00話 プロローグ
テレビ画面からニュース映像が流れてくる。女性アナウンサーは速報です、と言いテレビ画面のわきから見切れた手から渡された資料を読んでいく。
「・・・次のニュースです。 えー、『被害者家族救済措置法』が制定されました。
この法案、制定される前から各方面から様々な意見が飛び交い、大きな波紋を呼んでいます。
ある学者はこの法案に対して、皮肉を込めて『ハムラビ法』と呼んでおり、
この法案が制定されますと・・・」
バンッとコメンテーターが強く机を叩きつける。
「こんなもの、バカげてるっ!!こんなもの、本来ならあってはならないものなんだ!!」と吐き捨てた。
家族みんなで一緒にご飯を食べていた中の一人、小学生のカナタは当然、内容など興味があるわけがなかったが、机を叩き、怒号が飛び交うテレビの中の混沌とした様子に、驚きと少しの恐怖を感じていた。
「…はぁ、今回もダメだったかなぁ。」
カナタは一息、ため息をついた。
喧騒で雑多なビル街で行儀が悪いと思いながらもハンカチではなく、
右腕のシャツの袖でグイッと首元の汗を拭き取る。
カナタは、現在、就職活動真っ只中。中途採用の面接の帰りだった。
「ノド渇いた…どっかコンビニ寄ろう…」
朝、パリッとさせていたスーツもこの季節の気温でカナタの汗でクタクタになっていた。
中のワイシャツはうっすらと汗ばんでおり、今すぐにでも脱ぎ去りたい気持ちになっているのをグッと我慢する。
まだもう一社、面接する会社があるのだ。
次の面接地に行く前にコンビニの中に入る。
ドアをくぐると、寒さを覚えるほどの冷気が体の表面を駆け巡る。
「おおぅ」と声を出して、ブルっと震えてしまった。
あまりにも寒すぎて、急いでミネラルウォーターを陳列棚から取り出し、レジに向かう。
カナタが商品を置こうとしたすんでのところで、
半ば強引にレジカゴいっぱいに詰め込んだ作業服のお兄さんが割り込んできた。
なんだよ、気分悪いな。とは思いつつ、
お兄さんの急いでいる顔を見ていたら、仕方ないかなと割り切り、
仕方なくゆずってやったという意味合いですぐ後ろに並んだのだ。
「いらっしゃいませ…」と弱々しい声で接客をおこなうレジの店員さんにお兄さんは、
明らかにイライラしている。メガネをかけて、花粉症なのか、マスクをしている店員の女の子はオドオドしながら、商品のレジを打っていく。しかし、その手はおぼつかなく、見ていてこちらが不安になるくらいに震えていた。
名札には、「研修中」という文字は書いてあるのだが、お客にとってはそんなものは関係ない。お兄さんは、相手にプレッシャーをかけるように肩肘をレジ台におき、貧乏ゆすりさえしている。
(そんなことしたら、余計プレッシャーかかっちゃうよ)とカナタは思った。予想通り、お兄さんの肩越しに見るレジの店員さん(女の子)の手はますます震えながら、レジのスキャナーを必死に読み込ませようとしていた。周りを見てみると、他の店員さんはおらず、バックヤードで補充をしているのだろうか?とも思ってしまったカナタである。
やっとのこさで、袋の中に商品をを入れてお客様に渡そうと「ありが…」と声をかけようとして、ガバッと袋をぶん取られた勢いでお兄さんは
「…おっせぇんだよ」と吐き捨てるようにコンビニを後にした。
さすがにそれは言い過ぎだろ、とお兄さんの後ろをにらみつけて、自分の番に回りレジ台にミネラルウォーターや雑貨をポッと置く。
ふと、店員の女の子の顔を見てみると、顔面蒼白だった。
これこそ、血の気が引きました。といわんばかりの白さでカナタの商品をレジ打ちする。
今にも泣き出しそうな面持ちで。
ビクビクしながら、レジ打ちしている彼女を見ていると、
なんだかカナタは切なくなっていた。
うつむいたままレジ打ちしている彼女に、「気にしないほうがいいよ。」とカナタは言った。
唐突だったのか、彼女の肩がビクッとなった。気にせずカナタは、言う。
「あんな人たくさんいるから気にせず仕事した方がいいよ。大丈夫だから」と理由も根拠もない励まし方をしている。
ちょっと無責任だなとも思ってしまった。でもカナタは続ける。
「焦っても何もならないから、落ち着いてやれば大丈夫だよ」
と、不安になっている彼女に言ってみる。
彼女は何も言わず、止めていた商品のレジ打ちを続ける。
ずっとうつむいたままだったので、何もリアクションがないから、ちょっと言っていて心配になっていた。
フーッと彼女にはわからないように薄く深呼吸をしてカナタは「後ろに誰も並んでいなくてよかった」と
ちょっと自分が言ったことに恥ずかしさを感じながら、商品が袋に入るのを待っていた。
別に自分は出来た人間ではない。
人に褒められることや自慢出来ることなんてないし、それに今は就職活動中の身だ。
だからこそ彼女に言った言葉は、自分自身に対して言った言葉だったのかもしれない。
自分に対して、「焦るな」と言い聞かせている意味合いの方が大きかった。
なんてことを考えながら、商品をもらってコンビニを出ようとした瞬間、
「ありがとうございました。」と後ろのレジ台から小さい声が聞こえてきた。
でも、さっきとは違い、小さいながらも芯が通っているような声だった。
カナタは一瞬立ち止まったが、そのまま自動ドアをくぐった。
冷房がキンキンに冷えていたコンビニから、地獄のような炎天下の中に放り出され、
またも体からブワッと汗が噴き出す。
それでも、コンビニから入ってきた様子とは違い、次に行く面接会場の書類を見ながら、
「大丈夫だから、焦らずやってみよう。」
と今度は、自分自身に言い聞かせて、一歩踏み出した。