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本日二回目更新です。
いつも読んでくださってありがとうございます!
今回初めてのクロードさん視点です。
ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ・・・。
咳が止まらない。息苦しくていつもこのまま死んでしまうんじゃないかと恐ろしくなる。夜中に決まって咳が出てとまらなくなる。以前は夜中メイドがついていてくれたが、父様が『甘やかすな』と言って従者を下げるようになって以来、発作が起きてもずっとひとりぼっちだ。
「―――また発作か。あれはどうして貧弱なのだ。あのままでは私の跡目を継ぐのは無理だな」
ドアの向こうから誰かと話す父様の声が聞こえる。最強の騎士とよばれた祖父と、その祖父の名に恥じない文武にすぐれた父。
だがその息子である自分は全くの期待外れだと言われてきた。赤子のころから病弱だった自分は、ヒョロヒョロと痩せて青白い顔をしていて、屈強な父とは似ても似つかない。
そんな俺の事を父は疎ましく思っているようで、最近では跡継ぎを息子の俺ではなく親類の誰か相応しい人物にすべきか検討していることを隠そうともしない。
この戦争の最前線となる地を治める領主として、こんなひ弱な俺は相応しくないのだろう。
―――切り捨てるなら、早くしてほしい。
どうせこんな俺に砦の領主なんて無理だと、子どもながらも早々に俺は全てを諦めていた。
そんな頃、父が王都へ訪問する際に俺も同行することになった。軍事会議がひらかれ各地の領主が一堂に会するため、それぞれの領主の跡継ぎも顔合わせの意味で参加が推奨されるからだ。
父が俺を連れて行くのを渋っていたのが分かったが、今はまだ俺が跡継ぎとされているのだから仕方がないのだろう。
王都に馬車で向かう際は、中継地点にある男爵の領地に宿泊するのがいつもの行程らしい。そこの領地は穏やかな田園風景が続き、牧歌的な良い土地だ。
爵位を継いだばかりの若い男爵は、辺境伯である父に恐縮しっぱなしであったが、子どもの俺にも敬意をはらってくれて歓迎してくれた。
明日は夜明けには出立するのだから、早く寝なさいと言われ俺は案内された部屋でひとり就寝することになったが、旅の疲れと緊張からか夜中にまた発作が出てしまった。
「ゲホゲホゲホッ、ゲホッゲホッ・・」
ひときわ酷い咳に従者も部屋に様子を見に来てくれ、薬湯を飲ませてくれたが治まる様子がない。騒がしかったのかそのうちに父も顔を覗かせ俺の様子を見て顔をしかめた。
「明日は王都まで行かねばならないのだぞ。こんな状態ではお前を連れては行けない。この地に残って父の帰りを待っていろ」
父の秘書が考え直すように父に進言してくれたが、父はもう聞く耳を持たなかった。ああ、切り捨てられた――そう思うとさらに咳が苦しくなるようだった。
翌日、数名の従者だけを残し父の一行は出立していった。暗い気持ちでそれを見送ると、困惑顔の男爵と目が合い申し訳ない気持ちになる。突然長期滞在になった辺境伯の息子の扱いに戸惑っているのだろう。
父が戻ってくるまで一週間。屋敷の誰もが気まずそうに俺を見るので、この一週間をどう過ごすか考えるととても憂鬱だった。
気を遣われるのも嫌なので、従者にも構わなくていいと言い置いて屋敷の庭やすぐ傍の森を散策して時間を潰した。この穏やかな地は危険な肉食動物も居ないし治安も良いので従者たちも俺の自由にさせてくれた。
森にはたくさんの虫や小動物がいて、一日中過ごしていても飽きない。そのうち小さな小川を見つけたので靴を脱いで入って小魚を追いかけたりして遊んだ。お昼ご飯を食べるのを忘れるくらい夢中になっていたらいつのまにか服は濡れてドロドロになってしまった。
「このまま帰ったら怒られるかな・・」
顔までドロで汚れている。どこかで一度洗わないと屋敷に入れないなと思ったので庭に戻り井戸を探した。どこだろうとキョロキョロしていると、どこかからか女の子の声が聞こえた。だが『とりゃー』とか『えーい!』とかよく分からないかけ声が聞こえてくるので不思議に思い声のほうへ向かって行った。
大きな生垣を抜けると、突然目の前に女の子の足が見えた。えっ?と思う間もなくその足が俺の顔面にスパーン!とヒットしてそのままひっくり返った。
「きゃああああ!わああどうしよう、大丈夫?!ああ鼻血があ!」
一瞬意識が飛んでたようで、気づくと女の子の膝に乗せられ顔にタオルを当てられていた。
「あっ気が付いた?ごめん、まさか人が飛び出てくると思わなくって・・鼻折れてないよね?」
鼻血がまだ止まっていないのでタオルを当てたまま起き上がる。女の子が大きな絆創膏をポケットから出して蹴り飛ばされた鼻にぺたりと貼ってくれた。
「いや、大丈夫。でもなんで君の足が俺の顔に当たったんだろう・・?」
「あっそれは私が回し蹴りの練習してたからだね!すごいでしょ!ようやく足が上がるようになってきてきたんだあ~」
「は・・?回し蹴り・・?」
『うん、そうー』と全く悪びれなく女の子は答えた。ちょっと意味が分からない。何故女の子がスカートで足を広げて回し蹴りを練習するんだ?そしてどうして自慢げなんだ?そういえばパンツが丸見えだったが指摘してあげたほうがいいのだろうか。
「こんなところで何しているの?ここはお屋敷の敷地内だよー迷っちゃったのかな?」
「い、いや、俺はドーベルヌ辺境伯の・・」
なんだか小さい子のように扱われている気がする。戸惑いながらも迷子ではないと伝えようとするが、人の話を聞かないタイプなのか俺が全部言い終わる前に喋ってくる。
「ああ!お客様の従者の方がまだ滞在してるんだっけ?そうそう、だから私、叔母様になるべく屋敷にいるなって言われたんだよー君は従者さんとこの子ども?暇なら一緒に遊んであげるよ」
「いやだから俺は・・」
「あ!おやつ食べる?蹴っちゃったお詫びに私がごちそうしてあげる!」
ホント話を聞かない子だな!俺の返事を聞く前に女の子は俺の腕を取って走り出した。
「私ニーナ!ボクは名前なんていうの?」
「ぼ、ボク?!ボクじゃない!俺はっクロっ・・クロー・・ドっ・・」
「クロちゃんか!可愛い名前だね!」
違う!可愛くない!変なあだ名をつけるな!そう言いたかったが、女の子が全速力で走って引っ張るのでうまく喋れない。絶対に道じゃないところの草木を薙ぎ払い進むと小さな畑に出た。
「ここ、庭師のジローの畑だから食べ放題だよぉ~今トマトが食べごろだからあげるよ!」
おやつって!畑の野菜かよ!そんなもん食えるか!
「野菜嫌いだからトマトなんていらないよ。俺もう帰る・・」
するとニーナという女の子の目がギラリと光った。『はあ・・?嫌い・・?』と恐ろしい声音で近づいてくるとガシッと俺にヘッドロックをかけて畑へ引きずって行った。
「トマトが嫌い?そんな好き嫌いしてるからこんなモヤシっ子なんだよ!野菜嫌いだぁ?私なんて毎日野菜スープだぞ!むしろ野菜しか食べてないぞ!君も好き嫌い止めればマッチョになるぞ!」
はあ?なんだそりゃ。でも確かに相手は女の子なのに腕を振り払う事もできず全然敵わない。ヒョロヒョロした青白い自分の手足を見下ろして言い返せなくなった。
ニーナはトマトをもぐとスカートでゴシゴシ拭いて『食べてみな、おいしいから』と差し出してきた。
女性のスカートはそういう使い方だったのかと余計な事を考えながら、仕方なくトマトをかじる。
「あれ・・おいしい」
青臭いにおいが嫌いだったのだが、真っ赤に色づいたこれは甘くてとても美味しく感じた。俺がそういうとニーナは嬉しそうに俺の頭を撫でて『でしょ?いい子いい子』と小さな子どものように褒めてくれた。
ニーナも手をべたべたにしながらトマトを三つも食べた。どんだけ食うのかと驚いた。でもだからこの子はこんなにも強いのだろうか。俺もたくさん食べるようになれば強くなるのだろうか。
「ほんとに、好き嫌いしないで野菜も食べたら強くなる?」
思わずぽつりとつぶやくと、ニーナは俺の体をジロジロ見て断りも無く俺の服をめくってきた。
「うーんお腹もひょろひょろぺったんこじゃない。もっと私みたいに鍛えなよ!たくさん運動して、好き嫌いしないでたくさん食べれば私より強くなれるよ!」
なんだか適当な事を言われているような気がしたが、ニーナが自分の服をめくってお腹をみせてくるのでドキドキしてそれどころじゃなかった。
その後何故か回し蹴りの練習をさせられ、日が暮れるころには汗だくでへとへとに疲れ切っていた。ニーナは『掃除の仕事するの忘れてた!』と急に慌ててもう帰ると言いだし、俺を置いていこうとするので腕を掴んで引き留めた。
「なあ!明日も会いたい!回し蹴り教えてくれよ!」
俺が必死に言うと、ニーナは驚いたように目を瞠ったがすぐに笑顔になってぎゅうっとだきしめてくれた。
「よしよし、かわいいなあ。じゃあ君を私の弟子にしてあげようじゃないか!クロちゃんはいつまで滞在するの?私はこの屋敷に住んでるんだけど、お客様いるうちはだいたい庭にいるからいつでも来てね!」
そういうとおでこにちゅっとキスをしてくれた。
身長は彼女のほうが大きいのか。悔しい。最後まで子ども扱いされたことも悔しくてしょうがない。いつか彼女より強くて大きくなって、俺のほうが強いねって言わせたい。
・・・誰よりも強くて、カッコよくなって、彼女に勝ちたい。
走って帰ってゆく彼女の背中を見ながら、そんなことを思った。
しかし、濡れたまま一日遊びまわったのがいけなかったのか、その日の夜から俺は熱を出した。心配した従者に外出禁止を言い渡され、結局熱が下がっても外に出ることは叶わず、そのうちに王都から父が戻り、結局ニーナに会えないまま男爵の屋敷を後にすることになった。
遠くなる屋敷を馬車の中から眺めていたら、くすぶるような胸の痛みを覚えて苦しくなった。
もう会えないのだろうか?そういえばニーナという名前以外彼女の事を何も知らない。そんなの嫌だ、彼女に負けたままで終わりたくない。また会いたい。じゃあどうすればいい?
父の跡目を継げばいいんだ。そうすればまたこの地に来ることが出来る。だったらおめおめと跡継ぎの座から外されるわけにいかない。
「・・・必ず戻ってくるから。その時は絶対に勝つからね、ニーナ」
馬車の中で俺は独り決意をつぶやいた。




