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動き出した陰謀


―――夢を見せてあげる





このクソ暑い季節に自分の部屋の冷房が壊れたというのは非常に許しがたいことだ。

そういうわけで急遽、避暑地として吉倉の家を選んだのだが。


「冷房ねぇのかよ…あちぃ…」


「贅沢言うな。扇風機回せよコラ」


額から汗を流して吉倉が文句を言う。

扇風機の前に陣取っている俺をギロリと睨んでくるも、俺は知らん顔で扇風機の風を堪能する。

吉倉はパタパタとウチワで自分を仰ぎながらも、「暑い」と呟きながら汗の染みたタンクトップの胸元を浮かせてそこに風を送り込んだ。

金色の髪をポニーテールにしているが、違和感がない。

色気がムンムンな吉倉を見つつ、学校でああいうことをしていたら…と想像すると笑みがこみ上げてくる。


体育祭も無事に終わって神高も夏休みに入った。

新星three knightと名乗る奴等も何かしら挑発をしてくるが、こちらはとりあえず先輩なので冷静な対処で返していく。

特に目立った争いなんかはないけれど、夏休みにもなれば会うこともない奴等だから今の状況が楽で仕方ない。

学校は好きだが、あいつ等が現れてから少々辛くなってきた。

こっちはその気ではないのにも関わらず、何かしらちょっかいをかけてくる。

煩いハエだと思えばまだマシなのかもしれないが。


「んで俺の家来るんだよ…」


「だから冷房壊れたんだって。それに笹木んチは同居者がいるから迷惑かけらんねぇし。第一、アイツ今いねぇし」


「もう帰ってきてるはずだろう?インターハイだって終わったじゃねぇか」


「テレビ見て言ってんのかお前?」


俺の言葉に吉倉は眉を潜めながら口をつぐんだ。

笹木は普段ああいうヤツだから想像しがたいけれど、誰よりも足の速いヤツだった。

陸上部に所属していて、去年は一年生の分際でインターハイに出場。

3位に入賞するという神高始まって以来の成績をおさめている。

そして今年のインターハイ。

アイツはケロリと「日本新を出してやる」と宣言し、見事にそれを成し遂げた。

元々足の速いヤツだが、努力家でもあるヤツだからよくやったと褒めてやりたい。

まあそういうところもあってか、インターハイ前からちょくちょく取材やらインタビューやらを受けていたから、5年ぶりの高校日本新記録を出したあいつをメディアが放っておくはずがない。

スポーツニュースになると必ずアイツの顔が出てくるし、新聞や雑誌なんかも大きく取り上げている。

容姿だけじゃなく、人当たりもイイ奴だからアイツの人気は瞬く間に広がっていって。


「大きくなったなぁ…」


「お前が育てたような言い方だなオイ」


しみじみと呟く俺に、吉倉は容赦なくツッコミを入れてきた。

俺がアハハッと声を上げて笑うと、吉倉はダルそうにたちあがって、俺が独占していた扇風機を自分の方に向けてしまう。

風を失った俺はチッと舌打ちをしながらも、吉倉の手に持っていたウチワを取り上げて自分を仰ぎ始めた。


「優花さん、実家に帰ってるって?」


「うん、鶴来先輩と里帰りだって」


「へぇ…忍者の里ってわけか。忍者がウヨウヨ居るわけ?」


「さぁ?詳しいことは聞いてないよ。何しろ全てが隠密だから。一般人は滅多に足を踏み入れられないとか」


「へぇ、面白そう。いっぺんでいいから行ってみてぇな」


吉倉がボソリと呟けば、ふとどこからか聞いたことがある声が聞こえてきた。


「だったら連れて行ってあげましょうか?」


ギョッとした俺と吉倉が、慌てて声のしたベランダを見るとそこにはいつ来たのか鶴来先輩が立っていた。

いつもの制服姿ではなく、忍装束を身につけた彼女はいつも揺らしている髪をポニーテールに結び上げていて、真剣な眼差しで俺達を見つめていた。


「つ、鶴来先輩!?」


俺はウチワで仰ぐのをやめて思わず彼女の名前を呼べば、彼女は目を細めて真面目な言葉ではっきりとした口調で言った。


「緊急事態よ。里見健太郎、里までご同行願いたい」


突然のお誘いに、俺は戸惑いを隠せない。

それは吉倉も同じだった様子で、吉倉は目を丸くしながら鶴来先輩に尋ねた。


「緊急事態って…」


吉倉の言葉に、鶴来先輩はぎゅっと手を握り締め、強い口調で話した。


「優花ちゃんの婚姻の儀が始まるわ」



どの里の空気も同じ匂いがして嫌いだ。

いつまで経っても慣れはしない。

整えられた里特有の婚姻の衣装を身にまといながらため息を漏らす。

珍しく爺様が里へ戻って来いと言ったかと思えば、やはり仕組まれていた。

里に戻った途端、重臣達に囲まれたかと思うと睡眠薬を嗅がされて目が覚めればここに居た。

部屋の四方は上忍に見張られていて私一人で逃げ出すことはまず不可能だ。

あいにく、私お抱えの忍獣達は里に入れない。

そういう風に体が出来てしまっているのだ。

迂闊だったにしろ、この様子だと諒との結婚をすぐにでも迫られる。

諒は結婚できる年ではないけれど、そんなもの里の人間達には関係ない。

婚姻が決まってしまえば身動きが取れなくなる。

きっともう学校にすら行かせてもらえないだろう。


諒との結婚は私を束縛するために行われる儀式だ。

里での掟としては妻は主人に絶対服従。

古い慣わしではあるもののそれが今でも引き継がれている。

つまり。


金輪際、外の世界には出してもらえない。

私の命が尽きるまで里かまたはどこかで幽閉される。


愛だの恋だの、そういうものはこの結婚においてあるべきものではないのだ。


「あら、よく似合うじゃない。まあそうして見ればマシでしょうね」


私の身支度をしている女中達はその声を聞くと、軽く一礼をして部屋から出て行く。

代わりに入ってきた声の持ち主は式に出るつもりなのか綺麗な西陣織の和服を着て髪を結い上げた姿で私に勝ち誇ったような笑顔を見せた。


「一般人を里に入れるとは、玄武の里も落ちたものだ」


「ふふっ、その嫌味ももう聞けなくなると思うと可愛いものね」


「何のようですか松原先生」


私の目の前に腕組みをして立ちすくむ先生に私は静かに笑みを浮かべて尋ねる。

先生はクスッと真っ赤な口紅をつけた唇をゆがませて微笑み返してきた。


「結婚おめでとうって言いに来たのよ。大事な大事な生徒ですもの。お祝いくらい言ってあげないと。何も悲しまなくていいわ。健ちゃんは私に任せてくれていいからね」


そう言って嬉しそうに何度も何度も舐めるような視線で私を見つめてくる。

私が無言のままでいれば、先生は自分の勝利を確信したようにペラペラと話した。


「あら、それとも健ちゃんが助けてくれるとでも思ってるの?残念だけどそれはないわねぇ。彼は今、朱雀の里に呼ばれたはずよ?現御当主直々にお話があるとか」


現当主は私だということを知らないらしく、彼女は嬉しそうにその話をしてくれた。

老いぼれジジイの顔が目に浮かぶ。

私を監禁するだけでなく、健太郎にも直接呼びかけるつもりか。

先の読める展開に、私は思わずため息を漏らす。

力ずくで私を幽閉するつもりなら、こちらにだって考えはあるのだが。


「可愛そうな如月さん。でも安心して。私だけはちゃーんとお祝いしてあげる。もう二度と会えなくなる健ちゃんを思いながら他の男と結ばれればいいんだわ」


クスクスと声をあげて笑う彼女。

本当に惨めで可愛そうな人だ。

私はふぅっとため息を漏らすと、彼女をしっかりと見て余裕のある笑みを見せた。


「諒に、私に一人だけで近づくなと言われなかったか?」


「言われたわ。でもアナタは今身動きが取れない状態なのよ?怖いものなんてありはしないのよ」


フンッと鼻を鳴らす彼女に、私はゆっくりと彼女に向かって近づいていく。

先生は自分が立っている位置から動かないまま近づいてくる私を睨んだ。


「最後の抵抗かしら?私がここで叫べばどうなるか…」


“貴女は可哀想な人だね”


「っ!?」


ふと私が呟けば、先生の動きがビクッと止まる。

目を見開き、私と視線が合えば怯えるように見つめかえしてきた。


“少し静かに私の話を聞いてもらえるかな?”


ゆっくりと体が触れ合うほど近くに迫るが、先生は後ずさりすることも忘れて私の目を見つめる。

私はその様子を見てフッと笑みを浮かべた。


“貴女、男性恐怖症よね?”


私の言葉に彼女は驚いたような顔を浮かべて口をパクパクさせる。


“ああ、私の言葉に返事ぐらいはしていいわよ”


「っ!?な、何で…」


“何で?何でって?可笑しいこと聞いてくるね?先生、本当は健太郎に触れる時も怖くて仕方なかったんじゃない?それはもう、泣きたくなるほどに”


「何…を…」


“今から6年ほど前の話だったかな?一人の女性が想いを寄せていた男性に性的暴行を加えられた。相手は有名人。訴えたがその事件はもみ消された”


私の静かな声に、彼女はゴクリと唾を飲む。


“その女性は男性に触れることもできなくなっていた。そして自分がそうなってしまったことに異性に対して憎しみを持つようになった。女性はとある薬を手に入れた。自分の思い通りの幻覚を相手に見せられる薬。‘S-WX0’という薬ね。その薬を使って有名な異性を次々に陥れていった。女性に性的暴行を加えるという幻覚を見せ、陥れる。健太郎もその被害者だった”


「っあ…」


“怒りが異性への復讐にかわった女性は次々にそういった事件を起こしていく。自分は異性に触れられない。だから薬物という悪魔の手を借りて。ああ、一つわからないんだけれど、健太郎と再会したのは意図的に?”


「ふっ…いっ…ぐ、偶然…赴任した…高校に居た…」


苦しそうに呟く彼女の瞳から、不自然に涙がこぼれだしていく。

それを見た私は穏やかに微笑んで彼女の頬に手を触れた。


“そう。健太郎は優しくしてくれたの。健太郎は他の男と違って貴女に体を求めなかった。だから健太郎に薬を飲ませるタイミングができずに酒に混ぜて貴女は逃げたの”


「あぁ…ぁ…」


“辛かったわね”


そういうと、先生の瞳からあふれ出してくる涙の量が随分と増えてきて。

彼女の頬に触れている私の手も、先生の涙で濡れた。


“でも許せないわね”


「ひぁ…」


“もう苦しまないでいいわよ”


「うぅ…あぁぁぅ…」


“―――夢を見せてあげる”





「っああぁぁぁああぁぁぁっ!!!」





「優花、準備は整って…」


ふと、部屋に入ってきた諒が言葉を詰まらせる。

衣装のままその場に座り込んでいる私の目の前に松原先生の姿を見つけたからだ。

視界の定まらぬ先生は、口からヨダレを垂らしながらブツブツと何かを唱え続けている。


「ああ、遅かったね諒。今、“落ちた”ところだよ」


私がニッと微笑みながら呟けば、諒はグッと手を握り締めながら部屋の外で待機していた女中に命令した。


「あの女を病院へ。精神科だ」


「承知しました」


返答した女中達は先生を両脇から抱えると、おぼつかぬ足取りで部屋を出ていく。

私はふと目を閉じて、諒に言った。


「婚姻の儀まで少し眠る。疲れた」


私がそういえば、諒は何も答えずに襖を閉じる。

それから諒は目を細めて運ばれていく先生を見ると同時に見下すように呟いた。


「馬鹿な女だ。あれほど一人では近づくなと言ったのに」


フンッと鼻を鳴らしながらそう呟いて、それから閉じた襖を見つめてギュッと手を握り締める。


「化け物め」


眠りに落ちる前にその声が聞こえたが、私はあえて聞こえないふりをしてその場で眠りについた。



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