対決と決意
「うっわ・・・さっぶ」
「ま、真由羅・・・そういうことは口に出して言うもんじゃないぞ?」
沢山の女子生徒を携えて。
まるで見せびらかすように歩く三人に真由羅が精一杯の悪態をつく。
私はただなんとも言えずにそちらを見てうーんと唸った。
新星three knightが元祖three knightに宣戦布告して2週間。
その宣告どおり、元祖と呼ばれる健太郎たちに群がる人はいなくなった。
そのかわり新星を名乗る諒達の周りには沢山の女性が群がっている。
正直、あの歯の浮くような台詞を巻き散らかしてなおかつモテるアイツの存在意味がわからん。
健太郎たちは健太郎たちで自分たちに言い寄ってくる女子生徒がめっきり減ったことに対して屁にも感じていないらしく、普段どおりの生活を送っている。
健吾君なんか、いつもよりのびのびしていて解放されたように走り回っている。
無邪気な犬を見ているようだ・・・と思うのは黙っておこう。
とにかく新星三人衆はことごとく健太郎たちが(無意識に)築き上げてきた記録を打ち破ってる。
例えば・・・だ。
一日で告白された回数。
成績優秀伝説(これは意味がわからん)
あとはあとは・・・
うん、沢山。
思い出すのも面倒。
それくらい健太郎たちは伝説(違う)を残してきたんだなぁと思うと、少し寂しい気もする。
みんなの記憶からいつからか健太郎がいなくなるのはやっぱり寂しい。
でも独り占めはしたい。
むほっ・・・矛盾過ぎるな私・・・。
そんなことをボーっと考えていると、真由羅が私に小さな紙切れを渡した。
「これ、里見君に渡しといて」
「何?見ていいの?」
「いいよ?」
承諾を得て私が紙を開けば、新星three knightの三人のプロフィールがびっちりと書き込まれていた。
私は読む前から紙を凝視しながら真由羅に尋ねる。
「・・・ってかよくここまで調べたな?」
「任せなさい」
情報収集は真由羅の得意分野だ。
私は苦笑いしながら紙に書かれている文字を視線で追った。
水鏡諒デザイン科1年
玄武軍、次期当主。
成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗。
可愛い容姿でお姉系に人気。
弓道部。
高見和彦デザイン科1年
TAKAMI建設の御曹司。
成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗。
ホスト体質で誰にでも好かれる。
陸上部。
近藤聡デザイン科1年
ファッションモデル。
成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗。
クールながらも女子に優しい。
帰宅部。
・・・これはすでに負けてるんじゃないか?
「全員成績優秀ってところがミソだな」
「健吾君だって智樹君だって頭はいい方よ」
「それは知ってるが」
何も言えなくなった私の頭を真由羅はポンポンとなでてくれる。
ついこの間まで立場は逆だった気がするが、そうされることによって落ち着いている自分がいた。
「大丈夫よ。あの三人はやる気ないけど、いざとなったらちゃんと駆けつけてくれる騎士様達なんだから」
「うん・・・」
「自信持ってね、お姉ちゃん」
そういって微笑んでくれる真由羅がたまらなく好きだ。
こうやって堂々と(でもないけれど)姉妹として話ができるなんて、本当夢にまで見た境遇だったから。
幸せだなぁ・・・。
たまらなく微笑んでいると、その幸せをぶち壊す声が教室内にこだました。
「優花ちゃーん!!」
「りょ・・・諒・・・」
私が体をビクつかせて振り返ると、噂の彼がそこにいて。
幸いなことに、取り巻きがいないようで安心する。
歩みよってきた彼の前に、真由羅が立ちはだかれば、彼は怪訝そうな声をあげた。
「何?真由姉?まだ優花離れしてないの?」
「気安く優花ちゃんの名前呼んでるんじゃないわよこの泣き虫諒」
「がっ!い、いつの話してんだよっ!」
「そうねぇ?小学校のときだったかしら?おねしょして泣きながら『どうしよー怒られちゃうー』ってしがみついてきてたわよね?」
「小学校の時の話だろ!?」
「しかも小6。クスッ・・・いつまでおねしょしてたんだよって話よねぇ?」
「ぐっ・・・」
真由羅が一緒にいてよかった・・・。
諒はなんだかんだ言って私と真由羅の幼馴染。
真由羅には昔からとことん弱かった。
まあ私もよく泣いて懐いてくる諒を抱きしめて慰めてたけど。
・・・変な意味じゃなくてね?
私が物思いにふけっていると、真由羅の肩から顔を覗き込ませてきた諒がニッコリと微笑んで私に言った。
「まだ別れないの?」
「ありえないな」
私がきっぱり断れば、諒はショボンとした表情で私を見る。
とたん、諒の顔が見えなくなって真由羅に突き飛ばされているのがわかった。
「かーえーれーっ!優花ちゃんは里見健太郎のモノなの!」
「えー?でも俺婚約者だし?」
「ジジイが勝手に決めたことにイチイチ振り回されんな!!」
キレたように真由羅が言うと、諒はニッと微笑んで真由羅の隙をみて私を自分の下に引き寄せた。
「俺のだもーん」
突然のことに無抵抗のまますっぽりと諒の腕の中に入ってしまった私。
抵抗するように身をよじらせるもビクともしない。
離せといわんばかりに顔を上げれば、諒は余裕のある表情でニッコリと微笑む。
あ、なんか全然違う。
昔のイメージがまったく見当たらない。
泣き虫で大人の影に隠れていた諒なんかじゃなくて、しっかり大人になった顔。
とたん、恥ずかしくなって必死に抵抗を強めた。
「あ?何優花?二人きりになりたいって?そりゃあうれしい!どこか二人きりになれる場所を探さなきゃなっ!」
「だっ!誰がっ!!」
「誰がんな事言った?テメェの耳は塞がってんのか?あぁ?」
ベシッと乾いた音と共に私の気持ちを代弁してくれた言葉に、気持ちがふわっと楽になる。
殴られた衝撃で怯んだ奴の腕の中から逃れると、声の主にしがみついた。
「健太郎!!」
手に持っていた教科書を、諒の頭を殴ったままの形で停止させている健太郎は私の姿を確認すると、人目もはばからずぎゅっと抱きしめてくる。
少し頬を染めれば、健太郎は悪戯っぽく微笑んだ。
「照れてる?」
「照れてますよ」
そりゃあ・・・ね?
健太郎は私の反応を喜んでいるように、頭をなでてくれる。
こう、最近、甘やかされている気がする。
私と正式に付き合い始めてからの健太郎は、自分で宣言したとおり仮面を被るのをやめた。
とは言ってもいつもと変わらず優しいし、誰に対しても穏やかに笑う。
変わったといえば、自分の素直な気持ちをはっきりと言うようになったこと。
行動も同じようにはっきりとあらわすようになった。
さっきみたいに人前で平気で抱きつかれるのはまだ慣れないが。
「目の前でいちゃつかないでくれるかい?」
殴られた頭をさすりながら、こめかみをヒクヒクさせて私と健太郎を交互に見る。
健太郎はそれを無表情で見ると、私の頭を抱き寄せてニッと微笑んで見せた。
「ヤキモチ?」
「そうですよぉ?自分の妻になる予定の人が別の男と寄り添ってるの見てヤキモチ焼かずにいられますぅ?」
「予定を語んな。気色悪っ」
「んだとっ!?」
「こらこら、諒。仮にも先輩に対してその言葉遣いはなってないでしょう?」
一瞬即発の彼らに真由羅が助け舟を出せば、我を忘れていたかのように諒がハッとして自信満々な顔に戻って言った。
「ふふん。どうせ二人はいずれ別れるんだ。それまでゆっくり待たせてもらうとするよ」
その言葉を聴いて私は健太郎と顔を見合わせて、フンッと大きく鼻を鳴らし、二人で同時に中指を立てて言った。
『待たなくてヨシッ!!』
絶妙なタイミングに、周囲も唖然と私たち二人を見た。
「ふーん。TAKAMI建設ねぇ・・・ああ、あの高見か・・・。どうりで見たことある・・・」
「どうしたんだ健吾君?」
「いや?別にー」
新星three knightの情報が書かれた紙切れをピラピラとなびかせて健吾君がニヤニヤとほくそえむ。
放課後を迎えて、暇つぶしにボーっとグラウンドの脇を歩いていたら、部活中の健吾君に呼び止められて話している。
今日はコーチがお休みとかで、部活をサボっている健吾君に真由羅からもらった新星three knightのデータを見せたわけだが。
ちなみに健太郎と吉倉君に見せると、一通り目は通したものの興味がないとのことでつき返された。
健吾君も二人と同じように興味がなさそうに紙を折り曲げて遊んでいる。
ニコニコと微笑む健吾君に私は少し違和感を覚えた。
「・・・何かあった?」
「え?別に?いつもどおりだけど?」
「あ、学校じゃなくて、君の話」
私が改めて質問すれば、彼は少し照れたように微笑んであたりに人がいないのを確認すると小さな声で呟く。
「や、実は好きな人ができたんだけど」
「えっ!?マジっ!?」
「声デカイよっ!!」
私が素で驚きの声をあげれば、即座に健吾君からお叱りを受ける。
私は自分の口元を手で覆って身をかがめてヒソヒソと話した。
「だ・・・だれ?知ってる人?」
「や、知らない人。今同棲してる」
「ど、同棲ってアンタ・・・」
結構大胆な事をケロリと言っちゃったよこの人。
それでも健吾君はうれしそうに、ただ照れくさそうに微笑んだ。
以前見せた作り笑いじゃなく、穏やかな笑いに私もつられるように微笑む。
それから健吾君の惚気話を堪能させてもらった。
出会いは単純。
ただ雨に打たれていた健吾君をその女の人が拾ったのがきっかけ。
健吾君の笑顔の元になっている藤木千鶴さんは某有名会社に勤めるプログラマー。
無愛想で無頓着な人らしいけれど、時々見せる笑顔がたまらなく好きだと呟く。
彼女の体には自分の知らない過去の傷があって、それでも彼女を好きでいると決意したらしい。
自分は好きで好きでたまらないけれど、どうも彼女は大人のせいか気持ちがわからないとのこと。
通じ合ってはいるとおもうけど・・・と呟く健吾君が可愛い。
「このことは内緒だよ?誰にも言ってないんだから」
だぶん、その人の体の傷のことを言っているんだろうけど、私を信頼して話してくれた健吾君は本当に幸せそうだった。
ああ、よかった。
彼はもう大丈夫そうだ。
健吾君は人に弱みを見せない。
吉倉君がいつかそう言っていた。
彼の両親が不慮の事故で亡くなったときも彼は笑顔で過ごしていたと聞いた。
大切な人を失うことはとてもつらいことだとわかっている。
それなのに彼は周りの人を気にしてずっとずっと、あの作り笑いを続けていたんだと。
「・・・よかったな?」
「うん♪」
私の問いに、彼は本当にうれしそうに微笑んだ。
「先輩?いいんですか?そんなところで油売ってて」
二人で雑談をしていると、どこからともなく声が聞こえてくる。
振り返れば諒の後ろにいた新星three knightの一人、高見和彦がジャージ姿で立っていた。
彼はニヤリと気味悪い笑みを浮かべて私と健吾君を交互に見つめる。
それから鼻で笑うように嫌な態度をとった。
「あーあ。期待されてる陸上選手が親友の女と雑談ですか?うらやましい限りですね。自分は練習しなくても人より早く走れるとか思ってるんですか?そんなことしていたらいつか誰かに負けますよ?」
クスクスと嫌味を連発する彼に、健吾君はゆっくりと立ち上がりながらニッコリと微笑み返す。
健吾君の反応が意外だったのか、高見君は少し驚いた表情を浮かべた。
「うん、ごめんね?今走るから」
えらく姿勢の低い健吾君を見れば、健吾君は私に振り返って視線だけで会話をする。
(大丈夫。気にしないでね?)
それだけで彼の優しさが伝わった。
その行為が癇に障ったのか、彼はまたフンッと鼻を鳴らして健吾君に向き直る。
「人の女に手を出した男の親友っていうのも最悪ですねぇ。貴方もまた、親友の彼女に手を出すつもりですか?」
クスクスと微笑む彼に、健吾君はぎゅっと、血が出るほど自分の手を握り締めて。
絶えるように微笑んで彼に近づいていった。
「ひとつ教えてあげる。人の嫌味をいう奴は、練習する奴の足元にも及ばない。…嫌味並べてる暇あったら足を早くする方法教えようか?」
「なっ!キサマッ!!」
健吾君は耐えに耐えていたのに、彼はたった一言で逆上するように健吾君につかみかかる。
すると健吾君は冷静に彼の足を自分の足で引っ掛けて、彼は勢いで前のめりになって地面に倒れた。
「暴力はんたーい。大会前に問題起こしたくないからやめてね?あーそれからそれから」
ニコニコと微笑みながら健吾君は彼の体を起こしてあげると、耳元で今まで聞いたことがないくらい低い声で言った。
「君は忍耐力の方がまだなっていないみたいだね?イチイチ腹を立てていたらそれでこそただのガキだって事覚えとけ」
出たっ!!
ブラック健吾君降臨!!
ハラハラしながら二人の様子を見守る私。
ここまで敵対心持たれて、健吾君はその期待に答えるように本性を表す。
まぁ、とは言っても彼なりのケジメの付け方なんだと思う。
健吾君の威嚇に、高見くんはギッと睨みながらも何も言わずに立ち去っていった。
「・・・ぷっ・・・変わんねえなアイツ・・・」
健吾君がそう呟いたけれど、私は何も聞き返さずに健吾君を見つめた。
「優花さん!」
健吾君と別れた後、何気なく廊下をブラブラと歩いていると、元気のいい声に呼び止められて振り返る。
息を切らしながらパタパタと駆け寄ってくる彼女に私は笑顔を送った。
「麻美ちゃん」
私が名前を呼べば、彼女はうれしそうにほほえんで。
彼女は吉倉くんの幼なじみであり、恋人でもある前原麻美ちゃん。
健太郎の元彼女でもある麻美ちゃんは、とても可愛くて人懐っこい。
彼女は健太郎と付き合っていたときも、今吉倉くんと付き合っているときだって私が受けたような嫌がらせは受けなかった。
それはきっと彼女が可愛いから二人にお似合いだという暗黙の了解みたいになっていたらしく、少しうらやましい。
ニコニコと微笑んでくれる彼女を、同じようにニコニコと笑って迎えると、彼女は照れくさそうに微笑んだ。
「あ、すいません。特に用事はないんですけど・・・なんか姿見たら話しかけたくなっちゃって」
・・・っ!!なんて可愛い子なんだっ!!
私が思わず抱きしめれば、彼女はビックリした表情を浮かべ、それからクスクスと微笑んだ。
「優花さん、お姉ちゃんみたい」
「お姉ちゃんと呼んで頂戴!」
「お姉ちゃん!!」
「なんだい妹!?」
そう言ってキャッキャッとくだらない交流をしていると、黒い影がすっと伸びて麻美ちゃんの頭をコツンと叩いた。
「何やってんだ麻美」
呆れた顔を覗かせた吉倉君が、額に汗を浮かべながら見下ろしていた。
部活の最中だったらしく、ジャージに蛍光緑のゼッケンをつけている。
私はかまわず麻美ちゃんを抱きしめれば、吉倉君は少しムッとした表情を浮かべた。
「ラブラブ中だから邪魔しないでくれるか?」
「ってか智樹、何しに来たの?部活は?」
麻美ちゃんがぶっきらぼうに尋ねれば、吉倉君はため息をつきながら頭をかく。
「スパイクの裏がベロベロに剥がれたから、予備のスパイク取りに来た」
私はふーんとうなづきながら麻美ちゃんを解放すると、吉倉君ははにかんだように笑って麻美ちゃんの頭を撫でる。
珍しく見る吉倉君の笑顔に、私は少し驚いたが麻美ちゃんの嬉しそうな表情に黙っていることにした。
「お前こそ部活はどうした?」
「私は体育祭の委員会があって今から遅れて行くの」
「へーへー。大変なことで」
興味なさそうに答える吉倉君に、麻美ちゃんはプクッと頬を膨らます。
なんだかんだ言って彼らの付き合いは長い。
恋人の関係ではなかったにしろ、ツーカーの関係だと健太郎が言ってたっけ。
健太郎と付き合っていた時はともかく、吉倉君と付き合っている今現在、麻美ちゃんがイジメを受けない理由がなんとなくわかった。
二人でじゃれあっているのを、ただニコニコしながら見守っていると、静かな廊下に女の子の黄色い声が響いてくる。
私が顔をそちらに向ければ、吉倉君も麻美ちゃんも少し怪訝そうな表情でそちらを見た。
「あれー?吉倉先輩じゃん。こんにちは?何?サボって女といちゃついてんの?」
数人の女の子を引き連れて、チャラチャラとしたしゃべり方で突っかかってくる。
新星three knightを名乗る最後の1人、近藤聡だった。
真由羅の情報ではファッションモデルをしていると書いてあったが、そう書かれているだけあってルックスは申し分ない。
吉倉君に負けず劣らず金髪の長い髪をなびかせて、両腕に女の子達をまとわりつかせている彼に、吉倉君はただ無言のまま睨んだ。
そんな視線をものともせず、近藤君は一緒に居た麻美ちゃんにニッコリと微笑みかけると嫌味全開で話し始める。
「こんにちは前原先輩だっけ?吉倉先輩の彼女にしてはもったいないくらいの美人だね?そんな男やめてさ、俺と付き合ったら?俺、女の子にはとことん優しくするよー?」
自分によっぽど自信があるのか、ニヤニヤと気味悪く微笑む彼に、麻美ちゃんはキョトンとした顔を浮かべる。
それを肯定ととったのか、彼は自分の両手に付きまとう女子達の腕を払いのけると、麻美ちゃんに近づいた。
「ホント、近くで見るとますます可愛いね?どう?今からカラオケ行くんだけど一緒に」
そう言って恥じらいもなくウインクしてみせた彼に、麻美ちゃんは腰に手を当てて言った。
「・・・アンタ、自分モテるとか思ってるみたいだけど、全部が全部女でひっくるめて考えるの辞めたほうがいいわよ?」
「なっ!!」
「ぶっ!!」
ケロリと悪気もなく言ってのけた麻美ちゃんに、吉倉君が耐えられないように噴出す。
それを見た麻美ちゃんは吉倉君に向き直って顔を赤くした。
「なによ?」
「別に。出来た女だよお前は」
吉倉君がそういうと、麻美ちゃんはいまいち褒められたのかけなされたのかわからないといった表情を浮かべ手首をかしげる。
その態度が気に食わなかったのか、近藤君はチッと舌を鳴らしたかと思えば、すぐに自信に溢れた顔を向けてくる。
なんか新星three knightって個性がないっていうか、そういう奴等ばっかりなのだろうかと疑ってしまう。
近藤君は吉倉君に視線を移すと、フンッと鼻を鳴らしていった。
「アンタの選んだ女もたいしたことねぇな。ナイト気取りが笑っちまうぜ」
彼の言葉に、吉倉君は笑みを引っ込めてギロリと睨むとゆっくりとした口調で言った。
「女1人真剣に愛せない奴に麻美を馬鹿にする資格なんてねぇよ」
「はっ!バッカじゃねぇの?何が真剣に・・・だっ!愛だの恋だの言える男ってマジでキモッ!」
売り言葉に買い言葉のように返答をしてくる近藤君に、周りを取り巻いていた女の子達が顔を見合わせて近藤君に言った。
「なにそれ?近藤君、そんな風に思ってたの?」
「え?あ、いや・・・」
「なんだバッカみたい!吉倉君のほうがよっぽどかっこいいじゃん」
「よっぽどってなんだ・・・」
吉倉君、少しご立腹の様子だが、あえてその呟きはスルーしよう。
「人が真剣に恋するのってそんなに可笑しいことなの?」
「里見君も、吉倉君もちゃんと1人の女の子と向き合って好きって言ってるんだよ?その気持ちって半端じゃないと思う」
「そういう人たち馬鹿にするような酷い人だったんだ近藤君って」
「一気に冷めちゃった。帰ろー」
「うん」
「ごめんね吉倉君。なんか私達目覚めた。ありがとね」
「いや、俺何もしてねぇけど」
彼女達の言いたい放題に圧倒されながら、去っていく背中を見送って吉倉君が呟く。
取り残された近藤君はワナワナと体を震わせてギッと吉倉君を睨んだ。
「てめぇ!!」
「ちょっと待て!?俺が何かしたかっ!?」
食って掛かってきそうな勢いの近藤君に、珍しく慌てた様子の吉倉君。
私と麻美ちゃんはただ唖然とその様子を見ているだけだった。
「チッ・・・ぜってー許さねぇからな」
「だから俺が何したっていうんだよ・・・」
うんざりした様子の吉倉君に、悪態をついたかと思えば近藤君はしぶしぶと退却していった。
その後姿を唖然と見送った私達は、彼の姿が見えなくなってからなんとなくため息を漏らす。
すると、麻美ちゃんが不思議そうな表情を浮かべて、小さな声で呟いた。
「ね・・・今思ったんだけど、近藤君って、あの近藤くんじゃない?西中の」
「はっ!?アイツ!?まさかっ!?」
「え?ダレ?ダレ?何の話?」
二人の間で成立している話に、私が割り込んでいくと吉倉君は複雑そうな顔をして押し黙ってしまう。
かわりに麻美ちゃんが気を利かせたように口を開いて話してくれた。
「私達が中学生の時の話なんですけどね?西中にすごいエースストライカーがいるって噂があったんですよ」
「サッカーの?」
私が尋ねれば麻美ちゃんは無言でうなづいて。
それに続けるように吉倉君が口を開いた。
「ただ、中3になってから交通事故とかで足怪我したらしくてサッカーから突然姿を消したってやつだよ。かなりすごい奴でいろんな高校から推薦もらってたのに、それも全部取りやめになったとかで」
「さっき足引きずってるのみて、もしかしてって思って」
「そうだったのか・・・」
じゃあもしかして近藤君が吉倉君に突っかかってきたのも何かそういう理由があるってこと?
それだけじゃなくて、健吾君も?
健吾君も高見君のこと知っていたみたいだし、本当に何か因縁があって挑戦状叩きつけてきているとしたら?
それでこそこっちが本気を出さなきゃヤラれるんじゃないか?
私は胸の内に浮かんだそんな不安を消せないまま唖然と立ち尽くした。
<font size="2">
なんか今日は色々ありすぎて疲れた・・・。
大きなあくびをしながら校門から出て薄暗い帰宅路を歩いていく。
グラウンドではまだ部活をしている人たちが、精一杯の汗を流して縦横無尽に走り回る。
元気がいいなぁーと思いつつ、うーんと背伸びをすれば、桜木の街路樹が並んだ道筋に一人の女性が立っていた。
グラウンドに目を向けて車に寄りかかりながらタバコを吸っている。
ザワザワとした風に黒い髪をなびかせる彼女はただ無表情のまま視線をまっすぐ向けていた。
ふと、私が歩いてきていることに気がついてその人は私の顔を見ると小さくお辞儀をする。
私もつられてお辞儀をすれば、正面からみた彼女はあまりにも綺麗な人だった。
「・・・ねぇ」
「ふぇっ!?」
通りすがろうとしたとき、彼女から声をかけられ思わず足を止める。
それから彼女に改めて振り返れば、無表情のまま彼女はつぶやいた。
「もしかして優花ちゃんじゃない?」
「え?」
突然名前を呼ばれて私は首をかしげる。
まじまじとその女性を見るも、自分の顔見知りではない気がして不思議に思う。
すると彼女はタバコを加えたまま自分の髪を束ねてポニーテールのように持ち上げると、改めて私に言った。
「私、斉藤千鶴」
「・・・ああぁあ!!!ちぃ姉ちゃん!?」
私が思わず指をさして思い出せばちぃ姉ちゃんは束ねた髪をおろして、タバコを手に持つと灰を落とす。
それから少し唇の端をあげて、優しい声で言った。
「今は藤木千鶴だけど」
「えっ!?藤木って・・・」
どこかで聞いたことのある名前に私は記憶を張り巡らせる。
なんだっけ?
どこで話聞いたんだっけ?
『藤木千鶴さんって言って、今俺と同棲してんの♪』
「っ!!ちぃ姉ちゃんもしかして健吾君と同棲してるっ!?」
「ん?健吾のこと知ってるのか?」
唖然と立ちすくむ私に、ちぃ姉ちゃんはケロリと答える。
否定しないってことはそういうことで・・・。
世の中って狭いんだなぁとつくづく思ってしまった。
</font><font size="2">
ちぃ姉ちゃんは私と真由羅が小学生だったときに、爺様が師範代を務める道場に通っていたお姉さん。
鶴来家だけではないけれど、忍者の里の者は大抵副職として道場を開いている。
私と真由羅はよくその道場でじゃれ合い程度の稽古をしていて、そこに通っていたちぃ姉ちゃんになついてしまったのだ。
そのころのちぃ姉ちゃんは無口で静かな人だった。
けれど誰よりも覚えが早くて、爺様のお気に入りだったのだ。
大会への出場を促していた爺様からの誘いをすべて断って道場に通い続けていたのは、どうやら自己防衛のためだと聞いたことがある。
大切な人に自分を守る術を身につけるように言われ通っていたのが、いつしか来なくなってしまったのだ。
私は驚いた表情を向けたまま、ちぃ姉ちゃんを見ると、昔より大人っぽくなったちぃ姉ちゃんは私に穏やかに笑ってくれた。
なんとなく照れくさくなりながら、健吾君の話をすると、ちぃ姉ちゃんは今までに見たことがないくらい嬉しそうに静かに聴いてくれる。
時々起こすちぃ姉ちゃんのリアクションに少し新鮮な気分を味わいながら静かに語り合った。
「そっかぁ・・・世の中って狭いなぁ」
「本当ですね・・・。健吾君の言っていた藤木千鶴さんがまさかちぃ姉ちゃんだとは夢にも思ってなくて。あれ?苗字ってなんで・・・」
私がそこまで聞くと、ちぃ姉ちゃんの表情が一瞬曇る。
聞いてはいけないことだったかもしれないと口をつぐめば、ちぃ姉ちゃんはゆっくりと話してくれた。
それは自分が感じたことのある闇。
人と人との関わりの中で自分の奥底にある暗闇を恐れている。
ぜんぜん違う境遇なのに、なんとなく自分に似ているなと・・・。
そう強く感じた。
「そんなことあったんですか・・・」
「まあ今は平和に何とかやってるよ」
ちぃ姉ちゃんの気遣いに、私は口をつぐむ。
どう言うにしろ、なんとなく同情の言葉になってしまいそうで。
でも何も言わないのは彼女を傷つけてしまいそうで。
言葉って難しい。
どう言おうか考えていると、ちぃ姉ちゃんはそれを悟ったようにクスクスと微笑んだ。
「困らなくていいよ。事実を述べたまでだし。気を使わなくていい」
「す、すいません」
私がどうしようもなく謝れば、彼女はふっと彼女なりに微笑んで私の頭をなでてくれる。
「君は昔からそうだ」
「私が・・・ですか?」
ちぃ姉ちゃんの言葉に私が顔をあげれば、彼女は穏やかに小さくうなづいた。
「小さなころから周りに気を使いすぎている。自分のことは後回しで、どうすれば人が傷つかないかを探している」
そんな風に思われていたのか?
少し恥ずかしいなとうつむけば、彼女はしっかりと私と視線を合わせて真剣に言った。
「でもね、傷つかない人間はいないんだよ」
「・・・え?」
「人の心って最初は傷ひとつない綺麗なマルなんだ。だから傷つきやすい。その傷を負って、自分と同じように人を傷つけないように努力をする。だから同じ傷を抉られれば誰だって苦しい」
穏やかに、でも力強い彼女の言葉が身にしみていく。
「人の心の傷を綺麗にするのもまた人の心なんだ。傷ついた人の心が人の心の傷を綺麗にする。矛盾してるだろ?誰かが傷つかなきゃその傷の痛みを知らないわけだ。同じ気持ちにさせたくはないという誰かの傷がなきゃ、人の心は癒せない」
「・・・はい」
私が小さくうなづけば、彼女はタバコをその場に捨てて足で踏み潰すともう一度私を見て頬を両手で覆ってくれた。
「優花ちゃん・・・君は傷つきすぎてボロボロだから・・・だから人一倍、人の心の傷に敏感になれる・・・それはとてもいいことだ。けれど、君の心につけられた傷は誰が直す?」
その言葉に・・・
あの暗闇で泣いている自分と
健太郎の笑顔がフラッシュバックしてくる
「君の幼い頃がどうだったかという質問は止そう。けれどきっとあの年で周りの人を気遣っていたあの態度に、私はひどく同情してしまったんだ」
「っ!?」
ちぃ姉ちゃんはひどく自分が傷ついたような顔をして、暖かく頬を包み込んでくれて。
まっすぐに向けられた視線が、優しくなった。
「よくがんばったね」
「・・・ぇ?」
「よく一人でがんばったね」
「っ!」
途端、涙が溢れ出してきた。
たった一言が。
自分の心のうちに秘めていた何かを解放する。
ずっと
ずっと
そうやって
誰かにほめてもらいたかった
笑顔でなくていい
たった一言でいい
『よく一人でがんばったね』
あの暗闇の生活でさえ
救われた気がした
「大丈夫。優花ちゃんにはたくさんの仲間がいるでしょう。もう一人じゃないから・・・だから難しいことを考えすぎてはいけないよ?人に頼ることを忘れてはだめだ。あなたは優しい子だから・・・ね?」
ただ無言のまま涙を流し、コクコクとうなづけば、ちぃ姉ちゃんは優しく頭をなでてくれる。
なんだろう。
真由羅にも健太郎にも頭をなでられた時も思った。
人のぬくもりってなんて温かなんだろうって。
そうか。
これがあるから。
だから人は一人では生きられないんだ。
「落ち着いた?」
私の様子を見てちぃ姉ちゃんが尋ねてくれば、私は涙を拭きながらコクンとうなづく。
ちぃ姉ちゃんも落ち着いたように、最初に会ったときのように車に寄りかかって新しいタバコに火をつけた。
ふぅーっと白い煙が空気に混じって消えていく。
それをぼんやり眺めながら、ちぃ姉ちゃんが見つめるグラウンドを同じように見つめた。
そこには真剣なまなざしで走りつづけている健吾君がいて。
ちぃ姉ちゃんはこうやって誰も知らないところで大切な人を見守っている。
ふと、ちぃ姉ちゃんの横顔を盗み見れば、ちぃ姉ちゃんは私に振り返ることなく言った。
「優花ちゃん。君にしかできないことがあるはずだから、それを探してごらん?」
「私にしかできないこと・・・」
ちぃ姉ちゃんが何を言いたかったのかわからない。
でも確かに私の胸のうちに届いた。
私は大きくしっかりとうなづいて、深く一礼するとちぃ姉ちゃんに別れを告げた。
パタパタと足音を立てながら。
軽くなった足取りで空を見上げる。
うん、自分にしかできないこと。
探してみようと心の中で決意して。
「がんばらなくていい。自分らしくがんばれればそれでいい」
ちぃ姉ちゃんが私の後姿にそうエールを送ってくれたのは、私の耳には届かなかったけれど。




