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それからは、捨てられた私を母の両親である祖父母が育ててくれたけど、叔母からの風当たりはそりゃあ強いよね。ちょいちょい分厚い呪いの手紙みたいのが来ていたけれど、それはおばあ様が庭でイモと一緒に焼いていた。
一度こっそり読んだことがあるけれど、母に対する恨みつらみとそれを許して私を大事に育てている祖父母への不平不満がこれでもかと書き連ねてあった。恐ろしい枚数をパラ見して、毎度毎度すごい労力をかけて書いているんだなあ、とひとしきり感心して、私も庭でたき火にくべた。
そんなわけで祖父母の領地の端にある別荘で暮らしているうちは祖父母が防波堤になってくれていて、直接なにかをされることはなかった。
だが、私が六歳になるころに祖父母が流行り風邪で相次いで亡くなってしまった。叔母は仕方なく私を屋敷に引き取ることにしたが、その際に彼女は私に一つの約束をさせた。
「いい?ニーナ、あなたのお母さまはこの家にある宝石を盗んで出奔したのよ。そのなかにはこのアルトワ家に伝わる大事な首飾りも含まれていたわ。あなたはそれをどう償えばいいと思う?」
「うーん、働いてお返しします・・とか?」
「お金で買えるものではないのだけどね、まあいいわ。あなたがそういうならこの屋敷で働いてちょうだい。あとね、あなたのお母さんは婚約者を裏切って家を捨てた人なのよ。だからあなたをこのアルトワ家の名でお嫁に出すわけにはいかないの。どこかの貴族に嫁ぎたいとかいう夢は持たないでちょうだい。
あと、屋敷にいるうちは恋愛も禁止!あのエリザお姉さまのようにいきなり駆け落ちでもされたらたまらないわ。いいわね?ちゃんと働いて、この約束が守れるならばこの屋敷においてあげましょう」
「了解です、叔母様」
「・・・ん?了解なの?いいの?」
「りょーかいです。身を粉にして働きますので、色恋になんぞにうつつを抜かす暇はありません!ご安心ください!」
「そ、そう。ならいいんだけど・・」
自分で言い出したくせに複雑そうな叔母を置いて私はその日から忙しく働いた。オールマイティーにスキルを身に着けたかったので、割と何でも進んでやった。いずれはここを出て自分で食い扶持を稼がねばならないのだ、今のうちに出来ることはみんなやろうと決めていた。
それに、人生を狂わせた憎い姉の子である私に、叔母がどんな嫌がらせをしてくるのか最初のうちは予想がつかなかった。命の危険もあるようなら早めに逃げ出そうと思っていたので、自分が貴族であることなど忘れ、早く一人前になりたくて一生懸命働いた。
どんな仕事を叔母に命じられても全くへこたれた様子もなく精力的に仕事をこなす私を見て、叔母はますます複雑そうにしていた。どうも落ち込んで泣いたりすることを期待していたようで、私の様子が思っていたのと違ったらしい。
それから叔母はまた別の嫌がらせを仕掛けてくるようになった。
最初は食事を私だけ質素にするとか。
一応食卓は叔父叔母、従妹と同じテーブルで食べるのだが、みんなが豪華なフルコースを食べているところで、私だけ固いパンとスープ。
でも成長期の子どもの栄養バランスを気にしたのか、スープは野菜たっぷりだし固いパンも栄養価の高い木の実入りだったりする。量もちゃんとお腹いっぱいになるくらいにあるので、喜んで食べていたらまた思っていた反応と違ったようで、叔母は渋ーい顔をしていた。
そのうち美味しいスープでは嫌がらせにならないと気付いたのか、一度スープに大量の砂糖が入っていたことがあった。一口食べて激甘だったのでびっくらこいたが、まあ甘いものは好きなので意外と美味しいかもと思い普通に完食した。
その時も叔母は目を丸くしたあと渋い顔で落ち込んでいた。
いや、甘いんじゃ嫌がらせにならないよ!なぜ塩や重曹にしないのか。
そう、このようにこの叔母は嫌がらせしようと頑張るけれど恐らく根が善人なのだろう、本当に非道な事は出来ない人なのだ。正直鞭で叩かれたり食事に虫を入れられたりくらいは覚悟していた私からすれば本当にぬるい可愛いいたずらみたいなものだった。それぐらいの事をされてもおかしくないくらいの事を母はしたのだから、この程度で済ます叔母は本当にお人よしだと思う。
それからも叔母はめげることなく、地味な嫌がらせをたびたび仕掛けてきた。
私の下着をみんなぶかぶかでダサいデカパンに変えるとか(でもお腹が冷えないし肌触りもよい)
私にほこりまみれの屋根裏に住めと言うとか(でも日当たりが良くなって居心地がよい)
私だけ体罰をくれる超絶厳しい家庭教師をつけるとか(お蔭で短期間のうちに必修科目みんな修了した)
もう嫌がらせなのか、ひょっとして本当は親切でやってるんじゃないかと思えるような事ばかりだった。
そんなわけで、全然めげることもなくスクスクと成長した私だが、それでもたまーに、本当にたまーに落ち込むこともあった。
叔父と叔母、アデリーヌの三人で王都へお出かけすることがよくあった。それはアデリーヌのお誕生日のプレセントを買うためであったり、歌劇を観に行くためであったり。
可愛い娘と仲の良い両親で睦まじく出かけていく姿を見送る時だけは・・・少しだけ、ほんの少しだけ胸が苦しかった。自分にないものをはっきりと思い出して自覚してしまうから。今までも、これからも決して得られることのない幸せがそこにはあって、それを後ろから私は羨望のまなざしで見ているしかなかった。
だが、そんな時は決まって、庭師のジローがすかさず変顔をして私を笑わそうとしてくるし、メイド頭のイダは強制的に庭でお茶をさせようとするし、コックのフランクは妙に豪華なおやつをだしてくれるし、いつのまにか部屋には野花が飾ってあったりする。
落ち込んで泣きそうになる前にいつもみんなが助けてくれた。家族の愛には恵まれなかった私だけれど、こうして優しい仲間に囲まれていればさみしいと思わなかった。あんな親の元に生まれたにしては上出来な人生だなーと思っていた。