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存在の証明

どれだけの時間が流れたかはわからない。

体の所々に小さな傷を作り、服が汚れぼろぼろになっても、健吾と智樹は戦いをやめることはない。

むしろ里の人間達も彼らの戦いぶりを賞賛するものまで現れ、彼らとの戦いで我を取り戻していく。

もはや静止や神の存在など関係なく、彼らと一戦交えることを喜びとして感じているようにも見受けられるのはきっと気のせいではないだろう。

彼らの、里の戦いを見届けることしかできない歯がゆさに、優花は眉をひそめた。

久徳のおかげで大体の傷は癒えたが、まだ体が気だるく思うように動かない。

真由羅は自分の腕の中にいる優花の様子を伺うような心配そうな顔をしてのぞき込んでくる。

そのとき、なにを思ったのか、真由羅は優花を久徳に預けると、ゆっくりと立ち上がり、真顔になって、優花の目の前にひざまづくと静かな声で言った。


「四方、里の長たる優花様、今まで数々のご無礼をお許しください。朱雀軍鶴来家現当主、鶴来真由羅は、これより“我が戦地”へと赴き、今まで受けたご恩をお返し致します。どうか御身に幸多からんことを……」


優花は彼女の言葉遣いから、彼らと戦う意志を感じ取れなかった。

むしろその言い回しはまるで自分が死の覚悟をしているようにも聞き取れる。

胸騒ぎがした優花はやっとの思いで上半身を起こし真由羅を見つめた。


「ま……ゆら……?」


心配そうに自分を見つめる優花に、真由羅は無言でどこからかクナイを持ち出しそれを握りしめる。

自分の髪を束ねていた綿製のリボンをとると、クナイを落とさないようにするためか、握りしめた形のまま手にぐるぐると巻き付けてしっかりと結ぶ。

準備が整い、ほどけた髪をゆるゆると揺らしながら真由羅は微笑んだ。


真由羅の口からこぼれた言葉に、優花は目を見開く。

それと同時に、真由羅は戦っている健吾達とは別の方向駆けだしていく。



「真由羅ぁあぁぁっ!!!」



彼女のクナイはその心臓付近に深く突き刺さる。

さらに深く刺し込むよう、全身全霊の力を込めていく。


突然の出来事に、里の人間だけではなく、健太郎達でさえ目を見開き手を止めた。


「っ……天へ帰れ……」


きつく刺し込みながらそれが成功したことに笑みを浮かべて顔をあげる。

しかし、刺された当人は冷たい視線を真由羅に向け、苦痛もなにも感じていないような無表情な面もちをしていた。


「……そんなもので死ねるなら、僕は神をやめざるを得ないねぇ?……全くバカな奴だ……」


それはまるでスローモーションのように。


真由羅の体は宙を舞うように後退していく。

赤い血飛沫をまき散らしながら、その体は無惨にも健吾達のすぐ近くの地面へと叩きつけられた。



「あ゛ぁあぁぁあぁっ!!真由羅ぁあぁあっっ!」



『優花ちゃん、私ね……優花ちゃんと姉妹で本当によかった……』



酷く枯れるような叫び声が聞こえたかと思えば、全員が一斉にそちらに駆け出す。


「鶴来先輩っ!!」


彼女が倒れ、一番近くにいた智樹と健吾が武器を投げ捨てて駆け寄る。

わき腹を抉られるような形で血を流し続けている真由羅に、すぐに止血の手順をくむ智樹を見て、健吾は真由羅の口に自分の唇を押しつけ、勢いよく息を吸う。

気管に詰まった血を吸い出し、いったん唇を離して地面に吐き出せば、赤い斑点がソコに広がり、健吾の口の端から血が流れる。

それを何度も繰り返す健吾を横目で見つつ、智樹は取り乱すように言った。


「クソッ!止まらないっ!」


二人の即座な対応を見て里の人間は唖然とするも、腹の底から煮えたぎるような怒りがこみ上げてきて、全員がゆっくりと光を睨む。

なぜ彼女がこのような目にあわなければいけないのかと。

彼女よりも遥に年を重ねた自分達でさえ逆らえずに、彼の思い通りに動いてきた。

けれど彼女は本当に里の人間らしく、自分らしく意思を貫き、ああいった行動を起こしたのだ。

自分達ができなかったことを彼女は命を懸けて実行した。

あまりにも無力でどうにもならない自分達の愚かさにさえ腹が立つ。

優花ほどではないけれど、自分達が守るべき長たる人に守られたと感じた時、その怒りの矛先は自然と光に向けるしかなかったのだった。

しかし光は優しく微笑みながらも里の人間につぶやいた。


「なにやってるの?早くそいつらを殺してよ。武器を投げ出して背を向けている奴らに攻撃なんか出来ないなんて馬鹿げたこと言わないよね?」


穏やかにそう言った光に対し、隣にいた健太郎が光の胸ぐらをつかんで罵倒した。


「貴様っ!!」


「なんで流が怒るの?おかしいじゃないか。約束は破ってないはずだよ?僕は二人に手を出してなんかいない。それに先に手を出してきたのは朱雀だ」


気の抜けた笑いを浮かべながらそうつぶやく光に、健太郎は眉をひそめ拳を振り上げる。

が、それを見た光はため息をもらすと、企みある笑顔を向けて嘆いた。


「やっぱりこんな賭じゃ面白くないね。強制的につれて帰ろう」


そう言って指先でトンッと軽く健太郎の胸を叩けば、健太郎の体は真後ろに吹っ飛び、襖を突き破りながら屋敷の中へと消えていく。


「しばらくそこでおとなしくしてて。こいつら全員始末するからさ」


そう言って光が振り返れば、里の人間達はすぐ間近に攻撃態勢で迫ってきていた。


「よくも真由羅様をっ!!」


怒りと悲しみからくる涙をこぼしながら飛びかかってくる人間達を、滑稽だと言わんばかりにほくそ笑みながら片手を向けた。


その時だった。



“控えよっ!!”



脳に直接入り込んでくる言葉に、里の人間達は無意識にその場にひざまづく。

それが誰の力で、どういったものかと理解している全員は、なぜ今のタイミングに……と困惑し、まさか神を助けたのではという自分たちに対する裏切りを感じ取り、その人を見た。


神とは別の尊さを放つその人は、まだ残る耐え切れぬ痛みに息を切らしながらも、まっすぐに立ち、前を見据えている。

その両頬に流れる涙を拭うことなく、睨むわけでもなく、澄んだ瞳を向けていたのだ。


「ははっどういう風の吹き回し?僕を助けて今度は何を懇願するつ……」


話している途中で光の言葉が切れた。

それがあまりにも不自然だったため、里の人間だけではなく、智樹達もが不思議そうに眉をひそめる。

優花でさえ驚きの表情を浮かべて、光を見つめた。


「なん……だ……?……なぜ……動かな……」


光でさえ驚きの声を漏らす。

見れば光は先ほどの動きからまったくもって動いていない。

動きを封じられたように、身動きできないでいる光にゆっくりと月の光が照らされた。

瞳に写るか写らないかの細い線が光を取り巻いている。

繊細に光の動きを止めたその糸に、誰もが唖然としていれば、里の中央にフワリとソレは下りてきた。

碧いシルク素材のマントを身にまとい、深くフードを被ってそれは顔を簡単に見せてはくれない。

月光を背に受けたその人物は、ゆっくりと地面に足をつけた。


「……もう少し、見ていたかったけれど……そうも言ってられないみたいですね」


唯一見える口元がそう呟いた。

誰も正体を知らないその人物は、ゆっくりと真由羅に応急処置を施す健吾と智樹に近づくと、やんわりと唇に笑みを漏らす。


「少し、いいですか?」


丁寧で、柔らかな言葉に、智樹は少しだけ怪訝そうな顔をして警戒心をむき出しにする。

しかし、健吾は安堵の表情を浮かべて少しだけ真由羅から離れると、血のついた唇を袖で拭いながら智樹に言った。


「大丈夫。味方だ」


健吾の言葉にようやく智樹は不満そうながらもゆっくりと真由羅から離れる。

その人は「ありがとう」と小さく呟くと、真由羅の怪我をしている腹部に手を当てた。


シュルンッと鋭いような、柔らかいような音が聞こえる。

ふと見れば、彼の指先から光を束縛している糸がスルスルと伸び、真由羅の怪我をいくつもの線になり重なって包み込んでいく。

どんなに智樹が頑張っても止まらなかった流血が、スッと消え、そこに真由羅の体が再生したように見えた。


「これで大丈夫ですよ。神経も全て繋いでおきましたから、数時間後には自由に動けるでしょう」


その人は静かにそういうと、ゆっくりと立ち上がり、全く動かずその場で待機していた警察を見る。

警察官達は先ほどから繰り広げられる人離れした戦いと、その人の奇妙な能力に、唖然としていたが、そこで一番偉いと思われる刑事が額に汗を流しながら小さく尋ねた。


「お前……まさか……“新月”?」


その小さな呟きに、その人はゆっくりと首を縦に動かして、それから答えるように言った。


「初めまして皆様。“新月”総隊長を務めます“SOUSHI”と申します」


そう名乗れば、警察官はざわめき立ち、里の人間の内、数人も驚きの声をあげる。

この人物に尋ねた刑事が「やっぱり」と声を漏らせば、近くに居た新人らしき警察官が隣に立っていた先輩の警察官に小さく尋ねた。


「“新月”って何ですか……?」


「前に教えたろ……“新月-new moon-”は学生のみで構成された日本の裏組織だ……。学生と言っても権力を持っていたり、あそこにいるヤツみたいに超能力を持っていたりする異色の集団で、明治維新に関わった新撰組の形態で組織されている。No.0の“ISAMI”は絶対人前に姿を現さないっつー謎めいた集団だ。……“SOUSHI”つったら“新月”のNo.3だぞ……なんでこんなところに……」


「……なんかマズイんですか?」


「マズイどころじゃねぇよ。ことによっちゃあ、日本政府でさえ逆らえない、日本経済を牛耳る裏組織だぞ……一言でも逆らってみろ……少なくとも日本には住めなくなる……酷ければ……存在自体、消されるぞ……?」


「た……ただの学生集団じゃないってことですか?」


「奴等に法律なんて通用しない。ましてや俺達警察なんて足元にも及ばねぇんだよ……」


切羽詰った先輩警察官の言葉に、後輩警察官はただ固唾を呑んでそこに立つ“SOUSHI”と名乗る人物を凝視する。

“SOUSHI”は穏やかに微笑んで、警察全体に聞こえるように言った。


「四方の里については我々の管轄となりました。そちらの総監にはすでに許可を頂きましたので、今後何か起こりましても“新月”が責任を持ち処理致します。現段階では身動きが取れないようですので、お体の自由を取り戻され次第、御撤退の程よろしくお願い致したくご連絡を」


その言葉を聞いて、里の人間が何を言っても引くことがなかった警察官達は、決定権を持つ刑事を見つめ、刑事はその視線を感じながらも恐る恐るつぶやいた。


「了解だ。そちらの局長さんにもよろしく伝えてくれ」


「心得ました」


そう言って“SOUSHI”が彼らから視線をはずし、光に振り返ると同時に、今まで平気そうにその人と話していた刑事がその場に座り込んで、とめどなくあふれ出てくる冷や汗を拭わずにはいられなかった。


「大丈夫ですか刑事?!」


「大丈夫そうに見えるか……?っ……なんつーガキだ……あのヤロウ……言葉は丁寧だが……明らかに威圧しやがった……」


その人物に聞こえないように小さく悪態を漏らせば、周囲にいた警察官は顔を見合わせ不安そうな表情を浮かべるだけだった。


“SOUSHI”は、自分の役目を終えたというように、ゆっくりと光を横目で見つめながら優花に歩み寄って行く。

優花は頬を涙でぬらしたまま自分に近づいてくるその人を見つめるしか出来なかった。


「っ人間ごときがっ!!僕に何をしたっ!!?何者だ貴様っ!!!」


あと数十メートルで優花の元にたどり着く、そんな距離にまで迫った時、光が正体の見えないその人物に罵声を浴びせる。

身動きもとれず、なんともできない光は、先ほどから比べてしまえばあまりにも無力に見え、嘆かわしい。

“SOUSHI”は振り返りもせずに、ただのんびりとした言葉を光に返した。


「アナタの気まぐれで生まれた人離れした人です。お1つ忠告しておきますが、その状態で御身のお力を使用されないほうがよろしいですよ。全てその身に跳ね返ることとなりますから」


そう呟いただけで、その人はまた優花に歩み寄って行く。

そしてようやくそこまでたどり着いたその人は優花を見つめ、口元だけで微笑むと穏やかに言った。


「お優しい方。どうかご自分をお責めになるのはおやめ下さいね」


「っ!?」


「アナタのようなお力を持つ人間は、僕以外にもまだまだ沢山存在します。アナタだけではないし、アナタのせいではありませんよ」


穏やかに、心に素直に染み込んで来るその言葉に、優花はただ驚きと、新鮮さと、複雑さが入り混じったような表情で小さく頷く。

その人はふふっと小さく笑い声を漏らすと、手をゆっくりと伸ばし、優花の頬を流れる涙を拭った。


「お優しい方。アナタが“元々持ち合わせていたお力”で、救って差し上げてくださいね」


そう言い残せば、その人の体はまたフワリと宙を浮き、いつの間にか月の光に溶け込むように姿を消す。

それを見届けるように見上げれば、光は気に食わないように地面に視線を落として大声で怒鳴り始めた。



「ふざけるなっ!!!何が人間だっ!何が気まぐれだっ!!貴様等は何の役にも立たなかったグズのクセにっ!!どれだけ僕を馬鹿にすれば気が済むっ!?!僕が居なければ何も出来ないくせに!僕に縋りつかなければ何も出来ないくせに!!流だってお前達が居なければ失うことがなかったんだ!!流も流だっ!!!人間ごときにうつつを抜かして!!その身を滅ぼして!!僕が居なければ流の存在なんて意味がないくせに!!流は僕の傍に居なければ存在の意味なんてないんだっ!!僕が全てなんだっ!!!」


息を切らすこともなくそう叫べば、周囲に居た人間は誰もが怒りをこみ上げさせ、今にも殺してやりたいという衝動に駆られる。

けれど優花から受けた言葉の鎖から逃れられることはできず、ただ地面に膝をつき、そこで血がにじむほど手を握り締めた。


パンッ!!


張り詰めた緊張が弾けたかのように、大きな音が響いた。

その音の正体を突き止めるように顔を上げれば、その様子に周囲から怒りの色は消え、代わりに驚きの色が広がっていく。

真由羅を抱きかかえ、縁に横たわらせていた健吾と智樹はそれに驚くことなくそちらを見つめる。

殴られた頬が熱を帯び、次第に赤くなっていく様が見て取れる。

殴った本人は、殴られたその人を見て涙をボロボロとこぼした。


「馬鹿言うなっ!!!」


いつの間にかは分からない。

優花が光の頬を殴ってそう叫んだのだ。

どれほど攻撃されたことはあっても、実際人の手で殴られたのは初めてだった光にとっては、怒りと悲しみと苦しみと色々な感情が渦巻いたまま自分を殴った優花をギッと睨んだ。


「何をっ!!」


「気まぐれで人を傷つけるなっ!!皆を否定するなっ!!皆必死に生きてるんだっ!!」


「生きてるっ!?はっ!ふざけたことを言うな!!そう言うなら全員僕に感謝すべきなんだっ!!僕が生かしてるんだ!!流が人の役に立ったことはあるか!?ないだろう!?人を悲しませることしか出来ない神なんて、僕が居なければ意味なんてっ!!!」


「違うっ!!!人がどうして命を大切にするかわかってない!!どうしてアナタ(ひかり)を求めるか分かってない!!死があるから人は命を大切にするの!!闇があるから人は光を求めるんだっ!!」



『光……人の命が永遠でないことには意味があるの……それはとてもとても大切で……流が存在しなければ……私達はきっとその大切さに気付けずに永遠を生きることになるのよ……』



目を見開き、反論することを忘れたように優花を見つめる光に、優花は涙をこぼしながら続けて言った。


「もう……誰も傷つけさせはしない……。誰も傷つけさせはしないっ!血を流すところも見たくない!!誰かが死ぬなんてもう嫌だっ!!」


その身を切り裂くような苦痛の叫びに、そこにいた里の人間の誰もが涙をこぼし始めた。

この人は自分の力を、化け物と忌み嫌っていた自分達を守るために使ってくれたのだと。

神を助けたのではなかったのだと。


あまりにも重荷を背負わせすぎていた。

自分達よりも短い人生しか歩んでいない彼女が、誰よりも人を愛し、誰よりも自分達を想い、誰よりも命の尊さを知っている。

今まで何を見てきたのだろう。

身内殺しと言われ、一般の世界から隔離され、それでも生きることしかできなかった無力過ぎる自分達を守り続けてくれたのだと。

誰も彼女を守る人など居なかった。

誰も彼女を愛することなどできなかった。

自分達と少しだけ違うだけのことで、隔離し、化け物と呼び、彼女を見ることで自分達はまだマシだと思わずには居られなかったのに。

こんなにも酷く彼女を傷つけていたのに、彼女は自分達を守り続け、自分達の代わりに傷つき、一人で生きてきたと。


誇らしかった。


誰よりも愛しいと思った。


自分達がこの里に生まれ、決められた運命を呪わずには居られなかったはずなのに、今はこの里の人間であることを誇らしく思える。

誰よりも彼女を尊いと、そう思ったのだ。


「いててっ……」


場に似合わぬ言葉を漏らしながら、優花を後ろから抱きすくめるその人に、周囲は驚きもせずに見守る。


「また泣いてる……泣き虫だね優花」


ボロボロになったその体で優花を包み込みながら、彼女の心の傷を癒すような笑顔を向ける。

抱きつかれた優花は少し驚きながらも、すぐに口をつぐんで照れくさそうに俯きながら、自分を抱きしめる腕に手を添えた。

彼はそれに答えるように、抱きしめる力を少しだけ強めて、彼女の後ろから覗き込むように光を見る。

光は何も言わず、ただ複雑そうな、悲しそうな表情で健太郎を見つめ、健太郎はそれに答えるように言った。


「俺……お前の孤独が分からないでもないよ。お前に比べればそりゃあ短い時間かも知れなし、ちっぽけな話かも知れないけど。お前に必要とされたのは嬉しい。けど、もう俺は流じゃない。里見健太郎って人間なんだよ。俺を、里見健太郎を必要としてくれる人たちが、この世界には沢山居る。お前は、俺を否定した時点で自分を否定していることに気付かなかったろう。その時点でお前は負けてるんだよ」


「違う……僕は……」


「違わない。人の存在や価値を決めていいのは神様なんかじゃない。他人でもない。自分なんだ。自分が自分を否定することが一番悲しいことだって知ってた?自分には価値がない。自分には生きる資格がない。んな資格を取る必要どこにある?価値を決めなければいけないって誰が決めた?」


「っ!……僕は……僕は……」


「光、お前の願い……叶えてやるよ」


なんの反論もできない光に、健太郎は静かにそう言うと、優花から離れ、光の目の前に立つとゆっくりと光を抱きしめ、耳元で静かに呟いた。


「光、お前はちゃんと必要とされているよ。ありがとう……ありがとう……人間を生んでくれて……俺を必要としてくれて……。光……やっと見つけた……」





『ありがとう……光……私を見つけてくれて……』





プツンと、光を束縛していた糸が次々に切れ始める。

あふれ出す光の涙は結晶にはならず、液体のまま地面へと吸い込まれるように落ちていく。



いつの間にか自分は生まれていた。



神として生きてきた。



その存在は覆ることがなく永遠だった。



新たな神を生んでも



新たな人を生んでも



それは決して覆ることのない定められた地位だった。



流が居たから寂しくなんてなかった



流が居たから自分は存在する価値があるなんて知っていた



人が流を嫌っても



流が人を嫌っても



自分だけは彼の味方で居ようと決めていた



だけど出会ってしまった



彼は“自分だけ”の“人”に



彼女が僕より先に彼を“神”と呼んだ時



酷く怖くなった



自分だけがそう呼ばれていた時期もあった



けれど人が気付き始めた



流が“本物”であることを



恐ろしくてたまらなかった



自分と等しい存在であるはずの流が



あまりにも遠くに感じる



なぜ自分を置いて



人になりたいと願うのかがわからなかった



その存在がなければ



自分は無になってしまう



それだけは嫌だ



それだけは絶対に嫌だ



自分が自分でなくなってしまう衝動が



殺戮を生んだ



流を殺し



流が愛したあの人は里の人間達の手にかかり



なぜこんなことになってしまったのか



なぜ自分はこんなことをしてしまったのか



呪わずにはいられなかった



人間を



自分自身を



早く取り戻さなければ



早く見つけなければ



自分の存在がわからなくなる



誰か



誰か



誰か僕を必要として……



僕を見つけて……



僕を愛して……



『ね、光……。私ね、光も流も大好きよ』


『嘘つきだねタツノ。流の方が好きなくせに……』


『ヤキモチ?』


『ばっ!馬鹿言うなっ!誰がお前なんかにっ!』


『違うわ、流にヤキモチ妬いてるの?って聞いたの』


『……なぜ?』


『光、怯えてるみたいだもの。流が居なければ、きっと光は壊れてしまうわね』


『……違うよ……そんなんじゃない……』


『違うの?』


『違う……僕は……僕は流とタツノが幸せならそれでいいんだ』


『ふふっ、随分優しい考えになったのね。光、最初会った時はツンツンしてたのに』


『馬鹿にしているの?』


『馬鹿にしてないわ。もう、光はすぐ僻みっぽくなるんだから』


『ふんっ……どうせ僕はないものねだりさ……流は僕であって僕じゃない……ずっと一緒になんか……きっと居られなくなる……』


『あら、じゃあこういうのはどう?』


『……何?』


『光と流、二人を同時に呼ぶ時は“光流”って呼ぶわ』


『名前を合わせただけじゃないか?』


『あははっ、そうね。でもこの名前だと二人はいつでも一緒よ?どこに居ても、どんなに離れていても、ずっと一緒』


『……可笑しいな……タツノが入ってないじゃないか』


『あら、私も入れてくれるの?……んー……じゃあこういうのはどう?私の名前は龍乃たつのだから、流を龍にしちゃうの』


『それじゃあ僕はそのままじゃないか』


『じゃあ光の色である黄色から光を黄って置き換えるのは?』


『ははっ、タツノにとって光は黄色なの?』


『そうよ?気に食わないかしら?金色だとなんだか高級すぎて光に合わないわ』


『相変わらず失礼だね。でもタツノがそう言うならそれでいいよ』


『よかった。じゃあ私達、三人合わせて“黄龍”ね』


『三人いつも一緒ってこと……ははっ、満足できたかい?』


『ええ、とっても。流に教えてこなきゃ。光の僻み話』


『ひ、僻んでなんかないって言ってるだろっ!?』


『あはははっ!』




ああ



僕は確かにここに居た

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