第三章 『今語られる旧校舎の七不思議』②
『旧校舎の七不思議 その一』
私が知っている旧校舎の七不思議は、『イチゴとドクはよく似てる』っていう話。
イチゴは果物のイチゴで、ドクは飲むと死んじゃうあのドクよ。
二つを思い浮かべたり仮名で書いたりしてみても全然似てないって思うんだけど、漢字で書くとその意味が分かるの。イチゴは、苺。ドクは、毒。……ね、よく似ているでしょう?
それでね、私、五年生の時は家庭科クラブにいたんだけど、まだ旧校舎が使われていたころは、料理と裁縫と園芸の三つに分かれていたんだって。その中の園芸クラブが、旧校舎中庭の花壇で育てていた果物。それが苺だったの。
お菓子を作る料理や小物を作る裁縫と比べて、園芸って、地味で人気がないクラブだったの。だから、部員は五年生の女の子がひとりだけ。それでも彼女は、毎日花壇に通って苺のお世話をしていたわ。雨の日も風の日も、それこそ嵐の日だってお世話を続けたの。
女の子がそれだけ頑張るのには理由があった。彼女には、体の弱い妹がいたの。
妹は、彼女と二歳違いで小学三年生なんだけど、病気で学校には通えていなかったの。いつか治ることを夢見て、病院の一室でずっと病魔と闘っていたのよ。
学校が終わると女の子は、妹の病室に行って、その日あった出来事を話して聞かせていたの。「今日、テストの時に先生がオナラをしたのよ」とか「跳び箱の五段が跳べるようになったのよ」とかね。もちろん、園芸クラブのことも話したわ。「今、苺を育てているのよ。実がなったら、一番大きくて一番赤いのを食べさせてあげるからね」って。
妹は、お姉ちゃんから届く苺をとても楽しみにしていたそうよ。だって毎日のように、「もう赤くなった? もう食べられそう?」と聞いていたそうだから。
そんな妹を喜ばせたくて、女の子は、休むことなく苺のお世話をしていたってわけなの。
そうしていくうちに季節が変わって、苺は赤く色づき、いよいよ収穫の時がやってきた。
その日、朝早くに登校した女の子は、たくさんの苺の一つひとつにお礼を言ったんだって。「大きくなってくれてありがとう。赤くなってくれてありがとう」って。それから彼女は、「放課後に摘みにくるから、それまで待っててね」と手をふって、苺とお別れしたの。
待ちに待った放課後になると、女の子は大急ぎで中庭の花壇に走った。
でも、そこに苺は無かったの。朝はあんなにたくさんあったはずなのに、ただのひとつも。
わけが分からず、女の子はその場に膝を落とした。そして、彼女は見つけたの。地面に落ちている無数の苺のへたを……。
そう。彼女が大事に育てた苺は、全部、誰かに食べられてしまっていたの。
悔しくて、悲しくて、女の子は大声で泣いたわ。だけど、それで苺が戻ってくるわけじゃない。
彼女は、病院にいる妹にこのことを正直に話そうと決めたの。
病室で妹は、「お姉ちゃんの苺、美味しそうだったんだよ。仕方ないよ」そう言って笑っていたんだって。でも、最後に、「ひとつでいいから、私にも残しておいて欲しかったな」と、悲しそうな声で小さく呟いたの。
家に帰ってから、女の子は泣いたわ。それこそ花壇で苺が無いと知った時よりもたくさん泣いた。だって、最後に呟いた言葉が妹の本当の気持ちなんだって、彼女には分かっていたから。
泣き疲れて眠ったその日の深夜、もっと悲しい出来事が女の子の身に降りかかった。妹が亡くなってしまったの。
「お姉ちゃんの苺、食べたかったな」そう言って、息を引き取ったんだって。
妹のお葬式で暫く休んでいたんだけど、それが終わったら女の子は普通に登校し始めた。花壇での苺のお世話も再開したの。
学年が上がり、六年生になっても、彼女は園芸クラブに入って苺のお世話をしていたらしいわ。
その甲斐あってか苺は、去年よりもずっと大きくて、ずっと赤くて、ずっと美味しそうな実になったの。
だけどね、収穫の日の朝に、女の子が苺にお礼を言うことはなかった。その代わりに彼女は、数ある中で一番立派な苺を撫でながらこう伝えたの。「私に、妹の苺を勝手に食べた犯人を教えなさい」、って。
その日の昼休み。ひとりの遺体が発見された。それは、苺を育てていた子と同じ六年生の女の子。その子の友だちの話では、「二人で苺を食べていたら、彼女が一番大きくて一番赤いのを口に入れた途端、苦しみ出して倒れた」って。
あとから調べて分かったらしいんだけど、一番大きくて一番赤いその苺には、たっぷりと毒が塗ってあったんだって。
結局、犯人は見つからず、六年生は卒業しちゃったんだけど、次の年から不思議な出来事が起き始めた。
旧校舎中庭の花壇に、たくさんの苺ができるようになったの。苺を育てていた女の子は卒業しちゃったし、彼女がいなくなったことで、園芸クラブは廃部になったはずなのにね。
今でも苺の季節になると、その花壇では、たくさんの実ができるらしいの。でもね、一番大きくて一番赤い苺だけは絶対に食べちゃ駄目。だってそれは、女の子が妹のために育てた大切な苺なんだから。
もし、食べちゃったらどうなるか、……分かるよね?
これで、私の話は終わりよ。
「ふう」
朱音が、蝋燭の一本をそっと吹き消す。
それから、
「分かった? 絶対に食べちゃ駄目だからね、颯太」
と、今一度弟に釘を刺した。
「わ、分かってるよ」
颯太は慌てて彼女から視線をそらした。どうやら、食べてみようと考えていたらしい。
「それにしても、朱音って意外と怖い話を知っていたんだな」
感心したように充が言うと、それに颯太が同意した。
「本当だよ。朱音姉には期待していなかったから最初にしてみたんだけど、これなら最後でもよかったかも」
「どうでしたか? 真中さん」
優冴が彼に意見を求める。
真中は、
「う、うん、何とか。……いや、大丈夫だよ、怖くなんてなかったさ。こ、怖くなんてね」
と、こわばり顔で無理に笑って見せた。
「その調子で、頑張りましょうね!」
隣の美奈が彼の手をぎゅっと握る。
「はい!」
真中は大きく頷いた。
そんな二人を面白くなさそうに睨みながら、颯太が宣言した。
「さぁ、次は充兄だ。真中さんが泣いて逃げ出すような七不思議をしてくれよ」
「颯太、趣旨が違ってきてるぞ」
苦笑いで答えるもそれをすぐに真顔に戻すと、充は、
「じゃあ、二つ目を始めるか」
そう言って、残った六本の蝋燭を見つめながら話し出した。
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次回更新は、9月2日(日)を予定しています。




