表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

終わりと始まりと


静かに涙をこぼす光を、誰も責めることはできず、けれど今まで置かされてきた自分たちの運命を呪わないわけにもいかない。

誰が悪いとか、誰が間違っているとか、やり場のない怒りや悲しみをどうすればいいのか誰も分からないで居る。


ただ一つ。


ここにいる若者達に、健太郎をはじめ、智樹や、健吾、優花達に学んだことだけがくっきりと心に焼き付いた。


生き抜いて見せろと。


生きてその背負わされた運命を越えてみろと。


自分たちには死の絶望しか見えていなかったことを理解する。

耐えて、耐えて、耐え抜いて……それで疲れ果てた時にようやく死が訪れる。

死を望むことは愚かで、生を望むことに恥じらいがあっても。


幸せになろうと努力するのに、限界など有りはしないのだ。


運命の日が訪れた里の者達は皆、自分を手をかける者に必ずこう呟く。



ありがとう……と。




ありがとう



ありがとう



ありがとう



ありがとう



ありがとう



ありがとう




総ての生きるモノを尊び



学び



伝えていく



人の愛しさを



人の温もりを



人との関わりを



命重き現実を



自分たちはきっと



それを伝える義務がある



そのために生まれてきたのだと




どうか幸せに




里の霧がゆっくりと晴れていく。

月の光がまた一層強く里を照らし、心までもを映し出すかのように。

穏やかにうつろい、光の瞳が揺れたかと思うと、光と優花がその瞳に写した人物の出現により、里の空気は一変することとなる。


『っ!逃げろっ!!』


優花と光が同時に叫んだ。

光が自分を抱きしめていた健太郎を突き飛ばすように手を離せば、二人の間に勢いよくそれは降り立ち、地面をえぐって土埃をまき散らした。


「なっ?!」


驚きの余りに健太郎が躊躇すれば、その人物は健太郎に振り返り、地面をえぐった拳を健太郎に向けて振り上げる。

間に合わないと思った瞬間、智樹が横からその人物を蹴り飛ばせば、その小さな体はあっけなく屋敷を破壊しながら中へと沈んでいった。


「大丈夫か?!」


智樹の問いに答えることなく、健太郎が呆然と立ち尽くしていれば、そこに優花が駆け寄ってきて健太郎に告げる。


「健太郎!今はとにかく逃げて!あの子!我を失って十六夜とお前の区別が付いてない!」


「えっ?ちょっ、待て!だって!今の聖だよな!?」


健太郎がそう叫べば、優花は険しい表情のまま頷いて健太郎を見上げる。

健太郎がわけのわからないといったような表情を浮かべれば、健太郎を突き飛ばした光が涙を拭いながら再び駆け寄り、健太郎に言った。


「確かにあれは聖だけど、今は聖じゃない!」


「どういうことだよ?!」


健太郎が再び叫べば、優花はひどく辛そうな表情を浮かべて、健太郎にこう告げた。


「忍獣にはそれぞれ役割を与えていたのを前に説明したろ?聖は……あの子は……私がもし暴走した時に止める役目を果たす、対神用の殺神だっ!」


「あいつに神の力は通用しない!僕たちはああなった聖の前では無力だ!今は逃げるしか方法はない!」


「なっ!」


二人の悲痛にも聞こえる説明に、健太郎は言葉を失う。

そのとき、丁度モノが崩れる音が鳴り、そちらに目を向ければ、壊れた襖の下で立ち上がる幼い聖の姿がそこにあった。


「……も……よクも……社とイおりを殺シたなっ……よくもコロしたナッ!ユルサなイ!イザよい!!」


大量の涙が頭から流れ出す血液と混じり、顔がぐちゃぐちゃになってもその怒りはとどまることなく聖の表情に現れてくる。

聖がタンッと地面を蹴り出したと同時に、優花は近くに落ちていたクナイを拾い、長く邪魔な着物の裾を太股の辺りで切り裂くと、バッとそれを広げて聖の進行を妨げる。


「早く!二人を安全なところへ!!」


優花の一言に、今までひれ伏していた里の人間達は即座に立ち上がり二人を取り囲んで手を引いていく。

健太郎はそれを拒み、優花に振り返れば、優花は悟ったようにニッと微笑んで健太郎に言った。


「大丈夫。聖は人間と神との区別がつく。人間には傷一つ負わせてはならないと躾てあるから」


「だけど!」


健太郎はそこまで言って口をつぐんだ。

つい先ほどまで彼女は治療が必要なほど体を病んでいたのだ。

それに優花が神でなかったと聖が理解しているのかはしっかり確認できていない。

もしかしたら彼女は聖に傷つけられてしまうのではないかと、気が気ではないのだ。


「大丈夫だから行って!」


優花の言葉に、健太郎は不安ながらも小さく頷いた。

間合いを取り、自分に掛けられた着物を振り払った聖は、優花をギッと睨んで呟いた。


「ユウカさマ……」


「聖、やめなさい」


「いやダ!いざよイ、殺しタ!社と伊織殺シた!」


そう言って聖は再び優花に向かって走り出す。

優花はクナイを握りしめギッと覚悟をしたように聖を見つめた。


乾いた銃声が鳴り響く。

それに健太郎は再び足を止めてそちらを振り返った。


「意気がんなよクソガキ」


「レディに手出しは男の御法度だぜぃ?」


優花の前に立ち、聖に銃口を向ける健吾と智樹の姿がそこにあった。

いつの間に銃を取りに戻ったのか見当もつかなかったが、彼らは確かにそこに居たのだ。

聖の体はグラリと傾くも、その場にしっかりと足を着けて耐えしのぐ。


「あらら?マジ?麻酔効かないでやんの」


「……笹木、実弾ある?」


「ねぇよ。んなもんあってたまるか」


「だよな?どうする?」


「おネンネするまで打ち込むしかないんじゃない?」


ニッと健吾が笑みを漏らせば、聖は健吾をギッと睨み、次の瞬間には健吾の目の前に立っていた。


「っ?!」


重厚を向け直す間もなく聖の鋭い爪が二人が持っていた拳銃を無惨にも切り裂いてしまう。

それに驚き、健吾は使えなくなったソレを投げ出すと、新しい武器を手にするためあからぬ方向に走り出した。

聖はソレを見て、その場にいる優花と智樹に見向きもせずに健吾を追って走り出す。

足の速い健吾に、今にも追いつきそうな聖の走りを見て、健吾は半泣きになりながら叫んだ。


「優花さんの嘘つきーっ!人間襲わないって言ったじゃん!!」


「お、襲わないようにちゃんと教えたぞ!!」


「じゃあ何で追いかけてくるのさっ!」


「相当気にくわないんじゃない?」


「んな理由わけあるかーっ!」


そう叫びながら逃げまどう健吾を見て、健太郎は肩を震わせ始める。

この状況に置いても彼らは自分たちらしく戦い抜こうとしている。

それが自分だけ隠れて過ごそうとすることが滑稽でたまらないと感じたのだ。


「け……健太郎様?」


里の人間が健太郎の様子に戸惑いながら声をかければ、健太郎は笑いを噛みしめて自分を取り囲む里の人間達に呟いた。


「ね、俺のこと守ってくれる?」


「も、もちろんです。貴方は我々の恩人ですから」


「あ、そ。じゃ、守ってね」


そう言うやいなや、健太郎は里の人間の制止を振り切り健吾に向かって走り出す。


「笹木!下!」


健太郎が健吾に短く指示を出せば、健吾はソレをすぐに理解しその場にしゃがみ込む。

健吾に追いついて鋭い爪を向けた聖を、健太郎は走りすれ違いざまに蹴り飛ばした。

聖の体は地面に擦られながら勢いよく後退していく。

それから自分の身から危険が過ぎ去ったことを理解した健吾は立ち上がり、大きく息を切らしながら、健太郎に言った。


「助かりましたぜ兄貴」


「うむ、無事か弟よ」


「ふざけろ……お前の弟になんて絶対成り下がるわけにはいかねぇ」


「お前、俺の実弟に謝れ」


そんな冗談を交わしていれば、智樹が駆け寄ってきて隠してあった予備の拳銃を取り出し、健太郎と健吾に渡す。

銃弾が入っているかを確かめる作業をし始めた智樹と健吾に、健太郎は静かに尋ねた。


「お前等まだ残ってるか?」


「体力?」


「それとも銃弾?」


「バーカ。やる気の話だ」


『当然、満タン』


声をそろえた二人の回答に、健太郎は満足したように笑い、それから遠くで立ち上がりこちらを睨む聖を見つめて銃口を空に向け高々と掲げる。

それをみた健吾と智樹も同じように掲げれば、そこにいた誰もが三人を見つめた。


「we are?」


「we are?」


「we are……」


『we are three knight』



再び銃声が鳴り響いた。





たくましく戦い続ける三人は、誰の目から見てもまぶしかった。

どんな状況に置いても楽しまなければ損だと言わんばかりに息を荒げながらも聖に戦いを挑んでいく。


「これが……人間か……」


三人を見つめていた光がぽつりと呟けば、周りにいた里の人間は睨むようにして光を見上げた。


吐き出しそうになった中傷の言葉を、みなは飲み込んだ。

穏やかに、切なげにそれを見つめている光には何もいえなかったのだ。

光の犯した行為は決して簡単に許せるものではない。

けれど彼の中で何かが変わっていると悟ったのか、里の人間達は黙ったまま顔を見合わせた。


「言いたいことがあるなら言っていいよ。僕はちゃんと罪を償うべきだと罵倒すればいい」


「あ……いや……」


光の言葉に、隣にいた男が言葉を詰まらせた。

本当のところはそう言ってやりたいのは山々だが、戦う気力を失った光に誰がそんなことを言えるだろう。


うろたえる男に、光はおだやかに微笑み。



次の瞬間、誰もが目を見開いた。



「聖……僕だよ……十六夜だ……」



聖を抱きしめる光の温もりに、聖は顔を見上げ、それから自分が今何をしたのかを実感し始めた。


聖の右腕は、光の胸元を貫いていた。


あふれ出す血は神も人間と同じく赤く、地面を染めていく。


初めての感覚に聖は手を引き抜くこともできず、かといって何かできるわけでもない。

かすかに震え始めたボロボロになった聖の体を、光はきつく抱きしめた。


「共に行こう……伊織も社も……僕たちのことを待っている……」


だんだんと遠のいていく意識の中、健太郎がひどく怯えたように何かを叫んでいる。


優花も、健吾も、智樹も、里の人間も、二人のたつ場所にかけよってきているのが視界に入ってきた。



ああ



あれだけの悪事を働いた僕に



皆は駆け寄ってきてくれる



僕は在るべき場所へ帰るだけだ



だからそんな悲しい顔をしないでおくれ



僕の愛しい人間達よ



ありがとう



さようなら



僕は



あなた達を



愛しています



「光!!!」


足下が光りに包まれ、消えていく光に最初に駆け寄ったのは健太郎だった。


「……健太郎」


立ちながら泣き叫ぶ聖を胸に抱き、光が初めて健太郎の名を呼んだ。


「里のことは……君に任せた……解放を……」


健太郎はその言葉に大きくうなづいた。

それからハッとした様子で、すでに腰の当たりまで消えている光に叫ぶように言った。


「ひとつだけ!……ひとつだけ聞かせてほしい。……俺に小さい頃の記憶がないのは、お前に関係しているのか?!」


切羽詰まったような健太郎の言葉に、光はゆるゆると首を横に振った。

その答えに、健太郎は俯き、自分の胸をわし掴みながらもう一度まっすぐに光をみた。


「光……またな」


健太郎の言葉に、光の頬に一筋の涙がこぼれて消えた。


何の境界線もない真っ白な世界がどこまでも続く。

腕の中にいた聖はピクッと動いて顔を上げる。


“いーちゃん……?”


“ん?どうしました?”


穏やかな答えに聖は何でもない……と首を横に振り、それから遠くに見えた人影に「あっ」とうれしそうに笑った。


“伊織ちゃん!社!”


光の腕の中から飛び降り、聖はうれしそうにかけだしていく。

聖が飛びつけば、その人は笑いながら聖を抱き上げた。


“ごくろうやったなぁ聖”


“ご飯の準備、できとりますさかい、いきましょう?”


“うん!僕もうお腹ペコペコ!”


聖の言葉に、二人はクスクスと笑いながら手を取り合う。

光に背を向けて歩き出した三人を見て、光は静かに目を細めた。


ふと、伊織がゆっくりと光に振り返った。


“何してはりますの?行きますよ?”


伊織がそう言えば、共に歩いていた二人も光に振り向いた。

穏やかに優しい笑顔を向けて……。


“僕も……そっちへ行っていいの……?”


流れ出す涙を見て、伊織が目を細めれば、社も聖もゆっくりと光を見つめた。


“何してんねん。はよぉいくぞ?”


“いーちゃん早く早く!”


笑顔を向ける三人に、光は直視することができないでいた。


欲しかった景色がそこにあった。


自分だけを見つめてくれる三人の暖かい眼差しに涙が溢れて止まらない。


流れる涙を手の甲で拭っていれば、目の前に差し出された白く細い手に、光は顔を上げた。


“たつ……の……?”


“まったく。どれだけ待たせたと思っているの?光は本当、のんびりしすぎよ”


クスクスと笑いながら、昔失ったはずの笑顔で笑いかけてくれる愛しい人がいて。


“ほら、早く。行こうよ”


急かす龍乃の手を静かに取れば、龍乃は恥ずかしそうに頬を染める。

けれど何も言わないまま光の手を引いて歩き出した龍乃の後ろ姿に、光は静かに尋ねた。


“龍乃……僕のこと……愛してた?”


ずっと聞きたかった光の質問に、龍乃は歩むのをやめないまま光に振り返り笑顔で答えた。


“なぁに?知らなかったの?”


当然のように、そう答えた龍乃に、光は静かに笑った。


静まりかえった里の中は、誰もが唖然としたまま地面に膝を突く。

なんともあっけない終焉に、何も言えずただ静かに健太郎を見た。


「健太郎……?」


涙を流しながら優花が尋ねれば、健太郎は静かに優花に向き直る。

苦しそうに胸を押さえ、けれど穏やかに気を利かせるようにほほえんで。


「大丈夫……なんだか……自分の半分を失ったような……自分の半分が戻ってきたような……複雑なんだ……」


きっと何と言えばいいのかわからないのだろう。

それはそこにいる誰もが同じ思いだった。


それでも


ただ穏やかに


互いを抱きしめ合う健太郎と優花の姿に。


そこに居た全ての人間が救われた気がした。


「優花……里を解放する……君の力を俺に渡して」


「え……?」


「優花の力はこの里の全てを統括している。俺の力と、優花の力は同等だ。相殺することによって解放は終了する」


健太郎の揺らぐ瞳に、優花はただ静かにコクリと頷いた。

皆が見守る中、優花はゆっくりとまぶたを閉じる。

優花の頬をなで、慈しむように優花を見つめ、同じように瞳を閉じながら、健太郎は静かに唇を重ねた。


もどかしい気持ちがあふれ出した


それは決して形になるものではなかったけれど


自分達を縛り付けていた何かが


自分達の中から飛び出していく


怒り


悲しみ


喜び


慈しみ


複雑に絡まりあう感情が涙を生む


ごめんなさい


さようなら


ありがとう


溢れ行くその感覚に


人々は静かに目を閉じて


天を仰いだ

しばらく動けないでいた里の時間が再び動き始めた。

解放された喜びを素直に表現できないまま、里の人間達は戦いで倒れた仲間達を屋敷の中へ運び入れ治療をすることに専念し始める。

治療と言っても、麻酔を打たれただけだから、じきに目を覚ますのを待つだけだ。

擦り傷や切り傷の多い健吾と智樹は、里の重役に丁重に持てなされ、傷の手当を受けている。

半壊になった屋敷を直すため、瓦礫を除ける作業をするものも居る。


それらを中央で指示しているのは健太郎と優花だ。


健太郎も多少の傷を負っているし、優花も完全に治っているわけではない。

けれど今この里はこの二人の指示が必要不可欠だったし、二人も自分達から進んでやっていることに、里の人間達は深く感謝した。


里を囲っていた警察官達も、それを横目で睨みながら何も言わないまま帰っていく。


それを縁で見つめながら、大きくため息を漏らした智樹に、朱雀の元頭領である虎之助が酷く眉間に皺を寄せた。


「……我々は……今まで呪いに囚われながら生きてきた……。それが失われた今……どうして行けばいいのか分からぬ……」


初めて漏らした弱音を聞いて、智樹は虎之助に視線を向けずに空に浮かぶ月を見上げる。


「それは今から考えるんだろ?悩むことは必要だ。変える必要があるか、変えないで今のままあるべきか……それは自分自身が決めるべきだ。里だの何だの、もう囚われることはない。それに……」


「……それに?」


「それにあんた等、生きてんだろ?」


ようやくこちらを向いたかと思えば、ニッと笑みを漏らす智樹の姿を見て、虎之助はフッと苦笑いを浮かべた。


「それは最強の言い訳だな」


「生きているに越したことはねぇだろ?胸張って生きろよ。あんた等、俺達より長生きしてんだから」


「この老いぼれを、まだこき使おうというのかね?」


「元気の内が華って言うだろ。働いて働いて、ようやく見えてくる何かがあるさ」


「……君、本当は何歳だね?」


「今年で17だって」


「偉い口を利くなぁ」


「俺も色々見てきたからね」


クスクスと笑みを漏らす智樹に、虎之助は穏やかに微笑んだ。





「お疲れさまでした」


里の離れにある牢屋のような場所で、健吾は中にいるその人に呟いた。

その人は健吾の姿を確認すると、柔らかく笑みを浮かべるだけで返事はしない。

健吾が静かに牢屋の鍵を開ければ、ゆっくりと立ち上がり牢屋を出る。

それからうーんと背伸びをして首を回せば、健吾は後ろでクスクスと笑った。


「素敵な登場でしたよSOUSHIさん」


「ヤダなぁ、敬語なんて使わないでくださいよ。アナタのほうが先輩なんだから」


「それは学校でだけでしょう。今は夏休み中。学校でない時点で、アナタは俺の上司ですから」


「まぁ、それもそうかもしれませんね」


クスクスと口元に笑みを浮かべながら、SOUSHIがそう呟けば、健吾もたまらず同じように笑いながら尋ねた。


「そういえば、誰に頼まれてあなたは動いたんですか?」


「誰に……とは?」


「俺が呼びかけただけじゃアナタほどの上位の人間は動かないでしょう?」


「ああ、ISAMIが……」


「ISAMIが?また思い切って動いてくれましたね?」


「あの方も、ある方に頼まれたみたいですから」


「ではこの後報告に?」


「ええ、向かわせて頂きますよ」


SOUSHIがそう呟いて、先に外に出る。

健吾が後に続くように外に出れば、バタバタと一人の人物が二人に駆け寄ってきた。


「あれ?鶴来先輩?」


「わっ!ま、真由羅!?」


勢いよく抱きついてきた真由羅に、押し倒されるように地面に背中を打ちつけた。

いてて……と声を漏らして見上げれば、真由羅はガシリとその人を抱きしめて涙をボロボロと流す。


「よかったぁ……よかったよぉ……」


「僕は大丈夫だよ。心配してくれてありがとう真由羅」


涙を流しながら何度もそう呟く真由羅に、彼は優しく頭を撫でて落ち着かせようと試みた。


「本当に!?何もされなかった!?」


「うん、大丈夫。突然攫われたときはビックリしたけど、笹木先輩から全部聞かされたから。真由羅、怪我したんだって?怪我の具合は?」


「大丈夫」


真由羅の返答に、その人は安堵の表情を浮かべて真由羅から離れて立ち上がる。


「僕、もう帰らなきゃ」


「ひ、一人で帰るの?」


「だって真由羅、まだやることがあるでしょう?」


「う……だって……」


言葉を詰まらせた真由羅に、後ろで一部始終を見て笑っていた健吾が提案するように言った。


「俺が送っていきますよ。それなら鶴来先輩も安心でしょう?」


健吾の提案に、真由羅は一瞬、きょとんとした表情を浮かべるも、勢いよく健吾に詰め寄って、さっきの泣き顔が嘘だったかのように冷たく睨んだ。


「ちゃんと送っていかなきゃぶっ飛ばすわよ?」


「き、肝に命じます」


焦りながらも健吾がそう答えれば、真由羅は酷く安心したようにその人に向き直る。


「じゃあ、笹木君に家まで送ってもらってね?帰ったらちゃんと連絡頂戴ね?」


「うん、わかった。じゃあ真由羅も大変だろうけど気をつけてね?」


優しく笑みを向ければ、真由羅は頬を染めながら走り去っていく。

それを見送るように手を振り続ける彼に対し、健吾はクスクスと笑って見せた。


「いつ見ても笑えますね。だってアナタ、SOUSHIと緒方翔夜の顔をちゃんと使い分けているんだもん」


健吾の言葉に、翔夜は穏やかな笑みから一変し、企みを含んだ笑みを浮かべて健吾に振り返った。


「君だって同じようなものだろ?」


一言そう言えば、翔夜の体はフワリと浮いて何もない空中に立っていた。


「君も帰るといい。里の中で君の姿を見つければ、真由羅は烈火のごとく怒るだろうから」


「そうさせて頂きます」


肩をすくめてそう呟いた健吾の言葉に満足したのか、翔夜は何も言わないままスッと姿を消した。


「ISAMI……里のことはすべて片が付きました……。修復には時間がかかるでしょうけど……里の人間を見ていればそれも問題なさそうです」


翔夜がそう静かに呟けば、闇にいたその人は静かに振り返り口元に笑みを漏らす。


「ありがとう。手間を取らせてしまったな」


「とんでもない。今からが楽しみで仕方ないんですよ……それから……、やっぱり“彼”いいですね。是非“新月”にほしい人材です」


翔夜の指す“彼”を、ISAMIは知っているらしく、翔夜の提案に静かに首を横に振った。


「“彼”はダメだ。あの人のお気に入りだからね」


「……そうですか。非常に残念です。ISAMIはあの人のワガママばかりを聞いてしまう。少し、悪い癖ですね」


「そうか……」


翔夜の言葉に、その人は穏やかに微笑めば、翔夜は何かを確かめるように静かに視線をそらしてその人に尋ねた。


「それで?あの人は?」


「今、隣で寝ている。最近仕事詰めだったからね」


「そうですか……よろしくお伝えください」


「……伝えておくよ」


ISAMIの言葉を聞き、翔夜はやんわりと笑みを浮かべたかと思えば、ふ……とその姿を消した。

その人はそれに驚きもせず、真っ暗闇のその部屋から、隣の部屋のドアを静かにノックする。

返答を待たないうちにその人が部屋に入っていけば、さっき翔夜が呟いたもう一人の人物が、応接用のソファに横になって眠っていた。

ゆっくりと近づいていけば、寝ていたその人は小さく身動ぎをして目を覚ます。

眠たそうに上半身を起こしてISAMIを見つけると穏やかに微笑んで尋ねた。


「……SOUSHI君来たんだ?なんだって?」


「……特になにも」


「嘘をつけ。私によろしくと言っていたじゃないか」


「起きていらしたのなら僕に聞かないでくださいよ」


「確かめたかっただけだ」


「SOUSHIの奴、まだ“彼”を諦めきれないようですよ」


「彼……?ああ、“吉倉智樹”か」


「ええ。“彼”の精神力は並大抵のモノではありませんからね」


「あれはダメだ。私と同じで闇が深すぎる……」


「そうは見えないところも、まるで同じですね」


「……水がほしい」


ISAMIの言葉を聞いているのかいないのか、その人は自分の用件を言う。

それに腹を立てることなくISAMIが近くにおいてあったコップに水を注げば、それを受け取りコクコクと飲み、渇いたのどを潤した。


「満足ですか?」


「ああ、ありがとう」


「水の話じゃありません。僕たちを使って里の騒動をおさめた話です」


ISAMIが空になったコップを受け取りながら、そう漏らせばその人は「あぁ」と納得したように窓の外を見つめ、それからニッと気味悪く微笑んだ。


「感謝してるよ」


「……貴方くらいですよ。自分のモノでもないのに“新月”をそうやって使うのは」


「お前が私のワガママを聞き過ぎるんだ。私はもっと欲張りになってしまう」


ISAMIは少しだけ呆れたように、視線をはずし、それから机の上に置いてあった彼女のためのサングラスを手に取ると、そのまま彼女に渡した。

彼女はようやくソファから起きあがると、それを受け取り素直に自分の顔に装着する。

それを見たISAMIは少しだけ目を細めてその人に冷たく言った。


「そうやって……まだ貴方は闇に捕らわれているんですね」


「……おかしなことを言う。捕らわれてなんかいない……私がただ闇を好きなだけだよ。酷く心地がよい」


そう答えた彼女に、ISAMIは呆れるようにため息を漏らすと、静かに無表情になって呟いた。


「今日の日程を申し上げてよろしいでしょうか佐倉校長」


「律儀な性格だね柚里。私に夏休みはないのかい?」


「何のご冗談でしょう?」


冷たくあしらった自分の秘書に、彼女は小さく苦笑いを浮かべた。

ふと、窓から射し込む朝日を見て、サングラス越しからでも分かるあの太陽の明るさに吸い寄せられるように彼女は窓辺に立つ。

冷たい窓に手を添えれば、彼女は目を細めてそれを見つめた。


「もっと……大切な誰かが死ねばよかったんだ」


「酷い考えをお持ちですね」


「だってそうは思わないか?人は大切な人が死ななければ命の大切さを知ろうとしない。そういった矛盾からでしか、人は多くを学べない……」


「だから……あなた自身は闇に身を潜めるのですか?」


「そんな可愛いものじゃない。誰かをこの闇に引きずり込みたくてたまらないね」


「……僕だけでは不満ですか?」


静かに呟いた柚里の一言に、彼女は一瞬言葉を飲んだ。


「僕を闇に誘い陥れたのは貴方です……僕だけではまだ満足できませんか?」


もう一度確認するようにそう漏らした柚里に、彼女はゆがんだ醜い笑みを漏らして吐き捨てるように言った。


「君が勝手について来たんだろう……それに君は生きてるじゃないか」


それがどういった意味を持ち合わせているのかはわからない。

けれど柚里にとってはそれが酷く自分に対して、彼女本人に対しての中傷の言葉だと知っている。

自分を陥れ一番下に立って彼女は見上げる総てをバカにし悦をみいだしている。

酷く無様で哀れな人だと感じ、柚里が静かに目を閉じれば、彼女はまた窓の外を見つめ、日の射し込むグラウンドを見つめて静かに呟いた。



「ああ……また今日が始まるな……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ