第一章 『ミステリークラブ発足』④
「……と、これが『“ウンテンドー3DS”盗難事件』事件の全容だよ」
全てを語り終えると、颯太は大きくひとつ息をついた。
「知ってるよ。お前が優冴を認めるきっかけになったって事件だろ? 廊下にいた時の朱音の様子は、あとから本人に教えてもらった。もう何度も聞いたよ」
優冴の親友である八坂充が、辟易の体でそう答える。
春休み、四月四日の今日。充は、颯太に招かれて橘家を訪問していた。
漫画本とゲームソフトが散乱した二階の自室で、颯太は、ちょうどひと月前に発生した盗難事件について充に語り聞かせていた。そして、原稿用紙に台本を記せば三十枚を超える長い話が、今、終わったというわけだ。
「優冴の推理力は、警察の人たちでも一目置いているほどなんだから、今さら教えられなくても分かっているよ。そんなことより、俺を呼び出していったい何の用だ?」
本題に移ろうとする充に颯太は、
「ちょっと待ってよ。もうすぐ朱音姉もくるから、それから話すよ」
と、勿体ぶって見せた。
「そうか。まぁ、春休みは宿題がないし、暇だからいいけど」
充が大きなあくびをたれる。
すると、それを合図とするかのように、部屋のドアが開いて朱音が姿を現した。
「お待たせ。ジュースとお菓子を持ってきたよ。充君、オレンジジュースでいいかな?」
そう言うと朱音は、盆に乗ったコップを手渡した。
「あぁ、ありがとう。悪いな」
礼とともに充がそれを受け取る。颯太もお気に入りのスカルの柄が入ったマグカップを手にした。
先の事件の説明でのどが渇いていたからか、颯太は一気にジュースを飲み干した。
そこに、充が小声で尋ねた。
「なぁ、お前の姉ちゃん、本当に気が利くよな。いつもこうなのか?」
その瞬間、颯太は大きく目を見開いた。
「はあ? そんなわけないじゃん。充兄がきた時だけだよ。優冴兄の親友である充兄に優しくしておけば、その話は優冴兄に伝わる。そう考えての姑息な計算さ」
「なるほど」
得心が行き頷く充の目の前で、
「颯太、余計なことを言わないの!」
と、朱音は、手に持つ盆を弟の頭目がけてふり下ろした。
「痛ってぇなぁ。何するんだよ、朱音姉。そんな凶暴だから、“赤鬼”なんて呼ばれるんだぞ」
頭を撫でながら颯太が不満をぶつける。
しかし、このようなことは日常茶飯事らしく、朱音は気にも留めていない。散らかった漫画本を片づけると、空いたスペースにさっさと腰を下ろした。
「それで、どうしたの? 私だけじゃなく充君まで呼び出して」
座るなり聞いてくる朱音に、本来の目的を思い出した颯太は、頭から手を離して口を開いた。
「あ、うん、そのことなんだけど、俺、今日は二人に大事な話があるんだよ」
「大事な話?」
「そう。実は俺、四月一日から小学四年生になったんだ」
「そんなの当たり前でしょう。それだったら、私も充君も六年生になったよ」
朱音は溜め息をついた。
「いや、そうじゃなくて、四年生になった、ってのが大事なんだよ。“三年生まではなくて、四年生から新しく始まるもの”って、何だか分かる?」
そう颯太が出題すると、それにさらりと充が答えた。
「クラブ活動、だろ?」
「おー、正解! さすが、充兄!」
颯太はおおげさに手を叩いて褒め、続けた。
「それでさ、俺、クラブ活動について少し調べてみたんだ。そしたら、バスケットボールクラブとかテニスクラブとか陸上クラブとかばっかりで……。まぁ、それはそれで悪くはないんだけど、何となくパッとしないっていうか、普通なんだよな。それに比べて、昔はもっとたくさんのクラブがあったんだろ?」
「うん、そうらしいね。私が入っているのは家庭科クラブだけど、旧校舎で授業をしていた十年ぐらい前までは、料理と裁縫と園芸の三つに分かれていたって聞いたことがあるよ。そう考えると、確かに今は少ないかも」
朱音が颯太に同意する。
「だろ? そこで俺は考えた。今一やる気が起きないクラブに入って無駄な一年間をすごすくらいなら、いっそ斬新かつ画期的なクラブを新しく作ればいい、って」
「ふーん。それで、どんなクラブを作るつもりなんだ?」
そう充が問うと、颯太は告げた。
「ミステリークラブだよ」
「ミステリークラブ? ミステリーって、都市伝説を追いかけたり怪奇現象の謎を解いたりするものでしょう? テレビでよく見かけるそれが、どうして斬新かつ画期的なのよ?」
朱音が冷めた視線を向けてくる。
だが、それに怯むことなく颯太は返した。
「分かってないな、朱音姉は。ミステリーには、推理、って意味もあるんだよ。西桜小で推理と言えば誰が思い浮かぶ? 優冴兄しかいないだろ? 俺は、新しく作るミステリークラブに、優冴兄を誘うつもりだ」
「優冴君を、……誘う」
呟く朱音の瞳がキュピーンと光った。
もし、ミステリークラブに入れば、教室にいる時だけでなくクラブ活動でも優冴と一緒にいられるようになる。彼と同好の趣味がない朱音にとって、それは、想像さえしていないことだった。
ミステリークラブ。確かに、斬新かつ画期的なクラブ活動になりそうではないか。
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