電話ボックスの前で
「えっ?」
彼女は僕の方を見た。
「あのー、『タカナシさん』ですか?さっき電話した田中という者なんですが・・・」
「いえ、違います。」
「え、あぁすいません。」
人違い? え?なにそれ?
このタイミングでそんな感じになっちゃうの?
しかし、よくもまぁ、そんなにばっさり違うって言うねぇ。
「あ・・・すいませんでした。」
僕はその女性から離れた。
どうやら彼氏と思われる男性が彼女の元へ寄り「どうしたの?」と声をかけると、
「わかんない、誰かと間違えてたのか・・・新手のナンパ?」なんて声が遠くの方から聞こえてきた。
聞こえたくないセリフが聞こえてしまって、体裁が悪くなったので、その場から少し離れた所で待機していた。
なんだったんだ?一体?
あんなところに「さも、何かあります」って感じに待つなよ。
改めて、周囲を見渡す。
周りには『タカナシさん』らしき女性は見当たらない。
・・・だまされた?
いや、しかし、カバンのこととか知ってたし、
・・・?
どういうことだ?
いるべきはずの彼女がいないことで僕は困惑した。
とりあえず、かかってきた着信番号にもう一度かけ直してみよう。
電話ボックスの辺りをウロウロする。
「プップップップップ・・・」
電波悪いのかな?くそっ。
頭をガシガシ掻く。
「・・・の~」
なかなか繋がらない。あーもう
「あの〜・・・すいません」
あーもぅ!!
「なんだっっっっ!?」
振り向いたら、張り上げた声にビクッとした女性がそこにいた。
腕にはカバンを握りしめて。
・ ・・カバン?
「もしかして・・・『タカナシさん』ですか?」
ビックリしてうつむいている彼女は小さく
『コクッ』 とうなずいた。
・・・やっちまった。
「・・・いや、すいません。あのー」
「これですよね?」
「えっ?」
「カバンこれですよね?」
「え、あぁそうですけど・・・」
「じゃあこれで。」
「えっ?ちょっ・・・ゲフッ」
カバンを「ドンっ」と胸に押し付けられ、思わずムセた。
「ゲフン、ゲフン・・・ちょっ、ちょっと待ってください!!」
・・・あー、行っちゃった。
彼女は、僕にカバンを渡して、すぐに見えない所に行ってしまった。
ウソでしょ?これで、終わりかよ。 味気無さ過ぎだろ?
僕は、彼女にお礼を言うこともなく、ただその場を立ち尽くした。
・・・今日は、バツが悪い1日だ。
せっかくカバン見つけてもらった恩人になんてこと言ったんだろう。
ハァーとため息を漏らす。
どうしようもない。
タイミングが悪かっただけだ。
僕は、なんとか自分に言い聞かせ、
精神的に参っている身体をムリヤリ動かして、歩き出した。
「今日はもう帰ろう。」
今日はさんざんな一日だった。
「まぁ、カバンが戻っただけでもありがたいとするかな。」
なんて、心にもないことを言って、正当化しようとする
自分がちょっと嫌になった。
素直になれないもんだ。