家での夫、外での夫
夫の名は、小林悟。夫婦なので嫁のなも小林だが、彼女は周りに美智子さんと呼ばせている。
なんでも旦那の苗字で呼ばれるのは自分でないみたいで嫌なんだそうだ。
かくいう夫は、それを良しとは思っておらず、常々「小林さんでいいじゃないか」と言っている。
そしてこの男、ものすごい俺様で、言う事を聞かない奴には容赦がない。
そんな男の嫁である美智子さんは、俺様を唯一黙らせることのできる女である。
小林家の朝は、モーニングコーヒーのうんちくから始まる。
「うむ、これはいい香りだ。美智子さんの入れるコーヒーはいつもいい匂いで味も…」
一口飲んで、ニコリと微笑んだ。
「うまい!」
「はいはい。そんなこと言ってて、仕事は大丈夫なの?時間、いつもギリギリなんだから、たまには早めに出られるようにしたら?」
「はい…」
男は、小さく返事をしてゆっくりコーヒーを味わうと、そそくさと準備をして玄関へ向かっていった。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
美智子さんは男にカバンを渡すと、そわそわと何かを待つ男の頬に小さくキスをした。
「♪」
「ニヤニヤしてないで早く行きなさい!」
「はーい!」
男はスキップで嬉しそうに出かけて行った。
美智子さんは静かにため息をつくと、男の後ろ姿を見送り、部屋の中に消えた。
美智子さんの一日は夫を見送るところから始まる。小林家は、夫が仕事に行ったあとから動き出す。
男が飲み干したコップを洗い、自分の朝食を済ませた美智子さんは、部屋の掃除をし、洗濯をし、洗い物を済ませ、朝シャンをし、服を着替え、仕事場に向かった。
小林家は共働きだ。
稼ぎはまぁ、半々といったところ。
いや、美智子さんの方が少々稼ぎが多い。
というのも、美智子さん、自分で事業を起こし、会社を経営しているのだ。
夫は大地主の一人息子。そのため自分勝手でわがまま、したい放題したいことをし、女はただの性処理の道具程度にしか思わない最低なやからだった。
そんな彼がここまで美智子さんに骨抜きになっているのは、またのちのちの話ということにしよう。
家での夫を見ていると、美智子さんはふと思う。
ーこの人は、どっちが本当の人格なのだろう?ー
と。それもそうだ。美智子さんのいない外での彼は、以前と変わらず俺様で、わがままで、自分勝手。思い通りにならなければ人の人生を変えてしまうようなことを平気でやってのけてしまう。