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食事が終わればまた牢に戻るのかと思っていたら、ザジ様がついてこいと言う。
「どこへ行くんです?捕虜が砦をウロウロしてるとまずくないです?」
「ほとんどの奴らがお前の事情を知ってるから大丈夫だ。牢屋に戻ってもどうせ暇だろ?ちょっと付き合え」
まあどうせ暇だし、促されるまま着いていく。どうやら外へと行くようだ。
連れてこられた時は周りを見る余裕がなかったので、今改めてみるとまさに戦場そのものだ。あちらこちらに戦に使われるような設備が置かれドーベルヌ領と比べるとずいぶんと荒廃した雰囲気だ。それに・・・。
「ドーベルヌ領に比べて随分見劣りするだろう?我らの国は資源に乏しく貧しいからな・・。鉱山を含む土地を奪われて以降、我らの国は衰退する一方だ。
特に今年の夏はかつてない嵐に見舞われて、作物の収穫量が極端に少なかった。このままでは冬を越せないものが多くでるだろう・・。人質をとってまでの強硬な手段に及んだのはそういった事情からだ」
ザジ様はそう話しながら見張り台のようなやぐらを上ってゆく。
餓死するものなど私の住んでいた場所では聞いたことがない。農耕に適した大地を多く保有する私の国では、飢えるということはほとんどない。貴族、平民と身分の差はあれどノブレス・オブリーシュの精神が根付いていて、領民はその土地を支配する貴族に大切にされている。
高いやぐらを上りきると急に視界が開けた。
「わあ・・・」
前を向くと私の国へと続くドーベルヌ領が遠くに見えた。その先は広大な森と山にかこまれている。後ろを向くと、火の国なのだろう。岩場がむき出しの崖が見え、その先は荒れた大地が続いている。
砦を隔てただけで、これだけ差があるとは・・
「北へ向かうほど土地は痩せてゆく。お前の国を侵略するつもりなど毛頭ないが、民を飢えさせないためにあのドーベルヌの地を絶対に取り戻したいんだ。それに俺の祖父の世代ではあの地に家族の墓を残してきたという者もいる。
言い訳だが、この戦争にはそう言った理由があるという事をお前に知っていて欲しかった」
「はい・・・ふぁ・・はっくしゅっ」
北に近いから夏でもこの地は風が冷たいようだ。くしゃみをするとザジ様が風よけに後ろから抱きしめるようにしてくれた。見上げるとザジ様の顔がすぐ近くにあって少し緊張する。
「あ、ありがとうございます。・・あの、ザジ様、もしも私の国が鉱山を譲らなかったら・・」
私が言いかけた時、やぐらの下から声がかかった。
「ザジ様!至急お戻りくださーい!宰相が来ております!」
少し焦ったような兵士の声にザジ様の顔が険しくなる。急いで下へ降りると兵士が待っていて耳打ちをしてザジ様に何かを伝えた。それを聞くとザジ様はさらに眉間のしわを濃くして私に言った。
「ニーナすまないが急ぎで戻らねばならなくなった。牢まではここに居る兵士に送ってもらってくれ」
そう言い残すとザジ様は急いで駆けて行ってしまった。残った兵士が『戻りましょう』と声をかけてきた。
何かあったのかと少し不安に思いながらぼんやり歩いていると牢屋のある方向とは違う場所へと向かっていた。ん?別の牢屋に分けて入れられるとか?
「あの、どこへ・・?」
「申し訳ありませんが、しばしのご辛抱を。聞いて頂きたい事がございます」
兵士の男はそういうと、小さな小部屋に私を押し込んだ。抗議の声をあげようとすると『しっ』と言われ思わず黙ってしまう。
「耳を澄ましてください。そこの通気口から隣の部屋の会話が聞こえるはずです」
会話?誰の会話を?何のために?
黙っているとボソボソと誰かが話をする声が聞こえてきた。
「―――決裂したとはどういう事だ!ドーベルヌのヤツを見捨てるという事か?」
「いえ、むしろ辺境伯を人質にとったことであちらの態度が硬化しまして、今までは戦争を避ける方針であったのが、今は無事に返さねば総攻撃も辞さない構えのようで・・」
「くそっ、ならば大人しく鉱山を渡せばよいものを!
いいだろう、軍事力はあちらが上だが我らには地の利がある。攻め込まれても負けはしない!」
「い、いけません、今ここで戦争となれば国内は荒廃する一方です。ここは一旦引いてドーベルヌを返しましょう。内輪もめで負った怪我の治療をした恩を売り、鉱山の採掘権を一部だけでも譲渡するよう交渉するのが得策ではないかと。
幸い、あれの妻を上手く手懐けているようではないですか。洗脳を深くすれば使える駒になるでしょう。それを使うことも含めもう一度策を練り直すべきです」
「アイツはダメだ、直情的で間諜に向いていない。ドーベルヌの妻でもないし使い道がない」
「いいえ、あの男がかつてなく固執している女です。いかようにも使い道はありましょう。あの女の返還は条件に無いので、このままこちらに引き留めてドーベルヌと改めて交渉の材料にするのも一つの手です。その間に間諜として使えるように仕上げましょう」
「・・・まずは俺もあちらの宰相に会おう。決めるのはそれからだ」
話はそれで終わったのか、部屋を出ていくような音がしてあとは静寂だけが続いた。
私をここへ連れ込んだ兵士はしばらくそのまま動こうとせず、私も声をかけなかった。30分はそうしていただろうか、ようやく兵士が『牢に戻ります』と声をかけてきた。
歩きながら私は先ほどの会話を何度も頭のなかで反芻していた。くぐもっていて分かりにくかったが、あれはザジ様の声だろう。
この兵士は何故私にあの話を聞かせたのだろう。
聞きたいが、質問を拒むようにこちらを振り返らない兵士に私はただ黙ってついていった。
牢屋の扉を開けるとクロード様がベッドの上で半身を起こして座っていた。兵士を見て軽く頷くと相手の男も心得たようにクロード様に近づき何かを囁いた。クロード様はそれを聞くと、もういいとばかりに顎で扉を指し示し退出を促した。
「クロード様?今のは・・」
「ニーナこちらへ。話はベッドで聞こう」
クロード様は指を口元にあて『しー』と声に出さずに伝えてきた。ベッドに行くとクロード様は私を後ろから抱き込み耳元で囁いてきた。
「会話が聞かれている可能性がある。小さな声で話そう。
先ほどの兵士は味方だ。あちらが間諜を送り込んでいるように、我々も味方をこの地に有している。交渉が決裂した事はすでに報告を受けている・・ニーナを手駒にしようと企んでいる事もな」
「味方って・・でもあの兵士はザジ様と同じ民族でしょう?赤い髪をしていました」
「火の国のやり口をよく思わない者もこの国には多くいると言う事だ。平和的解決を目指さず、すぐに戦争をしかける好戦的な国の方針に反対している人々だ。我々に協力し戦争を回避したいと考えている一派が秘密裏ではあるが存在するんだ」
クロード様が拉致されても私の国が強気の態度で要求を突っぱねたのは味方がこの地に存在したからか?
交渉が決裂したのならこれから私はどうなるのだろうと考えた。先ほどの盗み聞きした話では、クロード様が解放されたとしても私は帰してもらえないだろう。
会話に出てきた『洗脳』という言葉。かつてクロード様にされたことを思いだす。あの程度で正気をなくしてしまうんだから、もし拷問でもされれば私なんて簡単に洗脳されてしまうだろう。
誤解していたと、捕虜の私に謝ってくれたザジ様。気さくに声をかけてくれた兵士達。ついさっき、一緒に食事をして笑い合った人たちだが、あれすらも私を手懐け洗脳するための布石だったのかもしれない。
そうだとしたら大成功だったかもね・・・。
「すまないニーナ・・泣かないでくれ・・・」
「はあ?泣いてないですよ。汗です汗。別に悲しくなんかないですし。敵同士ですしね、捕虜を洗脳なんてよくあることだって分かってますし。別にショック受けたりしてないです・・ずびっ」
クロード様は自分が泣きそうな顔をして私をぎゅっと抱きしめた。
「私のニーナをこんなに泣かせて・・停戦したとしてもあの男だけは許さん」
「イヤイヤイヤ、クロード様がそれ言います?つい先日私を監禁して洗脳していたアナタがそれを言います?」
「う・・ゴメンナサイ。もう二度としません。
あの時は・・たとえ正気を奪ってでもニーナにそばに居て欲しいと思っていたのだが・・怯えたように私の顔色を窺うようになったニーナを見て、激しく後悔した。
私が好きになったニーナは、自由で、破天荒で、私の思うようになんて全然なってくれない野生動物みたいな君なんだ。それを自らの手で殺してしまった事をどれだけ悔やんだか・・。
でも君が自力で正気に戻った時、私がどんなに嬉しかったか分かるかい?
たとえ手に入らなくても、ニーナがニーナでいてくれればもうそれでいいんだ。だから二度とあんな事しないと誓う」
そういえばあの時クロード様妙に嬉しそうだったもんな。そういう事だったのか。
「人を暴れ馬みたいに言わないでください・・・」
「初めて会ったときから、俺は暴れ馬みたいなニーナが好きなんだよ」
なんすかソレ・・突然クロちゃんモードやめてください。
正直今までどれだけクロード様に好きだの愛してるだの言われても、全く信じられなかったので何とも思わなかった。でもクロード様はクロちゃんなんだと知って、長年想っていてくれていたと知った後で聞かされる『好き』の言葉は私の心に重く響いた。
急に抱きしめられている事が恥ずかしくなったが、クロード様は腕を緩めようとしない。そして声を更にひそめて私に言った。
「―――今宵、この砦を脱出する。覚悟してくれ」




