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ひゃっほう!
そんなことをつらつら思いながら、叔母と従妹の元へお茶を持っていく。
「はいはい、お茶がはいりましたよー。アデリーヌの好きなジャムクッキーもあるよー」
「わあ、ありがとうニーナちゃん!一緒に食べましょう!」
アデリーヌは、従姉の私が屋敷でメイド風に働いていることにあまり疑問を持っていないらしい。よく働くえらいお姉さん?みたいな認識なのかしら?さげすむこともなく普通に姉のように接してくるが、かといって叔母が仕事を私に言いつけるのも普通のこととして受け止めているようだ。
「んー今忙しいからまたね。じゃあ叔母様、あとで茶器は片づけに来ますから」
「待ちなさいニーナ」
おっとお。またもや出て行こうとする私に叔母が声をかけてきた。
「わかっていると思うけど、辺境伯様がご滞在中はアデちゃんのお世話はしなくていいからね。厠を掃除して洗濯場を手伝ってちょうだい。従者の方々も屋敷にお泊りになるけれど、顔を出さないでね。大事なお客様方に色目でも使われたらトラブルの元だわ。」
「はあ、了解です。じゃあ私はこれで」
「りょ、了解なの?・・まあ、いいわ。じゃあよろしくね」
辺境伯の警護に若い男性の兵士達も同行してくるらしい。屋敷のメイド達はそれも楽しみにしているようで、うまいことお近づきになれないかと皆わくわくしていた。
私に関しては、アデリーヌの想い人の従者と私がなにかトラブルでも起こしたりでもしたら縁談に障りがあるのでやめてくれということなのだろう。
はいはい、大丈夫です心得てますよ。
私は愛だの恋だので身持ちを崩すような真似はしない。散々刷り込みのように叔母に言われてきたので、私は恋愛や結婚に全く憧れなど持たなくなっていた。自分の親のように、恋に溺れ周りが見えなくなるような事になりたくない。自分がそんな訳のわからない感情に振り回されるなんてまっぴらごめんだ。叔母に改めてくぎを刺されなくとも私にはそんな気全くないのだ。
***
そして辺境伯ご一行が到着する当日となった。
私は厠の掃除を頼まれていたので、窓からそれを眺めるだけだったが、馬車や従者、旗印まで黒を基調としたデザインで統一された一行の姿は壮観だった。
そしてさすがは国境の砦を守る精鋭たちが揃った領地からきただけある。先導する兵士だけでなく、馬車に繰る御者までもが屈強な男達だった。いやむしろ砦にはガチムチしか住めないのだろうか。
こりゃすごい、と厠の窓から顔を出して覗いていると、出迎えた叔父達の前で馬車が停まり一人の背の高い男性が降りてきた。あれが噂のドーベルヌ辺境伯だろう。遠いのでよくわからないが、恐らくとんでもないイケメンオーラをはなっているに違いない。
なぜなら叔父のそばにいるアデリーヌが気絶しかかっているから。
会話をしたことも至近距離に近づいたこともないって言ってたもんね。あんなんで本当にお近づきになれるのかしら。心配だわ。
はらはらしながら小窓から見ていると、ふと辺境伯が屋敷のほうに顔をあげこちらを見た。一瞬目があった気がしたが、この距離から見えたらすごい視力だ。屋敷から窺っている目線にすぐ気づくとは、やはり武人の成せる業なのか。別に殺気を放ってもないんですけど睨まれたな。怖い怖い。
到着して、ほどなく酒宴の準備が整う。冬が厳しい辺境の男達はとんでもない酒豪だと聞いていたコック長が、あらん限りの酒と肴を用意してある。もちろん食事もこの地方の名産品をつかって趣向をこらしたものが美しく盛り付けされて広い応接間に並べられていた。
表に出るなと言われていた私は厨房で皿の準備とつまみ食いをしていた。さすがコック長渾身のメニューだ、どれも美味しい。酒宴は夜更けまで続くのかと思っていたが、意外にも二時間ほどでお開きとなった。
料理をサーブしていた給仕係が教えてくれたが、彼らは有事の際に備えて普段から深酒はしないことにしているらしい。
後片付けのため私も応接間に向かうと、従者の方々はもう各部屋に案内されたようだが叔父と辺境伯様はまだソファで何事か話し合っていた。叔父は私を見つけるとなんだか嫌そうに声をかけてきた。
「・・ああ、ニーナ、君も辺境伯様にご挨拶なさい。ドーベルヌ様、こちらが姪のニーナです。ちょっと・・事情がありましてこのような姿ですが・・」
あっれえ?!私を紹介しちゃっていいの?叔母様が知ったら怒ると思うの!でも叔父を見るとなにやら困っているようだ。
あっそういえば私お仕着せのメイド服だったわ(しかも若干汚れている)。姪ですーて言ったもののこんな小汚い恰好してるからまずいと思ったのかしらね?
しょうがない、色々無視して淑女の礼ですべてを誤魔化そう。
「初めましてドーベルヌ辺境伯様。ニーナと申します。お会いできて光栄です」
にっこり笑って突っ込む余地を与えないままこの場を去ろう。
すすす・・とさがろうとすると辺境伯様が挨拶をしてくれた。
「初めましてではないと思ったのだがね、幼少の頃一度この屋敷に訪れた際お会いしたはずだよ。忘れられてしまったのかな。私はあなたのような美しい人を忘れることはないけれどね」
わーお。美しいだって。息を吐くように女性を褒めるんですね。女性とみればなんでも褒めるその姿勢、相当手馴れてらっしゃる。こんな軟派な人だったんだーびっくり。
「申し訳ありません。幼い頃には私が一方的にドーベルヌ辺境伯様をお見かけしただけだったと思いましたので・・大変失礼いたしました」
「クロードだよ」
「は?」
「クロードだ。私の名前は」
「は・・ええと・・」
これはどうしたものかと思い、ちらっと叔父の顔を見るともう苦汁を飲んだようなしっぶーい顔をして私を見ていた。あっこりゃまずい、叔父もこの流れは予定外だったっぽい。私がお近づきになってどうする。ていうかアデリーヌどこ行っちゃったんだ。
仕方がない、もう適当に切り上げればいいや。
「クロード様、お話できましたこと大変光栄に存じます・・・あっ!それではわたくしまだ仕事が残っておりますのでこれにて失礼いたします!」
と言うと、若干失礼にあたるんじゃないかと思える速度でその場を辞した。やっばい、辺境伯様を名前で呼んだとか叔母にばれたら三日ぐらいぐちぐちお説教されそう。
これ以上間違って接触するとまずいので、厨房に行って『急な腹痛のため私は戦線離脱します』と言い置いて片づけから逃げ出した。
階下にいるとまたどこかで誰かに会ってしまうかもしれないので、そうそうに自室の屋根裏部屋に引き上げる。ここは梯子を使わないと上ってこられないので、うっかり従者の方々とニアミスなんてこともない。もう明日にはご一行は出立されるのだから、それまで部屋に籠っていよう。
汚れたお仕着せを脱いで、盥の水で体を拭く。シャツ一枚だけ羽織ってベッドに入る。だいぶ薄汚れているがお湯を用意しに下へ降りるのも面倒くさい。このまま寝てしまおうとブランケットをかぶって目をつぶった。
―――それからすぐ眠ってしまったのだが、ギシギシと部屋がきしむような音がして目が覚めた。誰かが梯子を上って屋根裏部屋に来ている。
何事かと顔をあげ音がする方を見ると、ドアがゆっくりと開いて誰かが入ってきた。
「ひっ・・!だっ誰?!」
近づいてくる人の顔を暗闇で目を凝らしてみると・・・。
「ええ・・辺境伯、様・・?」
「クロードだよ。さっき教えただろう?」
従妹の想い人である辺境伯様が、私の部屋に侵入シテキタ!
戦う?
→逃げる?
やばい、どっちも無理っぽい!どうする私!