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宴と条件



つまらぬなら終わらせてしまえばいい




「真由羅様!!」


バタバタとみっともなく駆け寄ってくる女中に、私は思わずため息を漏らした。


「はしたない。忙しいのは分かるがもう少し…」


「大変でございますっ!!婚姻の儀が取りやめに!!」


私の言葉をさえぎって、叫ぶように言った女中の言葉に、私だけではなく、その周囲の重臣や女中達もざわめきを覚える。

息を切らした女中に、私は眉を潜めて尋ねた。


「どういうこと?」


少しキツくなった言葉だけれど、女中は少しだけ頭を下げて震える声で言った。


「玄武の…玄武の現当主が…お亡くなりに…」


それを聞いて私はますます眉を潜めた。

当主にしろ何にしろ、私達でいう“死”は“寿命”や“病死”、“事故”ではなく明らかに“他殺”。

この里に生まれてくるものの運命であり、それは逃れられない血筋。

その人が一番大切に思っていた人に殺されるのだ。

それがこの里の人間達すべてにかけられた呪い。

神の力を喜んで手に入れた報いがそうやって現れている。

突然、自分の意思とは関係なくそれは起こる。

体が動き出し、意思とは別に、意識があるままその愛する人を惨殺する。

自分の手で愛する人を殺し、その報いを心に受けて、その人は心を壊していく。

この人を殺すということを禁じられたこの世界で、それはあまりにも残酷で、あまりにも酷い呪い。


私もいつかは誰かを殺し、誰かに殺される運命だと。


ずっと幼い頃から言い聞かされてきた。

それが愛しい人に殺されるならと、そう思ったときさえあったけれど、それはただ夢の又夢で、現実はそう甘くない。

愛しい人の返り血を浴び、赤く染まるその場所で、涙を流すことも出来なくなるほど精神が崩壊していく里の者達を幾度となく見てきた。

里は政府からも見放され、いつの間にか世の中との壁を作り、一般との関わりを失った。

里の血が流れているものと関われば、一般でさえも殺人鬼に変わる。

里の地から出て行ってもそれはかわらない。

里を忘れ、外へ出て愛するものができたとしても、それは突然訪れること。

世を賑わす子供殺しや親殺しはそういう里を捨てた人間の身内に起こることなのだ。


私は静かに目を閉じ、ゆっくりと瞳を開けば、先ほどと変わらぬほど静かに見守る周囲と女中に、静かに声をかけた。


「相手は?」


この言葉に、女中はまたビクッと体を揺らす。

相手、それは殺した人のことだ。

この里では当然となってしまったその言葉に、答えが返って来たのは意外な人物からだった。


「母上ですよ」


いたって冷静なその言葉に、周囲は驚きのあまり俊敏にそちらを向く。

静かに、婚姻の衣装を身にまとったままの諒が、そこに立ちすくんでいた。


「諒…」


私が睨むように彼を見れば、彼は気にしない態度のまま早足で私に近づいてくる。

女中は慌ててその場から少しだけ後ずさりをして頭を垂れ下げる。

諒は冷たい表情のまま私の目の前に立った。


「その時点で、俺が玄武軍の当主になった。時期には来ていないけれど、当主が居なくなっては困るもの」


そういって、少しだけ衣装をはだけさせる。

諒の鎖骨には完成された玄武のアザがしっかりと目に飛び込んできた。

私がギュッと手を握りめれば、諒は周囲のものを下がらせ、私とその場に二人きりになる。

日が沈んでいくそれを見つめながら、諒は情けない言葉を漏らした。


「皮肉だね…親が死んだことも、自分が当主になったことも全然実感がわかないんだ」


「里に生まれた運命だといってしまえばそれでおしまいよ」


静かに返す私の言葉に、諒はハハッと乾いた声を出して笑う。

そのまま諒は私の肩に自分の額を置いて、私もそれを止めずに受け入れた。


「なんでかな…こんな冷静な頭で考えることはやっぱり優花姉の事なんだ…。自分達は身内殺しを当たり前のように受け入れて…それでこそ自分が人間でないみたいで…。ただ優花姉を見れば…自分はまだマシって思えてしまう…」


「自分より惨めな人が居なければならないだなんて…本当、嫌な運命を背負って生まれちゃったわね」


私が同情もなく、ただ自分の思ったことを単調に述べれば、諒はただ私の肩でクツクツと可笑しそうに笑った。


「・・・優花姉に“憶印”をうった。“宴”が始まる」


「なっ!!」


小さく耳元で呟かれた言葉に、私が動揺すれば、諒は顔を上げて私に視線を合わせた。


「優花姉からのプレゼントだよ」


そう言って諒は何の弁解もなしに私の和服をはだけさせ、肩にあった私のアザに口付ける。


「っ!!」


途端、体の奥底が熱く燃え上がった。

自分が自分の体でなくなるような感覚と、渦巻く感情。

憎しみだとか悲しみだとか、楽しいことだとか、その感情はよくわからないほど入り混じっていて。


諒が唇を離せば、私は肩のアザをギュッと押さえた。

その様子を見て諒がフッと目を細める。


「現時点で鶴来真由羅を朱雀軍当主とし、これから宴の準備へと同行していただく」


まっすぐな瞳を向けて話す諒に、私は驚きの表情を向けた。


「朱雀の力を…私に?」


「優花姉がね、真由姉には朱雀の器は備わっていないって。だから自分の器ごとくれたんだよ」


内心、穏やかでないはずの諒が、ニッコリと微笑んで答える。

先ほどまでの緊張感を和ませるように、そう言った諒に、私は少しだけ同情した。


「“宴”が始まる。行こう、“朱雀の君”」


「ええ…“玄武の君”」













ふと、胸元に違和感を覚えた。

胸騒ぎとかそういうものではなく、物理的な何かだ。

話を聞き終えた俺がその違和感に胸を押さえれば、彼は少しだけ不思議そうな顔をした。


「どないしたん?」


「あ、いや…なんか…違和感が…」


俺がそう静かに呟けば、吉倉も不安げに俺に歩み寄ってくる。

金城さんは何かに気がついたのか、手で押さえている俺の胸元をじっと見つめた。


「…シャツ…めくってみぃ」


「へ?」


「変な意味やあらへん。ええから」


意味もわからないまま俺がゆっくりとTシャツをめくる。

違和感を覚えた場所を自分でもしっかりと見れば、金城さんは目を大きく見開いた。


「…のヤロウッ!!“憶印”をうちよった!!」


そこにあったのは奇妙なアザだった。

以前、優花や鶴来先輩が見せてくれたアザにも似ているが、それとはまた別の形をしている。

なぜそれが俺の胸元に、心臓の位置に現れたのかがわからない。

金城さんの口走った言葉の意味も理解できないまま、思わず吉倉と顔を見合わせる。

改めてその“憶印”の意味を尋ねようと金城さんに話しかけようとしたその時、襖が勢いよく左右に開かれた。


「なんだ、久徳も居たのか?」


入ってきたのは鶴来先輩と、水鏡諒の二人だった。


「お前らっ!!ちょぉ!!コイツに“憶印”が!!お前がうったんか!!」


金城さんが勢いよく水鏡に食って掛かれば、水鏡は表情を変えないまま頷く。

それを見た鶴来先輩が、また冷静な目で俺を見て答えた。


「“優花様”が望んだことだから。やはり選ばれたのは里見健太郎だったのね」


鶴来先輩が初めて優花の事をそう呼んだ。


俺と吉倉は会話についていけないまま不思議そうに三人を見つめる。

とりあえずTシャツを元に戻して立ち上がれば、金城さんは渋い顔をしながら二人の元へ歩み寄る。


「姫さんは?」


「今、蜜夜みつやが傍に」


「そか…」


そう言って俺に振り返った金城さんは、先ほどのおどけた態度がまったく嘘だったかのようにまっすぐに俺を見て。

三人の視線は冷たく、恐ろしく、かすかに希望の色をみせた。


「選ばれし者よ。神々と同等の力を得た者よ。“宴”へ向かう。着いて来い」


重苦しい雰囲気に、一瞬吉倉を横目で見るが、吉倉はその雰囲気に自分は関わらないほうがいいと判断したのか、首を横に振る。

俺はわけのわからないまま小さく頷いて三人のもとへ向かえば、三人は静かに廊下を歩き始めた。


「行ってくる」


俺が何かの覚悟を決めて吉倉にそういえば、吉倉はヘッと微笑んで憎まれ口を叩く。


「骨は拾ってやる」


「もっと気の利いたこと言えよお前」


「馬鹿言え。てめぇにはコレで充分だ」


そう言って手をヒラヒラとさせる吉倉に、俺は笑いながら三人の後ろについて歩いた。


吉倉が一緒に居てくれて本当によかった。

きっと自分だけじゃ立ち上がる元気も出なかったはずだ。

こんな時にまで気を利かせて冗談を言ってくれる悪友が居て本当に良かった。

心からそう、吉倉に感謝した。




何が起こるのかはわからないけれど、それはあまりにも不思議な光景だったらしく、廊下を進むに連れて周囲がざわめき立つ。

ヒソヒソと小声で話す女中や、驚いて踵を返し逃げていく重臣達。

“宴”というのは何かよく分かっていない。

でもこの反応を見れば、あまりよくないことらしい。

進んでいくに連れて、そこは俺が最初に通された大きな広間へ行く廊下だと悟り始めた頃、反対側からも後ろ側からもバタバタと年老いた重臣達が駆け出してきた。

広間の襖の前に立ったとき、その庭先や廊下の四方を沢山の重臣達や里の人間が囲み俺達を睨んでいる。


何も言わないまま、でも何か言いたげなその周囲の人たちをよそに、三人は広間の襖を開けた。


そこに居たのは上座の脇で静かにたたずむ一人の少年。

銀色の髪がサラサラとゆれ、切れ目の瞳で、すっとこちらを見つめる。


そして・・・


「優花っ!!」


とっさに駆け出そうとした俺の動きを、水鏡は素早く静止した。

一瞬水鏡を睨むも、彼は何も言わないまま冷たい視線を優花に向ける。

俺はその視線が気になって、落ち着いてもう一度静かにそこにいた優花を見つめた。

艶やかに彩られたその姿はあまりにも綺麗で思わず見入ってしまう。

普段が普段なだけに、正装をした優花の姿は本当に綺麗だった。

上座に横たわるようにそこに居る優花はこちらを向いたまま黙って座っている。

俺と視線が合っているはずなのに、唇をきゅっと結んだまま何も言おうとしない。

それどころか、いつも笑顔を絶やさない優花の表情は無表情なままだった。

それが一体何を意味しているのかがわからなかった。

きっとそれらしい服装をしているから、それらしい態度を取っているのだと勘違いしていた。


優花を見つめたまま立ち尽くした俺を置いて、三人は前へ進むと上座の両脇に、まるで優花を守るように四方に立つ。

静かに俺を見つめる五人は、相変わらず冷たい視線のまま俺を見つめた。

そこに漂う空気はピリピリとしていて、思わず逃げ出したくなる。

でもそれは決して自分の意思ではないと、気を取り直せば俺はゆっくりと口を開いた。


「一体…何が始まるんだ?」


俺がそう呟くように言えば、鶴来先輩はスッと目を細める。

そこから優花を囲んだ四人が代わる代わるに口を開いた。


「今から始まるは“神の宴”」


「“憶印”を“黄龍”に刻印することによりそれは始まる」


「“憶印”とはその名の通り“記憶を封印”することになる」


「“黄龍”たる“如月優花”はその存在を“封印”された」


「“記憶”とはその名のものにあらず」


「“感情”“言葉”“表情”“動作”全てを表に現すことは出来ない“人形”となる」


「“宴”は“黄龍”に選ばれし者が・・・」


「ちょっ!!ちょっと待って!!いきなり沢山言われてわからないよっ!!」


俺が言葉をさえぎって片手で頭を押さえれば、四人は静かに口をつぐむ。

いきなり始まった儀式のような口調に、俺は頭を抱えたくなってきた。

冷静に今四人が口々にしたことを頭の中で整理しはじめる。


つまり?


俺に説明されていたのは先ほどから気になっていた“宴”の内容らしい。

“憶印”って言うのはよくわからないけれど、それは“記憶を封印”するということで?

その記憶の封印っていうのは優花が受けたもので?

今の優花は何も出来ないただの人形みたいになってるってことで?

ってか何でそんな事にならなきゃいけないわけだ?

一体なんの利点があってそういうことをするのだろうか。

そんなことではますます“宴”の意味がわからなくなってきている。

理解に苦しむ俺を見て、鶴来先輩は静かに言った。


「優花ちゃんが何も出来なくなれば、里の人間は思うように優花ちゃんの持つ力を利用できる。それでこそ“人形”のように。ただ操るだけの存在になる」


「そうなった優花姉を、里見先輩は放っておく?」


今までの口調を和らげて、俺に尋ねるように語りかけてくる。

水鏡が続けるようにそう言えば、俺は最初からもう一度理解を深めるために“宴”の意味を聞くことにした。

俺が意味を聞けば、銀髪の少年が順番を間違ったようだと小さくため息を漏らす。

ちゃんと俺の問いには答えてくれるらしく、四人はまた俺のほうを静かに見つめた。


「“宴”は“解放”と“永遠”の選択を出来る唯一の方法なの」


「選ばれし者・・・つまり里見君が“条件”を満たせば“解放”される。四神の力は天へと還り、また“黄龍”の力も天へと還る」


つまり、力を失い、里の民も呪いから解放されることを言う、と金城さんが付け足した。

それを聞くうちに、ますます自分が関係のないことに疑問をもつも、俺は静かに口をつぐんだ。


「“永遠”はこれ全て。このままの事を指す。呪いも、力も、優花ちゃんの“憶印”そのものも、すべてこのまま貫いていくこと」


「“永遠”とは“不変”そのもの。“神”を喜ばす“宴”を里の民がその身をもって行わなければならなくなる」


その一言に、俺は眉を潜めた。


里の民がその身をもってとはどういう意味だろうか?

頭に浮かんだ疑問を自分なりに考えれば、それを見ていた銀髪の少年がゆっくりと口を開いた。


「里の人間が“半数”になるまで殺し合いをする」


「なっ!!」


「それは老若男女問わず。生き残るために誰かに刃を向ける。コレは呪いとは違う。里の民自身の判断で」


「自身の判断ならやらなければいいじゃないかっ!!そんな事っ!!」


「殺さなければ殺される。ただそれだけで人は人を殺せるんだよ」


「里の民は特にその意識が強い。それが当然になっているからだ」


その一言はあまりにも簡単に声になり俺の耳元へと届く。

この世の中、人を殺すだのそれが当然だのと言えてしまうこいつ等の神経を疑ってしまう。

里の人間にとって、それが当然だと思われているなんて信じられなかったし、同じ人間として恥だとさえ感じた。

今の世の中は人の命を大切にしてきている。

ここの里の人間は、頭の中かがまだ戦時中らしい。


「じゃあ、俺がその“条件”を満たせばいいのか?殺し合いもせずに済むのか?」


俺がそう強く言えば、四人は顔を合わせるように中央に横たわる優花を見つめる。

それからゆっくりともう一度俺を見つめれば、四人は声をそろえていった。


『神の願いを叶えよ』


「神の願いを、己自身で考え、答えを導き、願いを叶えよ」


「選ばれし者には神の願いを叶える力が与えられている。それを使い、明日の晩、十二時までに願いを叶えよ」


「時間に間に合わなければその時点で“宴”は終了となる」


「ここに留まることは許されぬ」


「ここに留まれば答えを望んでしまうから」


「一時この場を離れ、己自身で考えた神の願いを叶えに戻ってくるがよい」


神様の願い事を・・・?

それはあまりにも難しいものだった。

優花の願い事なら色々と思いつくのだが、神様となれば話は別。

一つも思いつきやしない。

なるほど、これが“宴”というものなのか。

“解放できないように”できているものだと悟る。

俺は唇をかみ締め、睨むように黙ったままの優花を見つめれば、優花は何言わぬ顔でこちらをじっと見つめたままだった。

何を考えて優花は俺を選んだのかよくわからない。

だって俺は里の人間とか全然関係のない、ただの一般人なんだよ?

今まで普通に過ごしてきて、神様とか殺し合いだとかそんな事言われても理解できないだらけでさ。

そんなところに俺だけ一人残していくなんて卑怯だよ優花は。

静かに中央に居る優花を見つめて、俺はフッと皮肉の笑みを浮かべた。


「最初から“宴”をしないという選択もある。じっくり考えて行動せよ」


「我々、四神の力を携える者はこの場を離れることは出来ない」


「“人形”と化した“黄龍”の力を持つものを“宴”が終了するまで守護する役目がある」


「だから私達は手助けできないけど・・・でも・・・里見君。優花ちゃんを助けてあげて・・・」


鶴来先輩が消え去るような言葉でそう呟いて、俺は呆然としながらも小さく頷いて踵を返す。

こんなことに巻き込まれるだなんて思っても居なかった。

けれどそれが俺にしかできないのなら、俺がやるしかないじゃないか。

俺は決意を拳に握り締め、その広間をあとにする。




一瞬




何が起こったのかわからなかった。


突然後ろから羽交い絞めされたかと思うと、口元を布で覆われる。

薬品の匂いが鼻の奥を刺激する。

クラリと頭の中が可笑しくなったかと思うと、優花の爺さんの姿が目に映って。


俺はそのまま静かに意識を手放した。


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