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割と色々ふざけてます。
よろしくお願いします。
ここ数日、ずうっと屋敷の中が浮足立っている。特に叔母のデボラと従妹のアデリーヌの浮き足っぷりはそのまま空にかけ上るんじゃないかと思えるほどふわふわウキウキしていた。仕立てた服をとっかえひっかえ着ては脱ぎ着ては脱ぎ、宝石をあててはあーでもないこーでもないと一日中くっちゃべっている。
アデリーヌが脱ぎ散らかした服を順番に拾いながら、私は冷めた目でそれを見ていた。なに着たって殿方はだいたいどれも一緒に見えてるみたいですよ?ホラ、特にその、微妙な襟の違いとかホントどうでもいいと思いますよ。私から見ても全然違いわかんないですから。
・・・と言いたい気持ちを抑えて黙々と服をかたづけていく。
何故こんなに浮足立ってるのかというと、一週間後にドーベルヌ辺境伯が、王都へ行かれる途中この領地に寄って宿泊していかれるという知らせがひと月前に届いたからだ。
辺境の砦から王都までは馬でも丸三日はかかる。今回は馬車での移動になるので、王都までの中継地としてここへ一日滞在なさることとなった。
辺境伯がご滞在されるのは珍しいことではない。だが今回は今までとはわけが違う。先代の辺境伯が身罷られ、若干二十歳の嫡男がそのあとを継いだばかりであった。王都へはその新領主としての挨拶に向かうらしい。
その若き辺境伯が、恐ろしく美しい青年なのだ。
私は幼少の頃見かけたきりだが、当時から怖いくらい整った顔立ちの男の子だった。ただ、表情に乏しく無口だったので、よくできた人形のようにみえて、その美しい姿に少し恐怖を覚えたくらいだ。
その彼が、美貌と精悍さを兼ね備えた青年に成長し、社交界に顔を出すようになってからというもの若いご令嬢は一気に色めき立ち、皆その婚約者候補に名を連ねたがっている。従妹のアデリーヌもその一人だ。
社交界に参加したことのない私は知らないが、頻繁に顔を出しているアデリーヌは一目あったその時からずっと彼に夢中だ。だが少し引っ込み思案な従妹は、他のご令嬢をけり落としてアピールするなどもできずいつも遠巻きに見ていただけだったようだ。
それが今回、自分と一つ屋根の下に憧れの君が滞在するとあって、その知らせを受けてからアデリーヌのテンションは振り切れっぱなしなのだ。
距離を縮めるチャンスを得て、他のライバルより一歩リードした形だ。この好機にそのまま婚約できないものかと、叔母と従妹は色々と画策している。
まあ、そんなわけで今は出迎えるときの装いをどうするかで着せ替えショーが始まり、散らかってしょうがないから手伝ってと言われてからもう三時間は経過している。長いなあ、もう。
いい加減、日が暮れそうだし、晩餐会で使うお皿をチェックするよう叔父に頼まれているので、この無限ループの片づけから逃れようと二人に声をかける。
「あのー私仕事があるんでもう行きますねー。アデリーヌ、その青いドレスとっても似合ってると思うよ!じゃ!」
適当な褒め言葉でごまかしてその場を離れようとすると。叔母の声が追いかけてくる。
「ニーナ!アデちゃん疲れちゃったからお茶持ってきてちょうだい!あと何か甘いものも!」
そりゃ疲れもするだろう。またここに戻ってくるのも嫌だが、聞こえてしまったものはしょうがない。『はいはいー』とまた適当な返事をして調理場へ向かう。
調理場も今料理の試作やらサーブの順番やらで侃々諤々と意見が飛び交っていて騒がしい。なので黙って勝手にティーセットを出してお茶の準備をする。湯を沸かしていると、後ろからコック見習いのマークが話しかけてきた。
「ニーナまた奥様にこき使われてんの?いつも使用人と同じ事してっから、お前もこの家のお嬢様だって事みんな忘れているぞ」
「いや、アンタもすでにお嬢様に対する口調じゃないし。いいの、どうせこの屋敷を出たらどこかで働かなきゃいけないんだし、せいぜい侍女スキルでも磨くわよ」
「オジョーサマはご結婚なさらないんすかー?」
「口調が腹立たしいなあ。しないわよ、少なくともこの家の娘として嫁ぐことはないわよ。叔母さまがそんなこと絶対にさせないもの」
ああ、そうだなあーと笑いながらマークは同意する。
「お前も苦労すんな」
マークは私の肩をポンポンと叩いて仕事に戻って行った。どうやら励ましに来てくれたようだ。使用人のあいだでも私の境遇にうっすら同情する空気が流れていて、みんな私に親切にしてくれる。
そう、メイドと変わらない扱いで仕事をしている私だが、一応この領地を治めるアルトワ男爵家の姪なのだ。母がこの家の長女であったが、諸事情により、今私はここに居候している状態である。
私は父の顔は知らない。母は・・母の顔も肖像画の姿しか覚えていない。
こんな風に叔父の家に居候して働いているのも、すべて私の母が原因だ。
私の母、エリザは18歳になったばかりの頃出入りの商人の息子と大恋愛の末に駆け落ちした。
当時婚約者もいたのにもかかわらず商人の息子と深い仲になり、結婚したいと言い出した。
当然母の両親は、なにをバカなと一蹴した。
しかし、本気で結婚すると言い張るエリザに業を煮やし、相手の男とその親である商人に、エリザにはもうすぐ結婚する婚約者がいるので今すぐ別れてくれと直談判したのだが、両親に恋人と引き裂かれそうになったエリザは烈火のごとく怒り狂い、そのまま男と手に手を取り駆け落ちしてしまったのだ。
もう婚約者との結婚の準備も進んでいる時期であったため、婿に来てもらう予定だった婚約者とその家族に母の両親は平身低頭で謝り倒し、どうやらかなりの額の慰謝料を差し出したらしい。
継ぐ予定の母が出奔したこの家は、母の妹にあたる叔母のデボラが婿養子をもらい家督を継ぐこととなった。姉に振り回される形になった叔母は当時好きな男性がいたらしいが、婿養子にきてもらえる身分の人ではなかった彼に、家を継がねばならなくなったと伝え泣く泣く別れたのだという。
たくさんの人々を巻き込み人生を狂わせた無責任な母だが、そこまでして貫いた愛はあっという間に冷めたらしい。ある時ふらりと家に帰ってきた。
―――赤子の私を連れて。
「彼とは別れたわ、私の部屋に住むからお茶飲んでいる間に掃除しといて。ああ、この子のお世話をする乳母を雇ってちょうだい」
戻ってきた母の第一声がこれ。いっそ清々しいほどの身勝手ぶりに、家族も使用人達も逆に何も言えなくなったそうだ。
両親や妹に一言も謝ることなく、要求だけを述べる母に誰もが怒り狂ったが、赤子を抱えた彼女を追い出すわけにいかず両親はしぶしぶ受け入れた。なんだかんだ言って可愛い娘が帰ってきて両親はすぐに怒りを解いてほだされてしまった。
面白くないのは、一番人生を狂わされた母の妹デボラだ。婿養子に来てくれた夫は優しい人物で、思いがけず幸せな結婚となったようだが、それでも愛した人と姉の身勝手で別れさせられたことはずっと恨んでいた。
その姉が、なんの反省の色もなく我が物顔で屋敷に滞在していることは我慢ならなかった。もう自分の夫が爵位を継いでいるのでデボラが正式なこの家の女主人なのだ。
「お姉さま!この家は私が継いだのです!何もかも投げ出して家を捨てたお姉さまがここに住むなんてわたくしは許しませんわ!」
ある時、デボラに仕立てたドレスを勝手に着まわしていた姉に堪忍袋の緒が切れ、直接エリザに抗議した。いままでは両親を通して文句を言っていたが、のらくらと躱され、らちが明かないので、本気で出て行ってほしいと自分で伝えた。
デボラに抗議されたエリザは、またもや驚きの行動にでた。
家にあるめぼしい貴金属を持って行方をくらませた。
―――赤子の私を置いて。