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事件の始まり  3

彼女が僕に座っていいか尋ねるのは、決まっていつも膝の上のことだ。

 彼女は昔から寂しいときや悲しいときは、いつも僕の膝の上に座りたがる。


「ごめんねアリス。本当は言うべきではないかもしれなかったんだけど、アリスにまで被害が及ぶ可能性があったから。」


「いいよ、昔のことだから。私なら大丈夫だから心配しないで。」


昔のことというのは、彼女も誘拐されたことがある。

 魔法兵長になるずっと昔のことだ。



僕たちがまだ幼く、人間と魔族の大戦していた最中。魔王城にも人間が捕虜として牢獄に入れられたりしていた。

 見た目は人間のように見える彼女も、人間同様に牢獄に連れて行かれそうになった。たまたま来ていた西に住む魔女が、『彼女は魔女じゃぞ』と言ったために釈放された。

行き場のない彼女は頼る身寄りもなく、城の外で泣いていた。見かねた僕の父が、僕の遊び相手として城に住まわせることとなった。

 彼女はすごく人見知りで、声をかけても無視され遊ぼうにも近づくと物陰に隠れて本を読むため一緒に遊ぶことができず、僕は結局一人で遊んでいた。

 しかし、僕が毎日懲りずに声をかけるようになりだんだんと言葉を発するようになった。僕が近づいても離れなくなった。


そんなある日、目が覚めると外は雨が降っていた。そこまで強くはないが気が憂鬱になるような天気。

 朝食を済ませ部屋で彼女を待っているものの一向に来ない。いつもなら、僕の部屋にある本を読むために朝食後すぐに訪ねてくるはずが今日は来なかった。不審に思い仕えているメイドに確認するが朝から誰も見ていないようだった。

彼女の部屋に行くと、部屋のドアが少し開いていた。窓は鍵がかかっていてカーテンもしっかりしてあった。

彼女が何の前触れもなくいなくなった。誰かに言伝を残したわけでもなく、忽然といなくなった。

僕は必死になって探した。朝から晩まで城を探し回ったが見つからず、父に話してみたが大戦のことでまったく取り合ってもらえなかった。

城の誰に聞いても見ていないということは、城にはいないかもしれないからすでに城の外かも知れない。僕はそう思い、夜にみんなが寝静まった頃に一人外へ出た。

 城の外へはあまり出たことがない。まして、一人でというのは初めてである。

朝から降っている雨は、強さを増して風も吹いてきた。最初は城周辺を捜したが見つからず、そのあとはただひたすら森を探した。

 しかし、当てもなく探すのには広すぎる森であり手がかりも見つからずに時間だけが過ぎて行った。

 一旦城に戻ってまた探しに来よう。そう思ったら

ワオーン

雨の音で聞き取りにくかったが、どこからか聞こえてきたオオカミの遠吠えは、一匹だけかと思ったら複数匹いるようで遠吠えの合唱が響いてきた。

 この森には、オオカミやクマがたくさんいて幼い僕には危ないから近づくなと言われていた。

僕はこのころ動物が好きで、ヒツジにいろいろ教えてもらっていた。先日ちょうど聞いたのが、『オオカミの遠吠えは狩りの前触れや群れへの連絡です。もし聞いたら近くで狩りが行われるかもしれませんので離れてください。』と。

その時に、僕の頭に不安がよぎった。

 もしかしたら彼女かも知れない。彼女が狩りの対象としてオオカミに襲われているのかもしれない。そう思って、僕は遠吠えのする方向に走って行った。

遠吠えの聞こえた辺りに着いた。オオカミが7~8頭、崖の下でウロウロしている。上の方を気にしているようで『ウーッ』と威嚇している。

 彼女ではないことを願いつつ、恐る恐る何を威嚇しているのか確認しようと視線をあげると、彼女が崖の中腹にある突き出たところにいる。

 最悪の想像が当たってしまった。でもあの場所は、どう考えても一人で行ける場所ではない。

空にはハゲタカが数匹飛んでおり、今か今かとタイミングを伺っている。

城に戻って、助けを呼びたかったが間に合わないだろう。攻撃魔法はまだ使えないし転移魔法だって。

 でも、せっかくできた友達を見捨てたくはなかった。彼女はそうは思っていないかもしれないが僕は違う。生まれて初めてできた友達を、見捨てるわけにはいかない。


「うおおおぉー!」


僕は、大声を上げてオオカミの群れに突っ込んだ。ぬかるみに足を取られそうになりながら、必死に前へ走った。

右手で石を投げ、左手に予備の石を持ち左脇に木を持って走った。何投目かの石が、オオカミに当たり逃げて行った。


「急いでゆっくり下りてきて!」


彼女は頷きゆっくりと崖を下りてきた。ゆっくり、ゆっくり。

『急いで』『ゆっくり』と言うのは文章として変であろうが、そんなこと気にしている余裕は僕には無かった。

彼女を崖下で見守っていたら、背後から『ウーッ』という声が聞こえた。

 オオカミたちが帰ってきたのだった。石を拾い投げるものの当たらずにジリジリと近づいてくる。


「きゃぁああ!」


彼女の悲鳴に上を見ると、ハゲタカが飛びかかったようで彼女は崖から手を放してしまった。

それと同時にオオカミも襲いかかってきた。

僕は彼女を受け止めることだけを考えた。オオカミを退治できたとしても彼女は怪我は免れない。女の子なのに怪我はさせてくない。

そんなことを思う前に、もう身体は彼女を受け止めることだけしか考えていないようだった。

落ちてきた彼女をなんとか受け止めることができた。しかし、後ろにはオオカミが・・・。恐る恐る振り返る。


「坊ちゃま、かっこよかったですよ。」


そこには、倒れたオオカミたちとヒツジの姿があった。

ヒツジは、大泣きしている彼女と僕を抱きかかえ城へと向かった。

 父は僕が探しに行くのはわかっていたようで、城を抜け出すかもしれないから注意してくれ、とヒツジに頼んでいたらしい。

濡れた服を着替え暖を取りながら彼女に話を聞くと、気が付いたら崖にいたと。目が覚めたのはすでに夜だったということらしい。

 うっすらと覚えているのは、魔王城で横になりながら本を読んでいたら部屋の入り口から誰か入ってきた気がした、ということくらい。

 あくまで、『気がした』というレベルの話である。

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