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「まさかアデリーヌの想い人を寝取るなんて浅ましいにもほどがあるわ!やっぱり母親の血ね、どんな手を使って辺境伯様をたぶらかしたの?恐ろしい・・」
「ニーナちゃんヒドイ・・私の気持ちを知ってるくせに・・」
真夜中になっても終わらない叔母の説教と、ひたすら泣き続けるアデリーヌにどうすることもできずに『はあ・・ハイ・・ゴメンナサイ・・』と同じ言葉を繰り返す。最初は真面目に聞いていたが、あまりに長いので額の怪我を自分で手当てしながら聞き流していた。
叔父はもう眠いのかこっくりこっくり船を漕いでいる。いや、元凶は私の元に辺境伯様送り込んだアナタなんで寝ないでもらえますかね?
「ニーナちゃんがクロード様の恋人になるなんて、絶対許せない」
「いやきっとそんなんじゃなくて・・夜這いを拒否られたからその仕返しとかだよ・・」
「・・・っだからなんでニーナちゃんが夜這いされるのよ!そんなみすぼらしい恰好しているのに!ウチに拾ってもらった孤児のくせに、恩を仇で返す気?!優しくしてあげれば付け上がって!わたしと同じ立場にでもなったつもり?ふざけないで、アンタはウチの使用人なんだからね!」
あっアデリーヌがキレた・・。なんかすごい事言われた気がする。
突然の叫び声に船漕いでた叔父様も飛び起きた。
「ア・・アデちゃん、何言って・・可愛いアデちゃんがそんな汚い言葉言っちゃダメよ」
豹変した娘にとまどいながらも叔母が窘める。叔父様はただおろおろしているだけ。
「何よ!お母様がそんなだからニーナが自分の立場をわきまえないんでしょう?!自分も私と同じお嬢様だって勘違いしてるからこんなことになったんでしょう!」
いつもゆるふわの外見で恋愛脳のアデリーヌからこんな言葉を聞くとは・・普段仲良しの姉妹のように接してくれてたのだが、本当はこんなことを思っていたのだろうか・・・。
やばい泣きそう・・・。
一瞬私も黒い気持ちに流されそうになるが、頭を振ってネガティブな考えを吹き飛ばす。
普段のゆるふわアデリーヌを思い出そう。今はきっと取り乱しているだけだ。私まで冷静さを失ったら取り返しがつかないところまで関係が破たんしてしまう。
「ごめんね・・でも、アデリーヌの好きな人だってわかっていたから、打ち首覚悟で辺境伯様を拒んだんだよ・・それだけは分かって欲しい・・」
私がそういうとアデリーヌは、はっと目を瞠って私から顔を背けた。アデリーヌのためっていうのはちょっと嘘だけど。純粋にあんな遊び人にいいようにされるのが嫌だったんだけどね。物は言いようだ。
そして全ての責任を私に押し付けられるのも嫌なので、叔父様にひとつ恨み言を言う。
「叔父様、何故私の部屋にあの方を連れてきちゃったんですか。せめて叔母様に相談されたらよかったのに・・」
アンタのせいだ~と恨みを込めてふんわり言ってみる。そもそも一晩なのに夜伽の相手が必要なら最初っから誰か用意しとけばいいのに。
「い、いやあ違うんだよ、辺境伯様が、まだニーナに話したい事があるから呼んでくれって言われて、部屋に呼びに行ったら着いてきちゃったんだよ。私が連れてくると言ったのに、自分で行くと仰られて。だけどまさかあんな事になるとは・・」
ん?じゃあ叔父様は私を差し出したわけではないのか。クロード様もそれじゃだまし討ちじゃないか。ホントひどいなあの方。アデリーヌもあんな遊び人と関係しなくて良かったと思うけど、それでもいいってくらい好きなのかなーまさに恋は盲目だね。
ごにょごにょと言い訳をする叔父に対し叔母のデボラが切れた。
「あなた!もういいわ!そうよ、元はと言えばニーナがいなければこんな事にならなかったのに・・わたくしがお姉さまにされたように、アデリーヌまであなたに人生を狂わされてしまったわ。
・・・あなたを引き取ったのはやっぱり間違いだった」
叔母が見たこともないような怖い顔で私に向き合う。今まで色々嫌味や小言を言われてきたけど、こんな顔で見られたことなかった。
「ニーナ、荷物をまとめて一週間以内にここを出ていきなさい。もう我が家とは縁を切ってもらいます。以後アルトワの家名を名乗ることは許しません」
「・・・はい」
決定的な言葉をもらってしまった。
仕方がない、いつかは出ていく予定だったんだ。それが今になっただけだ。そう思っても、やっぱり直接そう言われてしまうのは辛かった。
アデリーヌをちらりと見るが、彼女も呆然としている。目が合うと慌てて逸らされてしまった。アデリーヌの事は可愛い妹のように思っていたのにな・・これでさよならかあ。
そして私は屋敷のワイン貯蔵庫の隣の物置部屋にしばらく居ろと言われ、辺境伯様ご一行がお発ちになるまでここで過ごすこととなった。ブランケットを渡されたのでとりあえず丸まって寝てしまうことにした。怒涛の一日だったから疲れた・・とにかく今は寝たい。目を瞑るとすぐに睡魔に飲み込まれた。
「ぐう・・・ぐう・・」
「起きなさいニーナ!あなたよくこんな汚い床で寝られるわね」
大きな声に驚いて目を覚ますと叔母が私の前に仁王立ちしていた。
「ふぁああ、おはようございます叔母様」
「お早くないわよ、今はもう昼よ。辺境伯様は日の出とともにお発ちになったから、もういい加減ここから出ていいわ」
起こされて屋根裏部屋に戻るよう言われる。もう仕事はしなくていいから荷物をまとめろということらしい。狭い部屋を見渡すが、大して荷物もない。唯一持っているかばんを取り出して服や下着を詰めていく。でも最低限のものだけにしようと思いほとんどは捨てる事にした。
庭師のジローが『大きなカバンをよたよた持って歩いていたら強盗に目を付けられやすくなるからな。ここを出て、どこに行くにしても常に身軽でいろ。女一人は危ないからな』と言っていたことを思い出したからだ。
結局小さめのかばんひとつだけで出て行く事にした。残りの物はゴミ捨て場に持っていく。一週間以内と言われたけれど、もう今日出て行こうと決めた。思い立ったが吉日だ、ゴミを捨てたその足で叔父の書斎へ向かう。
部屋には叔母も居て、何かを話し合っていた。丁度いいと思い、私は二人に向かって言った。
「あのーお世話になりました。今からここを出ていきます。今後アルトワ家の名を出すことはありませんのでご心配なく」
「ええっ?!出ていくの?今?!今って言った?!ニーナ!」
なぜか慌てた様子の叔父と叔母。
「はあ、早いほうがいいかと思いまして」
「それにしたって・・出て行ってどうするんだい?行く先のアテなんてないだろう?第一先立つものもないし・・」
「はあ、まあなんとかなるかなと」
「なんでなんとかなると思えるのよあなたは・・しょうがないわね・・退職金代わりに路銀を少し持たせてあげるから、野宿なんかするんじゃないわよ?南の町なら治安がいいってきいたわよ。変な人についていくんじゃないわよ、お金は靴の中にいくらか隠しておきなさい。それと・・」
「あっなんかすいません。ありがとうございます・・?」
出ていけと言った張本人のくせに、やっぱり悪人になりきれない叔母様かわいい。
そして本当に結構多めに路銀を頂いたのでさっさと屋敷の裏口から出ていくことにした。
こんな風に逃げるように出ていくのには理由がある。それは仲の良かった使用人の仲間たちにお別れを告げるのが辛かったから。二度とこの屋敷に戻ることはないだろう。永遠の別れを告げるくらいならいつの間にかいなくなりたい。不義理なのはわかっているが、泣くのは嫌なのでそっと誰にも知られずに出て行こうと決めた。
叔母の言った通りに南の町を目指すことにした。野宿するなと言われたけれど、日が落ちるまでには到底たどり着けそうにない。どこか安全そうな場所を見つけなければ・・。
一度だけ、もう遠くに見える屋敷を振り返る。少しだけ涙が出そうになったので懸命にこらえた。今日は朝ごはんを食べ損ねたので、泣いたりしたら余計にお腹が空いてしまう。
そこへ屋敷の方から走ってくる人影が見えた。あれ?誰・・。
「ニーナ!」
「マーク!アンタなにしてんの?!」
全速力で私を追いかけてきたのはコック見習いのマークだった。ようやく追いついた彼は息も絶え絶えに、なにしてんのじゃねえよ・・と呟いた。
「なんで何も言わずに出て行くんだよ・・アデリーヌ様が、ニーナが出て行ったって教えてくれたから・・ぜえぜえ」
「アデリーヌが?どうして・・。あっ挨拶もせずごめん、お別れをいうのが辛かったから・・お屋敷出て行くことになったんだ。今までありがとうね」
「なんか昨日大騒ぎしていたけどそれが原因?出て行くったって、お前行くあてあるの?」
「あてなんてないけど、なんとかなるでしょう。大丈夫だよ、私オジョーサマじゃないし」
そういって笑ってみせると、マークは泣きそうになりながら私の肩をつかんだ。
「・・・なんでそんなにお前、独りで頑張るんだよ・・なあ、家を出るなら俺の故郷に来れば?ウチ地元で食堂やっているんだけど、そこそこ繁盛してんだ。オジョーサマじゃなくなるなら、食堂の給仕だってできるだろ?」
「ふむ、いい話だね。じゃあ紹介状書いてくれると嬉しい」
「いや、だったら俺も故郷に帰るよ・・なあニーナ、一緒に行かないか?店は兄貴が継ぐけど・・俺一生懸命はたらくからさ、苦労はさせないから・・・」
「・・マーク?」
「結婚してくれ、ニーナ。平民の俺が貴族のお前と結婚なんてずっと無理だと思ってあきらめていたけど、家を捨てるなら俺と来てほしい。・・ダメか?」
真剣なマークのまなざしが、これは冗談ではないと告げている。仲の良い仕事仲間・・友達としか思っていなかったけれど、プロポーズされて純粋に『嬉しい』と思った。やっぱりたった独りで寄る辺なくこれから生きていくのは怖かった。
この申し出を受ければきっと、今の不安から解放される。だけど・・彼を愛してもないのに、彼の好意を利用するような真似をしていいのだろうか?こんな気持ちで私は彼を幸せにできるのだろうか?
受けてしまいたい・・でも今返事することは出来ないと思った。
私はマークの手に自分の手を重ね、彼の目をしっかり見て今の気持ちを告げる事にした。
「マーク、ありがとう。すごく嬉しい。でも・・・モガッ?!?!?」
「なっ・・なんだっ?!ニーナ!お前ら誰だ?!ニーナを返せ!うわっ!」
突然誰かに麻袋のようなものをかぶせられた!袋越しにマークの戸惑う声が聞こえてくる。身動きがとれないので抵抗もできずに足から持ち上げられ袋にすっぽり入ってしまった。そのまま担ぎあげられ、体が宙に浮いた。
「マーク!マーク!いやあ!出して!人さらい―!誰かー!おまわりさーん!」
袋で視界が遮られているのでマークがどうなったか分からない。だがどこかへ運ばれていくようで、すぐにマークの声は聞こえなくなってしまった。
誘拐犯は私を担ぎ上げたまま、恐らくかなりのスピードで走りだした。