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いつも読んでくださってありがとうございます!
すれ違う人がみんな『ひっ・・』と怯えた声をあげて私から距離を取るんですけど。
漏れ聞こえるひそひそ話の情報をまとめると、どうやらセイラ様が断罪されたことによって私は毒を盛られた被害者にも関わらず、邪魔な正妻を陥れ蹴落としのし上がった毒婦のように思われているみたいですね。相変わらずこの屋敷での私の評価がオカシイんですけど誰か話を聞いてくれませんかね?私は拉致られて可哀想な一平民なんですけど。
しかも護衛の兄ちゃんには『ウチの上司が狂ったのはお前のせいだ』と割とはっきり目にいわれるし、そんなに厄介者ならみんなで協力して私を逃がしてくれまいか。
そんなわけで好意的とは程遠いようなので、もう一度亡き者にしようとされると困るから食事も勝手に厨房に入って食材もらって調理しています。ここでもみんな遠巻きにおびえながら私を見ているだけなので孤独。適当に作ったサンドイッチを齧りながらため息をついた。
クロード様に噛まれた指をみてもう一度ため息をつく。今は包帯で固定してあるから見えないけれどあの人本気で食いちぎる勢いで噛んでくれたらしく、お医者さんに診てもらったら『こりゃ傷跡消えねえな・・』と言われたので割と絶望している。えっ?私一生クロード様の歯型かかえて生きていくんですかね?絶対イヤなんですけど。
「はあ・・俺様が弱って見せたからって油断するんじゃなかった・・反省するようなタマじゃないよなアレは・・」
「何の話ですか?クロード様ならしばらく忙しいので会えないそうですよ。よかったですね」
後ろに立って私を護衛(監視か?)している兄ちゃんが話しかけてきた。よかったですねとか言っちゃってるし。
そう、あれからホントにクロード様は忙しくなって私に構っている暇はなくなったらしい。先日鉱山の見回りに言った際に隣国からの侵入者と鉢合わせして小競り合いになったと護衛の兄ちゃんが教えてくれた。ただちに越境行為を抗議する書簡を隣国に届けたが『国境にまたがった山であるためそこは我々にも採掘の権利がある』などと主張してきた為、戦争まで一触即発状態になってしまったらしい。そんなわけでクロード様は王都への連絡や戦闘準備のため寝る間もないほど対応に忙殺されている。
そんなわけでしばらく何事もない日々を送っているが、先日の食人鬼と化したクロード様に完全にドン引きした私は本腰を入れて脱出計画を立てていた。この護衛の兄ちゃん(もう名前を聞く気もない)がちょっと邪魔だが、ヘタレっぽいからなんとかなるだろう。私が逃げた後この兄ちゃんが罰せられようと知ったこっちゃない。なにせクロード様のご乱心を可哀想な被害者の私のせいにしたんだから、ボコられてしまえ。
使った皿を洗って、片づける場所を探していたらコック服姿の女の子が慌ててこちらに寄ってきた。
「あっ、あの!片づけるのは私やるので大丈夫です。洗ってくださってありがとうございます」
おお、ありがとうとか言われた。ちょっと嬉しくなって話しかけようとすると、私の持っているお皿を受け取って逃げるようにいなくなってしまった。やっぱりこの屋敷で私とまともに話してくれる人はいないらしい。
産まれた時からあまり恵まれた境遇ではなかったが、あの屋敷では仲良くしてくれる仲間たちと常に一緒だった。だから大抵の事は辛くなかった。悲しい気持ちになっても誰かと一緒にいればいつだって笑顔になれた。ここへ来て何より辛いのは、誰ひとり私と普通に接してくれないことかもしれない。
みんなの顔を思い出して、急に悲しくなる。ひとりぼっちは辛い。今私の傍にいるのは全く信用できないクロード様に忠誠を誓っている護衛の兄ちゃん一人だ。ここんとこずっと一緒にいるけどなんの足しにもならん。
泣きたくなってきたので勝手に屋敷の外に出る。護衛の兄ちゃんも急いでついてくる。屋敷を出て敷地内から出ようとしたあたりで腕を引かれ止められた。
「どこへ行くのですか?あまり屋敷から離れては――――えっ?泣いているんですか?えっ?ど、どうしたんですか??」
「・・・うるさいな、どうもこうもないですよ。こんなヒドイ環境で泣かずにいられますかってんだ・・」
護衛の兄ちゃんはおろおろして困っていたが、私が本格的に泣き出してしゃがんでしまったら頭をかかえて一緒に座り込んでしまった。
「ご、ごめんなさい、泣かないでください。この間俺があなたを責めるような事言ったからですか?あ、あれは失言でした。無理やり連れてこられたあなたに言っていい言葉じゃなかったです。すみません、だから泣かないでください・・」
「・・・悪いと思っているならここから逃がしてくださいよ」
「あっそれは無理です。俺も命が惜しいんで」
だろうな。兄ちゃんヘタレっぽいもんな。
「・・・正直、あなたに対するクロード様の様子はおかしいと思いますが・・他のご令嬢は皆こぞってあの方とお近づきになりたくて争っていたくらいなのに、あなたは何故そんなにもあの方を嫌うのですか?女性からすれば理想の相手じゃないですか」
「えっ?指を食いちぎろうとする人が理想の相手ですか?」
「うっ・・・い、いやでも女性の幸せはより良い条件の男性に嫁ぐことでしょう?それで言ったらあの方以上に身分も容姿も優れた男性はいないと思いますよ?」
・・・はあ?何言ってんの?
「・・・なんですかそれ。女性の幸せは男次第って事ですか?誰が決めたんですかそんなこと。私の幸せは私が決めます。そういうマッチョな考えかた私大っ嫌いなんですよ」
「いや、でも一般的には・・・げふっ!!!」
むかつくからガラ空きの脇腹にパンチを入れてダッシュで逃げる。
「い、いてえ・・あっ!ちょっとどこ行くんですか!ダメですよ!」
バランスを崩してコケた護衛の兄ちゃんを置き去りにして屋敷の外に出る。このまま振り切ってひとりで領地を見回ろうと私は全速力で走った。脱出するには塀の外に出られる場所と馬が必要だ。その下見をしておきたいので護衛の兄ちゃんが一緒では都合が悪い。
屋敷の外は大きな宿舎のような建物と闘技場などが並んでいて、ここは一体どこなのかと訳が分からなくなる。領民のような一般人はどこでどう生計をたてているのだろうか。
馬場はどこだろうかと走って探し続けると歩いてくる兵士の一団が見えた。慌てて隠れると、その兵士のなかに見覚えのある顔があった。
・・・うん、下僕AB。
私を逃がしてくれると約束したのにまるっと無視して裏切った不届き者だ。なにやってんだアイツら。楽しそうに談笑しやがって!
・・・絶対約束守らせてやる。
歩いていく一団の後をそっとつけて、様子を窺う。下僕AB両方とらえたいけど二対一じゃ分が悪いからどっちかにしよう。最後尾に歩いている下僕Aに狙いを定めて、後ろから口を押えて足払いをかける。バランスを崩したところですかさずヘッドロックをかけて建物の隙間に引きずり込んだ。
「だっ誰だ!なにしやがる!・・・ん?女?・・・あっ」
「気づくの遅いよ、下僕A。よくも騙してくれたな。おかげであれから私がどんな目にあったと思ってるんだ。毒を盛られて指を食いちぎられそうになったんだけど?どうしてくれるのよ」
「あ、あああんた何でこんなところに・・すまん、本当にすまん、忘れてたわけじゃないんだがクロード様付きからはずされたから話す機会もないんだ。それにしても毒を盛られたってどういうことだ?なんでアンタそんな目に遭っているんだよ」
「知らないよ、何もかもアンタら下僕ABのせいだよ。責任とって今すぐ逃がしてよ。正門以外に出口はどこにある?」
「おい本気か?ダメだ、今はまずい。厳戒態勢で塀の外も監視が増えている。どこから出ても見つかるぞ。塀の外はいつ戦闘状態になるか分からないから今はおとなしくしていてくれ」
そういうお前の口車にのって私はこんな事になったんだよなー。敵じゃないし内側から出た相手を攻撃しないだろうしそれほど深追いしないんじゃないかな?やってみる価値はあると思うの。正直今度クロード様に会ったら何されるかわかったもんじゃない。そっちの方が怖い。
「見つかってもいいです。馬を貸して。出口へ連れてって」
私が本気で言っているのがわかったのか、下僕Aも厳しい顔つきになった。
「ダメだ、できない。クロード様の事は別にしても今は本当に危険なんだ。隣国の者が国境を越えて侵入してきている。蛮族の男たちに捕まったら何をされるかわからないぞ」
そう言って下僕Aは私の腕をつかんできた。拘束するつもりだろう。力を込めて腕を引いてきたので、膝蹴りしようとしたが逆に足で抑え込まれてしまった。不意を突けなければ私の実力なんてこんなもんだ。このままでは連れ戻されてしまう、何とかしなければ・・・。
仕方がないので、本当に嫌だったが、ジローに教わった最終手段に出る事にした。
拘束されていないほうの手で、意を決して下僕Aの股間を掴んだ。うええグニッとしたなにこれ。感触が気持ち悪い。
「ひえっ?!お前どこ触って・・!っぎゃああ!痛ああ!止めっ・・痛い痛い痛い!」
加減が分からないので軽く力を込めて握ってみたら、思った以上に痛がっている。えっ?そんなに痛いの?もっと力入れたら死んじゃうのかな?
庭師のジローが『捕虜となった時、拷問されて鞭で叩かれても動じなかったんだがなあ。タマをつぶすと言われたら恐ろしくなって洗いざらい喋っちまったよ。男には金的が一番効くからニーナも最後の手段に知っとくといいぞ』と教えてもらったがこれほど有効だとは思わなかった。生まれて初めて男の股間を掴んじゃったことに何かを失った気がするけど、ここまでやっちゃったら引く訳にいかない。
「に、握りつぶされたくなかったら出口を教えて。悪いけど馬は勝手に借りていく」
「いやだからそれは・・いぎゃ!分かった!今言う!すぐ言う!だからもう止めてぇ!に、西側の塀に兵士用の出入り口がある!そこは内側には見張りが居ないから・・」
「本当ですね?嘘だったら今度こそ潰すからね?」
「本当だって!頼む、もう手ぇ離してくれ・・こんなとこ誰かに見られたらいろんな意味でまずい・・」
「誰に見られたらまずいのかな?」
・・・?今誰が言った?
絶対に今聞こえてはいけない声が聞こえて、下僕Aとともに固まってしまった。
まずいぞ、これいつか見たパターンだ。
下僕Aも同じ事を思っているらしく振り返ることが出来ずにブルブル震えている。まずい、色々まずい。まず脱出の計画を喋っていたのもまずいし、護衛の兄ちゃんから逃げ出しているのもまずいし、なによりこの下僕Aの股間を掴んでいるのが一番まずい気がする。
かつーんかつーんとわざと靴音を響かせながら声の人物が我々の元へ近づいてくる。私も下僕Aも死刑宣告をされた囚人のような絶望感で身動きができない。
「ニーナ、何故ジオのそんな場所を触っているのかな?二人はそういう関係だったのか?だからニーナは私を拒むのか?ニーナ、答えてくれ」
ブリザードが後方から吹き荒れてくる!下僕Aごめん、さすがにこれは想定してなかった。そーーっと下僕Aから離れて降参ポーズでゆっくり振り返る。
そこには荒ぶる鬼神と化したクロード様が仁王立ちしていた。あ、これ死ぬな。今までで一番禍々しい顔してる。
どどどどどうしよう?何か、何か気の利いた言い訳を・・・・『ぎゃっ!!!!』ああ!何も言い訳できないまま下僕Aが吹っ飛んだ!何メートル飛んだの?!人ってあんなに飛べるんだね!
クロード様はガクブルする私を問答無用で抱き上げた。荷袋のように担ぎ上げられ、黙ったままどこかへと運ばれていく。無言なのが逆に怖い。護衛の人々とすれ違ったけれど、皆一様に目を逸らして見ないふりをされた。
屋敷へと連れ戻されるみたいだが、なんだか様子がおかしい。屋敷の奥にある頑丈そうな扉の前にたどり着いたとき、ようやく私は自分がどうなるのか予想がついた。
だって、そこ扉の外側にかんぬきついてるからね。どう見ても牢屋。
なんか、すいません。イヤ何がとは言わないですけど、すんませんでした。




