この胸の素直を君に
いつからかたまらなく好きになっていた
誰にでも平等に振りまく笑顔も
本当はすごく寂しがり屋で
人を愛することを知っているくせに
人に愛される方法を知らない
臆病で健気な君が好きなんだ
試験休みに入った平日の昼下がり。
家に誰もいなくても、家で勉強する気にはなれなくて。
この前は優花さんを家に呼ぶ口実で勉強はしてたけど、1人になればやっぱり勉強はできない。
試験休みってなんで必要なのかいまいちわからないんだよなぁ。
学校で勉強した方がはかどるし、身も引き締まる。
残念ながら試験休みの日は学校への立ち入りは禁止されている。
それはどんな理由であれ。
教師達が必死になって自分達の教科のテスト問題を作成しているからだ。
行き場のない俺は、朝からは図書館で勉強をしていたが、昼になって自分が腹をすかせていることに気がついて、近くにあったコンビニで適当に飯を買って、図書館前にある公園のベンチでそれを食べた。
天気は腹立たしいほど晴れていて雲ひとつない澄み切った空が広がっている。
木漏れ日がまぶしくて、平日なこともあって人もいない。
テスト前じゃなかったら遊びに行ってるのになぁ。
優花さんと恋人ごっこを始めてから一度もデートらしきことはしていない。
さすがに一度ほどしておかないと疑われるかもしれないな。
・・・いや、そういう理由じゃない。
俺がデートしたいんだ。
自分の気持ちに素直になれば、途端に優花さんに会いたくなる。
いつからこんなに彼女が好きだっただろう。
最初はただ偶然、告白された場に彼女が居たから無理やり引っ張り出して告白を断る口実に使わせてもらった。
悪いことだったとは思うけど、彼女はさほど気にもせずに許してくれた。
成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗。
俺につけられたオプション。
自分でもそうあるべきだと必死になって周りが持っている俺へのイメージを崩さないように努力してきた。
誰かのためじゃなく、自分がよく見られたいというただそれだけのために。
だけどそれは自分の首を絞める材料に過ぎなかった。
期待されれば期待されるほど自分を出せなくなって。
告白されれば告白されるほど自分が惨めになっていく。
お前等の見てる里見健太郎は仮面をかぶった里見健太郎だ。
そう言ってやりたかった。
けれど今まで積み上げてきたオプションがそれを許さない。
ただ笑って謝って、人の機嫌を取って・・・。
いつの間にか自分で自分が見えなくなっていく。
苦しくて雁字搦め(がんじがらめ)になって、ただ必死に何かに答えようとしていた。
そんな俺を見破ってくれた人がいた。
前原麻美という1人の女性。
彼女のたった一言に救われて。
彼女を好きだと錯覚した。
けどそれは恋じゃなかった。
ただ自分をわかってくれたと俺が勘違いしていたのだ。
数日付き合ってみたけれど、何か違って、彼女は俺を見ていなくて。
彼女が見ていたのは幼馴染の吉倉で。
ああ、俺じゃ駄目なんだ。
ただそれくらいにしか思わなくて。
自分が積み上げてきたプライドをぐちゃぐちゃにされた。
俺のほうがいい男なのに。
俺のほうがよっぽど大切にするのに。
自分で自分が恥ずかしいと思うくらい、いつの間にか自分を自負していた。
それが悔しくて吉倉に仕返ししてやろうと、前原さんの恋を応援しようと決める。
そこで二人目に出会うことになった。
笹木という悪友だった。
アイツはいっつも無邪気に笑っていて、人の中心にいるような奴で、正直好かない奴だったけど、観察力は人一倍すごくて。
俺の異変に一番初めに気がついて、アイツは俺に協力してくれた。
それから吉倉ともつるむようになって、自分のわだかまりが少しづつ溶けていく。
だけど
あと少し
あと少し何かが足りなかった
本当の自分を知ったら嫌われるんじゃないかと思って怖かった。
怖くてたまらなくて、この楽しさを手放したくない。
そう思ってまた自分への壁を作っていく。
笑うことが辛くなってどうしようもなくて。
「あのっ好きですっ!付き合ってくださいっ!」
「・・・ごめんね。俺、誰とも付き合う気ないんだ」
「あ、じゃ、じゃあお友達でもいいんでっ!お願いしますっ!」
ああ、ウザイ。
気を使って断ってるのにしつこく食い下がってくる女。
表の俺だけをみて近寄ってくる女にはいい思い出がない。
もううんざりなんだ。
目の前にいる女を殴りたいとさえ思った。
もうどうにでもなれ。
そう思った時、後ろで小さく息を呑む音が聞こえた。
ふと、横目でそちらを見れば、校舎の影に人の影が重なっている。
風になびいてチラチラとスカートの端が見えて。
野次馬ってやつ?
いい根性してんじゃん。
俺はソイツの腕を掴んで自分の横まで引きずり出すと、告白してくる女に向かって言った。
「悪い、俺、こいつと付き合ってるから」
目の前の女は顔をカッと赤くしてバタバタと立ち去っていく。
自分の気持ちを押し込めているうちに立ち去ってくれて助かった。
俺は何気なく自分が引き寄せた女を見る。
少し驚いた表情で、でも今までの女とは違う反応。
「私はアンタと付き合ってるのか?ほほぉ、そりゃ初耳だ」
「あっ・・・それはっ・・・」
普通なら喜ぶだろ?
それなのに彼女は無表情なまま俺を見上げて、そう呟く。
俺も思わず素で返事をすれば、彼女はニッと意地悪く微笑んで俺に言った。
「冗談だよ。場逃れに使われたのは正直ムカつくけど、わかってるから心配しなさんな」
「ご・・・ごめん」
理解のいい彼女の言葉に、俺はまた素直に謝る。
すごく調子の狂う人だった。
それが如月優花の最初の印象。
それからほとんど俺の自分本位で彼女役をしてもらうことになった。
恋人ごっこはこれが初めてじゃないけれど、初対面の人になってもらうのはコレが初めてになる。
彼女は俺を特別視することなく、1人の人間として接してくれた。
初めて会った人に、素の自分で接することができるなんて思っていなかった。
彼女もそれを当たり前のように受け止めてくれて。
ああ、そうか。
初めて会った人って俺がどんな人間か知らないんだ。
だから素で接してもそれが俺になっていく。
最初から彼女に対して素直になれた。
それは今までにないことで、自分でも驚くほどのこと。
聞き上手であり、発言のタイミングをしっかりと理解している。
とぼけた発言だって人を不愉快にはさせない。
人を扱うのがうまいと思った。
そして何より人の本音を引き出すのがうまい人。
この人は誰に対しても最初から信じている。
だから人は素直に心を開く。
人の心を掴むことに関しては右に出るものはいないんじゃないかってほど。
最初は大雑把だし、気楽な感じだったから好かないなとも思っていた。
けど彼女の予想以上の行動力と、人を動かす発言力には驚かされてばかりいる。
ずかずかと人の心に入ってきたかと思えば、やさしく包み込んでくれる。
いつのまにか好きになっていた。
初めての感覚だった。
傍にいるだけでこれほど幸せだと感じたことはない。
名前を呼ばれるだけで胸を締め付けられるだなんて病気なんじゃないかと思う。
抱き締めたぬくもりも、照れ臭いキスだって、いつのまにか全てが愛しくてたまらなくなっていた。
前原さんの時には思えなかったことばかり。
好きだと錯覚していた自分。
ああ、会いてぇなぁ・・・
ぼーっと空を見つめながら風に吹かれるまま身を委ねて。
サワサワと木の葉がこすれる音を感じながら静かに目を閉じた。
パキッペキペキッ
静かな公園に枝が折れる音が響く。
ふと目を開けて辺りを見渡せば、少し離れた場所にあった大木に小さな男の子がよじ登っていた。
木の上から地面を見下ろして困った表情を浮かべている。
・・・降りられなくなったのか?
自分の頭に浮かんだ理由を肯定して、俺はベンチから腰を浮かせてその子に歩み寄る。
歩み寄ればその子は俺を見た瞬間、ぱっと表情を明るくして笑顔になった。
「いーちゃん!」
・・・いーちゃん?
彼の発言に疑問を感じながらも両手をのばす。
「降りられなくなったのか?」
俺が尋ねればうれしそうに微笑んだまま、彼は俺の広げた両腕のなかに飛び降りた。
彼を受けとめれば、好きな人の香がする。
少しだけめまいを覚え、彼をしっかりと抱き締めた。
「いーちゃん、もー終わった?!聖帰っていい?」
よくわからない発言に、俺は首を傾げていると、彼はにこにこと俺をみて手をつないできた。
「帰ろっ!」
「あ、おい、ちょっ・・・」
戸惑う俺をよそに、彼はずんずんと手を引いて歩きだしていく。
まいったなぁ・・・なんか勘違いされてるみたいだ。
よくわからなかったのは確かだけど、どうせ午後からも勉強しかすることないし、この子の勘違いに付き合うことにした。
手をひっぱっていく彼は、ただにこにこと前を向いて歩く。
他の人が見たら俺が誘拐犯だ。
見知らぬ道をずんずんと進んでいって、ずいぶん人気のない場所へ行く。
町並みから少しはずれたその場所にそれはあった。
「いーちゃん、何して遊ぶ?」
彼が手を引いてきたその場所は、高級料亭か高級旅館みたいなかなり敷地の広い屋敷。
高い木の塀に囲まれて、彼に導かれるままなかへ入る。
・・・マジででかい。
テレビドラマに出てきそうなほどの立派な日本庭園。
ゆっくりと池の中を泳ぐ鯉は、素人の目から見たって一匹、数千万円はくだらないだろう。
町並みから外れているせいもあって、静かで落ち着いた場所だった。
こんな家に住んでいる子と歩いていただなんて、ますます身の代金目的の誘拐犯じゃないか・・・。
彼は俺の手を離すと、スキップしながら庭園の中へ入っていく。
俺は見失わないように早足になりながらその子を追い掛けた。
彼は屋敷の一番端にある部屋の前までいくと、縁側をよじ登り襖を開く。
「いーちゃんのお部屋で遊ぶ!!」
元気よく彼が言った言葉に、ボソボソと聞き取れない人の声がした。
俺は慌てて弁解しようと部屋の中を覗き込める位置まで行く。
「す・・・すいませんっ!なんか人違いされ・・・・・・え・・・」
「・・・健太郎?」
俺の名を呼んだその人は、さっきまで会いたくてたまらなかった人。
彼女は全裸で
横に俺が同じ姿で俺を見ている
俺じゃなく、俺に似た人・・・
「っ!」
たまらなくなってその場から逃げ出した。
なんで?
なんで?
誰が見たって何をしていたかわかる。
初めて見た彼女の。
愛しい人の全てを初めて見たのが、俺じゃない、別の人とヤッていた姿だったなんて・・・。
あの子は俺とアイツを間違えたんだ・・・
そして優花さんも・・・
俺じゃないアイツを選んで・・・
たまらなかった。
息が詰まる。
苦しくて苦しくて息ができない。
胸からこみあげてくる何がを必死に止めようとするけれど、意識に関係なく溢れだしていく。
「・・・くっ・・・はぁっ・・・だっせぇ・・・」
頬を冷たく伝うものが涙だと気が付くのに時間はかからなかった。
大切だと、大好きだと思っていたのは俺だけだった。
彼女にとって、俺は所詮金儲けの道具だったんだ。
いやだ。
なんで・・・
なんでだよ・・・優花さん・・・
なんで俺じゃないんだよ・・・
屋敷の門を出る直前、俺の体はずるずると地面へ近づいていく。
体がだるい。
立っていることができなくなる。
眠気のような感覚が襲ってきて。
なんでこんな時に・・・
俺はそのまま目を閉じた。
唄が聞こえる
綺麗で透き通るような声
大好きな人の声
大好きな人の・・・
ふと目を覚ませば見知らぬ天井が俺を見下ろしていた。
体を起こせば、自分の着ているものが和服になっていることに気が付く。
泣いた後だからか、それとも眠っていたからなのか気持ちが軽い。
眠る前に見た優花さんの姿を思い返しても、嫉妬や嫌気を感じていない自分がいた。
夢の中で聞いていた歌声は、起きてからもずっと聞こえ続けている。
ふらりと立ち上がって静かに襖を開ければ、昼に見た日本庭園が夕日に輝いて目に飛び込んでくる。
その中央に優花さんの後ろ姿を見つけた。
和服姿で、いつもだらしなく癖のある髪を束ねていて、見えるうなじが綺麗だ。
俺に気付かずに唄い続ける優花さんの後ろ姿に、俺は襖に身をあずけて聞き惚れていた。
知らない唄だけど、歌詞は古い和歌を読んでいるようにも聞き取れる。
気持ちいい・・・
ただその不思議な空間を見つめ続けた。
「お目覚めですか?」
ふと、後方から声をかけられ振り返る。
そこにいたのは穏やかに微笑む、俺と同じ容姿をもつ男だった。
一瞬、優花さんと寄り添っていた姿が脳裏をかすめる。
けれど俺はやっぱり落ち着いていて、静かな声で尋ねた。
「・・・優花さん何やってんの?」
俺の問いに、ソイツは俺に近づいてきて、少し距離を保ったところに立つ。
それから静かに、やさしい瞳で優花さんを見つめた。
この瞳を俺は知っている。
俺が優花さんに向けるものと同じものだ。
キュッと胸を締め付けられる感覚。
俺もコイツと同じ顔をしているのだろうか?
「この唄は、焦がれ唄と言います。決して好きになってはいけない人を好きになってしまい、最後にはその想いを胸に秘めたまま、湖に身を投げてしまう少女の・・・そんな悲恋の唄です」
それが俺の質問に対する答えなのかはよくわからなかった。
だけど俺はそれだけで十分すぎた。
「お前と優花さん・・・どういう関係?」
一番聞きたかったことを静かに尋ねる。
絶えず聞こえる歌声が心に染み渡っていく。
どうか・・・どうかそういう関係であってほしくないと・・・そう心の中で何度も祈る。
冷静な態度な割に、心のなかはぐちゃぐちゃになっている自分に気が付く。
ソイツはただ微笑んで、愛しそうに優花さんを見つめながらつぶやいた。
「俺はあの方の護衛を務めている十六夜といいます。優花様にとっても、俺にとっても、それ以上でもそれ以下の関係でもありません」
「・・・裸で抱き合っていたのはなんて説明するんだ?」
俺が冷たく言えば、十六夜はようやく俺をみて真剣な眼差しで答えた。
「優花様は幼い頃、人肌に触れることもできず、薄暗い牢の中で時を過ごしておいででした。優花様が正当な黄龍として公認され、この屋敷にいらしてからも、あの方は不眠の毎日を送っておいでだったのです。・・・人肌が恋しかったのですよ。ああしてすべてを顕にして抱き締めて差し上げなければ、優花様は眠ることができないのです」
「裸で抱き合って寝てるってこと?異性同士でそうやって何もないわけがないだろう?」
「・・・嫉妬しておいでですか?」
俺の言葉に十六夜が冷たく言い放つ。
図星を突かれた俺は顔を歪めて沈黙した。
「ご安心ください。黄龍の護衛を務める者が、主君に手を出すのは死罪に値します。また主君がそれを望んでも護衛にはその権利がない。もしアナタ様が嫉妬なさる行為をしているとすれば、優花様から口付けを頂いているくらいです。それは俺だけでなく、他の護衛である者達にも、平等に」
話を聞けば聞くほどわからなかった。
優花さんが何のために、何をしたいのかもわからない。
それでも十六夜に、その護衛達に嫉妬している自分がいて・・・。
どう反応すればいいのか、どういう表情を浮かべればいいのかもわからない。
ふと、気が付けば唄はいつの間にか終わっていて、優花さんがこちらを見ていることに気が付いた。
「目が覚めたのか?」
相変わらずな優花さんの態度。
笑顔だっていつもどおりで。
少し切なくなりながらそれを見せないように優花さんに笑顔を見せる。
優花さんはゆっくりと歩み寄ってきて俺の頬に優しく触れた。
「この屋敷は外と隔離されていて、普通の人間には堪えられないようになってるんだよ」
頬に触れる手が冷たくて心地よい。
そっとその手に自分の手を重ねれば、優花さんは照れくさそうに微笑で、それからすぐに俺の頬から手を離す。
「十六夜、あれ持ってきた?」
「はい」
優花さんは俺から十六夜に視線を移すと、そう言って片手を差し出す。
その手のひらに十六夜はポケットから何かを取り出してその手の平に乗せた。
優花さんがそれを握り締めたかと思えば、再び俺を見て手を差し出すように促す。
俺は無言で言われるままに手を差し出せば優花さんは手に持っていたものを、俺の手首に巻き付けた。
金属音のシャラッと擦れる音がする。
自分の手首を見れば、それは細身のプレートが付いているシルバーのブレスレットだった。
「いつか渡そうと思ってたのが役に立ったよ。今度から屋敷に入るときはかならずそれを身につけてから入れよ?」
理解できないながらコクコクとうなずけば、優花さんは目を細めて自分の着ている和服の袖を捲ってみせる。
そこには俺に付けてくれたものと同じものが輝いていた。
「二人だけのお揃い・・・ね?」
・・・ああ、そういうことか。
屋敷がどうのという話は差し置いて、コレは最初から俺にプレゼントするために用意してあったってことで。
それだけなのにたまらなくうれしい。
お揃いだなんて、なんて可愛いことをしてくれるんだよ。
じーっと自分の手首に付いているシルバーブレスレットを見つめて、それからゆっくりとそれに口付ける。
「ありがとう優花さん。マジでうれしい」
俺が感謝の言葉を言えば、優花さんは照れたように振り返って庭先に向かって言った。
「聖、社、伊織」
言葉を聴いただけでは何を言っているのかわからなかった。
けれどその言葉の意味をすぐに理解する。
どこから現れたのか、最初に出会った小さな男の子と金髪の男性、和服を着た女性が瞬間的に姿を見せる。
優花さんは全員の姿を確認すると、俺に振り返ってニッコリと微笑む。
「紹介しよう。聖」
「はぁーい!お兄ちゃんごめんね?いーちゃんと間違えて連れてきて・・・」
元気よく返答をしたかと思えば、少し悲しそうな表情をして俺を見る。
しゅんと落ち込んだ顔をした聖に俺は思わず首を横にふった。
その返答をみた聖は嬉しそうに笑う。
優花さんはそのやり取りを見たあと、金髪の男性を見た。
「社」
「お初やな里見様。社言います。庭師でたまーに優花様の護衛しとります」
見た目とは裏腹に、機嫌よく挨拶をされて、俺は戸惑いながらも小さくお辞儀をする。
社はニッと笑って小さくピースしてみせた。
次に優花さんはその中で唯一の女性を見て言った。
「伊織」
「お初にお目にかかります。伊織と申します。主に屋敷の管理を任せて頂いております。よろしゅう」
京都なまりの言葉遣いで挨拶をした伊織は姿勢も正しく綺麗な人だった。
俺は少し見惚れながら小さくお辞儀をすれば、伊織は穏やかに笑う。
それから優花さんは俺の隣に立つ十六夜を見て言った。
「十六夜」
「先程もご挨拶させて頂きました、十六夜と申します。優花様の護衛を務めております」
「以上が私と一緒に住んでるもの達だ」
優花さんは最後に言葉を締め括る。
でも今の説明だけじゃ俺は物足りなかった。
さっき十六夜から聞いた話。
コイツらと本当に体の関係がないのか、キスをしているのか、嫉妬の固まりがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
優花さんの口から真実を聞きたいのに、聞く勇気がない。
情けないなぁ・・・
もう・・・終わりなのかもしれない・・・
所詮、俺とは恋愛ごっこで、本物の恋じゃない。
いつの間にか好きになっていたけれど、これ以上好きになってはいけないのかもしれない。
もう手遅れだけど・・・
それでも・・・
「ね、優花さん」
「ん?何だ?」
「・・・契約破棄しようか?」
「・・・何でだ?」
俺の言葉に一瞬険しい表情を見せて。
そんな優花さんを俺は挑発するように言った。
「優花さん、もうお金必要ないんでしょう?それに契約違反じゃない?言ったよね?お互い好きな人ができたら契約は打ち切りって。十六夜さんと裸で抱き合ってるの見せられて、それでも誤解だって言えるの?十六夜さん、好きなんでしょう?」
「確かに十六夜は好きだ。けれど裸で抱き合っていたのはちゃんと理由があるんだよ」
「さっき十六夜さんから聞いたけど信じられないね。十六夜さんだけでなく、皆にキスしてるって言うじゃない?」
「それは伊織にだって聖にだってしてるよ。何がいけないんだよ?」
わかってくれない優花さんに、俺はとうとう堪忍の緒を切らした。
「っざけんな!いくら契約制だからってアンタは俺の彼女だろっ!好き勝手他の男に抱かれて!俺が見逃してくれるとか思ってんのかよ!他の人間に愛想振りまいてるヤツなんかうんざりだっ!!」
「ち、ちょ、ちょっと待て!誤解しすぎだぞお前っ!?」
「何が誤解なんだよっ!!」
「私は処女だって言っただろう!大体、人間以外のヤツに性欲処理してもらうほど飢えてるわけないだろうが!動物相手にキスするのは愛情表現以外に何がある?!恋愛感情なんてあるかバカッ!私は十六夜に『抱いて』と言ったことはあるが、『Hして』と頼んだことはないっ!」
恥ずかしい言葉を恥もなく話す優花さん。
「意味わかんねぇよっ!大体アンタっ・・・・・・人間以外・・・?・・・動物相手?」
思わず聞き逃すところだった。
確かに優花さんはそう言った。
わけもわからず呆けた表情を見せる俺に、優花さんはため息をついて言った。
「この四人は忍獣って言って、人の姿に化けられる獣達なんだよ」
「なんっ・・・」
「まっ、論より証拠ってことで・・・社」
「はいなっ♪」
優花さんの言葉に名前を呼ばれた社は体を跳ねて空中で一回転する。
地面に足を着いたときには、社の姿はなく、金髪の大きな・・・
「・・・犬?」
「狼や(怒)」
ガウッと吠えながら牙を見せる。
狼はその姿になっても相変わらず大阪弁でのツッコミを炸裂させる。
優花さんは声をあげて笑いながら伊織を見た。
伊織はその視線を確認して、先程の社と同じようにくるっと一回転する。
そこに現われたのは美しい羽を持った鶴だった。
「伊織は鶴ね。で聖は・・・」
「にゃーっ♪」
優花さんの言葉をさえぎる様に聖が鳴く。
そこにはすでに聖の姿は見当たらず、毛並みの艶がきれいな小さな黒猫がちょこんと座っていた。
「僕ねこー!」
「かわいいでしょ?」
何の躊躇もなく猫になった聖を抱き上げる優花さん。
ゴロゴロとのどを鳴らす聖に、チュッと軽い口付けをする。
・・・なるほど・・・。
あれがキスね。
確かに恋愛感情とかではなくてただの愛情表現だ。
落ち込んで嫉妬していた自分が馬鹿みたいだ・・・。
あれ?でも・・・
「十六夜さんは?十六夜さんは何の動物?」
一番疑問に思っていたことを素直に投げかければ、隣に立っていた十六夜はにっこりと微笑むと素足のまま庭に降り立つ。
それから優花さんの方を向いて優しい言葉で言った。
「結界を強めてください」
「ああ」
優花さんは短く答えながら聖の頭をなでる。
次の瞬間、十六夜の足元が宙を浮き、青い風が彼の周りを取り囲む。
ゆっくりと、時間をかけて形を変えていく。
俺と同じ青色の髪がゆっくりと伸びていき、背中から白い羽根が生えていく。
風が十六夜の周りを過ぎたとき、彼は俺に優しく微笑んで改めて自己紹介をた。
「俺は黄龍より生まれし最初の人型。天に使える者」
「天に・・・使える・・・?」
変化を遂げた十六夜を唖然と見つめていれば、優花さんは穏やかに十六夜の姿を見て言った。
「十六夜は、人の原型。天使だよ」
宙に浮いていた足を地に付けると、十六夜はニッコリと微笑んで俺を見つめる。
それから少し悪戯っ子のような顔をして俺に言った。
「里見様が心配していらしたSEXのお話ですが」
「そんな天使が卑猥な発言すんなよ・・・」
俺がガックリとうなだれれば、十六夜はクスクスと笑う。
それから羽根を羽ばたかせ、俺の目の前に降り立つと、ニッと微笑んだ。
「天使は両性なのでそういう行為をすることはまずありませんから、安心してください」
「・・・両性?」
「はい♪あなたが見たのは布団をかぶった俺の上半身だけですけど、実は下は何もついてないんですよ?」
・・・うそ。
ってことは何?
下半身は女だってことか?
「それに黄龍は俺の産みの親ですよ?そういう行為をするわけがないじゃないですか」
「そうそう。十六夜の肌が一番気持ちよくて落ち着くんだよなぁ」
「直接、黄龍様から生まれたものですから、肌も感覚も近いからですよ」
・・・じゃあなに?
優花さんにとって十六夜って自分の子供みたいなもんで?
十六夜を好きだと言っていたのも、恋愛感情ではなく親子的愛情ってこと?
・・・どうりで恋人以上の愛情を注ぐわけだ・・・。
どんなに何したって家族愛にはかなわない。
唖然としたままの俺に、十六夜は再び微笑んで、それから優花さんに聞こえないよう小さな声で言った。
「俺たち全員、誰かに似ていると思いませんでしたか?」
確かにそうだった。
初めて聖を見たときは笹木のミニチュア版だと思ったし、社だって吉倉がニコニコ笑ってるようにも見える。
伊織さんは雰囲気こそ似ていないものの、声が鶴来先輩にそっくりだった。
そして十六夜・・・。
「優花様の口付けからほんの少量ですが、彼女の心が俺たちに乗り移ってくるんです。優花様本人はお気づきではありませんが、俺があなたに似ているのもそのせいなんですよ」
俺から離れる十六夜は、照れたように微笑んで。
それからフッと目を閉じれば元の姿に戻っている。
俺はずるずるとその場にしゃがみこんでうつむいたままどうしようもなく笑いがこみ上げてきた。
「っくく・・・マジかよ・・・」
本当、自分の勘違いだらけじゃないか。
嫉妬してキレて怒鳴って。
マジで恥ずかしい。
そして何より安心した。
優花さんは俺を見てふわりと柔らかく微笑む。
聖を降ろしてすっと左手を上げれば、獣姿の護衛たちは小さく会釈して姿を消した。
ふたりきりになって、沈黙が続く。
ゆっくりと歩み寄ってくる優花さんから目が離せない。
俺の隣に腰掛けると、彼女は少しいたずらっぽく微笑んだ。
「もしかして嫉妬してたの?」
ニッと見透かされたように微笑む優花さんの言葉に俺は顔を赤くして目をそむける。
クスクスと笑う優花さんの声が愛しくて。
再び優花さんに振り返ったことをひどく後悔した。
髪を結い上げて、前髪を横に流しているせいもあって、今日はしっかりと優花さんの顔が目に映る。
少し鶴来先輩に似ていて、それでも大人びた顔は年上なんだということを悟らせてくれる。
綺麗ではかなくて、手の届かない人なんじゃないかとさえ思ってしまう。
目が離せなかった。
近くに居たいと
誰よりも近くに居たいと願ってしまったから
・・・そんなのどうだっていいんだ
好きで好きでたまらなく大好きで・・・
「け、健太郎?」
思わず抱きしめた優花さんのぬくもりが気持ちよかった。
「優花さん。契約破棄しようか?」
「・・・なんで?さっきのは誤解だって・・・」
「うん、わかってる」
彼女の首筋に顔をうずくめたまま、ぎゅっと離したくないと思いながら。
ゆっくり顔をあげて優花さんの顔を見る。
俺、こんな人がタイプだったんだ。
や、違うな。
優花さんがいいんだ。
優花さんじゃなきゃだめなんだ。
「優花・・・」
抱き寄せたまま優花さんの頬に触れる。
頬に、まぶたに、鼻に、唇に・・・。
「好きだ」
「っ!?」
「好きだ優花」
「はっ・・・えっ・・・」
「確かに嫉妬したよ・・・すっげーむかついた。好きで好きでたまらないやつが、別の男と寝てたのかと思ったときは、憎たらしいほどに・・・」
突然の告白に、優花さんは顔を赤くして。
それでも俺の目をまっすぐ見るところは彼女のいいところだと思う。
精一杯の、気持ちいっぱいの笑顔を向けて。
「好きだよ優花。俺と本当の恋人になってほしい」
自分の心音が耳元まで聞こえる。
誰かじゃなく。
確かに彼女に伝えたかったから。
自分の言葉で、自分の気持ちを。
俺の腕の中で、優花さんは顔を赤くしながら首を小さくかしげる。
「わ・・・私普通の人間と違うぞ?」
「それはもう今まで嫌というほど教えてもらったから大丈夫」
「時々暴走するがいいのか?」
「それも慣れてる」
「殴るかも・・・」
「痛いのは勘弁」
「その・・・私・・・お前のこと好きでいいのか?」
瞳に涙を浮かべながら、上目遣いで見てくるもんだから。
俺はとまらなくなって深い、結ばれるようなキスをしながら言った。
「当然」
君がいたから俺はここまで変われたんだ。
自分で作った壁を壊せないでいた臆病者の自分がいて。
その壁をぶち壊してくれた君がいた。
手を差し出してくれた君を誰よりも好きになったんだから。
「めちゃくちゃ好きだよ優花」
「と、当然だろ?」
同じ言葉で返してきた優花さんに、俺はキスの嵐を贈った。
「んー、いまいち調子が出なかったな」
ざわめく他の生徒に混じって掲示板に張り出された結果を見て、俺がうーんとうなれば、隣にいた吉倉と笹木が両方から俺の肩をポンとたたく。
「学年一位が何言ってやがるコラ」
「5教科の合計点が492点だぁ?それで調子悪いとか言ってたら締めるぞオイ」
「2位のやつから20点も離れてる奴の言う台詞じゃないよなぁ?」
神高は専門教科こそ掲示されないが、英、数、理、社、国の5教科は学年共通なので1位から50位までの結果が掲示板に張り出される。
二年生の結果に一番最初に名前を書かれていたのは俺の名前。
そこから順番をたどっていけば、吉倉は24位、笹木に関してはギリギリ結果が張り出される50位だ。
俺は肩に手をおく二人の悪友を交互に見て、ニッコリと微笑んだ。
「頭悪っ」
『口を閉めるのと地獄へ行くのどちらがいいか選べ(怒)』
選択の余地なし。
俺はアハハッと笑いながら、三年生の結果に視線を移した。
もちろんそれは優花の名前を探しているわけで。
どれだけ頭がいいのか知らないから、俺はとりあえず50位の方から順番に視線で追っていく。
50位・・・
40位・・・
30位・・・
20位・・・
無いなぁ。
掲載されなかったのか?
俺が半ば諦めながら、自分の名前の上に書かれている名前を見たときだった。
一位 如月優花(会計科) 500点
「・・・マジ?」
俺が額に汗を浮かべながらそれを見れば、吉倉たちもその視線に気がついてそれを見る。
「うっわ・・・マジで?」
「満点かよ・・・優花さん頭よかったんだ・・・」
俺だって知らなかったよ。
「ようイケメントリオ!げんきぃ?」
唖然と結果を見上げていた俺たち三人に、うわさの人が声をかけてくる。
振り返れば、ニッと意地悪い笑みを浮かべてる優花と、鶴来先輩がそこにいた。
「優花って頭よかったんだ?」
「今までバイトバイトで忙しかったから勉強する暇なかったんだよ。前まで赤点ばっかりだったから担任の先生にカンニング疑惑を持ちかけられてさぁ。まいったよまったく。それで疑惑が晴れたと思ったら次は号泣されるし。『き、如月・・・ようやく目覚めてくれたかぁっ!』って」
「ぶっ、マジで?」
俺と優花が仲良く話していれば、鶴来先輩が割って入ってくるように俺をにらんだ。
「あーやだやだ。学年一位とかちやほやされていた割には満点とれないだなんて。優花ちゃんを見習ったらどうなの?」
久しぶりに顔を合わせたかと思えば、嫌味を炸裂してくる鶴来先輩。
この二人喧嘩してたんじゃなかったっけ?と思いながら、鶴来先輩を見ると、吉倉がムッとしながら彼女に尋ねた。
「そういう鶴来先輩はどうなんですか?見たところ名前は載ってないみたいでしたけど?」
以前からかわれたことをまだ根に持っているらしく、フフンッと鼻を鳴らしながらたずねる吉倉に、鶴来先輩はギッとにらむ。
「あははっ真由羅はちゃんと名前書いてあったぞ?ちゃんと見てないのか?」
ニコニコと笑って話の間に入る優花の言葉に、俺たちは一瞬動きを止める。
「追試の欄だけど」
クスッと小悪魔的な笑みを浮かべる優花に鶴来先輩は半泣きになりながら詰め寄った。
「ゆ、優花ちゃんっ!?言わないでよっ!!」
優花の言葉に一番下に張ってある追試受験者の名前を見れば、そこにはしっかりと鶴来先輩の名前が書いてあった。
「あ、本当だ」
「くっだっせぇ・・・」
「ぬぁんですってぇ!?吉倉智樹!もう一度言って御覧なさいっ!アンタの頭と体を切り離して差し上げるわっ!」
「ダセェからダセェって言ったんですよせーんぱい♪」
「くぅっ!!!アンタこそヘタレの癖に!!」
「ヘタレがなんだって?頭の悪い奴は知能も遅れてんの?ギャハハハハッ」
「ぶっ殺すっ!!!」
ギャイギャイと喧嘩が始まった鶴来先輩と吉倉を横目で見ながら、俺は小さな声で優花にたずねた。
「仲直りしたの?」
「うん、まあね。お前の話も聞いてもらいたかったし」
「そっか」
俺がのんびりと答えれば、優花はやれやれと言った表情で鶴来先輩に言う。
「真由羅、真由羅。大丈夫だぞ。私がちゃんと見てやるから」
「ほ、本当?!」
吉倉につかみかかっていた鶴来先輩は優花の言葉を聞いて、吉倉を突き飛ばして優花の元へうれしそうに歩みよってくる。
投げ出された当の吉倉は少しつまらなそうにしていたが。
うれしそうに自分のところへ来た鶴来先輩に、優花は頭をなでながらニッコリと微笑む。
「大丈夫大丈夫♪追試の方が本試験より楽だしねぇ」
笑って答える優花の言葉に一瞬、全員の動きが止まった。
(・・・って言うか、もしかして今までワザと追試受けてた!?)
優花ならありえるな・・・。
俺が頭のすみで考えていると、どこからともなく懐かしい声がした。
「あーら皆さんお揃いねぇ」
全員が動きを止めて声がするほうを向けば、凝りもせずに短いスカートを履いて太ももをちらつかせる女性。
一瞬気後れしたものの、全員が利害一致で手の平をポンとたたいた。
「あ、あっ!あなた達今私のこと忘れてたでしょうっ!?」
ええ、すっかり忘れてましたとも。
松原先生の存在を。
何しろ俺はやっと両思いになったということに浮かれていて、綺麗さっぱり忘れていた。
俺たちの態度に腹を立てるものの、咳払いをするとすぐにあの自意識過剰な態度をとり始めた。
「まあいいわ。それより如月優花。あなたこんな点数今までとったことがないそうね?カンニングしたなら正直におっしゃいな。こんなことして恥ずかしくないのかしらねぇ?」
まだ俺のことを諦めていなかったらしい。
優花に対して嫌味をもらしてくる松原先生に、優花は真剣な面持ちでにらむ。
周りの生徒が先生の登場にざわめきたっているのを知りながら、先生は次々と優花の悪口を言った。
「大体あなた、健ちゃんと釣り合う人間になろうとか思ってこんな点数取ったなら、なおのこと恥を知りなさいな。あーやだやだ。どこがいいのかしらこんな女・・・」
ブチッ
「ギャーギャーるせぇぞクソ女ぁ・・・」
『・・・は?』
小さくつぶやいた俺の言葉に、全員がいっせいに振り返る。
笹木たちだけじゃない。
そこにいた誰もが俺を唖然と見た。
「いい加減にしろよテメェ。嫌味タラタラ言いやがって。テメェの脳みそはそれだけなのか?あぁ?腐ってんじゃねぇのかよ?初めての人だかなんだか知らねぇけど正直マジでウゼェ。いつまでも男のケツ追いかけてんじゃねぇぞオバサン」
「なっ!ふ、ふざけんじゃないわよっ!私はねぇ!健ちゃんのためを思って!!」
「誰が頼んだよ。んな余計な事。俺が好きなのは優花ただ一人だ。テメェでもなけりゃあ誰でもねぇコイツだけなんだよっ!」
そういって隣に立っていた優花の肩をつかむと、強引にこちらを向かせてキスをする。
人前でのキスに抵抗があったのか、優花は俺の腕の中でもがくが、俺はそれを許さなかった。
「ん・・・ふっ・・・ちょ・・・けんたろ・・・ん・・・んんっ!!・・・ぷはっ!ちょっと健太郎!何考えてっ・・・もがっ!!?」
唇を離したとたん、優花が反抗の言葉を言い始めるから、俺は彼女の口を手で覆って再び先生を見た。
「これでわかってくれた?生徒に手ぇ出す淫乱センセー?」
ニヤッと笑えば、先生は何も言い返せずにそこに立ちすくむ。
周りの生徒は俺の豹変振りにざわざわとざわめきたった。
「・・・ってことで撤収」
そういいつつ、優花をひょいと抱きかかえると、優花はあわてるもののそんなこと関係なしに俺はその場から走り出す。
「・・・なんか今の里見君ぜんぜん別人みたいじゃなかった?」
「・・・むちゃくちゃキレてたよね?」
「でもでもぉ・・・里見君って本当にあの女のこと好きなんだって思い知らされたぁ」
「かっこよかったよねぇ」
「うんうん!なんかワイルドな感じがしてさぁ!」
「いいなぁ!私も素敵な人にああやって愛されてみたーい!」
「悔しいけどお似合いだよー」
「もうわたしあの二人のファンになっちゃう!」
「えー!少し癪だけど私もー!!」
「・・・里見、優花さんとうまくいったんじゃん」
「っ!?吉倉っ!?お前気づいてたのか!?」
「当然だろ?どう見たって里見の片思いだったじゃんか。今になってようやく優花さんのこと呼び捨てにしてたし。伊達に悪友やってないっつーの」
置いてけぼりを食らった悪友たちがそういった会話をしているとも知らずに。
「・・・重っ」
「そう思うなら降ろせ馬鹿っ!!」
抱えたままの優花に一発頭を殴られて。
たどり着いた裏庭に仕方なしに降ろしてあげる。
恥ずかしそうに顔を赤らめながら上目遣いで睨む優花がどう見ても可愛くしか目に映らない。
俺はたまらなく抱きしめて、優しいキスをした。
「・・・それよりいいのか?なんか本性丸見えだったぞ?」
「え?嫌だった?」
「嫌ではないが・・・」
「うん。じゃあいいじゃん。優花に嫌われないならそれでいいし。仮面かぶるのやめようかと思ってさ」
微笑む俺に対して、優花は穏やかに微笑み返してくれる。
それから「あっ」と言って俺の顔をのぞき込めば、優花は少し首をかしげて言った。
「そうそう、今度みんなで旅行しないか?」
「・・・みんなで?二人きりではなくてですか?」
「うん。真由羅に渡した通帳あったろ?あれ、結局いらないとかでつき返されちゃってさぁ。使い道ないし、どうせならみんなでパーッと遊びたいじゃん?」
「・・・部屋割りは俺と同じだよね?」
「それは真由羅に聞いてくれ」
「・・・命が惜しいな」
「そりゃそうだろ」
そういってクスクスとお互いに笑いあって。
自然と唇を重ねる。
互いの手首につけられたブレスレットが、シャラッと綺麗な音を立てた。
「っ!!どいつもこいつも私を馬鹿にしてっ!!!覚えておきなさいよっ・・・・」
「キャー里見君まってぇ!!」
「如月優花なんてやめて私にしてー!!」
「やーん!どこ行ったのぉ!?」
廊下をバッファローの群れの如く走り去っていく女子生徒たち。
私はそれに見向きもせずに雑誌を読み続けた。
足音が完璧に聞こえなくなったのを確認して雑誌を読み続けたままつぶやく。
「行ったよ?」
「あ?本当?ありがとう」
「その眼鏡どうしたの?」
「変装w」
変装になってません。
健太郎と私が正式に付き合い始めてから2週間が過ぎようとしていた。
先生への暴言事件以来、健太郎のファンは減るどころかますます増える一方だ。
女子にしてみれば、彼の意外な一面を見たのがうれしかったらしい。
ブチ切れた健太郎に思いをよせる乙女が増えたわけで。
一時期私と付き合い始めてから減っていた乙女たちの恋心を、彼は燃えっカスに油を注いだらしい。
そうして毎日休み時間のたびに追いかけられては私の机の影に逃げ込んでいる。
幸い、ここは見つかりにくい。
私のクラスのほとんどの人は、私と健太郎の恋路を応援してくれる人が多く、他言する人がいないのだ。
ありがたい話ではあるが、団結力がすばらしすぎて感謝するにもしきれない。
健太郎は安心したように立ち上がると、かけていた眼鏡を取って私にニッコリと微笑んだ。
「そういえば旅行の行き先きまった?」
「うーん、まだ決まってなくてさぁ。そっちからはなんか意見出てる?」
「笹木も吉倉も時間の調整が合わなくて。ほら、あいつら部活で忙しいから」
「健太郎は?部活」
「俺?今年は補欠だからのんびり過ごさせてもらうよ」
優しく微笑む健太郎の笑顔に私は思わず口をつぐむ。
健太郎は私の反応を見て穏やかに私の頭をなでた。
ああやばい。
本当に好きでたまらない。
触れる手の体温も、私に向けてくれる笑顔も全部好き。
私が思わず照れたように笑えば、健太郎もつられて照れるように微笑んだ。
「ふーんあれが里見健太郎?センセーあんなのがほしいの?」
私の教室から中庭を挟んで向かいあった進路指導室。
じゃれ合う私と健太郎を眺めている影があった。
「そうよ。だからわざわざ調べてアンタを呼んだんじゃない」
「あんな奴より俺の方がよっぽどかっこいいのになぁ」
「ちょっと話聞いてるの!?」
「大丈夫大丈夫♪優花はどちらにしろ俺のものだから」
その影は松原先生の方を向くと、口元に笑みを浮かべて言った。
「俺らが潰してやるよ。すりーないとサマ達をさ」
ニヤリとたくらみを含んだ言葉に、松原先生はビクッと体を振るわせる。
そしてその影の後ろに立った二つの影を見て、松原先生は釣られたようにニヤッと微笑んだ。
次の日。
昨日まで散々追いかけましていた女子生徒の姿が、健太郎たちthree knightの周りからパタリと姿を消した。
私は三人の間に入って会話を静かに聴いている。
「なんかおかしくねぇ?」
「まあ気が楽っちゃあ楽だけど」
「あ、それダウト」
「ぶー!引っかかってやんの!」
「くっそっ!!」
机の上に散らばったトランプをかき集める吉倉君をよそに、健太郎は少し考えるように口元に手を当てた。
「なーんか変」
「はぁ?だからさっきからそう言ってるだろ?」
「や、そうじゃなくて」
健太郎は手に持っていたトランプを机の上に放りだすと、そこにいた一人一人の顔をじっくりと見つめる。
真剣な健太郎の面持ちに、私たち全員が息を呑んだ。
「ただの勘だけどなんか嫌な感じがする」
「勘って・・・」
私が質問しようとしたとたん、教室に真由羅が勢いよく入ってきた。
「事件よ!」
「またぁ?」
私があきれた声で聞くと、真由羅はずかずかと歩み寄ってきて、机をバンッと力強くたたく。
それからギロリと健太郎を睨んで、低い声で言った。
「転校生よ転校生!一年のデザイン科に新生three knightが現れたのよっ!」
真由羅の言葉に私はえっ?とした表情を浮かべれば、当の本人たちは不思議そうに聞き返してきた。
「three knightって何?」
「なんかのグループ?」
その発言に思わず真由羅が肩を落とす。
ああ、そうだった。
こいつら自分たちがそう呼ばれてるの知らないんだった。
私が健太郎たちのことを話せば、健太郎たちは少し驚きながらも冷静に言った。
「で?なんでthree knightがもう一組現れたって?」
「知らないわよっ!今日、三人一度に転校してきて!ほとんどの女子生徒はあっという間にあいつらの虜にされちゃって!!」
「別にいいんじゃない?俺らこれで気は楽だし」
「そそ。追いかけられないってことは無駄な体力消耗することもないし」
「それだけじゃないんだってばっ!!」
気軽な健太郎たちの言葉に、真由羅は半切れになって食ってかかってきた。
「その新生three knightのリーダーって奴がねぇっ!!!」
「やあ初めまして皆さん。元祖three knightさんと呼んだほうがよろしいのでしょうか?」
真由羅の言葉をさえぎって甲高い声が教室内に響き渡る。
健太郎たちも自然にそちらを振り返り、真由羅に関してはゲッといった表情を浮かべる。
私は真由羅の影になっていたもんだから、少しからだを後ろにずらしてそちらを見れば、当然真由羅と同じ表情を浮かべた。
「ぬあぁぁぁぁっぁ!!!!何でアンタがここにっ!?」
思いっきり勢いよく立ち上がったせいで、椅子がガタンッと後ろに倒れる。
私の反応に、驚いた健太郎が振り返って私を見ているけれど、私は額に汗を浮かべてそいつを凝視したままだった。
ソイツは私の姿を見つけると、表情をぱっと明るくして勢いよく抱きついてくる。
「ああっ!!!優花!!合いたかった!!」
「はっはっ、はっ離せぇぇぇぇ!!!!」
「うふふ、照れちゃってかわいいなぁwそんなにうれしかったかい?」
「照れてねぇし!!喜んでないっ!!離せポンコツ!!!」
「もう久しぶりに会ったのに連れないなぁハニーwでは再会した喜びを愛のこもったキッス☆で表現するとしよう」
「やーめーれーえぇぇぇ!!!!」
必死にソイツの顔を自分の顔に近づけないように抵抗するも、ソイツの顔はどんどんと近づいてくる。
やべっ!ヤられるっ!!!
そう思ってぎゅっと目を閉じれば、突然体がふわりと浮いた。
「え?」
目を開ければ、片手でソイツの顔を押しのけながら私を軽々と持ち上げている健太郎。
よかった・・・助けてくれた。
そう思って安心していれば、健太郎はギロリとソイツを睨んで言った。
「触るな」
その一言は何よりも強烈で、教室にいた人たち誰もが息を呑む。
ところが言われた当の本人はケロリとした表情で健太郎を見てニッと微笑んだ。
「君が里見健太郎君だね?安心したまえ。優花が僕のものになったら、君には別の女性を用意するから」
「いらねぇよ」
警戒心を解かない健太郎に、ソイツはニッと微笑んで教室の入り口に歩いていった。
「今日のところはご挨拶までだけど、今後はそうはいかないよ?」
そういって振り返ったソイツの後ろに、美形の男が二人、同じような気味の悪い笑みを浮かべてこちらを見ている。
ソイツはその二人の間に立って、ビッと健太郎に指を差すと、宣戦布告をしてきた。
「君の時代は終わりだよ里見健太郎!今日からは僕たちが新生three knightとしてこの学校に君臨する!そして君からすべてを奪おう!学年一位の名誉も!そしてその腕の中にいる優花・・・君もねw」
「歯が浮く。うせろ」
ウインクしてみせるソイツに、健太郎がズバッと切り捨てれば、そいつは高笑いをしながら去っていく。
それを確認した後、健太郎は怒った表情のまま私を見た。
「あれ誰?知り合い?」
「・・・そのだな・・・。私嫌いな人はいないんだ」
「知ってる。人見知りしないのは」
「でもアレだけはどうしてもだめなんだ・・・」
「・・・?どういうこと?」
健太郎の代わりに健吾君が心配そうに聞いてくる。
私は額に手を当てて、真由羅をチラリと見ると、真由羅も私と同じく嫌そうな顔をしながら首を縦にふった。
蒼白した私の顔を見て、健太郎はだめだと思ったのか真由羅の方を見る。
真由羅は一瞬気後れしたものの、しっかりとした口調で言った。
「里見君、この前優花ちゃんが話た里の話覚えてる?」
「ああ、うん。鶴来先輩の朱雀軍のほかに三つの里があるってやつ?」
その言葉を聞いて健太郎だけでなく、健吾君たちも一緒にうなづく。
彼らは始終私たちと行動をともにするようになったので、隠し事ができないと思い、私や真由羅のことを話したのだ。
彼らは彼らで驚いてはいたけれども、気にせずに私たちと一緒にすごしてくれている。
だが今回だけはわけがちがった。
「そう・・・彼、水鏡諒はね・・・玄武軍の時期当主なのよ」
「え・・・じゃあ顔見知り程度?」
真由羅の深刻そうな表情に健吾君が尋ねれば、真由羅は首を大きく横に振る。
それを見た私は、意を決して落ち込んだ声で言った。
「諒は爺さんが勝手に決めた、私の婚約者なんだよ・・・」
『婚約者ぁ!?!?!?』
前途多難であります。




