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いつも読んでくださってありがとうございます。
久しぶりにぐっすり眠れた私は、ドアをノックする音で目が覚めた。
「・・・ニーナ様?おはようございます。入室してよろしいですか?」
その声は侍女さんズか。仕方なくちょこっとだけ扉を開けて隙間から顔を出す。
「朝食のお時間です・・・昨日はわたくしどもの不手際でニーナ様にはご不快な思いをさせてしまいまして申し訳ありませんでした。二度とあのようなミスがないよう心がけますのでどうかご容赦ください」
驚いたことに侍女さんズが謝ってきた。なんだろう?ありえないと思うけれどクロード様が昨日の事を反省して使用人の人たちに注意してくれたのかな?
「ですので今日の朝食はご安心してお召し上がりください。さ、どうぞダイニングへ」
「はあ・・そうですか・・?ホントですか・・?」
まだ半信半疑ながらも一応従ってみる。ダイニングルームに行くと相変わらず夫婦席にクロード様とセイラ様がお座りになっている。でもクロード様めっちゃ顔色悪い。青いの通り越して土気色。生ける屍って比喩が良く似合う姿になっちゃってるけどどうしちゃったの?
私が席に着くと食事が運ばれてきた。見るとオートミールのようなリゾットのような一皿が目の前に置かれた。わたしがいた領地ではあまり馴染みのない朝食だったが美味しそう。
ちらっと給仕してくれた人を見る。まだ若い少年のような男の子だ。私と目が合うとビクッと体をすくめて震えだした。私を稀代の毒婦か何かかと使用人の間で噂されているのだろうか。それとも私の見た目が怖いのだろうか。
それとも・・。
ふと浮かんだ考えに、まさかなーと自分で否定する。
まさか、まさかまさか、さすがに毒を盛られたりとかはないだろー。それやったら嫌がらせの域を超えて犯罪だもの。給仕の少年が異常におびえていたのがめっちゃ気なるけど、さすがにそこまではないと信じたい。
ちら~っと周りを見渡すと、使用人がみなこちらを向いて青い顔をしながら私を観察している。
うーん、まさかと思うが・・ほんの少しだけスプーンで掬って舌に乗せた。その瞬間給仕の少年がひゅっと息を飲むのが聞こえた。
舌に乗せたまましばらく待つ。庭師のジローが傭兵時代にやっていたという、野営で食べられる野草や果物を見分ける時に口に含んで強い苦味としびれがこなかったら大抵大丈夫!というざっくり情報を思い出しながらやってみた。
精製された毒とかにも有効なのかなあ?まあでも暗殺に使うような特別な毒を調理場で使う訳ないから、もし何かを混入したとしても自生してる毒草とかその程度かな?と適当な考えで試しにやってみたのだが・・・。
苦い・・・。
わずかにピリピリする・・・。
ごめんごめん、それっぽくやってみたけど、実際やったことないから判断つかないんだけど。
これ、なにかしら食べちゃいけない毒的なものが入ってるってことでOK?
ゆっくりと、スプーンを置いてクロード様を見る。これまさかクロード様が指示したことじゃないよね?昨日の仕返しがコレってことじゃないよね?その可能性を考えて、私は思いのほかショックを受けていた。いや、ショックを受けてる場合じゃない。このままじゃ殺されるってことじゃん。
「・・・クロード様?」
私が呼びかけると、ヒドイ顔色のクロード様がばっと顔を上げた。
「なっ・・なんだニーナ?何か欲しいものでもあるのか?」
「・・・ええっと、クロード様この私の食べかけを食べることは出来ますか?」
するとクロード様は急に輝くような笑顔になり、いそいそと近づいてきた。んん?なんで喜んでるの?今私毒入りと思しき食べかけの物を食えっていったんですけど、なんでそんなノリノリなの?ホントに食べるのかな?そしたらやっぱり毒を盛ったのはクロード様の知らないところなのかな?
「ニーナが私に自分の食べたものを食べてほしいだなんて・・そういう愛情表現をすればいいのか?だったら、食べかけと言わずニーナが口に含んだものでも食べられるぞ?」
「いやそういうのいいんで。これ食べてみてください、ハイ」
そう促されるとクロード様は迷うことなくスプーンを取って口に運ぼうとした。
その瞬間『ダメエ!』という声とともにクロード様が持っていたスプーンははじけ飛んだ。
スプーンを叩き落としたのは・・・セイラ様。
・・・お前かーい!お前が指示したんかーい!そんな虫も殺せないような可愛い顔してよく毒(仮)なんか盛ってくれたなあ!100歩譲って子ネズミは許すよ!でも毒(仮)はダメだよ!人として一発退場レッドカードだよ!
「セイラ・・?どういうつもりだ?私がこれを食べると何か都合が悪いのか?」
「・・っあ、い、いいえ、ただニーナ様が口を付けたものをクロード様がお食べになるのが嫌だっただけです。他意はありません」
「ふうん、そうか。ではセイラも食べればいいんじゃないかな?そうすればおあいこだろう?」
言うが早いかクロード様はセイラ様の顔を掴んで、素早く手に取ったスプーンで私の皿の料理をセイラ様の口に突っ込んだ。えええええ?!?ちょ、待って!待って!意外とスプーン突き刺さる勢いでしたけど?!
「うっうえっ!ひど・・誰か!誰か水を!」
控えていた侍女さん達が慌てふためいて『早く医師を呼んで!』と叫びだした。えっ?!そんなすごい毒なの?私さっき口に含んだの出せなくて飲んじゃったんだけど。死んだりします?
「セイラ、なぜそんなに慌てているんだい?このニーナの食事に何か毒でも入っているとでもいうのかな?先程他意は無いと言っていたような気がするが?」
クロード様の物言いに使用人一同固まってしまった。侍女さんが何かを取り繕おうと口を開きかけたが、それを手で制して続けた。
「私がともに食事をするテーブルで、毒の混入があったとする。それは何を意味する?私も敵が多いのでね、暗殺されかかったのは一度や二度ではない。
再び国境の火の国の動向がきな臭くなっている今、暗殺をもくろんだ人間は実行犯だけではなくその計画を知っていた者全て含めて斬首となるだろう。
ニーナの皿に何が入っていたかは、薬師の調査でほどなく判明しよう。誰の指示の元誰が実行したかは優秀な私の護衛が全て知っているはずだが、恩赦が欲しいものは早めに口を割った方が身のためだよ?」
美しい唇を微笑の形にしてみせ、クロード様は部屋にいる者達を見まわした。完全にクロード様に支配された空気のなか、先ほど私に皿を持ってきた給仕係が叫んだ。
「もっ・・申し訳ありません!あれが何かは私も知らされておりませんでした!でもニーナ様のお皿を運ぶ時にセイラ様の侍女の方になにかを加えられて・・!」
「いいいいいええ!!!わたくしどもは何も!全くの事実無根でございます!・・っそうです!ニーナ様がクロード様に毒を盛ろうとしたのではないですか?!食べさせようとするなど不自然です!」
えええ?!またもや私にお鉢が回ってきた!その何もかもニーナのせい♪てオチにするのやめてくれよ・・無理だよ・・。
「私は昨日のネズミの件も含めて、誰が指示して、何をしたのかまでちゃんと把握しているよ。そんなことがわからないほど蒙昧だと君らに思われていたのかな?残念だよセイラ」
名前を呼ばれたセイラ様がビクッと跳ねた。
「な・・なななんの話でしょうかクロード様・・?」
「だから君がニーナにしたことだよ。君が彼女に嫌がらせをすれば孤独なニーナが私を頼るようになるかと思って、ネズミの件までは諌めたりしなかったがね。しかしこの私の屋敷で毒を用いるとはね。もう見過ごすことは出来ないな」
顔色をなくし立ち尽くしていたセイラ様だったが、一転涙目になりクロード様にすがりついた。
「ごめんなさい!セイラはクロード様が彼女に夢中なのが悲しくて!本当はこんなことするつもりじゃなかったんです!ただクロード様にセイラの事も見て欲しかっただけなの!!だってセイラは・・クロード様が好きだからっ・・・」
涙を溜め、うるうるふるふるしながら上目使いでクロード様に訴えるセイラ様。よく見ると胸の谷間もぎゅっと寄せて丸見えになっている。
すげえや!それ何て女子技?!よく見といていつか使おう(いつだ)。
セイラ様信者の使用人達は『セイラ様・・!なんと健気な!』と感動しているけれど、ええと健気な女子は人の食事にネズミとか毒をぶち込まないと思うの。うーんこれでクロード様が『じゃあしょうがないね』て言ったら後ろから尻にケリをくれよう。
「そうか、セイラは好きな相手に見て欲しいと誰かに毒を盛るのか。そんな危険な人物をこの領地で好き勝手させるわけにいかないね」
「クッ・・クロード様、恐れながら!セイラ様はあなた様を思うが故にこのような事をしてしまわれたのです!どうかそのお気持ちを分かってください!」
セイラ様の侍女さんが思わずと言った風に声をあげた。それに対しクロード様はギロリ、と睨みつけると、恐ろしい声音で言った。
「黙れ。私を想っていれば何をしても良いというのか?そのような身勝手な理論がまかり通ると思うのか?いずれにせよお前たちの斬首は免れない。
セイラ、君の身柄は君のお父上にゆだねるが、この地で毒を用いた罪は王都の法に則り処罰される。貴族とてその例外ではないぞ」
連れていけ、とクロード様の合図で兵士達がセイラ様を含めた使用人達を捕縛し部屋から連れ出していった。
「・・・・」
部屋には私とクロード様と数人の護衛だけが残った。しん、と静まり返る室内。口を開くのも憚られるような静けさだが、どうしても我慢できない。
だってクロード様さあ!アンタさっきセイラ様にご高説垂れていたけどさあ!それってさあ・・・!
私が口を開く前に護衛の一人がボソッとつぶやいた。
「クロード様・・それ、あなたが言うんですか・・?」
あっ護衛の兄ちゃんに先越された!同意、完全に同意。
ジローさんの食べられる野草の見分け方はジローが主張しているだけです。
実際試してみないでください(言われなくても普通試さない)




