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四話

 俺はいつ最後の審判が下るのかと、毎日をビクビクと怯えながら過ごしていた。

 だが、何も起きなかった。

 級友の無味乾燥な世間話に相槌を打ち、笑えるくらいに気分は回復しつつあった。

 ちょいと小腹がすいたので、早弁をするくらいには回復しつつあった。

 寝坊遅刻、宿題を忘れ、部屋の掃除を忘れ、漫画を読みふけり、夜毎ちょっぴり内緒な本を濫読するくらいには回復しつつあった。

 つまり、何だ何にも起きないじゃないかと安心しきってたるんでいたのである。


 ばたばたばた、という喧しい足音。

 がらがらがら、という喧しいドアの音。


 その騒音発生体は、開口一番こう言った。

「はあ、はあっ! ねえ聞いて! ついに二〇分切った!」

 またか。

 うざったいことこの上ない。


「うん。分かったから。その報告はもう良い。お前は早い。凄い。偉い」

「スカートのヒラヒラさえ気にしなければ、良いタイムが出ることを発見した!」

「年頃女子の考えた中で最もいらない発見だな」

「何でさ! タイムイズマネーって言うじゃない」

「はあ……。ほら、めくれちゃったら色々大変だろ。パ、パンツとか、さ」

「あんなんたかが布だって。見たければ見るが良いのだ。別に減るもんでもないし」

「色々と減ってると思うぞ。価値観とか羞恥心とか世間的評価とか」

「気にすんな! 青少年だろっ!」

「気にしろよ! 思春期だろっ!」


 不幸にも俺は席替えの因果により、このハイテンションで頭がちょっぴり筋肉質な女子に背後霊のようにとりつかれてしまった。

 とりあえず、という前置きのように、登校時のタイムを俺に報告するのが彼女の日課である。

 この調子ならば、卒業までには世界記録を塗り替えてくれるだろう。

 もちろん周りの評価のワールドワーストレコードだ。


 彼女は、色々と残念な思考回路をお持ちである。

 うざいという形容詞の活用、うざかろ、うざく、うざい、うざい、うざけれ、うざかれ、の次に七番目の活用、猪狩屋すずめ(いのかりや すずめ)が来る日も近い。


 体や鼻や口は小ぶりだが、それに反比例するかのように目がくりっくりに丸く大きい。

 ちょろちょろ動き回るおかげで消費カロリーが多いのか、しょっちゅう何かを食べている。

 彼女の肉体の構成成分はチョコレートがだいぶ占めている。

 だが頭の中が食欲だけの脳内文字で埋め尽くされているかと言うと、そうでもない一面もある。

 ある人物を目の前にすると、益荒男度が緊急収縮し、乙女度がハイパーインフレーションを引き起こす。

 その瞳にはピンク色のハートマークが点滅し、お花畑を撒き散らす。


 ここでコーヒーブレイク。

 社会格差の話をしようと思う。

 実に深遠なテーマだ。

 ブルジョアジーとプロレタリアートが織り成すピラミッドによる階級闘争。

 勝ち組と負け組みという言葉の示す確固たる区別についてだ。


 マルキシズムによる財の共有化やケインジアンのマクロ対策、格差是正の数多の試み。

 それらが現実に成功しているかどうかというのは、甚だ疑問である。

 なぜなら、人類皆平等化計画の考えは、まず全ての人間が同価値であるという前提が必要だからである。


 我々は経験的に知っているはずだ。

 人類が平等などという温い幻想は存在しないということを。


 だって、一〇〇歳のおじいちゃんと、ぷりんぷりんのグラビアアイドルを同一視することなど俺にはとても出来ない! 


 おじいちゃんには悪いが、ぷりんぷりんは正義といって差し支えない。

 おじいちゃんだって年金からぷりんぷりんにお小遣いを工面するだろう。

 それは悪いことか? 

 おじいちゃんから年金を掠め取らんと画策するぷりんぷりんの所属事務所の性格は悪いかもしれないが、ぷりんぷりんのぷるんぷるんに罪は無いはずであるっ! 


 失敬。つい熱くなった。


 富の平等分配が不可能だと思わせる現実的現象。

 それが最も端的に現れているのが「モテる者モテざる者」といった問題だ。

 社会システムの矛盾としてこれを提起しよう。


 人類皆平等化計画のシステム上、我々は可愛い彼女を分配されなければならないはずだ。

 だが、依然としてこの小さな学校生活という一教育課程のコミューンの中ですら、そのシステムは守られていない。

 断固として守られるべきだ。

 需要と供給など知ったことか。


 顔が良いのが何だというのだ。

 スポーツがどうしたっ! 

 成績で俺たちの価値は測れない! 

 一人に一人の可愛い彼女がいてもいいじゃないかっ! 

 休日にデートしたい! 

「今日、親、いないから」高校生男子が言ってみたい本音ランキング一位っ! 


 だが、そういった思想的システムが機能していないということは俺の隣に可愛い彼女がいないことからも明らかだ。


 さて、現実的ヒエラルキーは、そんな戯言になど付き合ってくれない。

 忍び寄る「モテる者」たるブルジョワジーどもは次々と女の子たちに狙いを定め、優しく扱い、スマートにデートに誘ったりする。

 時には悲しいことに自分からブルジョアジーどもに群がる女子もいる。


 きっとプロレタリアートたる我々から搾取しているのだ。

 残念ながら彼らは結構良いヤツばっかりだ。


 勝てる要素が皆無である。

 神も仏も無いなどとニーチェっとしている暇は無い。

 階級闘争は無慈悲にも続くのだ。


 こんな抽象論をいくらぶつけてみても、大気圏のオゾン層より分厚い鉄壁のブルジョアジーを崩すことなど不可能だ。

 まずは敵を知ることだ。

「敵を知り、己を知れば百戦危うからずや」中国の偉人の言葉であることは解説するまでもない。


 一つ、具体例を挙げてみるとしよう。

 この学校の「モテる者」の頂点が誰かと言えば、まず間違いなく彼の名前が挙がる。


 霞南かなん 十兵衛じゅうベえ

 何とも古めかしい名前。


 彼は一年生を二周しているらしいが、ダブリ組として色眼鏡で見る人は皆無だ。

 なぜならそれは、かなんくんだからだ。

 もう少し彼の説明を聞けばそれが分かるだろう。


 まず、欠点と言うものが見つからない。

 人物像を語るときに欠点から入るとはお前も相当歪んでいるな、と注意されるかもしれないが、いくら探して見ても青い鳥のごとく見つけること叶わない。


 ほくろの無い人間は存在しない、という雑学を聞いたことがある。

 だが、かなんくんを知っている人は、その話が胡散臭いものであると思うだろう。

 つるっつるの肌。

 もちろんかなんくんの体の隅々まで見たことがあるわけじゃないから、断言できない。

 だが、かなんくんのメラニン色素は長期休暇をとってエーゲ海辺りでバカンスをしていると思われる。

 決して馬鹿にしているわけではないが、草津や熱海や筑波温泉ではなく、エーゲ海などと言ったお洒落海岸であることを強調しよう。


 顔面立体構造はマネキン、絵画、彫刻とかそういった類の無機質で幻想的な美しい造作のキメ細やかな設計になっている。

 その笑顔はオーラをぎんぎらりんと放ち、うっすら輝いて見える。

 正直な話、かなんくんには皺と鼻毛とフケとニキビと無駄毛が存在しないんじゃないかと疑っている。


 妖精、と電車内で他校の女子生徒に噂されていた。

 そのネーミングを聞いただけで、かなんくんについて言っていることがわかった。

 目撃するとその日一日はハッピーになるとか、失くした物が出てくるとか、テストで良い点を取れるとか、喧嘩した友達と仲直りできるとか、男性恐怖症が治るとか。

 御利益の効能は良く分からんが、彼の噂話だけで電車内がちょっとしたキャピキャピの黄色い興奮に包まれる。


 敬虔な筋肉真理教の信者たちはこう反論するだろう。

「所詮なまっちろい顔だけ男だろ。この上腕二頭筋を見ろよ」


 そういう評価を下すのは、もう少し待ってくれ。


 俺だって、それだけならまだ救いがったのだ。

 勝てる要素を地面を這いずって探し、重箱どころか軽箱の隅を舐めるように突いて、外見だけは認めてやろうだが私が倒れても第二第三のプロレタリアートが……というセリフと共に無視できたのだ。


 警告しよう。

 ブルジョアジーのジョアジたる片鱗は、我々にこんな程度のダメージを与えたもうた所で許したりはしないのだ。


 彼にとって最も重要な要素は、外見でなく、その内面だ。


 優しさをいちいちここで定義するのは面倒だ。(俺だって誕生日やお年玉の直前ともなれば、親孝行くらいする)

 だが、無償で誰かに手を差し伸べるのはそれに当たることだろう。

 彼は誰かに何かをしてあげることにおよそ制限というものがない。


 空港ボーリングすずめ事件。

 血眼カッター子猫ちゃん事件。

 七股ヤンキー狼石化事件。


 彼を物語る事件は数多いが、ここでは一番分りやすい、泥んこ暴走バス王子様事件について語ろうと思う。


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