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涙の果て

予想以上に重々しい雰囲気に、隣で正座する吉倉はソワソワしはじめる。

鶴来先輩に連れられてきた里は俺が想像していたよりもずっと自分達の住んでいる近くにあった。

もっと日本の端の山奥とかだと思っていたけれど、そんなことはない。

高く白い塀に囲まれたその場所は、門をくぐれば新しい世界が広がっている。

町から孤立したその塀の中に一つの集落が存在していた。


畑や古い作りの家がいくつも並んでいる。

小川が流れ、初老じみた人たちがクワを持って畑を耕す。

鶴来先輩が横を通り過ぎれば、作業していた人たちは、皆、老若男女問わず手を止めて鶴来先輩に向かい土下座をする。

いつもは冗談ばかりいって、一緒にはしゃいでいた鶴来先輩の凄さを身を持って感じた。

俺と吉倉は鶴来先輩の後を追うようについていく。

そうすれば里の人たちは俺たちを見てヒソヒソと土下座の態勢を崩さないまま、耳打ちしあっていた。


かすかに聞こえてくる言葉は俺に対する暴言や優花に対する恐怖。

どうやら里では俺という存在は嫌われ者らしい。

俺は聞こえない振りをしながら鶴来先輩の後ろについていくと、この高い塀に囲まれた中に、もう一つ塀に囲まれた場所までやってきた。

門構えからして、そこはこの里の中心となる場所らしい。

ここで何が待ち受けていても俺は揺るがない決心があった。

たしかにこの時までは。


鶴来先輩と並んで案内された場所は40畳以上もある広い宴会場のような和室だった。

上座は時代劇ドラマで見るような将軍が座る場所みたいに一段高くなっていて、そこの中心に立派な座布団が一枚ひかれてる。

左右には険しい表情を浮かべた老人達が忠信深い侍のように正座をして並んでいる。

俺と吉倉は鶴来先輩に導かれるまま、上座の目の前に正座をして座り、鶴来先輩が横で畳に手をついて深々とお辞儀をしたのをただ黙って見てた。


「里見健太郎をここに」


俺の名前を呼ばれて、ハッと上座を見れば、そこには先ほどまで姿を見せていなかった鶴来先輩と優花の爺さんが重苦しい表情でこちらを見て座っていた。

爺さんは少しだけ顔を緩めて俺に挨拶をする。


「お久しぶりですな」


「はい、お元気そうで」


時代劇的に答えればいいのかよくわからない。

こういう対処の仕方を先に鶴来先輩に聞いておくべきだったと後悔しながらも、俺は自分なりに気を使った挨拶を送った。


「堅苦しい挨拶は止して本題に入らせていただこう」


爺さんがそうゆっくりと呟けば、俺は固唾を呑んで次の言葉を待つ。

そうだ。

今日はこの人の機嫌を伺いに来たわけじゃない。

優花の婚姻の儀が行われるということについて、どういうことか説明してもらう必要がある。

一般人の俺が言うのはおかしいのかもしれないが、何も聞かされないままよりはマシだと思った。


「今回こちらまで出向いて頂いたのは他でもない。優花に関しての事だが…」


「つかぬ事をお伺いしますが、本人抜きでこの話題に触れるのはどうかと」


話し始めた爺さんの言葉をさえぎって抗議すれば、周りの重臣たちはザワザワとざわめきたつ。

それがまるでいけないことのように。

でも俺には関係ない。

里の掟や里の慣わしなんて、一般人の俺には関係ないと思うから。

とりあえず敬語で話しているだけでもありがたいと思って欲しい。

俺の質問に、爺さんは一瞬口をつぐむものの、小さくため息を漏らしながら俺に返答した。


「そちらに意見する権利はない。私の話を聞いてもらおう」


勘に触る言い方だった。

それはまるでこちらの意思は関係なく、言いたいことだけ言わせろということで。

俺は少し考え、後で反論することを決めると仕方なく静かに頷いた。


「君は、優花とお付き合いしていると以前に聞いたが、あの子は君の手に余る。こちらの判断で、今宵、元々婚約者だった玄武家の世継ぎと婚姻の儀をあげることになった。それを理解して頂きたく今日は足を運んでいただいたわけだが」


「それは理解しかねます」


俺がハッキリといえば、爺さんは予想通りの返答だったらしく目を細めて俺を見た。


「若いの。君はまだ優花の恐ろしさを知らん。愛しさゆえに自分の人生を路頭に迷わせたくはなかろう」


「人生の路頭に迷っていたところを救ってくれたのが彼女です。俺の返答は間違ってはいません」


「あの子が人殺しでもか?」


「何を馬鹿な…」


俺が言葉を詰まらせると、横に座っていた鶴来先輩が自分の膝の上でグッと手を握り締めたのがわかった。

その様子を見ていたのか、爺さんは鶴来先輩に視線を移して気味の悪い笑みを浮かべる。


「真由羅、お前ならどう説明する?」


話を振られた鶴来先輩は、辛そうに眉を潜め、爺さんを見つめたまま俺に話しかけた。


「残念だけど…里見君、爺様の言っていることは…嘘じゃないわ」


「…どういう?」


「そ…それぞれの里の当主は神の力を受け継ぐ事を必須とする。朱雀は火を操り、玄武は水を、青龍は土、白虎は風。そして…その中心を司る黄龍は…“魂”」


「…魂?」


俺が静かに聞き返せば、先輩はコクリと頷いた。


「人間は三つの要素から成り立つ。精神、肉体、そして魂。魂は人間の核になる存在。魂無くして精神無し。精神無くして肉体無し。優花ちゃんにはその“魂”を操る能力があるの」


その言葉の意味が理解できない。

“魂”を操る能力って何だよ?

それがどう人殺しに繋がるって言うんだ?

神様って何なんだよ一体…?


「“魂”を操る能力。こう言ったら分かりやすいかもしれない…。優花ちゃんは“心”を支配する能力を持ち合わせているの…。つまり…その力一つで…優花ちゃんは人を殺せるの。物理的にじゃなく、内面的に…“心”を破壊して…人という人格を…」


“消す”


鶴来先輩の唇がそう動いた。

声にはならなかったけれど、俺にはしっかりとそう読み取れた。

辛そうに話す鶴来先輩の様子から見れば、鶴来先輩もごく最近になって優花の能力を知ったんじゃないかと思う。

じゃなきゃ、あんなふうに一緒に笑っていられなかったはずだ。

もしかしたら今の俺みたいな気持ちになっているかもしれない。


膝の上で握り締められた鶴来先輩の手から血がにじみ出る。

血がにじみ出るほど強く握り締め、冷静に説明をしている自分に罰を与えている。

鶴来先輩の話が終わると、爺さんが再び口を開いた。


「あの子は里の都合上、多くの人の心を破壊してもらった。それはもう沢山の人を殺し続けてきた。間接的に、自殺に追い込むほど…」


それを聞いた俺は、その場で勢いよく立ち上がった。


「今まで散々、優花を蔑ろにしてきた奴等が!!そうやってアイツの能力だけを利用して!!アイツの!アイツの優しさを利用してきたのはどこのどいつだっ!!」


勢いよく怒鳴れば、周りの重臣たちも爺さんも眉一つ動かさず俺を冷たい目で見つめる。

こいつ等に…こいつ等に心はないのかっ?!


「勘違いしてもらっては困る。あの子は自分から進んで自分の能力を我々に提供していた。今までも、そしてこれからもだ」


「自分達の手を汚さずに!?何が里だっ!何が神だっ!!自分達の都合でアイツを苦しめて!!アイツを軽蔑してきたじゃないかっ!!!」


「軽蔑?おかしなことを言う。あの子は“神”だ。“絶対の存在”にして“唯一の神”だ。我々とは違う。我々と同じように扱っては罰が当たる」


「アイツは俺達と同じ普通の人間だ!!同じように生きて!同じように笑って!何が悪いっ!!」


怒りのおさまらない俺に、爺さんはため息を漏らす。

わからず屋だといわれても構わない。

里が可笑しいとか、そんな風にも思えない。

ただ優花を、自分の好きな人をここまで侮辱されたことに腹が立った。

優花が人殺し?

誰が優花をそういう風にしてしまったんだ。

誰があの優しい人をそこまで追い詰めたんだ。

自己中心的に彼女を扱って、さも所有物かのように当たり前のように能力というものを使わせて。


肩で息をする俺に対して、爺さんは冷たい視線を向けて静かに言った。


「そうか…普通の人間か…。ではコレが普通の人間のすることかね?」


そういうと、爺さんは懐から写真を取り出すと俺に向かって投げつける。

写真はシュルシュルと畳の上をすべり、俺の足元に届く。

俺は爺さんを睨みつけながらもその写真を拾い上げた。



写っていたのは松原先生らしき人物



不適な笑みも無ければ



潤った肌も失われて



口からだらしなくヨダレを垂らし



視点の定まらない虚ろな瞳



ボロボロの廃人と化したその“モノ”を見て



俺は



不意にも



あれだけ庇っていた優花の事を



“恐ろしい”と感じてしまった



「それでも普通だと言うのかね?それでも普通の人間としてあの子とやっていけると言うのかね?」


爺さんの言葉に、俺はただその場に力なく座り込む。


“心”が壊れる


ただそれだけで人はこんな風に変貌してしまうだなんて


それが、あの“優花”がやったことだなんて


信じたくなかった


信じられなかった


信じてあげられなかった…


何も言わなくなった俺を、爺さんは立ち上がりながら見下すように見つめる。


「金輪際、優花との交流を控えて頂きたい。今宵執り行なわれる、婚姻の儀には参列を許そう。最後の別れと思い、あの子の姿を見届けるがいい」


そう言って席をはずす爺さん。

それを見届けた重臣達も次々に席をはずす。

鶴来先輩は誰も居なくなった上座を睨み続け、吉倉は俺の手から写真を受け取るとビリビリと何も言わずに破り捨てる。

おもむろに鶴来先輩が立ち上がると、黙ったままの俺を見て静かに言った。


「部屋を用意してある…。衣服も食事もこちらで全て用意しよう…」


少し涙声になっている鶴来先輩に、吉倉は静かに立ち上がりながら言う。


「先輩は?」


「私はこれから婚姻の儀の準備に入る。とりあえずはまだ鶴来家の跡継ぎだからね」


「そうじゃなくて…先輩はコレでいいと思ってるの?」


吉倉の言葉に、鶴来先輩は悲しそうに微笑んで。

瞳に涙を浮かべながら呟いた。


「私は…所詮…里の人間だから…そういう風に生きてきたから…」


鶴来先輩にも逃れられない運命があると悟ったのか、吉倉は何も言わないまま部屋を出て行く鶴来先輩の後ろ姿を見送る。

用意された部屋に案内をしてくれるらしい女中が、俺達と距離を置いて立っているも、なかなか立ち上がらない俺に、吉倉は痺れを切らせて俺の腕を引き上げ、無理矢理立ち上がらせた。


「とりあえず頭を冷やそう」


吉倉の気遣いでさえ俺の耳には届かなかった。



目を覚ましても悪夢からは目覚めなかった。

ゆっくりと開いた私の瞳に映ったのは隣で静かに本を読む諒の姿。

目が覚めるまで待っていてくれたらしく、諒は私の目覚めに気が付いて本を閉じた。


「気分はどう?」


「・・・悪くはないよ」


「そう、よかったね」


静かな笑みに、私は答えられず寝転んだまま諒を見つめた。

本来、諒は優しいヤツだ。

優しくて臆病だから生まれたときから決められていた自分の運命に逆らえないでいる。

諒は私を監視するための玄武軍次期当主。

火を司る血筋に生まれた私に唯一勝利をおさめることができるであろう、水の性質を携えた血筋。

私も諒自身が苦手なわけじゃない。

彼に流れる血が生理的に受け付けない。

諒だってきっと私のことを生理的に嫌っている。

それでも私との結婚を望むのは、自分の使命だと責任を持っているから。

歯の浮くような台詞だって諒は私のために言ってくれていた。

諒は知っていたんだ。

私が一般人と結ばれてはいけない存在だと。

辛い思いをするのは私だと。


「諒・・・」


「ん?何?」


「・・・ごめんね」


私はボーッとした頭で諒に謝罪の言葉をこぼす。

それを聞いた諒は少しため息をもらして私の髪を優しく撫でた。


「優花姉が謝る必要はないよ。こうなる運命だったんだ。事が済めば全部うまく行く。俺はできるだけ優花姉を自由に行動できるよう、親父にも朱雀の連中にも働き掛けるつもりだから」


懐かしい呼び方に、私は静かに目をつぶる。

それから諒は続けるように言った。


「謝らなきゃいけないのは俺の方だよ。強制的に婚姻の儀を勧めた里の連中を止められなかった」


「それも・・・運命なんだよ・・・」


「うん。優花姉は人とは違う特別な存在だよ。誰よりも尊い人だ。そして・・・何よりも恐ろしい化け物。自分でわかってるはずだよ」


「うん・・・」


「普通の人と同じようには幸せにはなれない」


「うん・・・」


「だからせめて俺が愛してあげる。全力できみを愛するから」


「うん・・・」


諒の言葉に、私は静かに相づちを入れて。

ゆっくりと目を開くと。

諒は悲しそうな顔で私をみた。


「どうして・・・そうわかっているはずなのに・・・どうしてアイツを・・・里見健太郎を好きになったりしたんだよ・・・」


じゃなきゃ、アイツが可哀想だ・・・と、言いたげな諒の瞳に、私は口元に笑みをもらした。


「・・・健太郎は助けにこないよ」


「・・・なんで・・・」


「助けにこない・・・それどころか私の存在意義を知って逃げ出す。アイツには重すぎるからね」


私が静かに答えれば、諒は怪訝そうな表情を浮かべる。

意味がわからないと言ったように。

じゃあどうして・・・と。


私は答えないまま上半身を少しだけ起こし、諒の膝に頭を乗せて諒を見上げた。


「私だって・・・“普通”に憧れたんだ・・・」


そう言って、手の甲で目元を隠せば、自然と涙がこぼれだした。

諒はただ何もいわず、私の頭を優しく撫でる。


私は恵まれている。


可愛い妹と


優しい将来の伴侶


誰からも尊ばれ


高き存在で居続けた


優しくされた


みんなが優しくしてくれた


それは私にできる


すべての人への恩返し


“自分”が“自分”であり続けること


それが私に定められた運命




ごめんなさい




ごめんなさい




ごめんなさい




ごめんなさい




ごめんなさい




ごめんなさい




ごめんなさい



きっと



何度謝っても許してもらえない



許されるなんて思っていない



私は



私は許されないことをした



“普通”でありたいと願ってしまった



誰よりも高い場所にいなければならないのに



誰よりも尊敬され



恐れられなければいけない存在だったのに



すべての人を愛し続けなければいけないのに



私は



私は罪を犯した



たった一人の人間を愛してしまった



たった一人



私に笑いかけてくれた彼を



彼だけを



愛しいと



とても・・・愛しいと



自分が神という存在ならば


私は誰に祈りを捧げればいい?


私は誰に懺悔をすればいい?



この想いを



誰に





「・・・りょ・・・」


「どうした?」


静かに泣き続けていた私が、小さく言葉をもらせば、諒はしっかりと反応して聞き返していく。

私は目元を覆ったまま、諒に告げた。


「・・・婚姻の儀は行わない。いずれお前が里を継いだときにちゃんとする・・・今はしない・・・だけどちゃんと始末はつける・・・ちゃんとするから・・・」


「・・・優・・・」


「諒、一つお願いがあるんだ」


私は諒の言葉を遮って、そう言いながら手の甲で涙を拭い、再び諒を見上げる。

優しく、できるだけ優しく私がほほえめば、諒は不思議そうな顔をして私と視線を合わせた。


「私に、“憶印”を」


私がそう告げると、諒は驚いた表情で私を見つめる。

それから途端に険しい表情になって、眉をひそめながら呟いた。


「本気で…?だって“憶印”をすれば…優花姉は…」


「うん…ちゃんと私が決めたことだから…」


「…里見健太郎には…どう言えば…」


「そのまま伝えなよ」


私がそう言えば、諒は悲しそうな表情を浮かべて私の頬を撫でる。

私はただ諒を見て、穏やかに笑うと、静かに答えた。


「“奇跡”が起きれば…諒達も解放される…。この…この歪になってしまった全てを…全てを神に…」


「…俺達の運命は、里見健太郎に握られるってわけ?…本当、“奇跡”だよ」


私の言葉に、諒は気の抜けた笑顔を見せて。

それからゆっくりと私の胸元に手を当てて何かを小さく呟いた。


それと同時に胸が焼けるような熱を帯びる。


「がはぁっ!!ああっあぁあぁぁあっ!!!」


叫び声とともに、不自然にこぼれだす涙。



ねぇ



健太郎



私は



ちゃんとアナタを愛せていたかしら?



どうか



忘れないで



私の全てを



私のぬくもりを

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