これまでにいくつもの事件を解決している優冴兄が、ミステリーを嫌いなわけがないだろ? それに、幼なじみなんだから、朱音姉に愛想を尽かすならとっくに尽かしてるって」
「そうかな?」
「そうだよ。だいたい朱音姉って、幼稚園のころから優冴兄に頼りっぱなしだろ? たくさん迷惑もかけている。それなのに、まだ仲よくしてくれているんだから、ひょっとすると向こうは、朱音姉のことを好きなのかも知れないじゃないか」
「え? 優冴君が、私のことを?」
朱音の頬が見る間に赤くなる。
「よし、あとひと押しだ」そう判断した颯太はさらに言葉を足した。
「うん。きっと優冴兄は、朱音姉のことを好きだね。だから、自信を持って」
「わ、分かった」
朱音は、力強く頷いた。
「じゃあさ、さっそく優冴兄の家に行って勧誘してきてよ。すぐ隣なんだし」
「今から?」
「そう、今から。“善は急げ”って言うだろ? さぁ、急いだ急いだ」
颯太は、腕を引いて朱音を立ち上がらせると、その背を押した。
「ちょ、ちょっと……」
当然、朱音は抵抗する。だが、颯太は、そのまま彼女を部屋の外まで追い出してしまった。
「それでは、健闘を祈る」
最後に敬礼をしてから颯太は無情にもドアを閉めた。
暫く静かに耳を澄ましていると、覚悟を決めたのかそろりそろりと階段を下りて行く朱音の足音が小さく聞こえた。
「……ふう」
ここで漸く颯太は安堵の息をついた。
「どうしたんだ? 何だか、朱音に優冴を誘うよう無理やり仕向けたみたいに見えたぞ」
一部始終を観察していた充が尋ねる。
「え? やっぱりばれてた?」
そちらへとふり向き、颯太は舌を出した。
「当たり前だ。遊ぶ時にはいつも朱音を一番に誘うお前が、クラブだけ除け者にするなんて考えられないからな」
「へぇ、鋭いな。優冴兄に引けを取らない名推理だよ」
ごまかそうとして颯太が煽てるが、充には通用しない。
「いいから話せよ。どうしてそんなことをしたんだ? 正直に言わないと、朱音に……」
「わ、分かった。話すよ。話すから、朱音姉には黙ってて」
颯太は、慌てて事と次第を説明し始めた。
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