電車遅延により
僕はいまだにわからないことがある。
数学の“マイナス”と“マイナス”をかけると“プラス”になることが。
計算式上では確かに“プラス”になるんだろうけど、実際問題、現実ではどうすればいいんだろう。“マイナス”の状態に“マイナス”の状況をかけても“プラス”にはなり得ないだろうと。
なんでこんな事いきなり言ったかって?
今が正にその状況だからだ。
「マジかよ・・・」 と電車の中で一言ポツリ。
会社へ出勤して、部長に昨日の報告書を提出。その後は適当に軽く同僚と雑務をこなし、予定していた次のクライアントの所へ向かう途中だった。
昨日の気分を払拭・・・出来ず仕舞いのままだった。こんな状態で人の多い電車に乗るのは気が滅入る。
あぁ、バイク乗りてぇ。
相変わらずの暑さの中、電車に乗り込んで出発したはいいものの、
「プシューン・・・」
数百メートル走り出した所でいきなり電車は停まり出す。
『・・・お客様にご案内いたします。ただ今、線路内に不審物が落下しているとの情報がありまして、現在確認しております。つきましては、ご迷惑をおかけしますが、少々お待ち下さい。』
電車内の客(僕も含めて)は何事かとざわつく。
くそっ、何だってこんな時に電車停まるんだよ。
昨日からずっとついてない。
先ほどの言葉を吐いた後にスーツの内ポケットをまさぐる。
とりあえず、携帯で先方に連絡っと・・・。
カバンから携帯を取り出し、先方の会社の電話番号を確認する。
「えーと・・・確かこの書類に」
昨日まとめておいた書類に連絡先を書いておいたはずだ。
・・・あった。
僕は、急いで電話をかける。
不慮の事態で遅れそうな場合は必ず先方に連絡を入れる。
これ、社会人として常識。
えーと、03-・
『プルルル・・・プルル・・・』
電話越しに連絡音が鳴る。
ここは電車の中だが、仕方ない。
この際、背に腹は代えられない。
『プル・・・お電話、ありがとうございます。』
女の人だ。
「あっ、すいません。今日の2時にそちらに伺う予定になっていた者ですが」
『はい、確認しますので少々お待ち下さい・・・~♪』
女の人がそう告げると保留音の「カノン」が流れる。
・・・出来れば、定刻通りに行きたがったが、まぁしょうがないな。
しかし、何だろ?この違和感・・・
『お待たせいたしました。本日2時からのご予約をいただいておりますが、』
「はい、そうです。実は、電車が遅延しているので、担当の方に・・・そうですね、30分程遅れる旨を伝えていただいてもよろしいでしょうか?」
『かしこまりました。確認のため、お名前を頂戴してもよろしいでしょうか?』
この声どっかで・・・
「田中カナタと申します。」
『・・・!』
「・・・?あのー、もしもし?」
『・・・あっ、失礼致しました。それでは、田中様。よろしくお願い致します。』
あれ?この声で・・・
「すいません、」
『はい、なんでしょうか?』
「あの・・・お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
『タカナシと申します。それでは、失礼致します。』
ガチャ・・・プープープー
・・・まさかな。そんな分けないだろ?
でも、あの声。
「・・・マジかよ」
その日、僕は二度目の「マジかよ」を呟いてしまった。
ほんの、ほんのちょっとだけ
先方に行くのをためらってしまった。
これって“プラス”になってんのかな・・・?