神との契約
それは尊ぶべきモノか
恐れるべきモノなのか
バタバタとせわしなく足音が聞こえる。
多分、婚姻の儀の準備で女中たちがただ慌しく屋敷内を駆け回っているんだと思う。
俺はそれを確かめることもなく、ただ両膝を抱えて顔をそこにうずめていた。
用意された部屋は広すぎて、自分が一人でそこに入れられたきさえする。
吉倉は静かに別の場所で、様子を伺っているようだけど、悪友がどうしていようと、気にかけることすらできないまま俺は逃げていた。
何から逃げているのかわからない。
それが現実からなのか、それとも彼女からなのか。
深い暗闇の泥沼で、ただ誰かが手を差し伸べてくれるのを待っているのかもしれない。
誰を?
そんなことはわからない。
自分はただそこにいて、何を望んでいるのかもわからなくなっていく。
心が壊れるってこういうことなのか?
グルグルと脳内を渦巻く闇から抜け出せないまま、刻々と時間が過ぎていく。
時計も何もない部屋。
ただ廊下を足音だけが過ぎていく。
早くここから抜け出したいとさえ思いはじめてきた。
何もかも、すべてから逃げ出したいと。
「おー。おったおった。アンタが姫さんの男?」
突然襖が開いたかと思えば、単調な大阪弁が繰り出される。
俺は顔を上げず、無反応なままその言葉を無視すれば、吉倉が立ち上がった音が聞こえた。
「俺じゃなくて、そっち」
どうやら入ってきた声の主は、俺と吉倉を間違えたらしい。
久々に発せられた吉倉の声はいつもより少し枯れた声だった。
声の主らしき足音が、俺の目の前まで歩み寄る。
髪を握られたかと思うと、そのまま髪を引っ張られ無理やり顔をあげさせられた俺は痛さで少しだけ眉をひそめた。
「なんや、生きとるやん」
暗闇から抜け出した俺は目を細めてその声の主を見る。
白髪のツンツンと立たせた髪がまぶしい、笹木みたいな若い男性だった。
男は俺の髪からパッと手を離すと、ニッと微笑んで俺を見る。
「堪忍堪忍。そんなに睨まんでもええやろ?アンタが里に入る前から居ったんやけど、忙しくてなかなか来れへんかったんや。堪忍な?」
俺は無言のままそいつを見つめれば、そいつは俺の頭をポンポンと叩いて微笑んだ。
「挨拶が遅れたわ。俺、白虎軍金城家現当主、金城久徳言います。よろしゅう色男♪」
その男はそう名乗って、俺の横に図々しく座り込むと、俺の頭をまたポンポンとなでた。
「アンタも大変やったな。力になってやれへんで本当にすまん」
「別に…」
何も言えなかった。
この人も里の人間だと思えば、この優しさが偽者なのか本物なのかがわからないからだ。
どういえばこの人は俺をほっといてくれるだろうか?
ふと、視線を別のところへ向ければ、吉倉の姿が目に入る。
何も言わないまま、ただ苦しそうに、つらそうに俺を見つめてそこに居て。
どうすればいいのかわからなくなったこの空間に、彼はまた俺の頭をペシペシと殴るようになでた。
「里は重すぎたやろ?ええねん。もう…一人で背負い込むなや」
その声は先ほどのふざけた大阪弁とは比べ物にならないほど穏やかで。
静かにそちらを見つめれば。
ソイツは本当に穏やかな微笑を俺に向けてくれていた。
「…っ!」
どうして。
どうして今まで出なかった涙が今になって零れだすんだろう。
自分でも不思議なくらい素直に涙がこぼれ始める。
零れて、あふれ出して、今までためていた色んなものが一緒に外へと噴出していく。
ごめんなさい
ほんの少しでも彼女を
あの寂しいあの人を
恐ろしいと感じてしまって
あの人を信じてあげられなくて
あの人の一部を
とても憎いと感じてしまって
それはすべてを否定してしまうことなのに
それは自分の気持ちを否定してしまうことなのに
同じだったのに
“寂しい”と
同じように感じていたはずなのに
置かされた境遇が
あまりにも違いすぎて
混乱し続けていた
もう一度
もう一度チャンスをください
俺にもう一度だけ
貴女を愛するチャンスをください
今度貴女に会ったときは
二度と手放さないと誓うから
貴女を
貴女だけを愛すると誓うから
まだ出会って数分も経っていない男に
俺はただすがりつくように
声も出さずに泣き続けた
ソイツは
ただ微笑んで、俺の背を撫でながら
静かにその話を始めた
「色男…昔話をしてやるよ」
それは遥か昔のお話…
むかしむかし、この世界には独りの“神様”が存在しました。
“神様”は長い年月をずっと独りで過ごしてきました。
長い、長い年月は“神様”に“孤独”という感情を募らせ、その感情が次第に“神様”を支配していきました。
“神様”はその“孤独”から抜け出すため、新しい“四つの神様”を創りました。
ところが“四つの神様”は、皆与えられた神の力が反発し合い仲が悪く、“神様”を置いて“四方の地”へ行ってしまったのです。
“神様”はまた独りきりになってしまいました。
“神様”は考えました。
“四方へ散ってしまった神は、皆別の神の力を持ったからここに留まってはくれなかった。神の力を持たぬ、新しい生き物を創ればいい”
“神様”はそう考え、新しい生き物を創ったのです。
新しい生き物はずっと“神様”の傍にいました。
“神様”も、その新しい生き物をどんどんと創り続け、その新しい生き物に“人間”という名をつけました。
“神様”は自分を必要としてくれる“人間”達を大層可愛がり、“人間”達も“神様”を喜ばせるために多くの貢ぎ物を送り、敬いました。
しかしその関係は長くは続きませんでした。
一番最初に創った“人間”が壊れてしまったのです。
日が経つにつれ、“人間”達は次々に壊れていきました。
神の力を一切持たない“人間”には神に備わってはいない“寿命”というものがあったのです。
“人間”達は“神様”に怒りをぶつけました。
“なぜ私達は神のような命がないのですか?”
“私達は神の意向でワザと欠陥品として創られたのですか?”
“神は万能ではない”
“神はずるい”
“神は卑怯だ”
“神の己の欲のために我々は創られ壊れていくのですか”
“神よ”
“我々は神の玩具ではない”
“人間”達は“神様”を信じなくなりました。
“神様”は何も言い返すことができず、自分から離れていく“人間”達をただ見つめ続けることしかできませんでした。
それは再び始まる“孤独”との戦いでした。
自分達で生きるすべを見出した“人間”達は、知恵をつけていきました。
そして“欲”が生まれ、“人間”達は互いに傷つけあい、勝利を得、それに酔いしれていったのです。
“神様”は“人間”達から遠い遠い場所に身を隠しました。
自分の創り出したモノ達から嫌われ、疎まれてしまったことに嘆き悲しみました。
それからまたしばらくの年月が過ぎました。
“人間”達の生活は豊かになり、争いのやまぬ時代へと突入してきたころ、“神様”はふと考えました。
“そうだ。私が人間になればいい。人間に化けて人間の居る世界に降りてみよう”
“神様”はそういって一人の“人間”に化け、地上へと降り立ったのです。
地上はすばらしいところでした。
“人間”達は自分達と変わりない容姿を持った“神様”を歓迎し、同等の扱いをしてくれました。
“神様”も長く続いた“孤独”から、ようやく抜け出すことができると喜びました。
そして
“人間”に化けた“神様”は一人の娘に恋をしました。
城下町より少しはずれにある小さな小さな里に住む貧しい百姓の娘でしたが、それはそれは美しい心の持ち主でした。
“神様”が与えた自然や産物を大切にし、命を何よりも尊ぶすばらしい娘でした。
その娘に“神様”は惹かれ、その娘もまた“人間”に化けた“神様”に惹かれ、すぐに恋仲となりました。
“神様”は愛しさあまり、その娘から“寿命”を取り去ったのです。
年月が刻々と過ぎていくなかで、周囲の“人間”達は次第に娘の様子を不審に思うようになりました。
爪も伸びなければ、髪も伸びず、親兄弟が年老いていく中で、娘だけはその若さを保ち続けたのです。
“あの娘と共にいる者は神ではないか?”
“あの娘は神を欺いて不死不老を手に入れた”
“神はあの娘に囚われている”
“あの娘こそ神を欺く物の怪だ”
“神を救わねば”
“不死不老をあの娘のモノだけにはするな”
“不死不老を我が手に”
娘は反逆者と罵られ、里の民に残虐的に殺されてしまいました。
そのとき、不幸にも“神様”はそこに居合わせていなかったのです。
“ああ神様。あの忌々しい娘は居なくなりました”
“神様。あなたは騙されていたのです”
“あの娘から開放されたあなた様から褒美を”
“不死不老を私にも”
娘の死を知った神様は悲しみの余りに我を失いました。
ズタズタに切り裂かれた娘の亡骸を抱きしめながら、“神様”は民に叫びました。
“なぜこの娘を殺した!なぜこの娘を殺したのだ!!唯一私の悲しみに気づいてくれたこの娘を!!!唯一私の孤独を癒してくれたこの大切な娘を殺したのだ!!許さぬ!!消して許さぬ!!!”
“神様”は血の涙を流し、その涙を浴びた里の民は次々に身を滅ぼしていきました。
“我が願いを叶える事もできぬ人間達が!!我に願いを叶えよと申すか!!それほど我が力を欲するならばくれてやる!!それと同等に呪われるがいい!!これは憎しみだ!!愛するものを殺された憎しみだ!!この憎しみも受け継ぐがいい!!”
「…里の人間は神の力を手に入れて、そして自分達はそれと同時に呪いを受けたんや」
静かにつぶやいた彼を見れば、苦しそうに、つらそうに微笑んでしっかりとした口調で言った。
「俺達に“寿命”はないねん。時が来れば互いに殺し合わなあかん。自分の“意思”に関係なく。親兄弟、恋人、一般人関係なく。里に生まれた者は誰かの手で殺される。その時は人によって違う。いずれくる俺達の“寿命”は、一番大切な誰かから“殺される”ことやねん」
朱雀の爺さん達が長生きをしているのは、“黄龍”のおかげ。
殺めようとする“人間”の“心”を壊して殺させないようにしている。
そう続けて言った彼の言葉に。
俺はようやく理解した。
何が怖いと思っていたのか。
優花が一番何を恐れていたのか。
優花は俺に殺されることを恐れていたんじゃない。
俺の意思に関係なく、俺に殺されそうになったとき、俺に“黄龍”の力を使うかもしれない。
自分自身が恐ろしかったんだと。
それは
尊ぶべきモノなのか
恐れるべきモノなのか




