その2・厳しく優しく
女の声「ちょっとあなた!」
突然女性の声がしたので振り返る。
リュウ「はい?」
黒い長髪の女性がバケツを持って立っていた。
服が絵の具ですごく汚れている。
リュウ「え?俺?」
女「あなたよ!」
バケツを椅子の近くに置いて槍をむしり取られる。
女「えっと、どういう角度で…いや無理?」
槍を死体に刺そうと動かしながらボソボソと呟いている。
女「いや、やっぱりもういいわ。あげる。」
槍を放り捨てる。
リュウ「え?え?」
女「はぁ〜、余計なことしてくれて…もう!」
(なんなんだこの人…)
嵐のように次々と展開が進んでいく。
気がつけばブラックがいなくなっていた。
(隠れたのかあいつ。いやそれよりも…)
突然現れた女を見つめる。
(絵の具で汚れた服に、長い黒髪、しかも胸ポケットに…)
色鉛筆の芯が胸にあるポケットからはみ出ている。
(どう考えても、レンが探してる人の特徴だよな…)
女「なに?」
メモ帳のような物に何か書きながら、噛みつくような鋭い声で言う。
リュウ「え?」
女「私は今からまた別のモデルを探しに行くんだけど?」
怒ったように早口で噛み付いてくる。
リュウ「いや、その人…」
女「ん?これ?たまたまここで転がってたから構図の参考にしようとしてたのよ。あなたが台無しにしちゃったけどね。」
リュウ「構図?」
女「ちょうど描きたい絵があったんだけどどうにも上手く描けないからポーズを取ってくれる人を探してたのよ。ちょうどいいのがそこの『それ』だったのよ。」
リュウ「『それ』って、この人か。」
先ほどまで槍を刺されていた死体を見る。
女「体に槍を刺されて倒れている人を描きたかったのよ。絵の構図として見やすいように刺した槍より、殺意をもって刺した槍の方が現実味があるわ。分かるでしょ?」
リュウ「リアルな絵を描きたかったんだと。んで、俺が抜いてしまったせいで、後からそれっぽく刺してもわざとらしくなってしまうと。」
女「全くその通りよ。」
(なんで怒られてるのかは分かったけど、なんか怖いなこの人。死体見て『それ』扱いって…)
女「あ、そうか。」
ここで初めてリュウの方を向いた。
女「ちょっとあなた手伝いなさい。」
リュウ「へ?」
女「台無しにした代わりに、あなたちょっとモデルになって。」
リュウ「モデル?」
死体を見る。
リュウ「まさか俺に死ねと⁉︎」
女「そんなこと言ってないわよ!他にも描きたい絵があるからそっちの方を手伝いなさいって言ってんの!」
リュウ「あ、あぁ…」
女「鍬で畑を耕してるところを描きたいの。ほら早く。」
リュウ「鍬なんかどこにも…」
女「持つものは何でもいいわ。鍬は見なくても描けるから。ポーズさえ見れればそれでいいの。その鉛筆なり槍なりで代用できるでしょ。」
リュウ「あっはい…」
大人しく従うことにする。
●
リュウ「………」
自分の武器である鉛筆を鍬に見立てて振り下ろそうとしているポーズを取る。
女「………」
それを無言で見て、鉛筆でノートに描き、もう一度見てノートに描きを繰り返す。
(何やってんだろ、俺…)
女「できた。」
リュウ「え、もう?」
描き始めて5分も経っていない。
女「別にあなたの姿をそのまま描き写してるわけじゃないわ。ポーズだけ。」
リュウ「いやいくらなんでも早すぎでしょ…」
女「見る?ほら。」
ノートを見せてくる。
顔も髪型も服もないデッサン人形が全く同じポーズを取った絵が描かれている。
リュウ「ホントに描けてる…」
女「これを見ながら絵を完成させていくの。」
リュウ「へ〜。」
女「協力ありがとう。あなたのおかげで、1番描きたかった絵が完成に近づいたわ。」
リュウ「それは、どうも…」
女「何かお礼でもする?」
さっきまでの厳しい態度とは変わって、優しいお姉さんのような柔らかい態度になる。
リュウ「いや、お礼っていうほどのことじゃ…」
女「こんな世界で人のお手伝いしようだなんて、普通しないわよ。そうでなくても、全く知らない人にモデルになってなんて言っても手伝ってくれる人なんていないわ。今までに何人にも断られてるし。」
リュウ「はぁ…」
(結構強引に手伝わされたんだけどな…)
女「本当に感謝してるのよ。お礼、いいの?」
真っ直ぐリュウを見つめている。
(どうしよう…チャンスだし、聞く価値はあるかな…)
リュウ「じゃあ、その色鉛筆…」
女「ん?これ?」
色鉛筆を胸ポケットから出す。
リュウ「それ、くれませんか?」
女「ダメ。」
即答される。
リュウ「お礼じゃないんですか?」
女「これはまだ使う予定があるのよ。あげられないわ。」
リュウ「そうですか…」
(せめて、あれがレンの物かどうかでも聞いておこうか。)
リュウ「それって、あなたの物なんですか?」
女「そうよ。使わない人がいたから貰ったの。」
リュウ「貰った…?」
女「使ってなかったんだもの。あんな女の子が持ってるより私が貰った方が鉛筆も喜ぶわ。それに、さっきも言ったけど使う予定があるの。」
鉛筆を再び胸ポケットにしまう。
(ちょっとヤバいなこれは…レンのものって確定したようなもんだけど、この人かなり自己中な人だぞ…)
せっかくのチャンスで取り返せるかと思ったが、うまくいかない。
(力づくでやる…?いや、この人もこんな所にいるわけだし、なんか凄い能力でも持ってたらキツいしなぁ…あっ、もしかして。)
女「どうしたの?まだ用?」
リュウ「その辺になんか絵に描いたようなドラゴンとか、騎士とかいたんですけどあれって…」
女「あぁ、私が描いたわよ。見張りに使えるのよ。」
リュウ「やっぱり。」
キャンバスに描いたものが現実に現れる能力。
ブラックが予想していて通り。
女「邪魔だった?あなたが公園出るまでの間どかしてあげましょうか?」
リュウ「良いんですか?」
女「アレ、私が最初に言った命令を消えるまで実行し続けるんだけど、それまで私の言うこと聞かないのよ。あなたがアレに殺されたくないっていうなら、一時的に消してあげてもいいわ。」
(怖いくらい親切だなおい!)
リュウ「じゃあ…」
レン「 見 つ け た ‼︎」