黙示録第五章 ちょっとした挑戦
「ねぇ、ホントに大丈夫? さっきからおかしいわよ!」
戻ってきたクリーフィに、ロナが心配そうに詰め寄ってくる。
「だから大丈夫って何回言わせたら気が済むのよ。」
それにクリーフィが、何事もなかったかのような口調で跳ね返した。
これで三回目くらいだろうか。
そんな応対にロナが「もう!」と頬を膨らませて怒った。
「何よ、顔色変えてどっかに行っちゃったと思ったら、戻ってきてもコレだし・・・」
フェテスが止めさえしなければ、と、後ろで見守ってた本人をその表情で見た。
「ちょっと急用だったみたいだから、一人の方が楽だと思って。ね、そうなんでしょう?」
おしとやかな口調でそう言い、穏やかな笑顔でこちらを見つめるフェテスに、内心ドキリとしながらも「まあね・・」と何とか落ち着いた口調で返した。
・・どうも自分はこのヒトが苦手だ。
美しい笑顔の後の、すぅっと細く開かれる眼が、こちらを探っているように感じる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。夕食の時間が近いから。」
するとまた先ほどの笑顔で優しそうにそう言って、フェテスはさっさと機敏な動きで歩き出した。
ロナもうなずいて後に続く。
「ほらクリーフィ! 来ないと置いてくよ!」
「・・・ええ、今行くわ。」
当のクリーフィは、ホッとした感情と、あの少年―――【大いなる】のことが渦巻いていた。
「大いなる・・・?」
少年の言葉を、そのままオウム返しに、クリーフィは呟いた。
それに答えるように、【大いなる】がこくりと頷いた。
《地下に眠る 迷えし子を 救えよ》
あの時聞こえた『声』は、確かにそう言っていた。
つまり自分が、この【大いなる】という少年を救えと言うのだろう。
(大天使様の巡り合わせ・・・)
もしそれが、本当にあるのなら。
この出逢いが、それならば。
《さすれば 汝――――――》
あの言葉の続きがどうであれ。
貫き通すべきだろう。
自分は。
クリーフィが考えている間、【大いなる】はそれを、ただ黙ってみていた。
どちらも話を切り出さないせいで、一枚の絵になったような沈黙が包んでいた。
「・・行かなくても、良いのですか?」
「っえ?」
不意に【大いなる】が口を開いた。
それにクリーフィは思わず声を上げ、慌てて自分の口を塞ぐ。
それに少し間を置いて、クリーフィが手を離したのを見て、言う。
「アナタの近しい人が、待っている・・・」
そういって【大いなる】は、かすかに笑った。
「あ・・・!」
そういえば、すっかり忘れていた。
クリーフィはロナとフェテスの事を思い出して、途端に焦りが湧き出した。
あのまま走り出して、そのままなのだ。
きっと何かしら疑っているに違いない。
ロナはまだごまかせるから良いとして、フェテスは自分より一つ上だから見当もつかない。
「行った方が良い。僕は、大丈夫・・・」
【大いなる】は呟くような声で、階段を指し示した。
「・・ごめんなさい、また来るわ。」
ここは彼の言葉に甘えた方がいい。
そう思い、クリーフィは駆け足で、墓標置き場を後にした。
そして現在に至る。
さて―――。
クリーフィは夕食の席で、どうやって彼を逃がそうかと考えていた。
「・・そういえば」
彼女はふと、あることに気がついた。
――私は、あの『地下』への
墓標置き場への道を、知らなかったのだ―――
クリーフィがこのアーク教の修道士になったのは、たった一年前のこと。
自分より長く神に仕えている、他の修道士達に『昔話』だと聞いていた、それだけだ。
それだけだというのに、何故。
「これも、神の意志だと・・?」
クリーフィは無意識か、ぽつりと口から呟きを零し、
「何か悩みでもあるの?」
「ひゃっ!?」
ずい、と唐突に現れた顔に、思わず悲鳴を上げてしまった。
「・・・驚くことないじゃない」
「ご、ごめんなさい・・」
そこにいたのは、眉をひそめているロナだった。
「頑張りすぎよ。きっと疲れてるんだわ。・・あなた熱心すぎなのよ」
どうやら先ほどの呟きから、ロナは勘違いをしてくれたようだ。
クリーフィは安堵した後、そして次の彼女の言葉に引っかかりを覚えた。
「ここは空き部屋ならいくらでもあるし――」
――空き部屋?
「ちょっとぐらいなら気づかれないこともないんだから」「ねえロナ」
「・・何?」
「そういえばここ、昔使われていた部屋とかが、そのまま残っているのよね?」
「え、ええそうよ・・確か昔の悪習を封じるためとかで、今じゃ立ち入り禁止になっている場所がかなりあるって・・・・・・」
聞いたことがあるわ。ロナはおずおずとそう言った。
「じゃあロナ。一つ、私から提案があるんだけど」
「な・・今度は何よ」
「ちょっとした探検、なんてどう?」