第三章 『今語られる旧校舎の七不思議』④
『旧校舎の七不思議 その三』
旧校舎一階には、一年生と二年生の教室、それと職員室や校長室、保健室なんかが並んでいるんだけど、その一番端っこに小さな部屋があるんだ。
俺も入ったことはないから本当かどうかは分からないけど、聞いた話では、六畳ほどの広さで、窓が無い部屋なんだってさ。
学校ってただでさえ埃っぽいのに、そんな場所に窓が無い部屋なんて必要ない、って思うだろ?
だけど、実際は結構多く利用されていたんだよ。……『お仕置き部屋』としてね。
授業中お喋りばかりしている奴や悪戯をする奴なんかを捕まえると、校長先生が、その部屋に入れて鍵をかけてしまうんだ。
それでさ、さっきも言ったけど窓が無い部屋だからな。ドアを閉めたら真っ暗になるんだ。だから、どんなにやんちゃな子供だって、半日も入れられたら泣きながら謝るってわけだ。
そんな『お仕置き部屋』があったからさ、旧校舎時代の子供たちは、よい子ばかりだったんだよ。進んで挨拶、進んでお手伝い、進んで学習、みたいにね。
ところが、そんな昔の西桜小にも、めげないっていうか、懲りない奴がいたんだよ。何度も『お仕置き部屋』に入れられているのに、それでも平然としている奴が……。
こういった話をするとさ、「それって、どんな男子なんだ?」って聞きたくなるだろうけど、とんでもない偏見だぞ。そいつは、男じゃなくて女、女子だったんだ。
充兄の話みたいに名前が分かっているわけじゃないから、ここからは、その女子を仮にA子として続けるぞ。
A子は、授業中に騒ぐとか暴力をふるうとか、友だちに直接危害を加える奴じゃなかったんだけど、ひと言で表現すると、自分勝手だったんだ。何て言うか、全てにおいて自由なんだよ。
基本的に学校では寝てるし、たまに起きたと思ったら、ふらりと教室を出て行ってしまう。そのまま家に帰ってしまうこともある。一度なんかは、授業中に近所のうどん屋に行って、金もないのに海老天うどんを食っていたっていうんだから、本当に自由だよな。
当然、先生たちも怒りはするんだけど、「別に、誰かに迷惑をかけているわけじゃないし、いいでしょう?」と聞きはしない。現に先生たちやうどん屋には迷惑がかかっているんだけど、相手が大人だということもあって、A子の勘定には入っていなかったんだろうな。
「あの子がいると、学校の風紀が乱れます」そんな苦情も親たちからは入っててさ、それを聞く校長先生も、「A子さえいなければ、西桜小は平和なのに……」って歯痒く思っていたんだ。
そして、事件は起きた。
それは、一学期の終業式のこと。その日もA子は学校にきていたんだけどさ、いつもと違ってどこかに出て行くということもなく、まじめに終業式に出席していたんだ。
だけど、そんなA子を校長先生は呼び出した。無理やり『お仕置き部屋』に入れ、鍵をかけたんだよ。
その日の職員会議で、校長先生はこう言ったんだ。「夏休みの間に一階の改修工事を行うことになりました。危ないので、『お仕置き部屋』には近づかないでください」って。
そのまま何事もなく夏休みも終わり、新学期。朝早く学校にきた校長先生は、『お仕置き部屋』を開けてみた。そこには、腐って異臭を放つ、A子の死体があったんだ。
A子は何とか逃げ出そうとしていたらしく、部屋の床板は取り外されていて、その下の地面には土を掘った跡があった。彼女の両手の爪は全部はがれていて、その指先には、茶色くなった血と泥がついていたんだってさ。
A子がいなくなったあとの学校は、校長先生の予想どおり平和になったよ。西桜小の子供たち全員が、よい子になったんだ。
だけど、それと同時に変な噂が出始めた。一階の『お仕置き部屋』近くで土を掘るような音が聞こえる、ってな。
今でもその『お仕置き部屋』からは、夏休みになると、――ザクッ、ザクッ――って、土を掘る音が聞こえてくるんだってさ。
これで俺の話は終わり、……って言いたいところなんだけど、実は、俺、この話のもっと恐ろしい点に気づいちゃったんだよ。だから、あと少しだけ続けさせてくれ。
意外と知らない人が多いんだけど、学校って、夏休みでも土日と盆休み以外は先生の誰かが校内にいる決まりになっているんだ。“代表勤務”ってやつでね。
だから、先生たちは、改修工事なんてされていないってことに気づいていたはずなんだ。もちろん、A子の泣き声や助けを求める声を聞いた先生もいただろう。それなのに、新学期が始まるまで誰も何も言わなかったんだ。つまり、教師の全員が気づかないふりをしていたんだよ。
A子の親にしても変だ。自分の娘が四十日近くも行方不明なのに、警察に捜索願を出さないなんてことはないだろ?
これらから分かることは、ひとつ。
A子は、「死んでもいい」って思われるほどに嫌われていたんだよ。全ての大人たちに……。
『お仕置き部屋』に入れられたA子が見捨てられたのは、いわば大人たちの逆襲だったってことだ。
まぁ、俺も大人を敵に回してる、って思うことが結構あるから、気をつけないといけないな。
これで、俺の話は本当に終わりだ。
「ぶうー」
音を立てて颯太が蝋燭を吹き消す。これで残りは四本となった。
「もうお開きってことでもいいんじゃないかな? ほら、このとおり、僕も平気になってきていることだし」
「恐がりは克服できた」とでも言いたいのか、胸を張って真中が会の終了を提案する。
だが、その目は、落ち着きなくあちこちをきょろきょろとしていた。
「どうしたんだ? ひょっとして真中さん、俺の話で本当にオシッコちびったんじゃないのか?」
調子に乗って颯太が茶化す。
「そんなわけないだろ? 僕は大人、警察官だよ」
「ふーん。じゃあ、全然怖がってないんだ?」
「もちろんさ」
「あ、そう。じゃあ、続けても構わないな?」
「と、当然だよ」
「自分の馬鹿!」真中はそう心の中で叫びながら頷いた。
そんな彼に、颯太はにやりと薄笑いを浮かべて告げた。
「そんなこと言っていいのかなぁ? 次は、俺たちが誇るミスクラ部長、優冴兄の番なのに」
「え? ゆ、……優冴君?」
真中は、ごくりと唾を飲んだ。あれだけ鮮やかな推理を披露する彼のことだ。きっと目玉が飛び出すほどに恐ろしい話を知っているに違いない。そう思ったのである。
「それでは、優冴兄、張り切ってどうぞー」
颯太が彼を促す。
ところが、優冴は、彼にしては珍しく困り顔で頭を搔くだけだった。
「どうしたの?」
そう尋ねる颯太に、優冴は、
「いや、知っている七不思議はあったんだけど、先に話されちゃって。ごめんね」
と、頭を下げた。
「まったく、誰だよ? 優冴兄と話が被ったのは……」
灯りに照らされるそれぞれの顔を颯太が見回す。
すると、何とも言いづらそうに優冴は答えた。
「あの、……颯太君、なんだけど」
「お、俺?」
自分を指さす颯太に、優冴は、
「……うん」
と小さく頷いた。
「あーあ、颯太のせいで優冴君の話が聞けなくなっちゃったじゃない。楽しみにしていたのに」
朱音が態とらしくそんなことを言う。
「わ、分かったよ。責任取って、俺が優冴兄の代わりにもうひとつ話せばいいんだろ!」
不貞た目つきで朱音を睨むと、颯太は再び語り始めた。
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次回更新は、9月8日(土)を予定しています。




