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いつも読んでくださってありがとうございます!
今回区切りを見失ったので長いです。
敵襲?!
それが何を意味するのか一瞬理解できなかった。敵が領内へと侵入するに至ったのだろうか?でもあの頑丈な城壁があって、外には守りを固める兵士が居るはずなのに、そんなに簡単に侵入を許すだろうか?
それに領内は戦闘員ではない一般人が住む居住区があるのだ、戦争とはいえいきなりそこを襲うことはまずない筈だ。軍隊が戦い、勝者がその地を統治するのがセオリーであり、非戦闘員を巻き込んだとあれば、中立の立場にある近隣諸国からの非難は免れない。中立国が手を組んで敵にまわるような事になれば、資源に貧しい隣国などひとたまりもないだろう。それは私の国だって同じことだ。
いずれにせよ私が今いる部屋から外の状況をうかがい知ることは出来ない。ここでおとなしくしていることが得策か。
でも外の様子は気になるので、椅子に乗って窓の外を見てみる。はめ殺しの窓ガラスは曇っていてよく見えない。松明があちこちへ移動していく様子や鉄がぶつかり合う音と何かを叫ぶ声が聞こえてきて、どう考えてもどこかで戦闘が始まっているとしか思えない。
「ええーなにこれ?この屋敷大丈夫?」
このまま屋敷に火をかけられたりしたら牢屋にいる私は蒸し焼きになるんじゃないか?
ふと浮かんだ考えに自分で震え上がる。閉じ込められたまま死ぬなんて嫌だー!どどどどうしよう?!無駄と分かっていても一応扉を蹴ってみるが、やっぱりびくともしない。そうなるとあとは窓しかない。鉄枠で出来ており頑丈そうだが、鉄格子があるわけじゃないし、勢いをつけて蹴ればガラスを割って外すことができるんじゃないかな?
このままじっとしていてもしょうがない。まずはやってみよう。
シーツを割いてひも状にして、手と足に巻きつける。足はガラスで切らないように厚めに巻いておく。
天井の縁に掴まり、振り子のように勢いをつけて蹴りを入れた。
『ガシャン!』
―――割れた!
もう一度蹴って残りのガラスを割り落とす。イケるじゃん!もっと早くやればよかった!狭いが頑張ればなんとか通れそうだ。そう思って開いた窓から下を見下ろすと・・・。
ここ何階?!?!?めっちゃ高いんですけど!そうかーだからこの窓に鉄格子なかったのかーこれじゃ逃げらんないもんねー。いや感心してる場合じゃない、何とかしなければ。下を覗き込むとすぐ下に窓が見えた。
ひとつ下の部屋まで下りれば入れるかもしれない。
残りのシーツを縛ってロープを作る。ベッドの足に結び付けて引っ張ってみるが、強度にかなりの不安があるな・・。落下したら死ぬな。どうしよう・・・?
その時扉の向こうから慌ただしい足音と声が聞こえてきた。
「おい、確かにここなんだろうな?座敷牢じゃないか」
「たっ・・確かです!この部屋へお食事を用意するよう仰せつかったので・・」
「よし、開けろ。捕獲次第、脱出するぞ!」
ほ、捕獲?!なんか不穏な単語聞こえましたけど?!隣国の兵士だろうか?とっ掴まっていいことなんてまるでなさそうな雰囲気だな・・・。
外に何人いるか分からないけど、複数のようなので開いたところを突破するのは無理そうだ。じゃあやっぱり窓しかないか。
窓に足をかけて外に身体を出す。その時扉が開いて軍服の男達が四人飛び込んできた。
「っおい!窓から逃げるぞ!捕まえろ!」
やばいやばいやばい!もうためらっている暇はない。思い切ってシーツを掴んで窓から飛び降りる。階下の窓が見えたので反動をつけて足から窓に飛び込んだ。
『ガッシャーン!!』
受け身をとって床を転がる。うわあああ怖かった!よく生きてたな私!
顔を上げると、ポカンとした兵士と目が合った。辺境伯の隊服じゃない!隣国の兵士だ!
「なんだお前?!何故窓から・・・」
まだ戸惑ってる兵士にすかさず回し蹴りを入れる。先手必勝!
「がっ!!」
綺麗に側頭部に入った!やるじゃん私!
まともに食らった兵士はその場に崩れ落ちた。部屋から飛び出るとすぐに階下へ向かった。入口近くの大広間に屋敷の使用人達と隣国の兵士が数名見えたが、流血沙汰には至ってないようだ。みんなに気づかれないようにそっと玄関を出る。
外は屋敷の守りを固めていたはずの衛兵が転がされていた。一体何が起きたのだろう?領内への奇襲は予想してなかったのか、味方の兵士が駆け付ける様子もない。
塀の向こうへ目をやると、明々と燃えている光が見えて怒号が飛び交っている。どう考えても戦闘状態になっている。塀の外に出るのは危険か・・?領内に身をひそめるか?
どこへ行くべきか考えあぐねていると、後ろからあの軍服の兵士達が追いかけてくるのが見えた。ええー追っかけてくるの?!なんで私なの?!
「回り込んで捕獲しろ!絶対に逃がすな!」
だから何で!私が何をしたというのー!
男達が二手に分かれて私を追い込んでくる。
逃げ場がないので囲い込んできた男の体にあえて飛び込んだ。『えっ?』と相手が驚いているうちに足払いをかけて引き倒す。女だと思って油断していたのか、男は簡単に倒された。
ためらいなくソイツを踏み越えて走ると鞍の付いた馬が見えた。ラッキー!!!
ひらりと馬にまたがるとすぐに駆け出した。馬の足にはさすがについてこれないらしく、簡単に追っ手を振り切ることが出来た。
しかしこれからどうしたものか・・・。
あの男達は何故だか分からないが明らかに私を探して追って来た。このまま領内にいてもまた探しに来るだろう。どこかに匿ってもらえればいいが、まあ私を助けてやろうなんていう奇特な人はこの領地にいないだろうな・・・。
それか、この混乱に乗じて一か八か逃げるか。馬も手に入ったし、駆け抜ければ何とかなるんじゃないだろうか。
思いついた私は以前下僕Aが言っていた西側の入口というのを目指す。
警戒しながら壁沿いに馬を走らせるとそれが見えてきた。幸い周りには見張りもおらず、正門側の物々しさと違いひっそりとしていた。閂を外して馬がギリギリ通れるくらいの扉をくぐる。
塀の外に出られたが、その先は深い森に囲まれている。馬で行けるような場所ではない。正門側の道へ出るしかなさそうだ。どちらにせよ馬でなければ人里までたどり着けないのだ、馬を捨てることは出来ない。
身を低くして正門側に向かうと、まさにそこは戦場だった。血生臭さが鼻をつき、歩兵と騎馬隊が入り乱れて混乱を極めているように見えたが、正門前の守りは固くまだ破られる様子はない。ドーベルヌ領の兵士達のほうが全くの優勢のようだ。
「こ、ここを抜けて行くの?無謀かな私?!」
森の傍で立ち止まりためらっていると、遠くに敵と対峙する一団が見えた。
その先頭にいるのは、クロード様だった。
「勝ち目のない戦いを仕掛けて何を考えている?!お前のこの無益な行為で宰相らが進めていた平和協定は白紙となったぞ!無駄に血を流して何になると言うのだ!」
クロード様が誰かに呼びかけた。敵国の大将がそこにいるのだろうか。
「何が平和協定だァ!我らの益になるような条約など一つも無いわ!腰抜け宰相に任せていたらお前らのいいようにされるだけだ!我らは必ずこの地を取り戻す!」
おおおっ!!!と大将に呼応するように敵国の兵士達が声を上げる。大将の男は、私の国では見たことのない、燃えるような赤い髪の大男だ。
「なれど少数の軍隊だけで玉砕したところで無駄死にだぞ!死者をこれ以上増やして何になる!ここで全員討ち死にする気か!」
どうやら敵の奇襲作戦は失敗のようだ。クロード様がすでにこの場を制圧しているのだろう、これ以上被害を出さないように相手に引くよう説得している。だが血の気の多そうな敵の大将は聞き入れる様子はない。不敵に笑ってクロード様を見返している。
「何の策もなく我らが玉砕しに来たと思うか?お前らの領地に送り込んだ間諜が面白い情報をもたらしてくれたからな・・・!今頃お前の大事な奥方は我らの兵士が拘束しているだろうな!」
敵の大将が放った言葉で、一気にクロード様率いる軍がざわめいた。
「貴様・・っ正面からの奇襲はそのためか・・・!
人質を取る気か?!卑劣な手を・・そのような事が許されると思うな!」
クロード様がギリギリと歯を食いしばる様子が見て取れる。えっ?!奥方って?!奥方っていいませんでしたか?
クロード様の嫁ってことだよね?あの人既婚者だったの?!それが一番のびっくりなんだけど!嫁が居ながら私を攫って監禁してたの?!色々ひどいなと思っていたけどそこまでとは・・・。
「なんとでも言うがいい!無事に返して欲しくば我々の条件を飲むことだな・・!それとも奥方を見捨てるか?この地を守る辺境伯としてはそれが賢明だろうな」
双方はにらみ合ったまま膠着状態になった。相手もクロード様の出方を待っているのだろう。この戦いの行方が国の未来を左右するのかと思うと、どう決着がつくのか気になったが、皆があちらへ注目している今こそ脱出のチャンスだろう。
国のために戦ってくれている兵士達には悪いけど私に出来ることも無いし、申し訳ないが知らんぷりして逃げよう。
最後に、複雑な思いでクロード様のほうを見る。
本当にひどい目に遭っただけの日々だった・・・。リアルに消えない傷もつけてくれたし、正直なところ蹴りのひとつもいれてやりたいところだが、今はそれどころじゃないので仕方なく、恨みを込めて睨むだけで我慢した。
すると、クロード様の後ろに立つ騎士が妙な動きをしているのが目についた。
ほかの騎士や兵士は皆、敵兵のほうをにらんで立っているのに、その騎士だけはちらちらと左右をせわしなく見て不審な動きをしている。おかしい・・・。
・・・さっき敵の大将が領地に間諜を送り込んでいるって言ってなかったか?
まさか、味方の騎士にまでそれが入り込んでいるんじゃ・・・。
そう思って注意深くその騎士を観察すると、クロード様のすぐ後ろで周りから隠すように短剣を取り出すのが見えてしまった。
短剣がクロード様に向けてその刃がきらめくのを見て、思わず叫んだ。
「クロード様!!!後ろっ!!!」
反射的に馬をけって走り出す。クロード様は私の声が届いたのか、後ろを振り返るが間に合わない。騎士が突き出した短剣がクロード様に突き刺さる。
「ああっ!!!」
馬上からジャンプして、血に塗れた短剣を持つ騎士をめがけて飛び掛かる。体ごとぶつかり騎士を地面に叩きつけ倒した。すぐ立ち上がり、クロード様を見ると背中からおびただしい血を流し崩れ落ちるところだった。
「なんだっ?!何が起きたっ?!クロード様!」
クロード様が刺されたことで味方側の陣営は一瞬にして混乱状態になった。突然飛び込んできた私を見て呆然とする護衛の男達と目が合った。
「何をしているっ?!そこの騎士がクロード様を刺したんだ!間諜が騎士に紛れ込んでいるのにアンタたち誰も気づかないアホなのっ?!」
私が叫ぶと男達が弾かれたように我に返って素早く騎士を拘束した。
「グランド!!何故お前が・・裏切ったか!!」
グランドと呼ばれた騎士は苦痛に顔をゆがめながら叫んだ。
「女にうつつを抜かして腑抜けた男など、国の砦の領主に相応しくない!これは裏切りではない!粛清だあ!」
騎士の叫びが味方の混乱に拍車をかける。粛清という言葉に、内部に反乱が起きているのかと兵士達の混乱が深まり、味方の陣営は完全に統率を失っていた。
完全に烏合の衆と化した陣営に、この機を逃さず敵の大将が先陣を切って突っ込んできた。
「ははっ!!味方に背中から刺されるとはな!予定外だが好都合だ!」
敵の大将はクロード様を囲んでいた護衛の男達を簡単に蹴散らし、あっという間にクロード様を捕獲してしまった。
なにやってんだあーヘタレ護衛!自分の主人だろがあ!!!
クロード様が敵の手に落ちてしまえば、砦が落ちたも同然だ。だが今この場で首を落とさないところを見ると、人質として交渉の材料とするのか。いずれにせよたった今戦況は大きくかわった。
呆然としていると、敵の大将と目が合ってしまった。やばい、ここ戦場なのに無鉄砲に飛び込んでしまった。何をやっているんだ私。早く、早く逃げなきゃ!
兵士達の足元をすり抜け逃げようとするとガッシリと首を掴まれた。
「お前何者だ?馬で飛び込んでくるなんて、普通の女じゃないな」
見上げると、燃えるような赤い髪の男が恐ろしい顔で私を凝視している。
「いいえええ!たんなる通りすがりの民間人です!兵士じゃないんで見逃してくださいぃ」
ジタバタするがびくともしない。その時足元に転がされていた裏切り者の騎士が叫んだ。
「ソイツが領主の妻となった女だぞ!男を狂わす毒婦だ!」
「えっ?コレが?!」
「えっ?!誰が誰の妻だ!私は誘拐された可哀想なただの民間人です!」
毒婦とか!この見た目で?って敵さんも戸惑ってるじゃん!妻でも無いし毒婦でもないです!
敵の大将が私の手を掴んで、指にある傷あとをまじまじと見ている。あっそれクロード様に噛まれた傷・・・あれ?なんだか嫌な予感がするぞー?
「確かに、報告にあった婚姻の儀の痕だな・・ということは屋敷に潜入した者はお前を捕獲するのに失敗していたのか。あっぶねえ、危うく計画が頓挫するところだったわ」
男は私を担ぎ上げると、兵士達を片手で蹴散らしながら馬に跨り駆け出した。
「退却だぁあ―――!!!
領主と奥方は我らが預かる!・・・せいぜい優秀な交渉人を用意しておくことだな!」
赤い髪の大将が声を張り上げると、敵の陣営が一気に向きを変え走り出した。自分たちの総大将を失った味方の兵士達は、走り出す敵兵に翻弄されるばかりでクロード様を連れ去るのを阻むことすら出来なかった。
「あっあっあの!!わっ私は妻なんかじゃないですってえ!!誤解ですって!おっ降ろしてーーーっ!」
「うるせえ黙ってろ!舌噛むぞ!」
敵の大将は私を小麦袋のごとく肩に担いだまま馬を走らせる。
イヤ、大事なことだから聞いてーー!!ああもう何で私飛び出しちゃったんだあ!せっかく逃げるチャンスだったのにー!私のアホアホ!!!
私の叫びを誰も聞いてくれないまま、敵は北へ向かって走り続けた。




