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一話

 春真っ盛りだというのに気温は一〇度前後をうろちょろしている。

 記録的寒波などと言った毎年記録を更新している冬将軍はまだまだご健在のようで、一向に暖かくなる気配が見えない。

 空気は乾燥し、指先にささくれがしょっちゅう出来る。

 ちょうど隣家の影に当たる俺の部屋はアホみたいに冷え込む。

 ええい。夏はまだか。じめじめしたうだるような暑さが待ち遠しい。


 おかげでいまだ四角形の木枠に布団を敷いた大量堕落兵器から逃れることが出来ない。

 身も心も捧げたコイツがいないとダメな体になってしまった。

 宿題や掃除や早寝早起きが出来ないダメ高校生なんかになってしまったのはこいつのせいだ。

 いいや政府の陰謀だ。

 そうに決まっている。


 スイッチを入れると我が家の最高権力者がにゃあという厳かな抗議の声とともにのっそりとコタツから出てきた。

 寒いときは、なんとかしろと文句を示す。

 暑いときだって、なんとかしろと文句を示す。

 お腹がすいたとき、暇なとき、邪魔なドアがあるとき、背中がかゆいとき、朝日が昇るのが遅いとき、クマざえもんが無いとき、雨が降ったときにも、なんとかしろと文句を示す。


 知らない人が多いと思うが、この世界は専制君主制という社会システムにて成り立っている。

 彼はそのピラミッドの頂点に当たる。

 幼年の折、ミイと名乗っていたのだが、立身出世に伴い今では閣下と言わないと反応してくださらない。


 閣下は、三色にカラーリングされた毛皮を四六時中まとっているので電熱はさすがに熱いらしく、今ではスイッチのぱちりと乾いた音は、灼熱地獄が開始される合図であることをご学習あそばれた。

 なんとかしろと目で俺を睨みつけ、膝上に乗り、大量のにこ毛をその対価として下賎な民にお与え下さった。


 下賎な民である俺はコロコロをコタツ布団に走らせ感謝を示しながら、ラップトップの電源を入れて作業を開始した。

 閣下は天の岩屋から飛び出してきた天照大神よろしく、何をやっている? と興味を示す。


 たまに俺の食べているものが気になるのか指先のみかんのにおいを嗅ぎ、ほかほかと湯気の立つマグカップの匂いを嗅ぎ、見せ付けるかのように大げさに顔をしかめぷいっとそっぽを向き、また忘れたころに同じことをする。


 お気に召すもの(マタタビ、かつおぶし、にぼし等の年貢。製造一二年のぬいぐるみクマざえもん。反撃してこない小さい虫。ふわっとした丸いもの全般。ひも状の細長い何か)は残念ながら持ち合わせがないというのに「待て貴様今こっそり持っていただろう不届きものめ」というありもしない疑念から逃れられないようだ。


 ちらちらと見てこちらの挙動に細心の注意を払っているくせに「貴様なんぞに興味はない。だが勝手に撫でるのまでは止めない。耳の下あたりだ」という顔を作る。


 申し訳ございません閣下。

 どうか毛繕いや尻尾を延々と警戒し続けるご公務にお戻りください。


 いつものコタツミュニケーションを切り上げ、俺は目の前の作業に集中する。


 メールアドレス。

 生年月日。

 郵便番号。

 ユーザーネーム。

 パスワードの設定。


 赤字部分が未入力です。


 確認のためもう一度お願いします。


 規約について理解しました。


 同意して次に進みます。


 Xk1CなのかxKlcなのか判別できない。

 ロボット対応画面の文章と格闘し、人間であることを二回連続で証明できなかった。

 ログイン後、メニューにざっと目を通し、このアプリについて理解したつもりになって、上級者向けツールの使い道の説明をすっ飛ばし、「実践あるのみ」という言い訳か負け惜しみにしか聞こえない呟きを手土産に、目的のページにたどり着く。


 きらきらと光るド派手な門扉。

 ひらがなで大きく「たかだい」と書いてある。

 目の前まで行くと触れるまでもなく、ぱかりと軽い音を立ててその扉は開かれた。


 場内の光景を見て俺が最初にイメージしたものは、幼児向けの童話だ。

 蛍光のイエロー、ピンク、ブルーにオレンジ。

 カラフルでポップなキャンディーカラー。

 文房具をやたらと持っている女子の筆箱のようにキャピキャピ色が多く使われた広場だった。


 ケーキ型の建造物、樹木は焼き菓子と思しきもので出来ており、草葉はグミ、花はアメ細工、よく見ると、綿菓子などがふわふわと空に漂っている。

 地面は色とりどりのチョコレートが敷き詰められて、噴水からはラムネのような色合いの何らかの液体がシャワっと噴き出す。


 おおう。ワンダーランド。


 DELL製ラップトップには明度、コントラストの他に甘みという設定項目があるのだろうか。

 液晶画面から匂いが漂ってきそうだった。

 こんなファンシーな町が本当にあったならば蜜が大好きな害虫対策で予算が空になるだろうとか。

 歩くと靴の裏がねっとりしそうだとか。

 クッキーやケーキに使われる小麦粉は加熱処理しても耐久度が低すぎて建造物になど向かないとか。

 植物がお菓子で出来ているならそれを食べるお近くの草食動物たちはみんな糖尿病予備軍だねあはは、とか。

 そんなひねくれたリアルな感想は頭の隅に置いておけ。

 あの頃の純真なお前はどこに行ったんだ。


 そんなお菓子で出来た町の一角にある「たかだい」は、質問者が発言をする場所として使われていた。


 イメージとしては演壇だろう。

 もちろん木造でもなければ鉄筋製でもない。

 イチゴやメロンやサクランボなどでデコデコレーションしているマカロン的な何かだ。

 それら「たかだい」の周りには結構な数の動物と、彼らの発する漫画のような吹出しのポップアップがぽんぽんと浮かんでは消えて盛況だった。


 近づくと、それらの内容がアップになり画面上に踊る。

 ライオンやヘビといった捕食者がお悩み相談をし、ウサギやカエルなどの被食者が「分かるよ」などと同情を示すという、見ようによってはシュール極まりない景色だ。

 だがここには血なまぐさい食物連鎖は存在しない。

 デフォルメされたデジタルアバターたちにはベジタリアンもミータリアンなんて主張は必要ないからだ。


 リアルタイムでの質問と回答といったものがどういったものかと、一通りの「たかだい」を周って様子を見ていたが、みんな真剣に恋愛相談、お悩み相談、マニアック談義、ローカル談義、はてはさっぱり意味不明な専門分野の話までしていて、もしかしたらという希望的観測がハッブルの法則のごとく比例膨張を行う。


 いろいろな種類の「たかだい」があった。

 質問がざっくりと種類分けにされているようだ。

 人数比率としては「お悩みたかだい」「恋愛たかだい」が一番動物の集まりが多い。

 恋愛問題も一つのお悩みだろうというコメントはナンセンスである。

 そんなご無体なこと言ったら、全部お悩みだ。

 じゃあさあ例えば、燃え上がるような恋愛の末愛の逃避行を続けた二人がいるとするじゃん。

 それは許されない恋。そんな二人に不躾だが優しくしてくれる逃避行先の住人。

 二人で慎ましく農家として再出発するも慣れない作業は骨身にしみる。

 心配そうに夫の指に包帯を巻く若妻ケイコ。

 微笑みながらそれを眺める夫マナブ。

 辛いながらも幸せな日々。

 ある日ついに二人は見つかってしまう。

 激情に駆られる元婚約者サトシ。

 なにをするんだやめろ、叫ぶマナブ。

 組み合う二人。

 やめて、と叫ぶケイコ。

 乱闘の末、誤って後頭部を打ち、サトシは動かなくなってしまった。

 ああ……やってしまった……どうすれば……っていうお悩みはどこの「たかだい」に相談すればいいの? 


 面倒だがお答えしよう。

 警察に行け。


 俺の悩みというか疑問は、絶対に恋愛相談などではないので無難に「お悩みたかだい」に行くことにした。

「健康たかだい」か「生活たかだい」も魅力的だったが、それらには分類不能な問題に思えたからだ。

 結果としてこの間違いが、功を奏することになる。

 墓穴を掘るといっても良い。


 さて、なんて書けばいいんだろう。

 やはり無難にこんにちわから入ったほうがいいのだろうか。

 それとも、いきなり本題にはいったほうがいいのか。

 熟考に熟考を重ねた結果、何とも面白くない、よそ行きのおめかしした文章が出来上がった。


【エリマキキツネザル】

「はじめまして。この春高校生になった男です。調べても分かりません。親や友達などの近しい人たちに聞くのは恥ずかしいし、出来ません。なので大変恐縮なのですが教えて下さい」 


 わあ最近のエリマキキツネザルはお喋りをするのかあ、などといった野暮な突っ込みは止していただこう。

 〝わいわいずー〟のランダムトランスフォーム機能が俺を一時的にマイナーキツネザルにジョブチェンジさせただけだ。

 俺のようなネットに詳しくない匿名希望のミニマム級ライトユーザーに言わせてもらえば、やたらとやりこみ要素が搭載されているカスタムアバターと称される己のセンスのなさを世に自己紹介してしまう可能性のある機能はかえって煩わしいのだ。

 その初心者へのハードルが低いありがたい設定もこのアプリを選んだ理由の一つだ。


【エリマキキツネザル】

「幼馴染のおねしょについてです」


 エリマキキツネザルが画面上の吹き出しでそう続けた途端、わっと閲覧者数が増えた。「何ごとだ。皆一斉にネットにつないだのだろうか。不思議だなあ」などと巷で流行の鈍感系主人公を気取り、うっしっしとほくそ笑む。


 くるくるとページ閲覧カウンターが正の値を増やし続けているの待つ間、ちょっとした説明をするとしよう。


 〝わいわいずー〟の名前の由来は、お察しの通り「ワイワイ騒ぐ動物園」という意味と、「わい(私)ワイズ(wise:賢い)」というお察しし辛い二つ目の意味を持つものだということだ。

 ログインする度に自動で動物アバターが抽出され、ログアウトするまでその動物で仮想動物園をうろちょろすることになるのがここの特徴だ。

 こういう形で匿名性を保ちつつ、個性も持つ。

 アノニマスとパーソナリティー。

 相反する二つの性質をまあまあこういった感じで手を打たないかいと具現化したものがこの形らしい。


 見知らぬ相手にお悩み相談するには、ある程度の匿名性は必要だ。

 しかし、相談している相手が見えないのも味気ない。

 そういったものなのだろう。

 動物がもつほんわかした雰囲気は人間の秘めたる攻撃性を和らげる効果でもあるのだろうか。

 あまりトラブルじみた悪いうわさを聞かないことがこの動物園アプリを選んだもう一つ目の理由だったりする。 


 一四〇万種の現生種と三〇〇種の絶滅種が仲良く暮らす仮想動物園。


 ゲーム機能を使うも良し。


 不特定多数に質問するも良し。


 一対一機能を使うも良し。


 さあ! 入園はこちらから!


 質問者と回答者のレスポンス処理が他よりも早いというテクニカルマターと、身の上相談ばっちこいやという菩薩のようなメンタルマターと、あははあというとぼけた表情の動物キャラクターと、可愛い女の子のハートを狙い撃ちするようなプリティキュートなデザインと、それらうふふな可愛い女の子を付け狙わんとするげへへな意味でのハンターたちの暗躍のおかげで、質問アプリとしてはそこそこ有名なものである。


 質問者であるアバターが発言している最中は他の回答者は発言できない、という討論会のお手本のようなルールがある。

「回答を受け付ける」ボタンをクリックするまでは、発言中なのだ。

 回答待ちの人数は閲覧カウンターを見れば分かった。

 ちなみにまだそのボタンを押していない。


 どんどんカウンターが回る。

 勝手に盛り上がられると何となく追いていかれた気分になる。

 こういう風に構われないで育てられた子供は将来ろくな大人にならない。

 ちやほやされた子供もろくな大人にならない。

 結果としてろくな大人はいないという等式が成り立つ。


 じゃあ、どうすればいいのだ。

 こうしよう。


【エリマキキツネザル】

「すみません。書き忘れました。幼馴染は女子です。女子高生ですね」


 おお、すごい勢い。

 カウンターが回る回る。

 確かにこういう結果になるだろうと狙ってやったが、一応それにも理由があったりする。

 これだけ閲覧数が増えたら十分だろう。


 よし。

 では本題に入ろう。

 ええと、おねしょ――。


【エリマキキツネザル】

「おねしょをすると異世界に行くのは何故ですか?」


 ついでに、「回答を受け付ける」ボタンもクリック。


 一瞬の静寂の後、カウンターがカタパルトで射出されたかのように、すごい勢いでじゃんじゃんばりばり回り始めた。

 電脳賢者たちはアバターを画面上に踊らせ、私が僕がと発言する。

 吹き出しの数が画面上を覆い、その上に新しい吹き出しが出張ってくる。

 メイン質問者が発言している最中は他の吹き出しが現れることは出来ない。

 だが「回答を受け付ける」ボタンを押すとその規制が解除されて、回答者が答えを教えてくれるはず。

 はずなのだが……。


【ピグミーマーモセット】

「もちろん保健の授業で習ったはずです、って言えば満足か?」


【ココノオビアルマジロ】

「どういう風にボケればいいのかイマイチわかんねえよ。あほうめ」


【ウェッデルアザラシ】

「ひでえなあ。なんちゅう妄想だ。ちゃんとお薬飲んだのかい坊や」


【マカロニペンギン】

「オレの彼女と交換しようか。お前のと同じで画面から出てこないけど」


【ミミセンザンコウ】

「おい。その手の話は“ひわいひわいずー”でやれ。大好物だ」


 誹謗中傷のオンパレード。

 中にはここでは書き記すことが出来ない、酷い言葉もあった。っていうか、殆どそうだった。

 大体予想は出来たことだった。

 ネタだと思われてもしかたがない。

 このアプリは比較的常識人が多いそうで、ふざけた質問にはこういった潰し目的のポップアップで攻撃されてしまう。

 しかし、俺は至って真面目だった。


 自分の目で見たものしか信じないと言う人は多い。

 実に無難な考え方だが、少なくともこの件に関してだけは同意出来ない。

 あの現象は自分の目で見ているが、信じられないし信じるメリットも無い。

 ネットサーフィンや本での知識は役に立たなかった。

 周りの人には聞けない。


 ならばこうやって赤の他人に顔を隠して質問するしかないじゃないか。

 そのために妙な間を置き思わせぶりな言葉で、閲覧者数を増やした。

 あの現象を知っている人が一人だけでもこの動物園にいればなあという淡い期待があったまでだ。

「そんな都合のいいことは起こらないぜい」と納得と諦めの豪華二点盛りが鎌首をむっくりもたげ上げた時。

 都合のいいことが起きた。


【《絶》ニューイングランドソウゲンライチョウ】

「ちょっといい?」


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